第十五話 図書館の暗殺者
どこまでも続く建物の森とも言えるエイドアの街並。
長く高い城壁に囲まれた、広大な土地の中に、大小様々な大きさ・外観の建物が混ぜ合わさりながら、その高文明の都市を形成している。
その中心には主に貴族達が暮らす上級住宅街や、数々の大型公共施設がある。その施設の中には、歴史・学問・技術・魔法・武道など、ありとあらゆる情報を溜め込んだ、大型図書館もあった。
その図書館は宮殿のような白い石造りの大きな建物だった。青い屋根に金色の装飾が施されており、大きさはゲド達が働いていた砦よりもずっと大きい。
外の敷地の中には、外でも読書が出来るような広場が設けられており、立派なテーブルと、日よけ・雨よけ用の傘が、無数に並べられている。まるで高級喫茶店のようだ。
その一つのテーブルに、ゲド・ステラ・チビの三者がいた。椅子の脇には、テーブルに乗せきれないほどの本が山積みになっており、そこから選んだ一つを、ゲドがパラパラと読んでいる。
正面から向かい合う位置で座っているステラが、テーブル越しに彼女を見つめながら、さっきから黙っていた。
(こいつ・・・・・・本当に読めてるのかしら?)
ゲドがさっきから読んでいるのは、全て魔法関連の本だった。それをゲドがパラパラ漫画のように、高速でページをめくり続けている。
分厚い本が平均して五分足らずで、次々と消化され、彼の椅子の読み積みの本の山に積まれていった。
外の読書場は人気が少ないのか、テーブルの数の割に人が少ない。内部では無数巨大な本棚が、永遠に続くかと錯覚するほどに長々と並べられ、その脇に大型の室内の読書場がある。
だがゲドはここでの読書を嫌がった。理由は「あそこには、濁った思念が充満してて嫌だ」とのこと。
この図書館は基本的に誰でも入れるが、有料で入館料がかなり高い。ここよりも小規模で、無料で入れる図書館が他にあるので、一般人は主にそっちを使っている。
だからこのエイドア公立中央図書館の入館者は、主に貴族・豪商・神官・学者などの、懐の豊かな者や、どうしてもここを必要とする職業の者達だ。
そのため霊術士に似た奇抜な服装をした少女と、みすぼらしいローブを着た女魔道士の姿は、結構浮いていた。
ちなみにゲドは今、頭に麦わら帽子を被っている。これはステラの提案である。ゲドの容貌は目立つために、せめて髪色だけでも隠そうと考えたのだが、図書館の室内に帽子を被っているというのも、別な意味で目を引いてしまう。
珍しい客が来ていると奇異な目で見る、他入館者と司書達。
霊術士は、ロームでは邪教とされている霊界教のイメージが強いため、霊術士の数は少ない。だが全くいないわけではないので、霊術士がここを利用しに来ることは、あり得ない話ではない。
そのため注目をあびても、怪しいと思われるほどではなかった。
ただそれ以外の点でも、二人が不快に思う点があった。入館者達のマナーの悪さである。
部屋の中で平気で飲み食いや喫煙をしたり、ベラベラとお喋りをしている者が多数いる。中に家柄同士で張り合って、こんなところで口げんかをしている者までいた。
こいつら何しに図書館なんかに来たんだ?と突っ込みを入れたいぐらいだ。司書達も、相手の身分の事もあって、それをあまり強く咎めようとはしない。
そんな理由があって、ゲド以外の真面目に調べ物をしている者達も、外で読書をしている者がいる。
だが当のゲドは、上記のステラの感想通りに、手早くページをめくり続けている。傍から見れば、本で遊んでいるだけのようにも見える。
たまたま彼らの姿が目に映った、他の入館者が『真面目に読んでないでしょう・・・・・・』的な、呆れた視線を投げかけている。
(信じられねえ・・・・・・・・・何で全部判るんだ?)
