策・5
金字は七君に小説家としての全てを捧げている。公私のどちらも、全力でね。
……そんな金字を、僕は許せないんだ。
僕らはハツを喜ばせるため、物語を創ってきた。全てはハツのためだったんだ。ハツによって生じた穴を埋めるために金字は筆を滑らせる。それも一つの残された者の生き様と僕は人生の無常さ納得もしていた。それがどうだい。金字は七君に執着する。それは僕にとって、ハツという『愛する女性』を、そしてこの世に確かに存在したことのある人間を、切り捨てる行為に他ならなかったんだ。金字の心中において、ハツはすでに『殺された』過去の存在なんだ。
僕は考える。効果的に、あいつを傷つける方法を。
僕の人脈を使って少々、七君の近辺のことを調べさせてもらった。すると、使えそうないい種があるではないか。借金という名の弱みが。しかもこちらが立て替えられる絶妙な金額。
七君を金字の近くに置いておけば、ばれたくない、しかし手元には置いておきたい、そう思うのは確実だろう。その葛藤たるや。
好きな人に嫌われるって、どれだけ恐ろしいか美古都ちゃんは分かるかい? 僕は体験したことがないけれど、身が引き裂かれるんだってね。英国時代に恋人として交際していた女性との別れ際、彼女はそう言っていたよ。
だから僕はこうして、七君を金字の元に置いた。
結果としては意味はなかったけれど、僕は金字のことを『先書粒子』と紹介はしても、『我自権先』だとまでは七君に伝えなかった。七君は、我自権先という存在を知りつつも、それが金字と同一人物であることには気づいていなかった。
立ち回り次第では、自分の正体を伝えないで済む。しかしそれには、なるべく七君が自分に接触しないよう、ツンケンな態度を取らざるをえなかった。小娘と呼んでいたのはそれさ。本当は七君のことを……きちんと名前で呼びたい。しかし否定されるのは怖い。針の上での舞踊。
すべては僕の思惑通り。手の内さ。
……と、思っていたのは僕だけだったみたいだね。
誤算だった。僕が相手をしているのは、予想を大きく上回って聡明な女性だったわけだ。
七君は全てを知っていた。知った上で、立ち回っていたんだね。