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我流自権先  作者: いせゆも
6/52

雇・5

「……なんのつもりだ、宗司」

 常連さんは、一度だけ私に目線を寄越した後、憤怒の表情で宗司様を睨みます。

「なあに、男だけのティータイムなんて、色気がないにも程があるだろう? だからここは一つ、一輪の儚く、しかし向日葵のように如実に存在感を示す花を咲かせようと――」

「そういうことを訊いているのではない!」

 その怒号は、弱々しくはありましたが、迫力そのものは、地に轟くといった風情でした。

「宗司、ことと次第によっては――」

「どうするというんだい? 腕力でも口でも、……立場でも、僕に敵うはずがないだろう?」

 男性のその言葉が切っ掛けに、常連さんは眉間に眉を限界近くまで寄せながら、それでもソファーに腰掛けました。

「お騒がせしたね。この通り、自分の思い通りにならないとこれだから」

 宗司様はソーサーを私と常連さんの前に置き、その上のティーカップに、紅茶を注ぎます。

「粗茶ですが。……って言いまわし、紅茶にも使っていいのかな?」

 しかしそれは謙譲というものです。俄かに香り立つこの紅茶。……すみません、良い香りということ以外分かりません。大人の男性二人を目の前にして、背伸びをしてしまいました。日本茶ならまだ分かるのですが、紅茶となるとお手上げです。ああ、洋食店の娘ですのに。

「さて、僕がどうしてこの場を設けたのか、もう気づいているだろうけれど……」

「はい」

 どっしりとソファーに腰を落ち着けた宗司様が、静かにそう始めました。隣にいらっしゃる常連さんは、真下を向いたまま、石のようになっています。

「あ、先に言っておくけれど、こいつのことは漬物石みたいに思っておいてね。連れてきておいて莫迦な話ではあるにしても」

「…………」

 もう宗司様が何を言っても、常連さんはなんの反応一つもしません。

「こいつは龍ヶ崎金字。しがない小説家さ。真面目に書いた小説は全く売れないし、全く名も上がらないというのに、手慰みに書いた小説が、女学生に飛ぶように売れるているような、そんなおかしな奴だ」

 龍ヶ崎金字。龍ヶ崎金字。リュウ、ガサキ、キンジ。

 これが私と、『龍ヶ崎金字』様の初顔合わせですか。

「そんな金字なんだけれど、作者本人がアルビノ体質なせいで、滅多なことでは表に姿を出したがらない。そのせいで神秘に包まれた作家としても評判があったりして……ってこれに関しては、もしかして女学生である貴女の方が詳しいかな?」

「あるびの、体質?」

「金字の肌が白い理由だよ。身体には色素っていうものがあって、僕たち日本人は大体こんな色合いをしているのだけれど、」

 宗司様は自分の手のひらを開いて私に見せました。男性にしてはほっそりとしていましたが、それ以外に特筆することなどない、普通の手です。

「金字は生まれつき、色が弱いんだ。肌や髪の毛が僕や貴方のような色をしているのは色素のおかげなのに、金字はこの色素がない。そのせいで肌は白く、髪が金に近い。目が赤いのは……これは人間のアルビノの中ではちょっと特殊らしいねい」

「人間以外の? 動物にも、あるびの……はいるんですか?」

「自然界の動物では割といるんだよこれが。赤目に白肌。ヘビとかイタチとかは有名かな。そういうアルビノの生物って、神聖視している国も結構あるんだ。多くは神の使者だとか。わが国だと、山口県あたりではシロヘビを信仰の対象としているようだねい。旧約聖書ではノアがアルビノという説もあるらしいし」

「特異であるとは言っても、世界各地で見受けられる、のですか」

「……そうはいっても、日本は島国で、排他的であるから。自分と明らかに異質な者を除外しようとさえする。だから金字のことをまともに知ろうともしない人は、まず金字を不気味に思うものだけれど……貴女はそうでもないようだね?」

 ふむふむ、宗司様の言う通り、私は先生に嫌悪感はありません……というよりはむしろ、ある種の神々しさまで覚えています。

 それもこれも小説の読みすぎでしょうか。【空想の世界に耽っているから現実に影を追いかけてしまう。それが古今東西、若者の悪癖です。】あの方がおっしゃっていたことは、私にも当てはまってしまいます。

「これもハイカっている今時の女学生ならではの感覚なのかなあ。数十年前、産まれたばかりの金字を見た親族は、大半が不気味がってたんだってさ。けれど、ちょっとした高名な占い師が『今度産まれる子は富をもたらす』などと言ったから、間引きはされなくて済んだのだと。龍ヶ崎は占いを強く信じる家系だったからねい。そうして金字は生かされたのさ。ただし、産まれることと育つことは全くの別物なんだけれど」

「…………」

 常連さんは、自分の来歴を他人の口から話されているというのに、黙ったままです。訂正するようなものはない、ということでしょうか。

「で、龍ヶ崎にとって、生きてさえいれば存在価値のない金字は、蒸発した親族が建てたこの家に幽閉されたってわけさ。やることがなく、日がな部屋に籠っては、小説を書いて過ごしている。少しの使用人がいるから、なんとか生活はできるだけだねい。以上、説明終わり」

 もっと突っ込んで言及してくださいと言わんばかりに、唐突に話が終わりました。

「…………。龍ヶ崎様のことを語るために、私をランデブーに誘ったのですか?」

 どうやら、私にもっと深く乗り込んだ話に引き込みたいようでした。なので私は、宗司様のそんな思惑に従います。そして宗司様は、私にしか聞こえないような小さな声で呟きます。

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