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第十話 赤い悪魔

 数日後、とある森の中で。そこには数人の冒険者たちが、あからさまに胡散臭い会談が行われていた。


「大丈夫かこいつ? また前のみたく、村を壊しすぎて金を絞り取れなくなったら……」

「大丈夫だ。あれから結構練習したから」


 彼らの目の前には、一体の怪人がいた。体格は身長三メートル以上はあり、太い手足の屈強な肉体である。全身には爬虫類のような赤い鱗で覆われており、頭はトカゲのよう。そして後頭部には、羊のような角が生えている。

 明らかにモンスターであるそれが、目の前のステラに似た感じのローブを着た若い男に、まるで懐くように顔を寄せている。


「ほらな、大人しいだろ?」

「お前にだけはな……」


 他の冒険者が近くに寄ると、その怪人は荒い鼻息を上げて威嚇する。


「まあいい。とっとと行かせて……」


 リーダー格の冒険者が、何か指示を出そうとしたとき、近くで草を踏みつける足音が聞こえてきた。

 何かと思ってそこにいると、彼らも見覚えのある女召喚士=ステラと、見覚えのない変わった風貌の子供=ゲドとチビが、この場に姿を現していた。


「何だステラ? これは俺たちの仕事だ。途中参加はできんぞ」

「別にいらないわよ。今はコイツのお守りが仕事だし」


 お守り?不思議に思って該当者であろう子供を見る。こいつが子供の世話を焼くような性格とは思えないが……。それを皆が思っている時に、ゲドが口を開いた。


「そのレッドデーモン。前に東の方で村を襲った奴と同じだな? 今の会話からしてお前らがその事件の犯人ってことで間違いないな?」


 冒険者達に僅かだが動揺が走る。この怪人=レッドデーモンは彼らが使役している召喚獣だ。

 これから近くの村で適当に暴れさせて、後から出てきて討伐料をありったけむしり取る予定なのだ。


「なっ、何を言ってるのかな? 子供の探偵ごっこは家でやれよ……」

「その焦り顔だけで十分な証拠だよ。覚悟しろクズども!」


 ゲドが背中の刀に手をかける。それに気づいて、冒険者たちも表情が変わる。あのステラが隣にいるということは、ただの子供ではないのかもしれない。


「やれっ、デーモン! 二人共喰っちまえ!」

「グォオオオオオオオッーーーーー!」


 レッドデーモンが巨体を走らせて、二人に突撃する。そしてゲドに向けて、牛すらペチャンコにする拳を振り下ろしてきた。


「ふん!」


 拳が顔面ギリギリの距離まで来たとき、その位置にゲドの太刀筋が通った。その瞬間、振り下ろされる拳が、動きを停止させた。

 そしてゲドの顔に血が胡椒のように大量に振りかぶってきた。もちろんこれは本人の血ではない。


「ギギャアッ!?」


 レッドデーモンが悲鳴を上げて数歩後退する。彼の右拳は野菜のようにパックリ斬られていた。切断された指が、芋虫のようにボトボトと地面に落ちる。

 レッドデーモンが苦しんでいる隙に、ゲドが敵の頭の所まで低空ジャンプ。二回目の剣撃で、レッドデーモンの首がバッサリと切断される。


「なあっ!?」


 跳ね飛ばされ、ポンポン地面をバウンドし、やがて冒険者の足元まで転がってくるレッドデーモンの首。

 やばいものを感じて、何人かが逃げ腰になるが……


「逃げさねえよ!」


 ゲドが弾丸のような速度で走り、冒険者たちが反応しきれないまま、彼らの足を次々と切断していく。勝負にすらならない、あまりもの楽勝だった。


「うわぁあああああっ! なっ、なんだーーーー!?」

「あっ、足が……足がぁあああああーーーー!」


 足を失い卒倒する冒険者に、今度はステラが歩み寄る。ゲドと違って、ゆったりと落ち着いた動きだ。


「はいはい、大人しくしましょうね?」


 ステラの持っている魔導杖の宝珠が、電球のように白く光り出す。そしてその光る部位を、ハンマーのように冒険者の脳天に叩きつけた。


「がぁ!?」


 光の粒子が弾けて、杖に頭を殴られて卒倒する冒険者。残りの冒険者たちにも、モグラたたきのように、次々と殴りつけおとなしくして行く。

 魔力で物質を強化し、物理的打撃力を上げる、気功に似たタイプの攻撃法=魔力撃である。


「罪は最初にお金で償いなさいね♪」


 全ての冒険者を沈めた後、ステラは冒険者たちの懐を漁り始める。やがて彼らの手持ち金が、全てステラの手に渡った。


「結構なやり手だったのに、あんまし稼いでないのね。残念だわ……」

「やり手? こんな奴らがか?」

「あんたが規格外なのよ。こいつら私一人だったら、かなり手こずっていたわ」

「まあいい。とっとと運ぶか」


 この日、近くの村に数人の冒険者と思われる男女が、縄でグルグル巻きにされて放り込まれた。その傍には、袋に詰められたレッドデーモンの生首もあり、村人たちを仰天させる。

