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我流自権先  作者: いせゆも
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友・6

 三角錘のガラスの器に、ぎっしりとフレークやカステラなどを土台に生クリームが層を作っていて、フルーツが元気よく立って器の淵を彩っているというものです。高さは何センチあるのでしょう。二人の間に置いたら、お互い顔が見えなくなってしまうほどの大きさです。

「うわ……噂通りですわね」

「うむ。これは確かに、一人で食べるには大きすぎるな」

「とっても、美味しそう……」

 先ほどまでの行動を中止してまでも、私たちはパフェの虜になってしまいます。

「ははは。僕の話術をもってしても、甘味の魅力には勝てないかあ」

「……どうして俺は、この小娘らが喰っている場面を観察していなければならない」

「いいじゃないか。滅多にない経験だろう? どうせ君は、若い女と接点なんてほとんど持たないんだし。いいじゃないか。このぐらいの出費で女学生の笑顔を見られるというのなら、安すぎる買い物だよ」

「俺は一度もほしいと思ったことはない。詐欺にあった気分にしかならん」

「またまた。美古都ちゃんの喜んでいる笑顔なんて、君には一条の光だろう?」

「…………。俺では七君を笑わせることなどできん」

 パフェに夢中になっている私たちの耳に、男性陣の会話も届きはしませんでした。

「で、お古都。今一度聞くが、この殿方は一体、誰なのだ」

 また元に戻れたのは、すっかりパフェが私たちのお腹に収まった後。この時には、それぞれ個別に当たるのではなく、男性陣と女性陣という括りに別れてくれました。

 しかしさすがはハヤ。「武道家とは自分の周りを『円』で囲むものだ」と、ハヤから教わったことがあります。ハヤが形成している円は、ちょうどこのテーブルを包むぐらいの大きさ。この範囲に入ってしまえば、どこへ身を動かそうが、均一に重圧がかかってしまいます。つまり、なんでか私までぴりぴりした空気に晒されています。

「口を汚しながら言っても迫力がありませんわよ」

 ……ハヤの顔を見なければ、ですが。

「ほら、こんなところまで汚して……きちんとしてくださいな。淑女たるもの、普段から粗相しないよう気をつけませんと」

「うるさいなあお絹は。戦場でそんな悠長なことを言っていられるか」

「戦場と舞台を設定したのはハヤなのでは……」

 ほとんど放置されているも同然な先生と宗司様。先生はいつにもまして無表情を保ち、宗司様はなんだか笑いそうなのを堪えているよう。時折、ぴく、ぴくと震えています。

「面白いなあ君たちは。女三人よれば姦しいってやつか。いや、この華やかさは金字の小説にはない、瑞々しいものだねい。くっくっく」

 ……たしかに先書粒子こと先生の作品は、あまり大勢の人が場面に登場しません。下手をすると、長編でも台詞のある登場人物が主人公とヒロインしかないこともザラ。現実の女性にありがちな、こうした騒がしさとは無縁なのです。やはり、様々な点において先生の小説は所詮、小説でしかないのです。

「ふん。女とは慎ましくあるべきだ」

「今様の女学生に、明治の常識を当てはめないでくれよ金字。いいじゃないか。男性が隣にいるだけで頬を赤らめ、はにかむ様を見るのもとても楽しいものだけれど、こうして社交的な女学生なら、席を共にできたりと全く別の楽しみがあるんだから。世の中という骨は、しゃぶり尽くさないと損だ」

 古風な先生と今風の宗司様。一般的には似た者が互いに惹かれあうといいますが、このお二人はどこが共通点なのでしょう。そのぐらい、対極の位置にいます。……あ、私たちが言えた義理ではありませんか。

「お言葉だが先生とやら。貴男は女性というものに多大な期待を持っているぞ。立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合のよう。この言葉はきっと、男が考えたのだろうな。現実はそうではない。可能ならば一度女学校へ来てみろ。男の望みは儚くも無残に砕け散るだろう」

