第十一話 虫
ゲドが謎の少女の姿に転生してから、二十日ほど経過した。
彼(彼女?)の行いのおかげで、盗賊や勇者達は活動が減る。ゲド達はやがて、これまで冒険者がこなしてきた魔物討伐を行うようになっていた。
その魔物には異界魔も含まれていた。
「来たな・・・・・・」
「今度は何? また勇者?」
木造の古い集合住宅のような、大量宿泊を前提にした大きな安宿の中。宿で一夜明けていたゲドが、これから朝食をしに二階に降りようとしたときだった。
ゲドがまた何かの気配を感じた。こいつの感覚能力はどうなっているのか、遠くにいる悪事の会話すら、聴き耳を立てているように、簡単に気づいてしまう。
ちなみにこの宿で、二人は相変わらず別室で寝ていた。女二人で何故部屋を分けるのか、宿の従業員から不思議に思われていたが。
ゲドはステラの後ろに回ると、突然尻に手をかけて、そこを支点にステラを持ち上げた。子供が大人の身体を、荷物のように担いでいるのだ。
「ちょっと!? お尻触らないでよ!」
「この体格差じゃ、肩車も横抱きも出来ないだろうが! 我慢しろ!」
街に飛び出した、子供に持ち上げられて突風のように走り抜ける二人。
そしてその後ろを弾丸のような速度で追いかける小さな動物は、大勢の人々に目撃され、また街の中に新たな噂を呼び込むことになった。
そして数時間後・・・・・・
「たりゃぁああああああっ!」
ゲドが渾身の力で近くにあった大木の幹(推定三百キロ)を持ち上げて、それを天高く頭上に投げ飛ばした。
場所はとある森の中、かつては木々が生い茂って場所は、散々に木々がなぎ倒されて荒れている。
ゲドが木を投げた先の空の上には、地上百数十メートルの空を飛行する、謎の怪生物が浮いていた。それは大きな虫のような人のような怪人である。
人間のような四肢があるが、全身の皮は虫のようにガサガサしていて、細かい毛がちょくちょく生えている。背中には虫のような透明な羽=翅が生えており、それが高速でブンブンと羽ばたいている。
顔はまさに虫である。顔の大部分を占める大きな複眼に、口元には横に開閉する牙と触角が生えている。後頭部には何故か、人間のような茶色い髪の毛が生えていた。
虫が嫌いな人が見れば、見ただけで卒倒してしまいそうな外見である。
その虫怪人に、矢のように根っこから突っ込んでくる大木。だが虫怪人はそれを、空中を移動してあっさりとかわす。
的を外した大木の矢は、遙か向こう側まで飛んでいき、隕石のよう墜落し、ドオン!と派手な音を立てて、地面に杭のように突き刺さる。
「ウララララッーーーー!」
一発外したぐらいでは、ゲドの攻撃は止まない。近くにあった木や岩石を、次々と雪合戦のように投擲していく。
俊敏に飛び回れる虫人間には、攻撃が当たらない。いや、一回は当たっているのだが、一瞬よろめいただけで、大したダメージは与えられていないようだ。
鋼鉄よりも頑丈な肉体を持つ虫怪人には、ただの木や岩では武器としてやわすぎるのだろう。前にゲドが撃ち落としたアイスワイバーンとは、圧倒的に格が違う。
虫怪人は攻撃を避けながら、地上にいるゲドに反撃を仕掛ける。右手を突き出して、ゲドのいる方向にパーの形をつくる。
するとそこから青いエネルギー粒子が放出・凝縮されて、一個の光の玉が形成される。そしてその玉が、大砲のように勢いよくゲドに向けて発射された。
(またか!)
こちらに向かって飛んでくる光弾に、ゲドは即座にその場から後方ジャンプして移動する。
さっきまでゲドが立っていた場所に光弾が着弾すると、地雷を踏んだかのように地面が弾けて、そこに直径1.5メートルほどの、ボウルのように丸い穴ぼこが出来上がった。
虫怪人の光弾による対地攻撃は一発ではない。次々とその攻撃を連射して、ゲドを襲い続ける。
(くそがっ!)
ゲドは悪態をつきながら、その攻撃から逃げ回っていた。森の中を走る度に、着弾の余波で地面が削れ、木々が倒れていく。
連射にも限界が来たのか、攻撃の感覚が緩まると、即座に倒れた木を拾い上げて、虫怪人に投げつける。だがこれもあっさりとかわされる。さっきからこの繰り返しである。
(ちくしょう! 空にさえいなければ!)
