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Act.01

 前の車が停止した。同じくこちらもブレーキを踏み停止する。

 傍らの煙草を一本口にくわえ、お気に入りのジッポーで火を点ける。ゆっくりとニコチンを吸い上げると脳の血管が細くなるのを感じ取れた。すると同時に頭の中が一瞬洗い流されたかのように真っ白になる。

 鮫島は深い溜め息をつくようにゆっくりと息を吐き、またゆっくりと吸い上げる。それを2分程繰り返していたら前方の車が動き出した。

 視線を上にずらすとLEDライトが進めと言わんばかりに青い光を発光させている。鮫島は煙草を灰皿に押し潰すとアクセルを踏み、車を発進させた。

 そこでふと、窓の外へと目をやる。

 歩道には幼い子供を連れた男女が歩いていた。恐らくは家族だろうと自分で決めつける。似たような構成の人があっちこっちに点在していたのを見ていたからそう思ったのだ。

 今は3月末。春休みの最中。別に家族連れが歩いていようと不思議なことではない。

 視線を眼前の車に戻すと、これから向かう現場へと思考の向きを変えた。




 ここ三上市は大きいと言える程の面積を有してはいない。しかしそうとは言え、三上市は都市圏との連絡が直結しているため、街自体は大層栄えている。

 だからこそ街をもう一回り大きく発展させようと三上市の代議士達は躍起になっていた。

 三上市北部にある高級住宅街。昔から存続する由緒ある名家や年収の高い富裕層などが暮らしている。




 目的地に到着した鮫島は車を降りると萎びれたモスグリーンのロングコートを羽織り、現場へと歩いていく。

 十字路を左に曲がると右手に青いシートで囲まれた煉瓦造りの建物が見えた。

 ずんずんと歩いてくる鮫島の姿に表門の前に立つ二人の警官は行く手を遮ると、

「ここから先は関係者以外立ち入りできません」

 右側に立った警官が決まり文句を口にする。鮫島はスーツの裏ポケットから慣れた手付きで警察手帳を取り出し、それを左側に立つ警官へと見せた。

「どうぞ」

 同職だと確認した二人は鮫島に軽く敬礼をして、後ろ側に張られた黄色いテープを持ち上げる。その下をくぐり抜けた鮫島はコートのポケットから白い手袋を取り出し手にはめると、煙草で一服する。

 雲一つ無い空を見上げながら脳がニコチンを吸収する感覚に浸っていると、聞き慣れた声が彼を現実に連れ戻す。

「非番のところ申し訳ありません、鮫島さん」

 鮫島の部下である新谷正吾だ。

 彼も鮫島と同じ三上署に勤務する刑事で年齢は34歳。眼鏡をかけたイメージ通りの理系__と言いたいが以外にも文系出身。だが理屈っぽく合理的な思考を持っているためか、しばしば理系と勘違いされている。

「何か予定等はありませんでしたか?」

「んぁ?ああ、気にするな。俺には現場しか無いからな。非番だろうが春休みだろうが予定なんてもんはねぇよ」

「それは良かったです」

 そんな他愛もない会話を少しばかり繰り返してから仕事に入るのが彼等のスタイルだった。

「早速ですが事件の概要に移ります」

「ああ」

「被害者はこの邸の主で住人でもある梅原彬72歳独身。後頭部打撲による出血死。死亡推定時刻は恐らく昨日の午後7時から8時の一時間とのことです」

「遺体は?」

「こちらです」

 新谷は玄関の中へと入っていった。鮫島もそれに倣い後を着いていく。

 邸の内装は木造だった。

 まず直ぐに目に入ったのは中央を陣取る階段。そして高い天井。正に豪邸だ。

 (それにしても豪華な造りだな。一体どんな奴が住んでたんだ?)

 そう鮫島が思っているのを見透かしたのか新谷が口を開く。

「梅原彬は株や投資等で成功を修め、年収は億単位を軽く超えていたようです」

「マジでか?」

 思わず口にくわえた煙草を落としそうになる。そこまでの金持ちだとは思わなかった。

「はい。ですが収入の大半は生活費、納税に使っているだけであまり目立った支出はありません」

「何だ?そりゃ」

 鮫島は両足の靴にビニールを被せると、邸の床に一歩踏み出した。

「とりあえず、階段を中心に左側がリビング、右側がダイニングで奥がキッチンになっています」

「現場は?」

「二階です」

 新谷の先導で二階にへと上がっていく鮫島。階段を上り、突き当たりを左へと進むとその奥に遺体がある寝室があった。

 梅原彬の遺体はベッドの上にうつ伏せで倒れていた。その周囲にはおびただしい量の血が飛び散っている。

「失礼しますよ」

 鮫島は遺体に向けて手を合わすと、その頭を調べ始める。

「コイツは酷い」

 遺体の頭蓋骨は粉々に砕け、顔も見る影もなく潰れていた。頭部の所々殴られた跡があったが、この後頭部の左側にはある傷が致命傷となったらしい。

「この死体には不審な点が」

「何だ?」

「致命傷以外の傷が妙に新しく、血痕も致命傷がついた時期と合致しないようです」

「つまりは誰かが殺した後で殴りまくった、てことか……」

「まだわかりません」

「そうか。凶器は見つかったのか?」

「はい。凶器は金属バット。遺体の傍にあったらしいです」

「金属バット、ね。指紋は?」

「柄の部分にべったりと」

「てことは、後は犯人の割り出しだけか」

「そうなりますね。署の方針では怨恨の線を洗うようです」

鮫島は寝室を出ると新谷に第一発見者を尋ねた。

「発見者は殺害された18歳のになる梅原の娘です」

「梅原の娘。梅原の娘。梅原の娘。梅原の。娘、娘、娘、娘娘娘娘娘__」

「鮫島さん。変態じみてますよ」

「わかってるよ__って、梅原の娘?!」

 突然な鮫島の声に周りにいた他の刑事や鑑識が一斉に鮫島を見る。

 新谷が皆に謝ると、皆は自分の役目に戻っていった。

「すまんすまん。ついビックリしてな」

「僕が一番驚きました。いきなり大声を出さないでください」

「それで発見者が梅原の娘ってのは本当か?歳が離れすぎてるだろ。まさか、隠し子ってヤツか?」

 新谷は呆れて言葉を出せなくなった。

「何だぁ、その目は。それが上司に対する目か?」

「上司だと言うのならもう少しまともな思考をしてください」

「何だと、テメっ!」

 その声にまた周りの皆が振り向く。

「……ははは。気にしないで」

 鮫島はそう言いながら、そそくさと階段を降りていった。



 外へ出た鮫島はようやく新谷から説明を受けた。

「友人の子を自分の養子に、か」

 煙草を蒸かしながら沁々とする鮫島。

「9歳の時に両親と死別。身寄りのなかった彼女を梅原彬が養子として引き取ったようです」

「それで?その梅原のお嬢様は今何処に?」

「通報した後すぐ倒れたらしく、今は病院でねむっています」

「そうか。なら仕方ないな。話を聞くのは後日にするとして……とりあえずこの近辺を聞き込むぞ」

「わかりました」




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