 彼らは片足を失う重傷で、彼らの頭に一枚の張り紙が貼り付けられていた。それにはこう書かれていたという。


《私たちは×××村を召喚獣で破壊し、この村をも襲おうとしました。どうか裁きを与えてください》






 更に数日後、二人はとある村の喫茶店で食事を取っていた。複数の民家の集まりを囲うように田畑が広がっている、山の中の集落。

 その村の、1軒のみの宿に近いところに建てられた、旅人の来客を前提に経営している木造の店である。そこの屋外テーブルで、二人が向かい合って座って食事中である。


「はあ・・・・・・何か久しぶりな気がするわ。菓子以外の物を食べるのは・・・・・・」

「おう。あれだけ食べて、お互いよく太らなかったなって感じ。しかも最後らの変な菓子、賞味期限切れでちょっと変わってたし・・・・・・」


 二人は食べているのは、箸という2本組みの木の棒で食べる、スープで煮込んだ麺類=ラーメンという、かつて黒の女神がこの世界に伝来させたという謂われのある料理である。


 黒の女神は、移民したこの世界の住人に、様々な異世界の文化を伝えた。霊術士の衣装もそれらしい。


「おう、ごちそうさん! うまかったぞ!」

「はい、どうもありがとうございますゲドさん!」


 食べ終えて、代金を受け取る店主は、妙にゲドに対して恭しい。

 実は昨日まで、この村は貧困に苦しんでいた。今年に入って二度に渡って、近くに拠点を構えている傭兵団に大規模な搾取をされていた。食べ物もほとんど取られ、生かさぬように殺さぬようにの分量で、村は苦しめられていた。

 連行されて拠点で使用人として働かされたり、猿屋に売られた者もいた。


 だが先日、ゲドがその傭兵団を襲撃した。傭兵達は全員半殺し。村人への迫害を酷かった数人は、手足を斬られて再起不能にさせられる。

 ゲド個人としては、全員を再起不能にしてやりたかったが、あまりやり過ぎてローム王国の兵力を削り取ると、政府から目をつけられて面倒になりかねないので自粛した。


 ここ数日に渡って、ゲドは各地で盗賊・勇者・猿屋・猿屋から商品を買った客、を次々と襲って廻っている。

 ただ最後の猿屋の客に関しては、ステラからの制止で、住処に潜り込んで奴隷を誘拐するに留めている。

 客には貴族や豪商もおり、それに暴力を振るうと、明確に犯罪者になってしまう。誘拐行為に関しては、元々奴隷所持は法律上(・・・)では違反行為なので、現時点それで訴え出ている者はいない。


 傭兵達の持っていた物資のほとんどが、この村に還された。猿屋に売られた者達も、何人かがゲド達のおかげで帰ってきている。

 それでも全員ではないのが、ゲドにはかなり苛ただしいものを感じていた。


(もういっそ、遠慮無く堂々と国に喧嘩を売ってやろうかな? 今なら国を潰すぐらいは、出来るかも知れねえし・・・・・・)


 ゲドの中では、そんな突拍子のない考えが浮かび始めていた。





 ゲドはとある木の根元で、用を足していた。“用”とは生物的排泄行動の一つである。その行為に、ステラがゲドとは逆向きに立ちながら、呆れ声で問いかける。


「あんたさ・・・・・・女の子が立ち〇ょんとかって、よした方がいいんじゃない?」

「何でだ? 女の身体でも、出る物は出るんだぜ?」


 通行人の目にとまっても、全く気にした様子がないゲド。これは例え男性でも、気にかけるべき事なのだが・・・・・・

 ちなみにゲドが今、黄金色の放水をしているのは、枝葉が大分弱っている寿命が近い、老木の根元である。


 その後は特にやることがないので、その変の村をぶらぶらしていると、ある休耕地で剣術ごっこをしている子供らがいた。

 人数は十人ほどで、男女関係なく共に仲が良さそうだ。


「いくぞ~~ゲイラン! 今日こそ決着をつけてやる!」

「望む所よオウ!」


 そんなかけ声が聞こえてくる。大霊術士ゲイランと鬼騎士オウとは、黒の女神に付き従っていたという戦士達の名前だ。

 どちらも不老で、子供の姿をしていたため、よくこういう子供の演劇に利用されている。何でも昔この世界で、その二人が女神からの好意を巡って、派手な喧嘩をしたことがあるとかないとか・・・・・・


 するとオウの従者役をしていた子供が、突然こちらに向かって走ってきた。


「君どこの子? まあ、いいや君も出てよ。これからゲイラン軍と合戦をやるんだ!」

「ほえ?」


 呆けた表情のまま、その少女に手を引っ張られるゲド。ゲドは自分が子供の姿をしているという事実をよく忘れる。

 しかも自分の中身が大人だという話はできない。まあ、言っても信じてもらえないだろうが・・・・・・


(まあ、いいか。たまにガキ共の相手でも・・・・・・)


