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我流自権先  作者: いせゆも
36/52

真・2

「…………。そうだ、美古都ちゃん」

「はい?」

「ぐっすり眠るという表現があるよね。ところでこのぐっすりって、由来は『グッド・スリープ』から来ていると知っているかい?」

「……おお、知りませんでした」

 確かに、略せばグッ・スリになります。そもそもぐっすりという言葉自体、対象が眠っている場合にしか用いませんし、なるほど、合点のいく話です。

「くくく」

「なにがおかしいのです?」

 私が感心していますと宗司様はなにやら無邪気に笑うのです。悪戯に成功した子供のよう。

「いやごめんごめん。まさか美古都ちゃんが、僕の言うことを素直に信じてくれるなんてさ。ここまで見事に引っかかってくれると、逆に罪悪感が湧くものなんだねい」

「え? その、どこがなんです?」

 該当箇所は思い付きますが、あまりにもジグソーパズルの最後の一ピースのようにぴたりと嵌り過ぎていたため、少し信じられません。

「ぐっすりとグッドスリープは関係ないさ。江戸時代に発行された黄表紙の即席耳学問という書物に、すっかり、十分に、という意味で掲載されている。当時は鎖国政策の真っ只中だからねい。阿蘭陀語や葡萄牙語が由来ならともかく、英語が関わってくるなんて常識では到底考えられない。非建設的な説だよ」

 うわ、見事に騙されてしまいました。宗司様のおっしゃることは、本気なのか冗談なのか見わけがまるでつかないのです。

「意地悪なんですから、もう」

「はははは。そう簡単に僕を信頼してくれる美古都ちゃんに、つい嬉しくなってしまってねい。ごめんよう」

「まあ。そうやって私のような子供を騙しているのですね。慣れたお方」

 私は手で口元を隠しながら笑います。

「美古都ちゃんも知っておきなよ。現象として現実に起こっていることに、一摘まみの嘘を混ぜておくのさ。すると、事実と虚構の壁は曖昧なものとなる」

 知識を持ちながら、なかなか本性を現さない宗司様は、そう自分の技術という名の種を明かしました。

「自分というものをしっかり持っていれば、そうそう騙されはしないでしょう」

「でも今の美古都ちゃんのように、否定できる材料がなければ、人は些細なことだって信じることができてしまうんだよねい。そりゃ、先の震災でデマが流れるのも無理はない。人間の咎さ」

 私は、宗司様のその言葉で、我自権先様のことを思い出しました。

【情報は全て自ら吟味しなければなりません。今でこそ地球は丸いと信じられていますがそれは歴代の科学者が調べ周知させたからに過ぎません。小生たちは丸いかどうかは知識として持っているだけなのです。小生は望遠鏡を覗いたことがありません。地表は全て平らだと信じていた時代の人々となにが違うのでしょう】

 やはり、考え方はとても似ているのですね。

「所詮、言語を媒介としてしか通じ合うことなんてできない。心と心を通わすのはとても難しい。金字みたいな職業でもしていれば、そんな壁を取り払うよう努力をする気にもなるんだけれどねい」

 文化が違えば、言語が違えば。分かり合えなくなってしまうものなのでしょうか。

 ……いえ。私は宗司様の主張を受け入れることができません。

「英語と日本語の奇妙な共通点として、私の英語の先生が、日本語の『夢』と英語の『ドリーム』。両方とも、睡眠中に起こる仮想的な体験ができる現象と、将来の目標や希望、願望。どちらも全く同じ二つの意味を持つ。文化が全く違うのに。どうしてなのでしょう。そこに私は、人類が持つ『分かり合える気持ち』を感じ取ることができる……そう言っていました。我自権先様のように言いますと、【異体融心】です」

「ははは。そういえば、そういう考えもある」

 宗司様は気を悪くした様子もなく、余裕気に笑いました。

「金字は、どんな『夢』を見ているのだろうかな?」

 安らかな寝顔。私たちの攻防を知るはずもなく。

「ま、看病は任せておくれよ。もうすっかり慣れてるしねい。美古都ちゃんに病気がうつったら大変さ。遅刻しないうちに学校へ行くんだね」

 もし私が高女を休んだとしても、先生はきっと「どうして学校に行かなかった。これだから今時の女学生は――」などと自らの体調も気にせず講釈たれるでしょう。そのせいで余計に悪化されては敵いません。私は素直に宗司様に後を任せ、後ろ髪を引かれる思いをしながらも、重い脚を引きづり高女へ向かうのでした。

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