だが当のゲドは、周りの評価とは正反対の状態であった。
あんな様子でも、ゲドは本の内容がちゃんと読めていた。一字一句間違いなく、全ての文章や数式が、頭の中にしっかりと入っていく。今から読んだ本の文章全てを、読まずに言い切れるかと言われれば、問題なくできる自信がある。
この身体になってから、ゲドの記憶力・全感覚能力の強化ぶりはあまりに凄まじい。ほんの一秒、ページに目を通しただけで、全ての文章が読み切って丸暗記が出来しまうのだ。
まあこれ事態は、おかしいと言うほどではない。世の中には速読術という技能を持つ者がいるのだ。
ゲドが一番驚いているのは、記載された魔法の全てが、今すぐにでも使えそうな程、精神と肉体に馴染んでいることだ。
魔法を覚えているというより、ちょっとの間忘れていた術式を、次々と思い出していっているという感じだ。
《よーーーし、今日の狩り場は、この辺りにするぞ! 久しぶりの勇者出陣だ!》
(うん?)
ゲドの耳にそんな声が聞こえてきた。ゲドの聴覚は凄まじく、意識を集中させれば、十キロ以上離れた所の会話を盗み聞きすることが出来る。
今の話し声は、ここから数キロの距離。こういう悪意のある会話は、何故か意識を向けなくても、勝手に耳に入ってくる。
図書館室内で感じた思念もそうだが、この身体は人間の悪意ある感情に敏感なようだ。
「どうしたの?」
突然ページをめくるの止めたゲドに、ステラが不思議そうに問う。
ゲドはそれに答えず、ある方向に右手を突き出し、掌をパーの形に広げる。するとそこから風の魔法現象が発生し、瞬時に風の車輪=風輪を発生させた。
「ちょっ、ちょっと!?」
ステラが慌てて何か言おうとするが、風輪は即座に発射された。
計四発が、右手を突き出した方向を向けて、図書館の敷地を抜けて、遙か街の彼方へ飛んでいく。十秒ほどして、ゲドは一仕事やり終えたかのような、清々しい表情を見せた。
「ちょっと・・・・・・何をしたの?」
「集合住宅街の方に、勇者が略奪を行おうとしてた。千里眼で位置を特定して、風輪で撃退したよ・・・・・・」
「千里眼って!? そんなのいつの間に!?」
「さっきこの本に載ってたとおりに、術式を組んだだけだよ・・・・・・」
ゲドが指さしたのは、椅子の足下に積んである、読み終えた本の山である。
千里眼とは、遠くの光景を見通す魔法だ。遙か彼方にある風景を、すぐ側で見ているかのように覗くことが出来るというもの。
風輪も千里眼も、かなり高度な技能を必要とする魔法だ。ステラは以前、千里眼の習得を試みたが、術式があまりに難しすぎて、すぐに習得を諦めた。
どんなに努力家で才能に溢れた人間でも、千里眼の習得には一年ぐらいはかかると言われている。
当然ステラは、この魔法をゲドに教えてなどいない。だがゲドは、それを一回本で読んだだけで、あっさりとそれをマスターしたというのだ。
物覚えがいいなんてレベルではない。最初の基本魔法の時もそうだったが、彼女の習得速度は異常である。
これにはステラだけでなく、隣で会話を聞いていた者も唖然としていた。
「誰ですか、今魔法を使ったのは!? 館内で魔法使用は禁止ですよ!」
魔力の波動を感じたのか、室内にいた司書が、屋外読書場に飛び出してきた。
それにゲドが、椅子から降りて歩み出て、あっさりと自首してきた。
「すいません俺です・・・・・・。ここに書いてあった魔法を、つい試したくなって・・・・・・」
ゲドと読書場の様子を見渡し、司書は疲れた表情で一息吐いた。
