第十三話 気高き正義の使徒達1
ゲドが少女に変異してから30日が経った。ある森の中に一人の旅人が通りかかったところ。
「なんだこの荒野は? 戦争でもあったのか?」
その旅人が見た光景は、森の中の一区域、直径数キロメートルの範囲が、草一つ生えていない死の大地になっている光景であった。
見るとあちこちに焦げた炭のような物が散乱しており、各地の地面に大小様々なクレーターが出来上がっている。ここでドラゴンが大暴れでもしたのだろうか?
おかしな事に大地が割れているところもある。地割れというには、あまりにスッパリと地面が両断しており、深く長い陥没の底が見えない。その長さと幅は、二百メートル・三十メートルを確実に超える。
以前ここを通ったときは、こんな異様な光景ではなかった。そこは緑豊かな森が広がっていたはずなのに・・・・・・
「うわ!?」
その場所に突然太陽が墜落したかのような、凄まじい光が発生した。その光が一体どこから、どういう原理が放たれたのか、彼には判らなかった。
旅人は目が焼きそうになるほどの、視覚ダメージを受けたからだ。何が起こったのか、視力が一時低下し、周りが思うように見えない。
(なんだよこれ!? やばそうだろ!?)
ここ最近盗賊の被害が減ったということで、久々に遠出をしたのに、こんな奇怪な場面に遭遇してしまった。旅人は逃げようと、大慌てで走り出す。
「ふがっ!?」
視力が悪い状態なので、何度も木の幹に激突して昏倒する。だがすぐに起き上がって、オオカミにでも襲われたかのように、懸命に駆けていった。
「ここに人が来てたか・・・・・・危ないところだった」
その光の発生源、その荒野の中心にいたゲドは、人の気配が離れていくのを感じ取り、そうぼやいていた。
ゲドがしばらくの間、人的被害を出さないように、人里離れたこの場所で、魔法の訓練を行っていた。
あまりに膨大なエネルギーが、幾度も放出されたため、その鍛錬場所は見るも無惨に破壊されていく。最初は何度か制御に失敗したものの、今はかなり安定していた。
その日の夕方、ここ数日間借りているこの街の宿の中。彼らはここ数日、この宿を拠点にしている。
部屋の中でゲドは、最近買ったコミック本を読んでいた。だが今は別のことに目がいってしまっていた。
「お前な・・・・・・」
「何?」
「いや、何でもない・・・・・・」
言いよどむゲドの様子に、ステラは訳が分からないといった風。自分がしていることに、何の疑問も持っていないようだ。
ゲドの目線の先には、ステラが床に座り込み、右足をまっすぐ前に突き出している。そして彼女はゲドの見ている前で、カミソリで右足の臑毛を剃っていた。
ステラは無表情で、カミソリの刃を動かす。実に丁寧な逆剃りである。ジョリジョリと、女性の中ではやや毛深い肌が、クリームと刃と共に、どんどん綺麗になっていく。
右足の処理を終えると、今度は左足を突き出して、次の作業へと移る。
(男の前で・・・・・・ちょっとは自重しろよな・・・・・・)
今のゲドが女性であるという事実は、未だに本人と周囲に、すれ違った感覚の相違を与えていた。
もし彼女が、変異前のゲドの姿を覚えていたならば、少しは変わっていたのだろうか?
しばらくしてステラの足が、すっかりツルツルの美脚になった後。彼らは、借りている部屋の、テーブルに向かい合って、今後のことに話し合っていた。
「俺そろそろ、別の土地に行こうと思う」
「賛成。この辺りじゃ、やることが少なくなったしね」
ゲドが活動している地区一帯は、大分盗賊や勇者による被害は減っていた。ゲドによって次々と襲撃され、壊滅もしくは大損失を受けたからだ。
だがそれは奴らを全滅させたのとは違う。このローム王国はとても広い。ゲドが動いているのは一部の土地である。そ
れ以外の土地でも、あのような横行は起こっているし、ここにいた者達も、別の土地に流れてきているようだ。
(雑魚をちまちま片付けても、キリがないな。どうにか奴らを根絶する方法はないか?)
