友・3
「おい待てお古都それはどういうことだことと次第によってはわたしの両親に掛け合ってお前を養女にすることも吝かではないぞ」「大丈夫なんですかそんな女性を金の力でどうにかできると思っているような人に大切な美古都さんを渡すなんて許容できませんわ嗚呼美古都さんが汚れてしまうそうなる前にわたくしが美古都さんを守らなければ」
一呼吸すら置かず、しかも同時に喋っているせいで、一体なにを言いたいのか分からない私は、言葉の奔流を耐える他ありませんでした。聖徳太子にはなれません。
「えっと……私が小説家を目指していることは知らないよね? それから説明しないと――」
「わたくしたちは知ってますわよ」
「え」
隠しきってたつもりですのに。……こんなにも、この二人の前では隠せないのですか。
「実さんに、そういうことを教えられましたので。『美古都は小説家を目指してるみたいだけど、秘密にしてもらいたいみたいだから、黙ってて。露見したら、美古都は怖いから』と」
「あら……お兄さまったら……駄目じゃないですか……」
「お古都が怖い……」
料理以外は少々抜けているところは重々承知でしたが、これほどとは。これはまた、灸を据えないといけないようですね。
「それがどうした。……はっ! まさか俺の所へ来れば小説家にしてやるぞと騙されてそれで純真なお古都はその誘いにのってしまって気がついたら女中の身へと」「違います」
どうしてこうも想像力が逞しいのでしょう。こんなところもある意味ではハヤの女性らしい一面なのでしょうか。
「私は、買われたという名目で、……先生の元で勉強をしているの。先生は日頃からお屋敷に籠もってらっしゃるから、部屋の管理ができない。私が使用人のようなことをすることで、その見返りとして、小説の技術を貰ってんだ」
続けて、私が週に何度かお屋敷に通うこと、その方は使用人に手を出すような方ではないこと、なども説明しました。私は極力誤解を招かないよう、注意しました。あるはずもない言質を感じ取って解釈されてしまえば、もう打つ手はないのですが。
「……わたくしたちは、学校があるのですわよ。なにもこの年から、直接的に職業へ就くための訓練をしなくてもいいではありませんの」
自由気ままな行動は、もうほとんど残されていないと感じているキヌは、若いうちは遊ぶべき、と考えているようなのです。作家を目指している私には否定的でした。
「お言葉だがな、夢を目指せるのなら活動の開始は早くて悪いことはないのだぞ。剣というものは一日振らなければ三日は取り戻せないものだ。日頃から丹念をして悪いことはない」
一方でハヤは、私の行動に肯定的でした。
「…………」
キヌはハヤの言っていることも、それまた正しいと思ったようで、口を噤んで、私の次の言葉を待ちます。ハヤもキヌの言い分は理解しているので、それ以上のことは言いません。
「我自権先様に驚かれたいのだもの。私だってもう子供ではない、貴方の小説に刺激を受け、私もこんな難しいことを分かるようになりましたと、お教えしたい」
あるいは、これこそ子供の思考なのかもしれません。それでも私は、早く我自権先様の考えをより深く、知りたいのです。
「お古都とはそれほど長くない付き合いとはいえ、わたしは上辺だけでも、倉持美古都という女を知っているつもりだ。だが、どうしてそこまで我自権先とやらに入れ込むのかは分からないな。大体、我自権先のために他の小説家の力を借りるというのでは、それは浮気のようなものではないのか? 喜ぶのだろうか、我自権先は」
「それは」
「片恋をするのは勝手だが、それなら操は立てんとな。その我自権先だって、もしお古都がどこぞの小説家に技術を教わっていると知ったら、嫉妬の一つぐらいはすると思うぞ」
そんなこと、考えたこともありませんでした。
「……よくもまあ、隼さんはそういうことを恥ずかしげもなく言えますわね。男女の仲に口を出すなんて、そんな井戸の周りに群れる主婦のようなことを」
「これでも年頃の乙女だからな」
そういうハヤは胡座を書いたまま、おかずを箸で口元へ運ぶ際、左手を下に添えます。男性なら、まずしない仕草。男らしさと女らしさが同居したこの佇まい。
「武道に恋に勉学に大忙し。……こう言えば、わたしとて、少しは女の子らしく見えるかな」
「…………」「…………」
私とキヌは、お互いに顔を見合せます。
「お前らと違って、わたしみたいな女、喜んで貰ってくれるような殿方なんていないだろうからな……。せめて他人があたふたしているのを見て楽しむしかないわけだ。夢想をするぐらいは認めてくれるよな?」
秋のような哀愁を漂わせるハヤ。このような雰囲気、恋をしている最中の女学生とて、容易には出すことはできません。……か、可愛い。なんというか、庇護欲を刺激するというか。これで似非エス気さえなければ。
「その、あの、……願っていれば、いつかは叶うと思いますよ?」
「そうですわよ。許嫁がいるワタクシと違って、隼さんは自由恋愛をしてもいいのですから」
「……でも、道場の跡取りを貰わないといけないし……」
日下部道場は、門下生もかなりの数を抱え込んでいるようです。しかし、師範であるハヤの父親は、残念ながら子宝に恵まれず。やっと産まれた子供も女が二人。こうなったら、外から貰ってくるしかないのです。
「妹さんがもらってくれるのではなくて?」
「まあ確かにあいつなら、自分に勝てるような男しか結婚相手と認めないだろうが……」
日下部道場の美人姉妹。『そういう界隈』では有名だとかなんとか。
ハヤは飛びぬけて美人……というわけでもありませんが、男性しか周りにいないような環境ならば、まず間違いなく女神になれる容姿を持っています。そして、妹さんも。たしか妹さんは尋常小学校に通っている、十歳だったでしょうか。ハヤを幼くして目を大きくしただけの、とても似ている姉妹。当然、将来の容貌は今から希望を持たれています。
「…………。そうですわ。隼さんの話をしていたらふと思いつきました。そろそろ放課後に、アレ、どうです? 最近、特に退屈で」
話を切り替え、キヌはそう提案してきました。
「おお、そうだな。わたしはいいぞ」
「私もいいです」
これまで話していたこともどこへやら。三人が三人とも、顔は「笑い」になりました。私たちは、その場その場だけで生きているのです。
そうして午後は、来る放課後へ楽しみにしつつ、私は密かに内職をするのです。