真・3
「今日の美古都さんはミステイクが多いですわね」
「鉛筆を何度落とせば気が済むんだ? しかもその都度わたしに拾わせおってからに。いい加減わたしは屈み疲れた。初めてだぞ、こんな疲れ方するのは」
はあ……授業に身が入りません。ぼおっとするなと、教師たちに怒られてしまうほどです。
大丈夫でしょうか、先生。
宗司様はああ言っていましたが、それでも私は心配なのです。宗司様は、嘘つきなお方。
「隼さん。美古都さんがこうなるということは、」
「ああ、十中八九、我自権先とやらのせいだろう」
はて、二人が何やら騒ぎ立てているような気がしますが、今の私にはそんなことに気をとられている場合ではありません。あまりにも心配なので、お弁当もいつも通りにしか食べられないぐらいです。
「その証拠に箸だけは動かしている。……一体どうなっているのだお古都の胃は。恋に悩む乙女は、どれだけ美味い飯であろうとも手がつかないというのは常識だろうに」
「隼さんですら見事にその通りなくらいですから。意外に図太い神経を持っているのですわよね、美古都さんって。我自権先が関わることになると、より顕著ですわ」
我自権先。キヌの放った単語に、私は大きく反応します。
「賭けようかお絹。わたしは我自権先が原因に一票」
「ではワタクシは我自権先が原因に一票」
「賭けが成立せん」「賭けが成立しないではありませんか」
普段では成しえない驚くべき結束力を発揮しているような気がしますが、そんなことはともかく、今は先生が元気になるよう、なにか献立を考えることぐらいしかできません。風邪に効く料理はなにがいいでしょう。やはり、葱でも使った方がいいのでしょうか。首に巻くだけでは、腕を先生に見せることはできませんし。
「お古都が我自権先以外の男にうつつを抜かしていたら、それこそ末法の世がくるほどの大事だとわたしは思っている」
「流石にそれは言い過ぎだと思いますが、まあわたくしも似たようなものですわね」
ああこんな時、私をいつも導いてくれる我自権先様のお言葉が聴けたら。私が悩むなどという、この世の糧にもならない些細なことは即座に解決してしまうでしょうに。
「ふむ。では少し対象を変えよう。お古都の憂鬱が、どれほど続くのか、でだ」
「あら。それならよさそうですわね。ではわたくしは、三日までといったところですわ」
「わたしは、三日まで、といったところにしておこう」
「……だから賭けが成立しませんわ」「……だから賭けが成立せん」
「だって、どんな悲しいことが起きようとも美古都さん、三日もあれば元通りになるのですもの。隼さんだって、知ってて言っているのでしょう?」
「まあな。我自権先からの手紙が届くのがそのぐらいの期日、ってところだ」
先生、どのくらい床に伏せるのでしょうか。そこまでは宗司様に訊いていませんでしたから。目が覚めているとすぐ筆を握ろうとしますから、早くどうにかなってほしいものです。
「わたしがあんなに悩んでいたら、今度はお古都が問題を抱えたな」
「随分といつも通りですわね」
「そう見えるか? だったら、私の演技力も悪くないものだな」
「あら。もしかして、そうやって殿方の前で淑女のフリをしているのですのね。でしたら大丈夫。その億尾にも出さない演技は、十分通用しますわよ。もっとも、美古都さんみたいに隠し事ができないわけでもなければ、ほとんどの人が演技なんてできると思いますけれどね」
「そうか! それなら、わたしもレディーになれるよな!」
「……あー、つまりませんわ。最近、わたくしを置いて二人がどこかへ言っているような気すらしますわ。なんでわたくしは、お手伝いをしているのでしょう。あーつまりませんわ」
「それは正しい言葉なのか……?」
いつまで、私は『倉持美古都』でいられるのでしょうか。