ゲドは空を飛ぶ敵に、予想外の苦戦を繰り返していた。
ゲドの攻撃法は、高い身体能力による剣技のみ。陸上戦では無敵の戦闘力を発揮していた。
だがゲドには、空中にいる敵に有効な、遠距離戦法を持っていなかった。出来るのは物を投げつけるという、原始的な戦法のみ。
だがただの石では、奴には全く効かなかった。どんなに速く重く投げつけても、石の硬さでは、あの化け物の身体には傷一つつけられない。
ではもっとでかいのを投げればいいのだかが、あまりに重すぎて投擲速度が遅く、しかも連投感覚が広いので、こうして攻撃の隙をつくりやすい。
(あの高さじゃジャンプしても届かないし・・・・・・魔法か、強力な銃があれば・・・・・・)
無い物ねだりの思考をしている最中、急に虫怪人の様子が変わった。今まで得意げに飛び回っていたのが、急に停止し、ブルブルと身体を震わせて何か呻き始めた。
「ギギギギッ・・・・・・」
ついには胸を押さえて嘔吐まで始める虫怪人。羽ばたきも弱まり、やがて虫怪人は攻撃を受けたわけでもないのに、殺虫剤を欠けられたハエのように地面に落ちていった。
(何だぁ?)
空襲でも起きたかのように荒れ果てた森の中を進み、墜落地点と思しきところにまでいくと、あの虫怪人が泡を吹いて痙攣しながら倒れていた。
倒れた木の幹に背中を乗せて、逆エビ背になって倒れている虫怪人。近くによっても、反撃する様子はない。
試しに軽く蹴ってみたが、やはり応答無し。しばらくすると痙攣が治まり、虫怪人の呼吸が停止した。死亡である。
「寿命か・・・・・・」
この虫怪人は異界魔である。こいつが出現したとき、十キロ以上離れた位置にいるはずのゲドが、前の蜘蛛と同じように感知し、ここまで駆けつけたのである。
そして戦闘になったのだが、空の敵とは相性が悪く苦戦したと思ったら、何もせずに勝手に死んでしまった。
異界魔は、この世界との相性が悪いのか、それともそういう生き物なのか、はっきりとしないが、この世界に現れてしばらく時間が経つと勝手に死んでしまう。
だがその死ぬ間際の姿を目撃したゲドは、ある意味貴重な体験をしたと言える。
「締まらない勝ち方ね・・・・・・別に放置しても良かったんじゃない?」
「放置したら、人里まで飛んでいったかも知れないだろ?」
今まで森の奥で隠れていたステラとチビが、異界魔の墜落に気づいて、ここに戻ってきた。
正直こいつらでは戦力にならないので、異界魔の姿を視認すると、すぐに遠い木陰に隠れさせた。
別に連れてくる必要もないのだが、目を離している隙に逃げられるかもと、ゲドの警戒によるものである。
(別にあんな恥ずかしい運び方されなくても・・・・・・もう逃げやしないのにね。だって私は・・・・・・)
ステラは戦場跡を見つめて、かなり微妙そうな表情である。
そこには土がいくつも抉れ、木々がなぎ倒された、滅茶苦茶になった森の姿があった。
「あんたさ~ちょっと加減した戦いが出来なかったの? 人身被害は防いだけど、それ以外の被害が深刻なんだけど・・・・・・」
「そこまで構ってられるかよ。相手は異界魔だぜ?」
何か納得できない思いを抱えながらも、ステラはやむを得なく頷いた。
(こいつには馬鹿力以外の戦い方を覚えて貰った方がいいかも・・・・・・毎度こんな風に大暴れされたんじゃ・・・・・・)
「じゃあもう帰るぞ。こいつの上に乗れ」
「え?」
見るとゲドは、異界魔の胴体を背中から頭上に持ち上げていた。手間な解体は止めて、丸ごと持ち運ぶ気のようだ。
確かに一匹だけなら、持ち帰って専門の剥ぎ取り職人に任せた方が、綺麗に素材が取れるだろう・しかしこれに乗れとは・・・・・・?
