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私の主様

作者: 時廼あかり

辺境の村は、今日も平和で私は鼻歌を歌いながらお屋敷までの帰路についていた。これなら三時までには帰れそうだ。そしたら、私の主様と一緒にお茶が頂ける。


 そう思うだけで足取りが軽くなり、鼻歌がさらに大きくなった。普通、私の主様くらい身分が高ければ侍女などとは一緒にお茶の席を一緒にすることはまずあり得ない。


 しかし、私の主様は違うのだ。

 時間が合えばいつも微笑みながら、お茶を一緒に飲もうと誘ってくれる。

 

 主様付きの私は城に勤める侍女たちから羨望の的だ。

 早く辞めればいいのにね~なんてことを言う者までいる。まあ、ほとんどは冗談交じりだけどあれ、けっこう本気だよね……


 でも、絶対に辞めませんから!

 給料も良く、主様にも恵まれ、何の不満がありますか!

 

 さて、今日の村での収穫は真っ赤に熟した林檎。帰ったら早速、料理人にアップルパイにしてもらおう。明日の茶菓はアップルパイに決定だわ。


「おい」


 おや、空耳が。


「おい」


 さあ、早く帰らなきゃね。


「おい!聞こえないのか?」


 ちっ。あら、いけない。思わず舌打ちしちゃった。はしたないわ、私ったら。


「おい、頼むから聞いてくれ……」


 よし、命令口調じゃなくなったわね。私に命令していいのは主様だけなんですからね。


「何でしょう?」


 通り過ぎた木の横に綺麗な白馬と共に佇んでいた男に私は聞き返した。

 あら、王宮付きの騎士じゃない。

六花の紋章の上着は、王宮付きでないと着用出来ないはずだ。さすがに整った顔をしている。あそこの王子はえらく顔にこだわるらしいから納得だ。うーん、何か嫌な予感がするわ……


「ここに絶世の美貌を持つ者がいると聞いてきた。知っているか?」


 もう上からの口調に戻ってる…… まあ、王宮付きの騎士なら仕方ないか。


「どうでしょう……私の主様はそれは素敵な方ですが、お探しの方かどうかはわかりません」


 騎士がじろりと私を睨んだ。


「何でもいい、ここまで来たんだ。いまいちでもいいから会わせてくれ」


ん、まあ。何て失礼な!


