師・8
「…………」
「…………」
私たちは長年の付き合いがあるかのように、連れ添って歩きます。けれど間にぽかりと発生している空間には、今にも雨の降りそうなこの天気よりもどんよりとした空気が漂っています。
「あの、お客様」
「…………」
私が話しかけてもなしの礫。先ほどからずっとこの調子です。
「これ、いりますか?」
お客様が狙っていたのですし、ここは先陣を切った方に差し上げるのが礼儀というものでしょうか。しかしあまり強く申しましても、お客様の自尊心を侵害する結果になりかねません。この微妙な加減が、半熟のオムレツを作るかの如く大変難しいのです。どうして私は見知らぬお人の機嫌を買わねばならないのでしょう。
「いらん。あのババアが勝手に渡したものだ。好きに持っておけ」
そうは言うものの、私の胸に抱かれた桐の箱をちらちらと見ています。本当は欲しくて欲しくてたまらないでしょうに。
「…………」
「…………」
そしてまた沈黙。
この状況を少しでも打破しようと会話を試みようとしましたが、そもそもお客様がどんな話題なら乗ってくれるのか、それすらも私は知りません。ああこんなことなら、もっと宗司様から普段どんな世間話をしているのか聞けばよかった。
「あのお婆さんと、どんな知り合いなのですか?」
どうしようもないので、あのお婆さんのことについて尋ねることにしました。
「俺がこっちに越してきた頃に宗司の野郎に連れてこられた所があの店だ。まったく俺は確かに骨董品店に連れて行けと言ったがなんでよりによってあの店だったんだ……」
後半の台詞は私に宛てられたものではなく、どこかにいる、私の先生と同じ名前を持った友人への愚痴のようです。その後もしばらく、その方への恨みを口から吐いています。聴かなかったことにしておきました。そうしないと報告義務が出てしまうので、これは先生のためです。
「そんなことよりお前こそどうしてこんなところにいるのだ。商店街はあちらだろう」
「こちらの方へ少しお散歩がてらに来てみたんです。そうしたら、お面をした不思議な男性が壺を見ているものですから。後ろどころか前髪が引かれたような心持がして」
「ふん」
お面のせいで顔は分かりませんが、見えたとしても、やはり無表情なのでしょうね。
「物好きなものだ。まだ小娘のくせに骨董に少しでも興味を持つなど。小娘は少女小説でも読んでいればいい」
「私は面白いものならなんでも好きですよ。それに少女小説は、私にとっては数ある楽しみの一つでしかありませんからね」
「参考までに訊くが他の楽しみとは例えばなんだ」
おかしなことを訊くものです。まるで、他人の経験を質問してまわる、先生みたいじゃないですか。先生は資料を集めるという名目で、若い娘の行動や心理を、よく私に質問をしたりします。それが先書粒子の先品に、どれだけ影響を与えるのか見物です。
「例えば骨董。例えば文学。例えばお花。例えば――我自権先様」
「…………。本当、物好きなものだ」
さきほどと同じ言葉を、少し強調して、お客様は言いました。
我自権先が誰であるのか、そちらは訊いてこないのですか。まあ、そうでしょうね。
「あら、雨かしら」
ついに雲が決壊してしまいましたか。緑霊館まであと十五分はかかるでしょうに。
「雨宿り、していきません?」
「ふん。そんなことをしている暇があったら執筆する。濡れたくなかったら、好きなだけ道草してくればよい」
「あ、お待ちになってください」
私を無視してさっさかと歩いて行ってしまいます。しかたありません、少々濡れることは覚悟で、私は――先生の後ろを、三歩後ろに下がってついていくこととします。
・