第3話 手術室に響く悲鳴
深夜、王の私室の影が揺れた。
そこには、いつから潜んでいたのかも分からぬ女が佇んでいた。深いフードを被り、長い前髪の隙間から覗く片目には、底冷えする光が宿っている。
「……陛下」
女の掠れた囁きに応じるように、闇の先から脂ぎった笑みを浮かべた男が現れた。
「……御望みの腕を持つ男を、連れて参りました。神への冒涜を悦びとする男にございます」
女は恭しく頭を垂れると、溶けるように壁の影へと消えた。
──地下の隠し部屋。
手術台に寝かされた双子を眺め、闇医者は下卑た声を上げた。
「ほう……。有翼人の血を引く長女様と、癒着した次女様。実に見事な『素材』だ」
無遠慮に肉を撫で回す手袋の感触に、次女が怯えて泣きじゃくる。長女は激痛と恐怖に震えながらも、自由な方の手で妹の頬を必死に包み込んだ。
「大丈夫よ……。怖くないわ。……これから、あなたが自由に歩けるようになる魔法をかけてもらうの。だから、泣かないで」
それは、自分たちが『解体』されることを悟った姉の、あまりに悲しい嘘だった。
王は冷淡に、台の上で震える長女を見下ろした。
「長女には翼がある。もとより人目に晒せぬ化け物だ。脚なんぞあってもなくても変わるまい」
「御意に。鏡合わせに奪い合ったこの脚を切り離し、次女様の『右脚』として据え直しましょう」
闇医者は一切の躊躇なくメスを執った。生きたまま神経を繋ぐ反応を見るため、麻酔は極限まで絞られている。メスの先が皮膚に触れた瞬間、長女の全身が弓なりに弾けた。
「あ、が……っ! 嫌、嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
石造りの地下室に、鼓膜を劈くような双子の悲鳴が重なり合う。
二人の体は下腹部で神経を共有している。長女を裂くメスの鋭利な痛みは、そのまま次女の肉をも内側から焼き焦がした。
「おねえさまぁ! やめて、痛い、おねえさまが死んじゃう! あああああああ!!」
次女は狂ったように暴れ、拘束具で手首の皮を擦り剥きながら、目の前で解体されていく姉へ手を伸ばした。血飛沫が次女の頬を赤く染め、彼女はそれを拭うこともできず、ただ姉の絶叫を『自分の痛み』として全身で浴び続ける。
「お父様! 助けて! 痛い、痛いよぉぉぉっ!!」
一度は縋るように父を呼んだ長女。だが、返り血を避けるように一歩下がる父の瞳を見た瞬間、彼女の中で何かが死んだ。
(……ああ、お父様は、私を捨てるのね。……見ていて。私がどれだけ壊れても、妹をあなたの『道具』にはさせない……!)
それを見つめる次女の瞳からも、光が消えた。父が姉を見捨てた。それは、自分もまた『愛される娘』ではなく、ただの『部品』として扱われていることへの気づきだった。
左右が逆の脚を強引に繋ぎ合わせる暴挙。焼いた鉄で血管を接合するたび、双子は声にならぬ呻きを上げ、最後にはガクガクと痙攣を繰り返すだけになった。
「成功だ。第二王女様は、相応しい『右脚』を手に入れた」
数時間の後。そこには、唯一の脚であった左脚を根元から奪われ、血の海の中でボロ雑巾のように転がる長女の姿があった。王はその残骸を一瞥することもなく、満足げに立ち去った。
王が消えると、暗闇からフードの女が現れる。
「例の物はまだか」
闇医者は慣れた手つきで、長女の腕の太い血管に太い針を突き立てた。すでに抵抗する力もない長女の体から、どくどくと赤い命が吸い出され、小瓶を満たしていく。
「しかし、この血をどうするおつもりで、帝国に輸血を待ってる知り合いでもいるんですか?」
「まさか、城で飼っている犬の餌に混ぜるのさ。私に懐くように魔術を掛けてね」
ミラの掠れた笑い声が地下室に溶けていく。
長女の虚ろな瞳から、一筋の涙が零れた。それは痛みゆえではない。父子の絆が存在しない事を、残酷なまでに理解したからだった。




