第十二話 津波
一時間後。街から大分離れた荒れ地の中。
そこは以前は村があったらしいが、盗賊や勇者達の被害が頻出し、村人達は別の土地に移住して廃村になってしまった。
そこの手入れがされず、雑草だらけの畑の上で、ゲドとステラが向かい合って立っている。近くではチビが、その辺を飛び回っていたバッタを食べていた。
「まず魔法を習得するに必要なのは、精霊との契約。契約って言っても、相手は人格も何もないどこにでもいる下級精霊ね」
基本魔法はそれである。一般人にイメージされている手や杖から火を出したりする魔法は、体内に精霊を取り込んで契約として発動する。
本人の魔力で体内の精霊の力を実体化させて、それによって発生したエネルギーを体外に放出・操作するものだ。
他にある程度の意思を持った上位精霊と、身に宿するのではなく外から力を合わせて発動させる精霊魔法というものもある。
ステラが使っている召喚魔法は、その両者の複合である。実はこの契約、精霊魔法と同じ要領で、精霊以外の存在=動物と契約することも可能なのだ。
契約した動物は、術者の魔力的な繋がりが出来て、その力を強化可能だ。そして宙を司る精霊と契約することで得られる転移系の基本魔法を使って、その契約相手を契約主の側まで呼び寄せるのだ。
ちなみにこの転移魔法。召喚獣を手元に転移させるのは割と簡単に出来るが、自身を基点のない場所に移動するのは相当難しい。
少なくともステラはこれに成功していない。つまりステラは遠いところに瞬間移動という、便利な能力をまだ体得していないのだ。
「とりあえず血を少し頂戴。それを使って精霊とリンクするから」
「あいよ・・・・・・」
ゲドは未だにつまらなそうな顔をしながら、刀を抜き、その刃で自分の上腕の皮を斬った。ダラダラと滝のような流血を起こしている手を、ステラに差し出す。
「何もそんなに血を出さなくても・・・・・・ていうかあんた痛くないわけ?」
「痛えよ。でも思い切り斬り付けないと、傷一つつかないんだよ、この身体は・・・・・・」
「そっそうなの・・・・・・? まあいいわ・・・・・・」
ステラはゲドの腕に指をつけて、少量の血を指先に付着させる。そこに魔力を注ぎ込み、周囲の精霊を、その血の持ち主と適応できるよう調整を始めるのだが・・・・・・
「あれ? えええっ?」
突然ステラが目を丸くして、ゲドを見やりながら呆然とする。
「何だ? やっぱり才能無しか?」
「そうじゃないわよ! あんたの身体、もう精霊と契約済みよ! しかも凄い種類よ! 火・風・土・雷・水・闇・光・宙・命・夢・霊・・・・・・・・・・もう多すぎて私でも把握しきれないわ!?」
感知したのは精霊の種類だけではない。ゲド個人の魔力も、自分とは比較できないほど強大であることに気づく。
竜をも殴り殺せる怪力だけでなく、魔法使いとしての能力も尋常じゃないゲド。一体この肉体は何だというのか?
「それって凄いのか?」
「凄いなんてもんじゃないわ! ただ多いだけでないの! 契約精霊は、あんたの魔力に完全に適応強化されるまで研ぎ澄まされていると思うの! まああんたの魔力が強すぎて、私でもどのくらいの強さなのか把握できてないんだけど・・・・・・
普通魔道士が複数の属性を完全にマスターするには、相当な修練がかかるわ! しかも契約を重ねれば重ねるほど、それが大変になる! それなのに・・・・・・あんたのその身体、一体何百年修行すれば、そんなとんでもない状態になれるわけ!?」
「おっ、落ち着け! そんなに一片に早口で言われても、正直判らん」
興奮しきったステラを治めるためにこう言ったが、ゲドの耳には今ステラが言った言葉、常人では聞き取れないほど取り乱した言語を、一字一句聞き逃さず暗記していた。
以前の自分ではこんなことはできなかった。この身体の聴覚、そして脳の力=記憶力が尋常でないのだ。
(確かにこの身体は変だな・・・・・・。力さえ手に入れられたんだから、後はどうでもいいと思ってたが・・・・・・。これは本格的に調べる必要があるかもな・・・・・・)
しばらくして、ようやく両者が落ち着いてきたところで、ようやく本題に映る。
「契約の方は・・・・・・よく分かんないけどもう解決したわね。次は魔法の術式の組み方だけど・・・・・・」
ステラがかつて自分が習ったのと同じ要領で、魔法の術式に必要な精神の集中やイメージ、詠唱などを次々と解説する。
魔法は最初にどの属性から学ぶかによって、得意魔法の分野が変わってくるとのこと。