「こいつの身体に決まってるだろ? 一度に二人分は運べない」
その後ステラは、しばらくの間ゲドに三十重ねで運んで貰うことになる。その間、あの虫怪人の気持ち悪い肌にがっしり抱きついていた。
虫は割と平気なステラにとっても、史上最悪の気分であった・・・・・・
異界魔の死骸を持って、街に戻ってきたゲドを迎えたのは、多くの人々からの拍手喝采であった。
「どうしたのかと思ったら、そいつを成敗しに行ったんですね! 異界魔までやっつけるなんてさすがです!」
「別に俺が倒したわけじゃ・・・・・・」
「ご苦労様です! ゲドさんの為にこれを持ってきました! ほんのお礼です!」
「別にこいつの素材から金を取るから、別に礼はいらないっての・・・・・・」
百人以上の人々の囲いを潜り抜け、手渡されたいくつかの袋を持って、ようやくゲドは宿に戻ってきた。
「大層な人気ね。けっこういい気分じゃない?」
「あんまし・・・・・・。期待なんてない方がいい。無駄に肩が重くなる・・・・・・」
ゲドがとった寝室に二人はいる。子供用には大きすぎるベッドの上に座り込み、ゲドは手渡された袋を開けて中身を見る。そこには袋いっぱいのクッキーが積まれていた。
「しかし、何で渡されるのが全部お菓子なんだ。人を英雄扱いする一方で、未だに子供扱いか?」
「まあ、見た目もあるでしょうけども、ワーライトであんたが菓子の買い占めをしたからじゃないの?」
その後夕飯代わりに菓子を口にする二人。正直もう甘い物は食べ飽きた。食べている途中でステラの方から、話題を振ってきた。
「ねえ、ゲド。あなた魔法を習ってみる気ない?」
「魔法?」
「そうよ。そうすれば今日見たく空の敵に手こずらなくてすむし」
確かに戦闘における魔法は、基本的に遠距離攻撃に優れている。空を飛ぶ敵に対して、かなり相性の良い能力だ。
「魔法か・・・・・・俺にも使えるのか?」
魔法は基本的に学と修練を積めば、誰にでも使うことが出来る。だがその学と修練が相当厳しい物だ。それに才能が薄い者が魔法を習得しても、大して強力な魔法を使えないことが多い。
正直そんなことに時間と労力を使うぐらいならば、マジックアイテムを買った方がマシと、本格的に魔法を学ぶ者は限られている。
マジックアイテムとは文字通り魔法能力を宿した道具である。それがあれば素人でも魔法に同等の力を借りることが出来る。
それは二つのタイプがあり、一つは精霊石と言われる物。その石を手に持ち念じることで、各々属性に適した魔法を使うことが出来る。
もう一つ魔法器具と言われる。日常生活と同じように使うだけで、普通の道具にはない機能を発揮する物。ゲドの実家が使っていた、お菓子を長期保存できる陳列ガラスケースがそれにあたる。
一般市民が扱うのは、基本的に後者の魔法器具である。それがあればわざわざ苦労をかけて魔法を自己習得する必要がない。
最も精霊石も魔法器具も、発揮できる力は一定以上のレベルの魔道士よりも弱いし、そもそも魔道士がいないとマジックアイテムは作れないので、ちゃんとした魔道士を育成する必要はある。
「それはやってみないと分かんないわね。あなたのその肉体は、はっきり言って謎だらけだし。まあ私らも真面目に調べようとしなかったんだけどさ。それが駄目だったら気功を学んでみたら。あれだけ強い肉体があれば、確実に習得できると思うわ!」
やけにはきはきと話しながら、こちらに魔法・気功の習得を提案するステラ。それにゲドは、なんとも訝しげな表情を見せる。
「お前・・・・・・随分俺に協力的だな? お前は俺に脅されて、無理矢理一緒にいるはずだが?」
「うん? そういやそうだったわね。まあいいじゃん? あんたに私を殺す気なんてないでしょう? 逃げる気がないと判っただけで気軽じゃん?」
「まあ・・・・・・そうだな・・・・・・」
何となくこいつに嘗められているような気がして、ゲドは少し不快な気分だった。
「それで魔法はどうやって習う? お前が師事してくれるのか?」
「それ以外に手はないでしょう? 大丈夫よ、私がきっちり丁寧に教えて上げるわ」
ますます不愉快な気分がしたゲドに、ステラはムカつくほどの笑顔でそう答えた。