 私はハヤの言葉に、キヌと顔を見合わせて深く肯きました。思い当たる節が、残念ながら多すぎるからです。

「そんなことはない。小説の世界からはみ出ようが、理想な女というものは存在する」

 ……あら? どこか先生のその言葉には違和感を覚えました。

「金字が明るい希望を謳うだなんて。君はもっと、暗い火の粉を振り撒かなきゃ」

 ああ、そこでしたか。さすがは宗司様、先生のことをよく理解しています。

「僕は……そうだねい。やはり、有能な女性こそ魅力を感じるかな」

「クロック様は、女性に能力をお求めで?」

「そうだね。はは。僕も所詮はただの男さ。大和撫子がいたら是非とも求婚をしたいね」

 宗司様がそう言ったのを聴いて、キヌは素早くささっと髪を手直ししました。

「そしてやはり、今時は才色のある女性こそ魅力かな? これからは女性だってもっと前線に立っていく時代だ。折角日本は亜細亜でもかなり発展しているんだ。欧米にだって並ぶことはできるだろう。英語のできる女性なんかは、需要が高まるのは自明だ」

 女性としての責務は全て果たし、その上で社会に出ても通用する女性ですか。それはさぞ、有り得ないものでしょうね。

「ふん。俺たちは日本に産まれたんだ。どうして西洋にかぶれなければならぬ」

「では矛先を変えて、美古都ちゃん。君は小説家を目指しているだろう?」

「は、はい」

 あまりの転身に、私は宗司様がなにを言いたいのか分かりませんでした。

「日本語を学ぶために英語を学ぶのも悪くないと思うけど? 言葉遊びを好むのなら特に」

「何故です?」

 一つ笑い顔を飛ばした宗司様は、スーツにポケットからメモ帳と万年筆を取り出しました。

「例えば、メロンとレモン。ヘボン式にしてみよう。『MERON』と『REMON』。MとRを入れ替えただけだ。それなのに片や砂漠のオアシスのように甘さが湧き出で、片や青春のように甘酸っぱい。日本語だけで考えては、決してこのような事実に気がつくことはない」

 紙に書かれた二つの単語を見て、私たち三人は「おー」と小さな歓声を挙げました。

「ふん。江戸の町人でもあるまいし、そのような洒落を思いついてどうする」

「君は過去を美化するのか現在を賛美するか、どちらかにした方がいいねい」

「どうして俺がなにかの味方にならなければならない。俺が産まれるより前ならそれは化石であり後なら文化を破壊する侵略者だ」

「はっはっは。つまり金字みたいな頭の堅い奴には、大和撫子は勿体ないってことさ。そうだな、中屋敷さんのような美しい女性に質問したい。中屋敷さんは、もしこんな男が著名な作家だとしたら、どう声を掛けるかな?」

「もうクロック様ぁ……お上手なんですから。うふ。……そうですわねえ、それはそれで、納得できる気がしますわ。作家なんて、変人が多いと訊きますもの」

「お絹はどこから声を出してるんだ、どこから……」

 聖歌を諳んじるように、甲高いキヌの美声。これで甘えた声を出せば、男性は骨抜きになってしまうのでしょうか。キヌを見習わねば。

 ……というか、宗司様がそんな名前を名乗っていることなんて、すっかり忘れていました。

 私は宗司様を宗司様と呼んでいますが、本当はクロックと呼ばれたいんでしたっけ。望んだ名前を、可愛らしい女学生に呼ばれた日には。宗司様の表情の筋肉も壊れるというものです。それでも優しげな表情で押し留まるあたり、宗司様は典型的なナンパものです。

「ねえ。美古都さんもそう思いますわよね?」

「え、はい」

 どうでしょう、その場合。

「僕も聴きたいな、美古都ちゃん。君はもし金字が高名な作家だとしたら、これまで金字と接したように、全く同じ反応を貫き通せるかい?」

 宗司様はそう言うと、どうしてか先生が、宗司様を睨みました。

 ええと……先書粒子は、有名ではありますが、高名とは到底言えません。ですが、仮に高名だったとしても、私の意思は、変わらないでしょう。

 先生がどれほど私から遠い存在でも……すでに私と距離感を作ってしまったのです。もう、拒んだとしても私からは絶対に離れません。我自権先様のため、先生を利用すらして、徹底的に小説家となる力を蓄えるのです。

 ――私は、こんな私が嫌いです。


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