それ以外の魔法も、簡単で低威力のものなら軽い修練が必要になるが、高位の技を覚えようとすると、最初に学んだ属性よりも、大きな修練になるとのこと。
「まあ、あなたの場合その心配はいらないわね。全属性の魔法が、かなり研ぎ澄まされて上位レベルになってるから。まあ、あなたの魔力の正確な上限が、私には読み取れきれなかったから、本気でやると属性の得意不得意に差が判るかも知れないけど」
「お前は最初に、召喚系の属性を選んだのか?」
何をどうでもいい質問を?と思ったが、ステラは素直に答える。
「ええ。普通はそういうのって自分で決めるんだけど、私の場合は家の命令ね」
「家の命令? ていうとお前は魔道士の家系なのか?」
「そうよ。八代前から続く、そこそこ由緒ある家系なんだから。結構凄いでしょ私♪」
「それが何で傭兵なんてやってたんだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
その途端ステラの顔つきが変わった気がした。さっきまでと違い、どこか暗く不快そうな雰囲気だ。どうやら聞いたら駄目な領域まで追求してしまったようだと、ゲドは少し後悔した。
「悪い。じゃあ最初の話に戻るか? とりあえずさっきの話の要領で、頭の中で魔法をイメージすればいいんだな」
「ええ。でもこのイメージってのは難しくてね。最初は誰も、煙一発出せなかったり、下手なやり方すると、自分が火傷することがあるから。とりあえず攻撃性の低い水属性から試すかしら」
ゲドの契約属性は、多すぎて強すぎて、どれが得意属性なのか判断できない。とりあえず試し打ちで一番安全だと言われている、水属性から始めることにした。
(イメージ・・・・・・イメージと・・・・・・)
教えられた通りに、頭の中で水の流れをイメージする。そして全身の神経を活性化させるかのように、精神を集中し、やがてそこを魔法を発射する右手に収束させる。
ゲドは自分がよく見た、魔道士が掌から発射する姿を思い浮かべ、それを真似して掌を前方の廃屋に向ける。
(えっ、えええっ!?)
その途端、ゲドは僅かに動揺した。イメージが上手くいかないのではない。上手くいきすぎているのだ。
イメージも精神集中も魔力の活性化も、まるで昔から覚えていたかのように、軽々とできているのだ。半ば無意識でも魔法が使えてしまうぐらいに。
「うわっ!?」
この様子に外のステラも驚く。ゲドの中から溢れ出る、尋常じゃないほどの魔力量に。その魔力の余波だけで、周囲の草が突風が走ったかのように揺れ。近くにいたチビが驚いてこちらに振り向く。
さっき血を感知したときも、強大すぎる力を感じたが、今はそれ以上だ。ゲドの魔力の強さは、想像を絶しすぎていた。
(できる! これなら撃てる! 発射!)
もうやり慣れた作業を行っているかのように、ゲドは掌から水流を放出する、水属性の基礎の技を発動させる。
その瞬間、廃村が突然の洪水に見舞われて、跡形もなく全壊した。
数分後、一行は変わり果てた眼前の光景を見て絶句していた。
「何だよ・・・・・・これ・・・・・・?」
「すげえわこれ・・・・・・。下手すりゃ私も、水流で圧死してたわね・・・・・・」
さっきまで畑と民家の後があった荒れ地は、見事なまでに巨大な穴が出来上がっていた。それは扇形に大地を深く広く抉り、全てを土砂として遠方に拡散させながら吹き飛ばした。
何によってかというと、ものすごい量・圧力で放出された、大量の水によってである。底の方には、結構な深さの水溜まりになっている。
かつて存在した村の姿は、影も形もない。おそらくこれは、城一つ消し飛ばせる威力だろう。
まるで堤防が決壊したかのように、ゲドの掌から大量の水が吹き出る。質量保存の法則など、考えるのも馬鹿らしいほど。
局地的に発生した大量の水は、地面を叩きつけあらゆる者を流し、奥へ奥へと押し込まれていった。向こう側の森は、びしょ濡れになって全ての木々がなぎ倒されている。更に向こう側にも、相当なレベルの水害が起きているだろう。人里から離れて本当に良かった。
ステラはゲドの発射方向とは反対側にいたのだが、いくつかの水が後ろにも飛び散った。
量は少ないのだが、それでも威力は弾丸並みで、ステラはそれに吹き飛ばされてかなり痛い目に遭った。
ゲド本人は、自身が出した水の威力の反動に、危うく倒れそうになったが、何とかこらえて立ち続けることが出来た。
「あんたの場合は・・・・・・魔法を覚える先に、力の制御の練習をした方がいいわね・・・・・・」
びしょ濡れになりながら口にするステラの言葉に、ゲドは顔を青くしながらゆっくりと頷いた。




