友・5
コースはいつも決まっていて、本屋などを巡りながら街中を歩きまわり、最後には私の家でソーダ水を飲んで、日が暮れる前には別れる。そんな感じです。なので私たちはまず手始めに、本屋へやってまいりました。
面白そうな本で、自分が好きそうなもの……そんな風に辺りをつけ、何冊か手にとってぱらぱらと出だしの部分を読んでみたり、タイトルを見て面白そうなのを見繕っていると、
「うゑあ新刊」
「婦女子にあるまじき声ですわよ美古都さん」
時間を掛けてゆっくり見る予定でしたのに、すぐに読みたい本を見つけてしまいました。題名は『雑穀』ですか。この作者の小説は全て覚えています。そんな私がこの題名を知りません。間違いなく最近出たばかり、ピカピカの新刊です。作者……つまり、「我自権先」様。
いつ単行本を出版するのか教えて下さらないので、私は本屋へ足を運ぶ度、落胆したり、こうしてとても嬉しくなったりするのです。意地悪な方です。
「お古都は本当、我自権先のことになると眼がないな」
「だって好きなんだもん。しょうがないじゃない」
「子供っぽいですわよ」
私が我自権先様のことには目がないことを知っている二人は、私を気にすることなく、すでに少女の友を買っていました。いえ、それだけではありません。少女界、少女世界、少女画報、少女倶楽部……およそ少女と名が付く雑誌はほとんど購入しているのではないでしょうか。主にキヌが買います(キヌの家はこういった雑誌を嫌うので、キヌが読み終わった後は私とハヤが、それぞれ譲り受けます)
「我自権先様に頼まれたら、写真を送っちゃうくらいだもん私。すっごく着飾ったやつをね」
「振袖お古都……どうして見せてくれなかった……」
こうして本屋で用を済ませた私たちは、きゃっきゃうふふ、他にもいくつかお店を歩きまわります。まあ、いつもと大差のない、それでいてとても楽しい放課後です。
……そう思っていたのはどうやら、目の前にいた二人の男性の姿を認識するまででした。
「やあ美古都ちゃん」「……ふん。『小娘』が『小娘ども』に増えおった」
まさか、こんな時に会ってしまうとは。
「そんな理由から、貴女は先書粒子が好きなのだと?」
「あのお方の作品は、至福の一言に尽きまして! クロック様は分かってらっしゃる――」
大人の、それも男性の、しかも顔立ちが端正な方と話があうなんて、キヌには有り得ないことなのでしょう。先ほどから興奮しっぱなしで、本屋で私を諌めた姿はどこにもありません。ハヤが押さえに回っている始末。
先ほど宗司様から、「金字の正体を明かさないようにねい」と耳打ちされました。確かに、キヌのように先書粒子に尊敬の念を抱いている女学生が、その本人の姿を見てしまえば、主に性格の方面で卒倒すること間違いなし。アルビノ体質な先生は、小説の登場人物のように神秘性を感じさせるのですが、肝心な見た目と性格の差ときたら筆舌しがたく。
ばったり先生と宗司様に出会った私たち一行。宗司様の勧めにより、甘味処へ寄り道をすることにしました。美味しいと評判なのでいつかは行ってみたいと思っていたのですが、今日やっと来ることができました。けれど――何故でしょう、嬉しくありません。
「――言っておくが、わたしは貴殿の内に潜む、葛藤のようなものを恐ろしいものだと思っている。そしてその葛藤とは、いつかは外へ弾ける類のものだ。その時になってお古都に牙を剥かれては、困るのだ。だからわたしは、貴殿の下にお古都を置きたくない」
「葛藤をしていて何が悪い。人間など所詮、悩みが尽きぬ生き物。万事が思い通りになるという楽観的な考えを持つ若者こそ性質が悪い」
「貴殿はそれを逃げ道としている」
「赤目の俺と三白眼な貴様。どちらがこの小娘を裏切るのに足るものか」
「今さら、お互いの気にしているところを刺激しあうのか。わたしは貴殿の病魔のような白には触れないようにしていたのになあ?」
おそらくはそれは、この空気のせいでしょう。間違いようがありません。
一つのテーブルに五人がいます。それはかまいません。
問題は、対面に座り合ったキヌと宗司様はすっかりと二人だけの世界に入ってしまって、私たち三人を放置してしまっていることです。私は先生と和やかな世間話などできませんし、何度試みても上手くいきません。先生は他人という存在そのものが嫌いな方。ハヤはそもそも私たち以外の人とは会話を成り立たせようとすらしません。
仕方なく、私はオレンジ色のソーダ水を飲んで、少しでも間を持たせようとします……が、そんなことで和むのなら最初から苦労などしているはずもなく。
もしもこの席から立ち上がって、赤の他人の振りをできたら。「あの席ってなんなんでしょう。方や恋人同士のように仲睦まじく、方や喧嘩まっただ中……どうして相席をしているのでしょうか」などと思えるのでしょう。
「できれば、この席は穏便に済ませてもらうと私としましては有難いのですが……」
あまり不審な態度をとっては、私が先生になにかされたのかと思うかもしれません。昼休みに言っていたように、私を養子にするよう両親に打診するぐらいはしてくるでしょう。……それでは困るのです。なんとかして、二人に先生の人畜無害を認めてもらわなければ。
宗司様経由でキヌはなんとかなりそうですが、問題はハヤ。
これなら、いっそ黙っててくれた方がありがたかったです……。
ただでさえ敵を作ろうとするハヤですが、今のハヤは少し違います。第三者へ対し、とても饒舌になっています。こういう時のハヤは、なにかを守ることに必死なのです。
「隼という名前をしているかと思えばその通りだな。女学生という一介の小娘であるのに名は体をよく表す。油揚げでも浚ってみるか?」
「隼って、油揚げを食べるのでしょうか……鳶も本当に食べるのか知りませんが」
「ならわたしは、門の前で餌を待っている雀を脅すとしよう。なに、例え雲の上を飛べるほど強い翼を持ってしても、鷹の前では所詮、小動物に過ぎん」
「もはや隼なのか鳶なのか鷹なのかどの猛禽を指しているのか……」
場を和まそうと合いの手を入れてみるのですが、効果のほどは。
そもそも、どうしてこんな比喩だらけの会話が成立しているのでしょう。先生が日本語を間違えて使うことなどないはずですから、意図しておかしな表現にしているのでしょうし。ハヤもハヤで、何が言いたいのでしょう。多分、本人も分かってないと思います。
何を争っているのか私には分かりませんが、ここは治めておきませんと。完全に力不足ですが、少しでも介入しようと試みます。
「お待たせしました」
ですが、そんな心配よりも、もっと良い中断方法が現れました。
ちょうどいい場面で、給仕さんが私たちのテーブルへ、パフェを置いてくれたのです。