 そう考えながら彼らの輪に入ろうといたとき、そこに別の何かが割り込んできた。


「おやめなさい、あなたたち!」


 明らかに子供ではない声の主は、買い物帰りなのか手提げカゴを持った中年女性だった。休耕地に大慌てで入り込み、困惑する子供らを引っ張ってゲドから引き離す。


(嫌われたか・・・・・・まああれだけ暴力を振りまくってたら、危ない奴と思う奴もいるわな・・・・・・)


 自分のこれまでの行動は、世間では相当知られている。新聞で小さな子供が勇者狩りをしていると、大きく載っけてあったのを見たことがある。な

 るべく死人はでないよう配慮していたが、それでも自分のやり方が野蛮で、他人からよい評価は受けないだろうと思っていた。


「すいません女神様! この子らが大変な無礼を・・・・・・」

「はっ?」


 だが予想と違って女性の口から出たのは、丁寧な謝罪の言葉だった。


(女神? 何言ってんだ、このババア?)


 女性はペコペコと頭を下げて、子供らを連れてその場から立ち去っていく。子供達は訳が分からないと言った風で、首を傾げてこっちを見ながら、その場から消えていった。

 折角楽しく遊んでいたのを、自分が邪魔してしまったみたいで、何だか心象が悪い。


「女神だってさ。大層尊敬されたものね、あんたも・・・・・・」

「いや・・・・・・尊敬すんのは勝手だけどさ・・・・・・女神って何だよ?」


 この世界において、女神という単語が指し示すのは大半の場合、黒の女神“コン”のことである。そしてこの国の崇拝の対象となっている、実在の魔道剣士だ。


「なんかさ~あんたの容姿見て、黒の女神の再来とか言ってる馬鹿がいるらしいよ。最近じゃこんなところにまで広がってのね」

「おいおいおい・・・・・・容姿ってこれがか?」

「うん、そう。あんた最近新聞見てないでしょう?」


 自分の顔を指して、混迷するゲド。彼はまだ、自分が元の男の顔のままのような錯覚を未だに持っていた。


 彼の今の姿、肌や髪・目の色は、確かにコンの人種と酷似している。ゲドは知らなかったが、今自分が持っている刀は、コンが使用していた刀と形も装飾もよく似ていたのだ。

 ただし鞘の色や、鍔の形には微妙な違いがある。また一部の霊術士や、レグンという亜人族も、このタイプの武器を使っているので、取り分けて珍しいわけではない。だが少なくともこの国では、ほとんど使われていない武器である。


 実は報道の写真を見た一部の者達が、この特徴を指摘して黒の女神と関連づける解釈を広げ始めたのだ。

 コンの血筋、もしくは関係者が、この荒れた国を治すために、この世界に遣わされたのだと。


 その話をたった今、ステラから知ったゲドは、もはや呆れてものも言えない所である。


「なんだよそれ? ていうか、荒れた国を治す? それって今のロームのやり方を、否定する前提で言ってるよな? 信仰とかどうした?」

「信仰に都合がいいから言ってるんじゃないの?」


 ローム王国政府の、傭兵招集によって引き起こされた治安悪化、及びそれを放置する状態は、もはや世界を守るという大義名分でカバーするには限界が来ている。

 そんなところにゲドが現れたのだ。適当でもいいから、ゲドをコンの使いだと言っておけば、聖教の教えに背くことなく、ローム王国を批判する格好の材料に出来る。


「適当だ・・・・・・そして何て都合のいい設定を、こっちに押しつけやがる・・・・・・」

「そんなもんでしょ? あんただって知ってるでしょ? 戦争肯定派の変わり身ぶり・・・・・・」


 最初にギールの世界征服計画が指摘された時には、多くの国民が賛同した。それによって治安が悪化しても、多少の犠牲は仕方がないと。


 だが他人が被害に遭う分には見て見ぬ振りするが、自分が被害に遭うと考え方を丸ごと変えて、政府のやり方は間違っていると批判する。

 傭兵・勇者の被害が拡大すると、どんどんそう言い出す者が、増えてきた。政府が彼らを邪教徒と名指しして、盛大な粛正を行ってからは、大分治まったようだが・・・・・・


「まずいな・・・・・・このままだと革命の象徴に祭られかねねえ・・・・・・」

「そんときゃ国外に逃げればいいわ。どうせクソみたいな国だったし・・・・・・」


 それは同意見だったが、こんな国でも自分の祖国をはっきりそう言われた時、ゲドの心の中に針をちょっとだけ刺すような痛みが入った気がした。




 蛇足話。

 ゲドが立ち去った後のその村の、ゲドが水をかけていたあの枯れかけた老木が、その後2週間ほどの期間で見る見る内に蘇ったという。

 多くの枝が伸び、多くの葉が生えそろって、傘のように地上を覆う。心なしか、幹も少し太くなったように見える。更には季節外れの花が、満開になって咲き誇った。

 この異様な現象に、村人達は喜ぶよりも、何か不吉なことの予兆ではないかと、怯えていた。

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