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第41話 役を持つ配下は、ただ強いだけでは足りない

強い配下が欲しいかと問われれば、欲しい。


 当然だ。


 強い前衛、賢い術者、しぶとい斥候、そういうものは迷宮運営において常に価値がある。


 だが今、余が必要としているのは“ただ強い配下”ではない。


 岐れの灯間に置く、役を持つ配下だ。


 主の意志を少しだけ代行し、その場の性質に沿って動けるもの。


 つまり、強さだけでは足りぬ。


「管理音声」

《はい》

「候補を出せ」

《現在戦力内からですか》

「まずはな」

《了解》


 白い部屋の床に、今いる配下の概略が並ぶ。


 ゴブリン群。


 洞窟ネズミ群。


 苔スライム少数。


 そして名前付きのグズ。


 これだけ見れば、答えは簡単なようで難しい。


 鼠は気配として優秀だ。


 だが“役を持つ”には軽すぎる。場の空気を支える補助には使えても、場そのものの顔にはなりにくい。


 苔スライムはさらに無口すぎる。湿りには合うが、判断の代行には遠い。


 グズは嫌らしい横槍役としては良い。だが岐れの灯間に置くと、“殴る”の気配が強すぎる。


 ならばやはりゴブリンか。


「……嫌な予感しかしないな」

《はい》

「馬鹿だからな」

《はい》


 だが、馬鹿なりに差はある。


 入口で無駄に吠えるやつ。


 命令が切れるとすぐ座るやつ。


 棍棒を振るうことしか考えていないやつ。


 逆に、妙なところで様子を見るやつ。


 余はそれを思い出しながら、候補を絞らせた。


《候補は四体》

「見せよ」


 窓が切り替わる。


 一体目。棍棒の扱いが比較的うまいが、気が短い。

 二体目。物陰に立つのが好きだが、命令がないとすぐ寝る。

 三体目。強くはないが、人間の様子を妙に眺める癖がある。

 四体目。グズ。


「……」

《いかがですか》

「グズはないな」

《理由は》

「雑だ」

《はい》


 グズは悪くない。


 むしろ実働ではかなり使える。


 だが“役を持つ配下”の第一号には向かぬ。余の嫌らしさは少し受け継いでいるが、考える前に動きすぎる。


「一体目も違う」

《気が短いので》

「うむ。岐れの灯間は“待てる”方がよい」

《同意します》

「二体目は」

《寝ます》

「却下だ」


 となると三体目か。


 強くはない。


 だが、人間の様子を妙に眺める。


 それは重要だ。


 岐れの灯間に必要なのは、戦力より観察だ。どう迷い、どう戻ろうとし、何を選びかけるかを拾える配下の方が良い。


「三体目を出せ」

《はい》


 窓の向こうに、そのゴブリンが映る。


 他より少し痩せている。


 棍棒の持ち方も微妙。


 顔つきが賢いわけでもない。


 だが、たしかに変な癖がある。侵入者を見る時、すぐ飛び出さずに“少しだけ待つ”のだ。


 その待ちが、他のゴブリンには少ない。


「……おぬし、前から気になっていたな」

《識別タグ未設定個体です》

「今つける」

《どうしますか》

「……ミル」


《登録》

「理由は」

「見るからだ」

《シンプルで良いです》


 ミル。


 名を与えた瞬間、そのゴブリンがほんの少しだけこちらへ顔を向けた気がした。


 偶然かもしれぬ。


 だが、名付けはやはり迷宮内の座りを変える。


「ミルを岐れの灯間へ」

《配置します》


 ミルは棍棒を持って、のそのそと岐れの灯間へ入った。


 そこでまず起きたのは、かなり予想外のことだった。


 ミルが、灯りの真正面ではなく、少し外れた壁際に自分から立ったのである。


「……は?」

《観測中》

「命じておらぬぞ」

《はい》


 本当に命じていない。


 だが、その位置は非常に良かった。


 侵入者から見ると、最初は見えにくい。


 だが、場へ半歩踏み込んだ時に“あ、いた”となる位置だ。


 脅しすぎず、だが軽くもない。