「はあ・・・・・・・・・まあ、特に物を壊した様子がないので、今だけ見逃しましょう・・・・・・。でも次やったら、すぐに出て行ってもらいますからね!」
「・・・・・・はい、申し訳ありませんでした」
こういうトラブルには慣れているのか、司書の対応はあっさりしたものだった。むしろ素直に謝ってきたゲドに、やや感心しているようだ。
司書が室内に戻っていくと、ゲドはまた元通りに椅子に座り、読書を再開した。
(こいつやっぱり化け物だわ・・・・・・)
自分はとんでもない大物と手を組んだ事実に、今の騒ぎでステラは改めて思い知った・・・・・・
そんな頃のこと、この図書館に新たな珍妙な身なりの客が現れた。それは二人組である。
一人は金波碧眼の大男であり、年齢は四十前後ほど。熊のような太い手足は、外見だけで周りを威圧する力がある。身なりの方は、地味だが頑強そうな軽装鎧を着ている。そして腰にはゲドが持っているのと同じタイプの武器=刀が差されていた。
もう一人は黒い移動力重視の戦闘服を着た、三十歳ぐらいの赤髪の細身の男である。この男も、腰に前者の男よりも短めの刀を差していた。これは明らかに冒険者といった風貌の者達であった。
そんな彼らが図書館に入館してきたことに、ゲドの時と違って動揺する者は少なかった。冒険者が調べ物のために、この図書館に来ることはたまにあるのだ。
図書館内部では武器の持ち込みは御法度なので、二人は受付に装備していた武器を預ける。
そして彼らは真っ直ぐに、敷地の方に向かっていった。
『あの子供か・・・・・・今の強い魔力も、あの子が放ったのか?』
『確かに珍しい身なりすけど・・・・・・ひょろいすね。本当にあんなチビに、勇者狩りなんてできるんすかね?』
適当に持ち込んだ本をテーブルの上に置き、二人は少し離れたテーブルの所にいるゲド達を見て、念話でそんな会話をしていた。
精神干渉で会話をする念話は、れっきとした魔法である。この二人は戦士風に見えたが、魔法の心得もあるようだ。
『俺、ちと試してみるすよ。本物なら、俺の一撃なんて簡単にかわせるっすよね?』
『おい! またあんな強引な手を使うつもりか!? 相手は子供だぞ!』
『大丈夫すよ。ちゃんと手加減はするっす』
赤髪の男がゆっくりと席を立ち、ゲドの居るテーブルの方へと歩き出す。
椅子を動かすときも、物音は一切立てていなかった。歩行も実に精密な動きで、足音の一つも立てていない。まるで暗殺者のような動きだ。
一切の気配を立てずに、ゲドへと近づいていく赤髪。
彼の居る位置は、ちょうどゲドとステラの死角にいて、彼らはこの男の接近に気づいていないように見える。
ただ一人、ゲドの姿を物珍しさに見ていた、別の閲覧客がこの男の動きを視界に留めていた。
(なんだろう? あの冒険者と知り合いだろうか?)
閲覧客がそんな風に、そこで一部始終を見ている。それが後の全ての証言を決めることとなった・・・・・・
赤髪はゲドの座っている椅子のすぐ背後まで迫っていた。ゲドは未だに本を読み続けていて、背後の彼に気づいているようには見えない。
ステラも独自に調べ物で本を読んでいた。魔法・魔物関連の怪奇現象&怪奇目撃談をまとめた本である。
だが生憎、死んだ男が幼女の姿で蘇った、などという珍現象の前例は、未だ見つけられていないようだ。
(ここまで近づいても、俺の気配に気づかないんすか? ・・・・・・。所詮はただの噂だったすかね?)
赤髪は、服の中に隠し持っていた短刀の柄に手をかけた。彼のとった行動は、明らかにゲドに対する攻撃行動。
短刀を風よりも速く抜刀し、ゲドに向かってその短い刃を高速接近させた。
ズバッ!
