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第4話 鏡の石像

分離手術という名の『解体』から数ヶ月。

見た目だけは『まともな人間』の形を得た第二王女は、暗い城内の回廊を歩くことを許された。王は、醜聞として隠し続けてきた娘を公の場へ引き出すための『御披露目』として、1人の天才を招聘しょうへいした。


「彫刻家バッカスよ。石の中に潜む魂を、生きたまま引きり出すと言われるお前の腕に期待し、王女の立像制作を命ずる」


「かしこまりました。心血を注ぎ、このノミを振るいましょう」


こうして、王城の離れを工房とした石像制作が始まった。そのバッカスの身の回りの世話を命じられたのが、仮面をつけた奴隷の少年ロジャーだった。


  *  *  *


制作が始まって数日、バッカスは異様な違和感にノミを止めた。


「……おかしい。何度見ても、重心が狂っておる」


モデルとして立つ王女が歩くたび、パニエで膨らんだ豪華なスカートの裾が、生き物のうごめきのように不自然に波打つ。バッカスは食事を運んできたロジャーを無視し、鬼気迫る形相でスカートの中の骨格を観察した。


「王女様。失礼ながら……右脚が曲がっておられませんか?」


その問いに、視察に来ていた側近たちに激震が走る。1人の憲兵が顔色を変え、慌てて取り繕った。


「……王女殿下は幼少期に少し脚を痛められたのだ。その名残であろう! 余計な詮索はせず、手を動かせ!」


だが、バッカスは納得しなかった。憲兵たちが去った後、彼は独り言のように吐き捨てた。


「嘘だ。あの脚は……痛めて曲がったようなものではない。もっと明確な骨格レベルの歪みだ」


その言葉を背後で聞いていたロジャーの手が、微かに震えた。少年は、逆らう事が許されない権力に対し、偏屈な彫刻家の曲げる事のないその信念に、得体の知れない高揚を覚えた。


  *  *  *


制作が始まって数週間。

石像の全容が見え始めた頃、視察に訪れた王から驚嘆の声があがった。


「流石はバッカス。見事な腕前だ」


「自分でも今回の出来栄えには満足しています。王女様の右脚は特殊ゆえ、普段より何倍も観察を重ねた結果でしょう」


バッカスの自負に満ちた言葉に、皆の視線が石像の下半身へ移った瞬間、場は凍り付いた。

石像の右脚は、親指の位置も膝の形状も、明らかに《左脚》として彫り上げられていたからだ。まるで別の死体から無理やりぎ取って接合したかのような、不気味な造形。


「……貴様、これは何の真似だ」


王が、地を這うような声で言った。


「真実を彫ったまで。王女殿下の右脚は、左脚を逆さまに繋いだものでしょう。わしは石の中に眠っていた、彼女の『悲鳴』を彫り出したのです」


「黙れ! 右脚を直せ。見るにえん!」


「直せだと!? このわしに嘘を彫れと言うのか! それはもはや芸術ではない、ただの石だ!」


「完成日にまた来る。命が惜しければ、それまでに正しく彫り直せ。もし、直っていなかったら、不敬罪で処刑だ。」


王たちが呪詛を吐きながら去っていった。

工房には重苦しい沈黙が流れる中、ロジャーは震える声でバッカスに問いかけた。


「バッカスさん……直さないのですか。このままじゃ、殺されてしまいます」


バッカスはすぐには答えなかった。ただ、血の滲んだ手でノミを握り締め、自身の彫り上げた『醜悪で真実な脚』を食い入るように見つめている。

やがて彼は、確認するようにロジャーへ視線を向けた。


「小僧、お前もこの右脚がおぞましいものだと思うか?」


「……僕には、よく分かりません。でも、石像はその右脚を誇らしく感じてると思います」


バッカスは手を止め、初めてロジャーの仮面の奥の瞳を正面から見た。


「誇らしく、か。……ほう、そうか。お前、名は?」


「……ロジャー、です」


「ロジャー。お前は、表面の形ではなく、石に宿る『意思』を見ておるのだな。王女のあの脚は残酷かもしれん、でもそれがその人はなんだ。わしは、彼女の失われた尊厳を、この石像で肯定してやりたいのだ」


ロジャーは、その言葉に胸を打たれた。

この人は、他人の歪みや痛みまでをも、その眼で見抜き理解してくれる人なのだ。


「ロジャー、石像が完成したら、わしと一緒に、この城を出ないか? 安心しろ、わしの村では仮面を外してもお前の事を奇異の目で見る奴はいない」


その約束が、地獄への入り口であるとも知らずに。

2人の間には、王室の権力を越えた、確かな師弟の、あるいは父子のような絆が芽生え始めていた。

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