友・4
私たちとて女学生。遊びたい盛り。放課後に余った大量の時間、無為に過ごすことはないでしょう。街に出て、存分に遊びまわる。そういったことを、月に一度はしています。
「ただいま帰ったぞ!」
がらっと表の門戸を開けたハヤは、大人の男性にも負けないぐらい、お腹の奥からとても大きな声を張り上げました。
「お邪魔しますわ」「お邪魔します」
私たちもハヤの後に続きます。
「こんにちわ! 姐さんたち!」
するとハヤに負けないぐらい、可憐で、しかし大きな声が返ってきます。
「うるさい。声は張り上げればいいというわけではない。心が籠っていなければ無用の長物だ」
「うるさいぞ姉上は! 帰ってきて早々、なんだそのお小言は!」
「だからうるさい!!」
徐々に声が大きくなる二人。流石は鍛え上げられた者同士でしょうか。その筋肉は、喉まで含まれているようです。
「ふう、あいつと話していると疲れる。おい、お絹、お古都。早くわたしの部屋へ行くぞ」
ハヤの家はこの三人の中で学校から一番距離が近いので、拠点とさせてもらっています。
私服など何着か預かってもらっておいて、放課後にどこかへ出掛ける時は、ハヤの家で着替えてから……というのが通常なのです。
「今日も暖かいことですし、こんなものもいいかもしれないですわね」
キヌは箪笥から、青いワンピースを取り出しました。もちろんこれも、ハヤの部屋に預かって貰っているというだけで、キヌの私物です。家では和服しか着ることのできない取り決めのキヌは、こうでもしないと洋服に袖を通すことすらままらないのです。
「夕方になれば冷えるからな。寒いと言っても私は知らんぞ」
「そうなったら、隼さんから衣を一枚頂戴いたしますわ」
「あ、だったら私も頂戴したいです」
「ええい、便乗するなお古都」
彼岸花のように赤い振り袖を着たハヤは、短い髪との危うい相性が、どこか背筋を凍らせる魅力を持っていました。
「だって、私だけ通学着な袴のままなんですもの……」
これでも借金を背負った親の娘。一度知ってしまったからには、洋服や振り袖といった高価な服に身を包んでいる余裕はありません。女学校に通っていることですら、お父様が私の将来を思って、のことなのです。無駄金はそうそう使えません。
「だから言っているだろう。わたしの服でよければ貸してやるぞ、と」
「わたくしも貸してあげますわよ」
「ありがとうございます。……でも、お気持ちだけにしておきます。ハヤの服は大きいですし、キヌの服は、その、身体がさらされるので……恥ずかしいです……」
私は頭を俯かせ、脚元を隠す柔らかい壁を、恨めしげな目で睨みます。
「胸は女性らしさの象徴ということで、わたしはもっと見せてほしいのだがなあ。男に見せるのが嫌なら、せめてわたしだけ、ぐらいには」
そう言うとハヤは、手の形を、ちょうど私の胸と同じ角度に婉曲してきました。
たらっと、一筋の冷や汗が私の額を流れます。ハヤの一挙手一投足を見逃さないようにじりじりと後退しながら、少しだけ目線をキヌに寄越し、援軍を要請します。
「隼さん。いくら美古都さんの胸はとても柔らかくて、触っているだけでも幸せになれるからといって、そうわたくしの目の前でおかしな気を起こさないでくださいます?」
「いえ、そうじゃない、キヌ、助けて!」
「遅い!」
あーれー。気分は代官の元に寄こされた町娘。
「――うう……なんで私は女性に……。私はエス小説は読みますが憧れてません……」
母屋の廊下を、私はめそめそ泣きながら歩きます。
「わたしは大層満足したぞ」
「なにも見ておりませんわ。ええ、わたくしはなにも見ておりませんわ」
笑っているハヤとキヌ。しかしその笑顔の理由は、全くの別物でした。
「オッス、お嬢さんたち!」「お嬢さん! 今日もお綺麗っす! 肌も餅みたいっす!」「お嬢さんたちはお出かけっすか!?」「……お嬢さんはどうしてお泣きで?」
私の悲しみを吹き飛ばしてしまいそうな、とても威勢のいい声。日下部道場の門下生さんたちです。……しかし、私よりも年上の男性から姐さんなどと呼ばれると、なんだかとても不思議な気持ちがします。
日下部道場には、ちょっとした標語が掲げられています。『男たるもの女のために。女たるもの男のために』です。男は守る場所があるから本気で戦うことができる。女もそんな男のために戦わねばならない。これは戦いだけでなく常日頃から使えるということで、ハヤはお気に入りのようです。そのおかげなのか、ハヤは自ら剣を握りながら、こうして華やかな装いをして、門下生たちを喜ばせたりしているのです。このせいで、ハヤの男性とも女性とも一口には言い切ることができないこの性格が形成されたのだと私は思っています。
「ふふ。みなさんも頑張って下さいね。応援してます」
ハヤから受けた傷も少しだけですが癒えてきました。今ではほら、笑うこともできます。
「お、オッス!」「頑張ります!」「いつか俺は最強になってみせます!」
そう言って門下生さんたちは、「うおおお!」と叫びながらドタドタと道場へ入って行きました。私なんかの言葉で嬉しくなってくれる人がいる。嬉しさは巡り、私へ帰還します。
「いい人ですよね。日下部道場の人たちは」
こんな人たちに囲まれているからこそ、ハヤはここまで女性と男性の境目となる細い橋を、安定性を持って渡ることができているのでしょう。
「お古都。お前、男には滅法強いよな」
「ええ。わたくしたちの中ではもみくちゃにされる立場にいますのに、こと男性の前となると、ここまで自然体を振る舞えるのでしょう。こんな時に、わたくしは美古都さんが同一人物なのか疑問となって仕方がありませんわ」
「…………? そんなつもりはないんだけど」
「しかも自覚なし。これがあれか。魔性の」「女、ですわね」
たしかに本格的に男性が苦手でしたら、使用人の真似事のようなことは決してできないでしょう。ですがまあ私としましては、我自権先様以外の男性は意識する意味もありませんし。その我自権先様だって、楽しんで文通させてもらっているわけです、
私が苦手な男性は、純粋に嫌いな方でない限りは、いないんでしょうかね。