真・1
「どうだい、金字は」
「はい。少し前に、また眠り始めたところです。……大丈夫なんでしょうか、先生は」
先生の額の上で、すっかり体温で温んでしまい、新たな仕事を見つけられず所在なさげに乗っかっている手ぬぐいを取りながら、私は宗司様に応えました。私は桶に手ぬぐいを浸すことで再び使命を思い出してもらい、先生の体温を下げる作業に戻ってもらうこととします。
「大丈夫大丈夫。ちゃんと医者には見てもらったんだろう? 風邪だよ風邪。単なる夏風邪。未知なる病気だったら面白いんだけどねい。薄倖の小説家、として売れだしてやれるのに」
「でも風邪は万病の元とも言いますし」
掛かり付けのお医者様も実に慣れた様子でした。先生を汚い物でも見るような目をしていましたが、それでも医師を生業としているのですから、先生の体調はすぐに風邪だと判断されました。
……肌が少し違うだけなのに、先生はここまで世間から切り離されているのです。
私はそれが、悔しくてたまりません。たかが見た目を人の全てとするなど。
「こいつ、昔っから身体が弱いからさ。少しでも体調を崩すとすぐこうなっちゃうんだ。でも今は腹を出して眠る季節でもないし……ううん、今回はなにが原因なんだろうねい?」
「その……っ、……知りません」
まだ朝だといいますのに唯一の光源が電球からという不健康な部屋の中、先生は安らかな寝息を立て、ぐっすりと眠っていました。
私がここまで口ごもるのは、まあ当然というか、理由を知っているからでして。
先日、私が買い物へ出掛けに行くと、またあの骨董品店に先生がいました。今度はお客様ではなく、ちゃんと先生と認識してあげました。しかし神様は許さなかったのか、焼き直しのように雨が降ってしまい、今度こそは病に負けてしまうことに。
先生からは固く口止めをされているので、宗司様にその模様をお伝えすることは叶いません。「雨に濡れただけで床に伏すなどという弱々しいところを宗司に知られるわけにはいかないだろうが」と怒られてしまいます。元から生命の力強さとは無縁な先生ですのに。
私はいつもより早く起き、嬰女へ登校する前の時間を使って、こうして先生のもとへ馳せ参じているのです。
「まったく。よくもまあ、美古都ちゃんに看病されているというのにここまで気を置けないものだよねい。ぐっすり眠るのも程がある。僕だったら若い女学生が看病してくれるというただそれだけで、心臓は跳ね上がり血液は煮えたぎる。熱どころの話じゃなくなるさ」
「もう宗司様ったら。こういう時まで」
明るく言い放つ宗司様に、私は小さく笑いました。小さくしか、笑えませんでした。