「ちなみにお前の主の性別は?」


「女性です」


「そうかでは頼む、お前の屋敷に連れて行ってくれ」


 やっぱりそうくるか。うーん、断りたい。断りたいけど…… 騎士の表情を見れば、断れそうにないことは一目でわかる。


「それってあの噂の……」


 騎士が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


「そうだ、その噂の妃選びのために俺はここに来た」


 はあっと騎士が肩を落とす。主に恵まれないとこうなるのよね。私は幸せだわ、うんうん。


「俺の主は、とんでもなく面食いなんだ」


 あー、はいはいそう聞いてます。なまじご自分のお顔が良いから調子に乗ってるんですよね。大変ですね~


「そうですか」


 心の声は綺麗に隠して、私は頷いた。


「だからいつまでたっても決まらない」


 うん、税金の無駄遣いですね。私の主様が聞いたら嘆きそうです。


「で、王子付きの俺も駆り出された」


 あー、王子付きの騎士だったんですね、どうりで金ぴかだ。本当にアホなんですねえ、お宅の主。


「それは大変なことで」


 あー、早く屋敷に帰りたい。私の主様とお茶を飲みたい。


「そしたらここに絶世の容姿を持つ者がいると聞いたので、急いでやってきたんだ」


 はいはい、お疲れ様でした。はよ、帰れ。


「たぶんお探しのタイプとは違うかと……」


「それでもいい!会わせてくれ!」


 この手のタイプは、会わせないと帰りそうにないなあ。主様、すみません。邪魔者連れて帰ります……


「わかりました」


 まさにしぶしぶといった感じで私が了承すると、騎士は嬉しそうに笑った。あら、笑うと可愛いかも。私の主様には負けるけど。


 騎士は、私の荷物を馬に掛けてある荷袋に入れると私を抱えあげた。


「わ、何するんですか!」


「時間が惜しいんだ、すまないが馬に乗りながら案内してくれ」


 前言撤回、やっぱり可愛くありませんでした。馬の揺れで舌を噛みそうになったので、とりあえずこくんとだけ頷いてあげた。


 騎士の名前は、ロッシュといった。下級貴族だが、整った容姿を王子に気に入られて王子付きの騎士になったらしい。不憫な……


「お前の名は?」


「フランとお呼び下さい」


 接待用の笑顔で微笑めば、ロッシュが真っ赤になる。この人、こんな純情なのに王宮務めしてるの?大丈夫かしら?まあ、私には関係ないわね。


「こちらです」


 ようやく馬から降ろしてもらって、ロッシュを城門まで案内する。

 門番は寝ていました。うん、今日もここは平和だわ。ロッシュは驚いていたけれど。


「とりあえずこちらでお待ち下さい」


 ロッシュから林檎を取り返し、主様を迎えに行くついでに料理人へ林檎を預け、お茶の準備をお願いしておく。こうすれば主様を待たせずにすむ。


 主様の部屋のドアをコンコンっとノックをすれば、入室の許可はすぐ下りた。


「お帰り、フラン。遅かったから心配したよ」


 この方が私の主様、アンリ様だ。

 プラチナブロンドに蒼い瞳。すっと通った鼻筋には歪みはなくまるで彫像のように整っている。何よりも表情が優しく、仕草も優美だ。私よりも遥かに上にあるお顔は何度見ても美しい。


「はい、遅くなり申し訳ありません」


すっと頭を下げれば、すぐに肩に手が触れ身体を起こされる。


「謝らなくたっていいよ、心配したのは私の勝手だ。それよりお客様かい?」


「はい、どうやら妃選びのため王子付きの騎士様が直々に来たようで……」


とたんにアンリ様が困った顔をされる。ああ、こんな顔をさせたくなかったのに。あの馬鹿騎士め!


「そうか、ここまで越させたのにがっかりさせてしまうね。申し訳ないな」


「あちらが勝手に来たんですから気にやまなくてもかまわないと思います」


 私のこの言葉にアンリ様は、一瞬驚いたようだがすぐにふふっと笑って下さった。アンリ様の笑顔は本当に綺麗だと思う。絶対に守って差し上げなくては。


「それでは参りましょう」


 私はアンリ様の後ろに付き、応接間へと戻る。本来ならアンリ様の立場であれば異性と会う場合はベールで顔を隠すのが普通なのだけれど、ロッシュに早く事実を把握して貰う為にベール無しで会われるとの事。本当に優しすぎる方だ。



 途中の廊下にきちんとお茶準備をしたのワゴンが置いてある。さすが、凄腕料理人達だ。素晴らしいタイミング。


「お待たせしてすみません」


 アンリ様が謝りながら、応接間へと入っていく。その後を私が音を立てないように入り、ロッシュの方を見れば慌てて椅子から立ち上がろうとしたのだろう、腰を浮かせたままアンリ様を凝視している。

 アンリ様を見れば、苦笑をしてらして胸が痛む。


「すみません、私ではご希望に添えないと思います。遠くまで来て頂いたのに申し訳ありません」


 ロッシュはその言葉にはっとし、きちんと礼をとる。今更、遅いわよ!


「いえ、こ、こちらこそ、突然……」


 もう!言葉途切れてるじゃない。あんた王子付きの騎士でしょ、しっかりしなさいよ!


「私はこの通りの容姿でしてご期待には添えないと……」


 アンリ様は、いつものように嘲りや嘲笑の言葉が来るのを待つ。


 そう、アンリ様が絶世の容姿をお持ちなのは決して嘘じゃない。

 ただそれが女性としての絶世の容姿ではなく、男性としての絶世の容姿なのだ。

 身長も女性としては高すぎる。声も男性のように低い。

 勝手に麗しの美女を期待して押しかけてきて、酷い言葉を投げかけ帰っていく訪問客に何度私達侍女がささやかな報復をしたことか。ええ、本当にささやかです、たぶん。

 

「え、いやはい。じゃなくてそうじゃなくて……」


 もういいから、早く帰ってくれないかしら。アンリ様をこれ以上傷つけないで欲しい。


「と、とにかく王宮へ一緒に来てくれませんか?」


 何を言ってるの、この男は!これ以上アンリ様を笑いものにするつもりなの?


 アンリ様は、きょとんとしていた。ああ、何て可愛らしい表情をなさるのかしら!


「いや、とにかく誰でも良いから見た目のいい者を連れて来いという命令でして。あなたはとても綺麗ですし、物腰も柔らかい。ぜひうちの主に見習って欲しいくらいです」


 そういうことか、私は納得した。

 アンリ様は、男性としてみればこれほど素晴らしい容姿、所作はなかなか見つからないであろうほどだ。将来、女城主になることもほぼ決定なため、剣の鍛錬も欠かしたことがない。あのアホ王子に爪の垢でも飲ませたいくらい出来た方なのだ。妃候補としてではなくアンリ様を貴族の男子の見本として連れていくつもりなのだろう。

 しかし、やはり女性のアンリ様に失礼な申し出には違いない。


 アンリ様は、とても悩まれたようだがロッシュの再三の懇願に負け、王宮に出向くことになった。

まったく私の主様は人が良すぎる。



 王宮へ連れて行かれた主様のあまりの男前さにアホ王子が対抗心を燃やし、なかなか王宮から返さず、容姿だけでなく、性格も男前な主様に惚れ込んでプロポーズまでしてしまうのはまた別の話として……



 とにかく、私の主様は素敵な方なのです。




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