何かが斬れる軽快な音が聞こえた。
全てが一瞬で起こった出来事。一秒の時間すらかけなかった、その一瞬のうちに、一人の人間が斬られた。
その犠牲者は、赤髪に斬りかかられたゲドではなかった。犠牲者は他ならぬ、先に攻撃を仕掛けた赤髪自身である。
「・・・・・・えっ?」
赤髪は呆然とした顔で、その身体を宙に浮かせていた。
彼の上半身と下半身が、腹を沿って真っ二つに両断され、上半身の方が一瞬の間だけ浮遊状態になっていた。
何が起こったのか?
まず最初に赤髪が背後からゲドに斬りかかった。その直後にゲドがそれに反応し、赤髪よりも速い動きで、身体を独楽のように回転させて背後に振り返った。
椅子の上で立ち上がり、振り返ると同じく、その回転力で勢いを付けて己の武器で襲い来る敵を逆に斬り伏せたのだ。
ゲドの刀は、入館するときに、受付に預けている。だがゲドは今何故か刀を持っている。
見ればその刀は物質ではなかった。刀に近い形状をした長い謎の物体。
柄と刀身と境界ははっきりとしておらず、一本のクリスタルの欠片のような外見である。そしてそれは全体が緑色に発光していた。
光っているというより、光そのものが固まって、刀の形になったという感じである。まさに光の剣という形容がふさわしい。
これはゲドが、風の魔力を物質化させて生み出した魔法の剣である。
これはゲドが元々持っていた、物質の刀よりも遙かに切れ味・耐久性は劣る。だが瞬時に生み出したり消滅させたりと、出し入れが自在にできるため携帯には便利である。
これは魔光剣という、接近戦用の攻撃魔法であった。
あまりに素早い反撃で、逆に致命傷となる傷を負わされた赤髪。
彼の上半身は、惑星の重力に従って、敷地の石床に落下した。そして立ち尽くしていた下半身も、やがて力が抜けて後ろ向きに倒れ込んだ。
切断面から、血があふれ出し、図書館の敷地を赤く塗りつけていく。
「うわぁあああああああああああ~~~!」
一部始終を見ていた閲覧客が、突然の殺人事件に絶叫した。そして大慌てで、司書達が居る図書館内へと走り込んでいった。
「そろそろ行くか? もう夕方だしさ」
「えっ、ええ・・・・・・」
突然の出来事に、何が起こったのか未だに理解し切れていないステラ。ゲドの魔光剣は、霧のように拡散して消滅している。
その後二人は逃げるように、その図書館を後にした。
図書館を出て、大通りを早足で進む二人。遙か後方の図書館の方が、妙に慌ただしくなっているが、二人は全て無視である。
「久しぶりに殺しをしちまったな・・・・・・後味わりぃ・・・・・・」
「何言ってんのさ? あの時の二人組は、しっかり殺してたじゃないの」
「あれは俺にとって因縁ある相手だからいいんだよ。俺は別に殺人狂じゃないんだ。あの時は、咄嗟だったんで手加減できなかった・・・・・・」
自分たちに襲いかかってきた男は何者なのか? その辺は特に二人は気にとめなかった。今の自分らには、いつ誰に襲われてもおかしくない立場であるゆえに。
「何てことだ・・・・・・何てことをしてしまったんだ私は・・・・・・」
図書館の敷地の中で、金髪の大男が、胴体真っ二つになって絶命をした相棒の側で絶望的な顔で座り込んでいた。
何故こんなことになったのか? 彼は後悔に打ち震えている。
彼は別にゲドに敵対したかったわけではない。ただ彼女に頼みたいことがあって、ゲドを探していたのだ。だがこんなことになっては・・・・・・
やがて図書館の方から、十人ほどの武装した憲兵達が、屋外閲覧室に駆け込んできた。彼らは金髪を取り囲み、武器を突きつけている。
「“勇者狩り”のドルドだな? 貴様を殺人未遂の容疑で連行する!」




