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我流自権先  作者: いせゆも
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策・3

 ハツは不思議な女性だった。いつもニコニコしていて、笑顔以外の表情など、少なくとも客人としてあの家に通った僕は、最後まで見たことはない。

 女中のくせして文字を読み書きできた。創作が好きで、よく自分の作ったお話を、僕たちへ語ってくれたりしていた。大きな黒い文机で、せっせと紙芝居を作っていたのは、僕の記憶に強く残っている。金字の書斎にある文机は、まさにハツのものだ。譲り受けたんだね。

 僕と金字は、将来、ハツを喜ばせる作家になろう――そう誓い合ったほどだった。もっとも恥ずかしがりな金字は、『そんな子供みたいな真似できるか』なんて言っていたけれどね。はは、おかしいだろ? ちなみに、それを言ったのは九つの時だ。三つ子の魂百まで。この頃から、金字の大元だけは変わってないのさ。

『夢は今もめぐりて、忘れがたき、故郷。如何にいます、父母』

 ハツはよく、故郷という童謡を歌っていた。近所の小学生が歌っていて、それで知ったのだと。この歌を口ずさむと、両親のことを思い出せるから好きだとも言っていた。

 この歌、お恥かしながら、僕は最近まで兎美味しい、だと思っていた。ハツの歌い方はまさにその通りであったから。おそらく、金字は未だにそう思っているだろうね。


 僕は十二の頃から数年間、英国へ留学することになった。英国での出来事は今回に関連することはないので割愛することとしよう。あまり笑いながら語れることもなかったしね。

 問題となるのは、僕がいない間の出来事。帰ってきて驚いたことはいくつもあった。久々の日本だ。故郷の味に涙が出たり、見知った街角の店がつぶれていたり……そんなことはどうでもいいね。

 金字は、今住んでいる洋館へ移されていた。

 まあこれについては、概ね君に説明した通りだ。金字の親族に成金がいて、この洋館を建てたはいいが、すぐに没落して。ちょうど空いている場所に、厄介物の金字をぶちこんでおいた。……が、どうせ大した扱いをしてなかったくせに、どんな面していきなりの行動に移ったのか。僕は分からなかった。思えば、その兆候はあったんだ。留学している時だって、金字と文通こそしていた。けれどハツに関わることは何一つとして書かれていなかった。ハツとなにかあったな。僕はそのぐらいは想像していたから敢えて話題には出さなかったけれど……事態は予想を大きく上回っていた。


 ――ハツが。

 ――亡くなっていた。

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