 まさに岐れの灯間に合う立ち方だった。


「……偶然か?」

《一度では判断できません》

「うむ」


 余は試しに、ミルを一度入口側へ戻し、再度岐れの灯間へ入れた。


 二回目。


 やはり少し外れた壁際へ立つ。


 三回目。


 今度は灯りの逆側へ寄ったが、やはり“真正面ではない”。


 つまり、中央へ仁王立ちするのではなく、“見られかける位置”を選びたがる。


「……これは」

《適性あり》

「かなり」

《はい》


 面白い。


 非常に面白い。


 ミルは強くない。


 だが、岐れの灯間の性質に妙に合う。


 真正面から殴るのではなく、迷いの端に立つ。


 それはまさしく、この場の役に近い。


「管理音声」

《はい》

「役を与える」

《正式に》

「うむ」


 その言い方に、少しだけ胸が熱くなった。


 役を与える。


 それは、ただ“この部屋担当”にするのとは違う。


 迷宮の一部を、その配下へ預けることだ。


 もちろん全部ではない。


 だが、ただの駒ではなく、意味を持った働きを求めることになる。


「ミル」

「ギィ?」

「おぬしを“岐れの灯間の見張り”とする」

「ギィ?」

「ただし、戦うだけではない」

「ギ、ギィ?」

「見よ。待て。選ばせろ。そして、選びかけた所を押せ」

「……ギィ」


 どこまで通じたかは怪しい。


 だが、完全に分からぬ顔でもなかった。


 名があり。


 場があり。


 役がある。


 その三つが重なると、配下の受け取り方も少し変わるのかもしれぬ。


《役付与試行に入りますか》

「それもソウルが要るのか」

《初回のみ10》

「軽くはないな」

《はい》


 また払う。


 最近、余はずいぶんソウルの使い方が変わってきた。以前なら、ゴブリンを二体増やすか、鼠を厚くするかといった即効性のある使い道ばかり考えていた。


 だが今は違う。


 場を作り。


 役を与える。


 即戦力ではなく、“迷宮の質”へ振っている。


 少し大人になった気がした。


「……やる」

《確認します》

「うむ」

《個体“ミル”へ、“岐れの灯間の見張り”としての役付与を実行しますか》

「する」


 再び、ソウルが引かれる感覚。


 10。


 払えぬ額ではない。


 だが無視できぬ重さでもある。


 その消費の直後、ミルの肩がぴくりと震えた。


「ギ……」


 少しだけ、目つきが変わる。


 賢くなった、というほどではない。


 だが、“自分がここにいる意味”を急に持ったような、妙な落ち着きが出た。


「……」

《役付与完了》

「何が変わった」

《区画“岐れの灯間”において、個体“ミル”は場の性質に沿って優先行動を選びやすくなります》

「……良いな」

《はい》


 なら観測だ。


 余はその日のうちに、再び浅い侵入者を拾った。


 今度は一人。


 慎重そうな女斥候だった。


 こういう相手の方が、ミルの適性は見やすい。


 余は導線を少しだけ寄せ、彼女を岐れの灯間の前まで誘う。


 灯り。


 湿り。


 鼠。


 そしてミル。


 斥候はすぐに足を止めた。


「……分かれ」

 小さく呟く。

「でも本線じゃない」


 良い。


 その迷いがまず一つ。


 彼女は壁際の様子を見ようとして、半歩だけ中へ寄った。


 その時だ。


 ミルが、まるで“そこだ”と分かっていたかのように、一歩だけ動いた。


 飛び出さない。


 吠えない。


 ただ、見える位置へ半歩だけ出る。


「っ」


 斥候の肩が跳ねる。


 だが、そこでミルは追撃しない。


 見せただけで止まる。


「……なに今」

 女斥候が額に皺を寄せる。

「見張ってた? いや、違う……」


 そこへ鼠が外周を切る。


 灯りが揺れる。


 湿りが足を重くする。


 斥候は“今飛び込んで倒すべきか”“いや、この場は変だ、戻るべきか”で迷い、結局引いた。