奴らは政府に雇われているが、一つの組織として動いているわけではない。奴らの頭を潰して終わりとはいかないだろう。
「私としては、エイドアを推薦するわね。あそこには貴族院も、大図書館もあるわ。あなたの敵も大勢集まってるし、私が知らないような魔法も、色々調べられるかも」
「エイドアか・・・・・・」
エイドア、人口六十万人にも及ぶ王都ブルーフォレストに次ぐ、ローム王国第二位の都市である。
王都よりもギール王国の国境近くに位置しており、前線で戦っている傭兵達の大部分は、このブルーフォレストを治める貴族院から契約を結んでいた。
(貴族院か・・・・・・ある意味この国をこんなにしている元凶の一つだな)
ゲドはしばし考えた後、エイドアへの拠点移動を決めた。
ゲド達のエイドア行きが決まった、翌日の午前九時頃(この世界では太陽暦で時間を決めている)のこと。
街と街を結ぶ、森の中を突っ切る大きな街道。地面が石造りで整備され、道の脇には獣よけの塀が建てられた、実に立派な道である。
要所要所で門番用の塔があり、そこから憲兵が上から道行く人々を監視している。歩く人は多く、塔から見える道には、十数分に一回の割合で、大規模な馬車団が通っているのが見える。
だがその門番の憲兵でも、監視しきれない物が通っていた。
「何だあれ? 気球?」
「いや人だ。魔道士じゃないのか?」
憲兵だけでなく、道行く人々にそれに驚き注目している。彼らの目線の先は、彼らの頭上の、まばらに白い雲が浮いている、青い空の一点にあった。
憲兵が望遠鏡で覗いてみると、街道の上空を何と人が飛んでいた。
珍しいが、決してあり得ないことではない。魔法には空を飛ぶ能力を持つ者もあるのだ。別に街道を無視して、空の道を行ってはいけないというルールはない。
ただ飛行魔法とは、力の消耗がかなり激しい。普通は長旅にこの技を使う物ではない。当然荷物の運搬に使えない。だが今彼らが見ている者は、随分と大きな荷物をぶら下げていた。
空を飛んでいたのはゲドだった。姿勢を前屈みにして、足をきっちり一本に組み合わせて、手を後ろに向けている。
氷競技のスケートのような姿勢である。目では見えないが、彼女の周りには、強く・速く・そして小規模な竜巻が発生している。
下から上へと突き上げる風の渦が、彼女の身体を空へと持ち上げて、空中を移動させているのだ。これは風飛翔と行って、名前の通りに、風の力で空を飛ぶ、飛行魔法の基本技である。
ゲドが持っている荷物は、彼女の足下にあった。彼女自身は手ぶらであるが、自分の腹に縄を巻き付けており、そこから何かを下に垂らしている。
それはゲドにとって因縁深い、あの大バケツであった。そのバケツもまた縄で縛られてゲドと繋がっている。
ゲドはこれを鐘のように縄で吊り下げながら飛んでいるのだ。小さな子供が、あの巨大物体をぶら下げながら飛ぶ光景を見た憲兵達は、あまり現実離れした光景に、己の正気を疑っていた。
ゲドの位置を支点にして、ユラユラと鐘のように空中を揺れる大バケツ。そしてそのバケツの中には、何と人が入っていた。ステラとチビである。
そのバケツの中に乗り込んで、ゲドに空から吊り下げられながら、気球のように共に空を飛んでいるのだ。最も気球に例えるには、ゴンドラに対してエンベロープが小さすぎるのだが。
「ちょっとゲド~~あんた大丈夫なわけ? 前にも言ったけど、空を飛ぶってものすごく疲れんのよ。しかもこんな大荷物を持って・・・・・・」
「全然平気だぞ。軽い荷物を背負って歩いているような感覚だな」
ステラ達とこのバケツの重さは、おおよそ三百キロ近くあるだろう。そんなデカ物を持って、さっきから一時間近く、ゲドは空を飛んでいるのだ。
