書・4
「先生って、大抵は横書きで書きますよね」
私はメモ帳を見ながらそう言います。先生がなにかしらを筆記する際、縦でも横でもどちらでも構わない場合は、ほとんどが横なのです。
「ああ、これ。こういう癖なんだってさ、あれ。縦の動きに目が追いつけないみたい。アルビノにはよくあることらしいよ。だからいっそのこと、原稿用紙なんかは横書きで使っているのさ。どうせ校正するのは僕。僕と金字が読めればそれでいいのさ」
へえ。偏屈だから、以外の理由が存在するとは。
「やはり小説家には、独自のスタイルがあるものなのですね。武道などとは違って、これと云った型が存在するわけではありませんから、仕方がないのかもしれませんが」
「美古都ちゃんはどうやって原稿に向かっているんだい? ……いや、そもそも僕は美古都ちゃんがどんな小説を書いているのかすら知らなかったなあ」
「そんな大層なものではないですよ。私の好きな作家は【自分の経験が生きるうちは、忘れないようにどこかへ書き留めておくべきです。小生はそれができなかったから、こうして乾燥した小説しか書けません】とおっしゃっていました。私はまだ女学生ですので、いきなり大作を作ろうなんて考えたりしていません。せいぜい、私の学友との経歴を少し脚色しながら書いているぐらいです」
「ほほう。それはそれで興味が湧くねい。貴女たちは一筋縄で行きそうにない親愛を持っていそうだから。あれがエスの世界……と言ったら、少々女学生に夢を見過ぎかな?」
「私たちはエスというよりは、どちらかと言えば宗司様と先生の関係に近い気もします」
「へえ」
ニヤリと、宗司様は笑いました。にこりではなく、ニヤリ。
「つまり、一悶着以上あったわけだ」
「そんなところですね。本来なら私たち、嫌いあっていたぐらいですから」
今では、「そんなこともありましたよね」と笑い話にすることしかできませんが。
「正直、やや枯れ始めた僕らには眩し過ぎたね、あのトリオは。実は街でばったり会ってパフェを食べに喫茶店に入った日、美古都ちゃんたちの姿を、結構早い段階で見つけてはいたんだよ。ただ金字が、頑なに近づこうとしなかったから。女学生のかしましい姿を眺めているだけだったのさ。僕は眺めてるだけなんて嫌だから、ああして我慢できなくて美古都ちゃんに話しかけたんだけど」
「あれ? そうだったのですか」
気を使ってくれた……というのはなさそうです。まあ先生と宗司様をキヌとハヤに会わせたくありませんでしたから、どんな動機であれ、先生を打ち破った宗司様を恨まないといけませんですけれど。
あれ以来、事あるごとに「悪の手先から美古都さんアンドお古都を守る方法」という相談を手紙でやりとりしているそうです。あの二人、冗談なのか本気なのか私でも判断できません。
「あれが美古都ちゃん本来の笑顔なんだなあって思ったよう。僕らの前では決して見せることのない輝き。まるっきり性格の違う、それなのにぴたりと嵌ったように息が合っていた。表も裏も全て曝け出せる、本当に信頼できる友とは、ああいったものを差すのか。……と、僕はこう思ってたんだけれど。金字はちょっと未知数だね。あの瞳は、なにを考えていたやら」
やはり、客観的に見ても、私たちはちぐはぐなのですか。……おそらく、第三者が思っているのと、私たちが思っているのでは、それぞれの役回りが大分食い違っているのでしょう。
それだけ、外面は演技で凝り固まっているのです、私たちは。
「人間なんて、誰にも明かさない部分が存在するんだ。僕にだって知らない金字の一面がある。美古都ちゃんにも。……あいつはダイナマイトを抱えているからねい。それこそ、美古都ちゃんが知ったら失望するほどの。いつ導火線に火を点けることやらか。それどころか、導火線の所在すら、僕にだって予想が立たない。僕としては、腐れ縁が不幸にならないよう、精々ちょっかいを掛けることぐらいしかないさ」
爆弾。そんなものは、私にだってあるのです。
「私の望みは先生が少しずつ私に心を開いてくれることですから。宗司様の横槍はいりません」
「嫌われちゃったねい。あはは。金字に慰めて貰おうかなあ」
「私としましては、宗司様の方こそ不思議で仕様がありません。先生のような分からず屋と一緒にいて、よく愛想を尽かせませんね」
「美古都ちゃんも存外、抉るよねい。あっはっは」
私が見ている限り、先生と宗司様は顔を合わせるたびに何かしら口論をしています。その多くは答えもない取り留めのないことばかり。よくも飽きないものです。ほとんどは先生が口火を切り、宗司様が上手くいなしているうちに先生が押し黙ってしまうという展開ばかりですが。しかしたまに、先生が反撃に出たまま、宗司様が全く反論できないでいることも、私はしばしば見てきました。