 そして入口外へ出た時、かなり嫌そうな顔で吐き捨てた。


「見てた」

 それだけ。


 だが十分だった。


 見張っていた、ではない。


 見ていた。


 それが岐れの灯間におけるミルの役だ。


「……良い」

《かなり》

「これは良いぞ」

《はい》


 余はそこでようやく確信した。


 役付与は成功している。


 ミルはまだ馬鹿だ。


 迷宮の外へ出れば、たぶん普通のゴブリンより少しマシな程度だろう。


 だが、岐れの灯間に限れば違う。


 この場の性質に沿って、“見せる”“待つ”“半歩だけ押す”ができている。


 それは、ただのゴブリンではない。


 役持ちだ。


「……おぬし」

 余は小さく言った。

「少し面白いぞ、ミル」

「ギィ?」


 分かっていない顔をしている。


 だがそれでよい。


 今はまだ、その程度で十分だ。


 そして、この成功はもっと大きな意味を持つ。


 場がある。


 役を持つ配下がいる。


 つまり、余の意志の一部が、“岐れの灯間”と“ミル”の組み合わせで少しだけ代行され始めている。


 コアのままにしすぎない。


 その第一歩としては、かなり上出来だ。


「管理音声」

《はい》

「ここで焦って二体目三体目と増やすか?」

《非推奨》

「理由は」

《場がまだ若いからです》

「うむ」


 だろうな。


 岐れの灯間は、まだ生まれたばかりだ。


 宿り場候補としては良いが、ここへ一気に役持ちを増やせば、かえって濁る可能性がある。


 まずはミル一体で十分。


 この場の顔を一つに絞る方が良い。


「……では、次の課題は何だ」

《二つ》

「言え」

《一つ。ミルが本当に“余ならこうする”へどこまで近づくか》

「うむ」

《二つ。岐れの灯間そのものが、ミルを通してさらに宿るか》

「……」

《場と役が互いを育てる段階に入るかが重要です》

「なるほどな」


 それはかなり大きい。


 場が役を育て。


 役が場を育てる。


 そうなれば、岐れの灯間はただの部屋ではなくなる。


 そしてミルも、ただのゴブリンではなくなる。


 まさに“コアの外にある余の居場所”の芽だ。


「……」


 その夜、余は岐れの灯間を見つめながら、ふと思った。


 余はまだコアだ。


 そこは変わらぬ。


 だが、あの場にミルが立っている時、ほんの少しだけ“余の視点”が増えた感じがする。


 白い部屋から見るのとは違う。


 もっと湿っていて、もっと斜めで、もっと“侵入者の迷いの端”に近い視点だ。


 これがフィルエの言っていた、視点の増え方の始まりなのかもしれぬ。


「……気味が悪い」

《はい》

「だが、悪くない」

《はい》


 その時、新聞がまた震えた。


 今度は匿名ではない。


 フィルエからだった。



【フィルエより】


“匂いが変わった。お前、もう始めたでしょ”



「……」


 余はしばらく黙った後、静かに返した。



【迷靄洞より】


“余は仕事が早いのでな”



 送ってから、少しだけ後悔した。


「……今の、格好つけすぎたか?」

《やや》

「ぬう……」


 だが、悪くもない。


 少しぐらい主っぽく見栄を張ってもよかろう。


 実際、進んではいるのだから。


「よし」

 余は改めて言った。

「岐れの灯間とミルを、迷靄洞の新しい柱として育てる」

《はい》

「ただし焦らぬ」

《はい》

「そして、次にフィルエが来た時は、余からも一つ聞く」

《何を》

「“残る主”は、本当にあり得るのかをだ」

《……》

「どうした」

《かなり核心です》

「だから聞くのだ」


 残響核は、迷宮が残る話だ。


 だが余が欲しいのはそれだけではない。


 余自身が、どこまで残れるのか。


 あるいは“余だったもの”がどこまで続けるのか。


 そこを避けては進めぬ。

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