しかもさっきから息切れ一つしていない。常識ではありえないことである。
「まあ、あんたの魔力なら当然か・・・・・・」
「何ならもっと速度を上げようか? 頑張ればワイバーンの五倍の速さで飛べそうだ」
「やめてちょうだい。そんなことしてら、私たちが振り落とされるわ・・・・・・。それに今更急ぐ必要はないわよ。ほら・・・・・・」
ステラが指さす方向には、無数の建物が敷き詰められた広大な大地。目的地のエイドアは、もうすぐ近くにまで来ていた。
最初の街からここまで、結構な距離があるはずだが、全く長旅にならずについてしまった。
「そうそう私がさっきの街で聞いた情報だと、この近くに山に“タイガーソード”とかいう、勇者達の拠点があるはずだけど、そっちにも寄ってく?」
「うん?」
とある山の奥にある小さな村があった。周りには畑があるが、随分手入れがされていないので、雑草が随分と伸びている。
作物もまだ育ちかけのものが多く、何の選定もされていなかったり、青虫に葉を食われまくっていたりと、結構ひどい状態だ。
一瞬廃村かと疑ってしまいそうだが、こんなところにもちゃんと人が居た。
「この前、俺が入った家の奴らがよ“持っていかないでください! もうこれ以上取られたら、私たちは飢え死にするしかないんです!”とか言って、馬鹿みたいに泣いてすがってきやがった! まあ俺がすぐに正義の鉄槌を下してやったがな!」
「あはははははっ! 何それ、ちょう受けるぅ~~~!」
「飢え死にねぇ~~~まあ正義の使徒に背く悪党には、似合いの最後ですわな~~」
昼間だというのに、家々の中には、多くの笑い声と酒臭い息で溢れている。そこ住人達は、いかにもゴロツキといった風貌で、行儀も欠片もない作法で食事中だ。
奥の台所で、何人かの女性が、黙黙と次の料理を作っている。皆疲れ切った様子で、今にも倒れそうである。彼らの仕事は料理だけではない。彼らが散らかしたあの食卓の後片付けと掃除もしなければならない。
多くの重労働を関わらず、賃金はなく、出される食事も乏しい。こんな生活が長く続いて、もういつ倒れる者が出てもおかしくない。
そんな汚い団欒と、絶望雰囲気が漂う村の中に、一陣の風と共に、何かが飛来してきた。
この日、エイドア近郊の山奥のとある村。今は勇者達が根城にしていたその集落に、バケツをぶら下げた飛ぶ人間が飛来した。
彼女がそこで何をしたかというと、いつも通りの単調すぎる作業なので、ここでは割合する。
「おし、これでもOKだ。お前らも他の奴らも、これでここに帰れるぞ」
「はっ、はぁ・・・・・・」
ついさっきまで大勢の自称勇者の冒険者達がたむろしていた村。元の住人が全員締め出されてから、ろくに手入れされていない雑草だらけの畑に囲まれた、白い木造民家が密集している場所。
そこは今、異様なほど人口密度が減少していた。
さっき“一仕事”を終えて戻ってきたゲドが、残っていた村の女達に声をかける。彼女らはこの村が勇者達に占領された後も、ここに残って雑務や風俗などの仕事をさせられていた者達だ。
それが一様に、村の入り口に立ち並び、戻ってきたゲドに唖然とした表情を向けている。
「よしさっさとエイドアにいくぞお前ら」
「ええ、じゃああなたたちも達者でね♪」
ステラが女達に手を振り、チビと共にバケツの中に乗り込む。バケツと縄で繋がったゲドが、風を舞ながら浮き上がると、ステラ達も気球に乗っているかのように同時に浮き上がる。
嵐のように突然現れて、全てを片付けていった謎の二人組を、女達は未だに唖然とした表情で、大地から空へと見送っていた。




