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第1話 呪われし忌み子

その赤子は、呪いとして産まれたのか、あるいは平和の代価として産み落とされたのか。

アストレア王国と有翼人の間で、長年にわたり繰り返されてきた『血の歴史』は、1つの凄惨な政略結婚によって終わりを迎えた。王がめとったのは、敵国の王女――白銀の翼を持つ、冷然たる美貌の妃であった。

敵対し、憎み合っていた2つの種族が1つに混ざり合う。その融和の象徴として、妃の腹には新しい命が宿った。

王は公言する。


「これで、悲劇は繰り返されぬ。この子は、光となるのだ」


  *  *  *


生ぬるい血の匂いと、蜜のように甘い死の気配が混じり合っていた。

アストレア王妃となったセレスティアは、薄れゆく意識の中で、自分の背中にある翼がシーツを激しく叩く音を聞いていた。有翼人の誇りであるこの翼も、今は重い鉛のようだ。


「……王妃様、しっかり! あと少し、あと少しです!」


産婆の叫びが遠く聞こえる。

この子さえ産まれれば、セレスティアの故郷とこの王国の戦争は終わる。平和の礎になるための婚姻。セレスティアはその『道具』としての役目を果たすために、歯を食いしばり、最後の力を振り絞った。

直後、産室の静寂を切り裂くような音が響いた。

それは、赤子の泣き声ではなかった。


――じゅぶり


何かが、湿った土の中で絡み合うような、不快で、どこか生命の根源に触れるような不気味な音。


「……あ、ああ……。神よ、これはなんの呪いですか……」


産婆の手が止まった。震える彼女の手の中にいたのは、1つの塊だった。

セレスティアは、震える上体を起こし、それを凝視した。


「……まぁかわいい。私の、赤ちゃん……」


そこにいたのは、2人の女の赤子だった。

1人は、セレスティアと同じ銀色の産毛のような翼を背負った、美しい顔立ちの姉。

もう1人は、翼を持たぬ、鋭い眼光を宿した妹。


2人はお互いに正面から抱き合うような姿勢で、へその下から下腹部にかけて、溶けた肉が混ざり合うようにして一体化している。

だが、何よりもおぞましいのは、その足元だった。


2人合わせても、脚は2本しかない。

本人から見て、本来『自分の右脚』があるべき場所には、自分と向かい合って密着している相手の、背中側へとねじれた『左脚』が生えている。自分の右側にある脚は、つま先が真後ろを向いたそれぞれの左脚だった。


双子は、2本の左脚があべこべに生えた、『結合双生児』として産声をあげたのだ。


「……お退き下さい。私が抱くわ」


セレスティアは産婆から、その重たい命を奪い取るように抱き上げた。


その時、彼女は見てしまった。

妹が、その小さな、赤黒い手で姉の腕を掴んだ瞬間。

妹の指先から、目に見えぬ熱波のようなものがはしった。彼女が触れた箇所の姉の肌が、瞬時に赤く腫れ上がり、まるで妹の手のひらに吸い寄せられるように、じりじりと『癒着』し始めたのだ。


「……っ。この子は、生まれながらに……」


彼女は戦慄した。この子は、ただ結合して産まれたのではない。

他の生命を、己の内に引き込み、無理やり繋ぎ止める力。

胎内なかで、この子は姉を吸収しようとしていたのだ。姉が翼という強大な生命の象徴を持っていなければ、今ごろ彼女は妹の肉の中に飲み込まれていたに違いない。


──バタン


乱暴に扉が開き、駆け込んできたのは、アストレア王だった。彼は一瞥いちべつして、その場に凍りついた。


「セレス……その異形の生き物はなんだ……」


「私の子です、陛下。私たちの、融和ゆうわの証です」


「……戯言たわごとを! 有翼人の血を混ぜた結果が、この化け物か!」


王の言葉は刃となって彼女を貫いた。彼はセレスティアの腕の中の双子を、汚らわしいものを見る目で睨みつける。


「いいですか、陛下。有翼人の強硬派は、私の血を引く子が健在であれば剣を収めると約束しました。ですが、この姿が公になれば、彼らは『王家が聖なる血を汚した』と激昂し、戦争は再燃します。民衆だって、この子たちを『呪いの象徴』として石を投げるでしょう!」


セレスティアは必死で、抱き合う双子を翼で隠す。


「……陛下。この子たちは、2人で1人の王女として、城の奥底で育てるのです。誰の目にも触れさせてはなりません」


王は長く、重い沈黙の後、吐き捨てるように言った。


「……箝口令かんこうれいけ。この事実は、今この場にいる者だけの墓場まで持っていく秘密だ」


アストレア王国の光となるはずだった双子は、産声とともに闇へと葬られた。

セレスティアは腕の中の、重なり合った2つの心音を聞く。


 *  *  *


それから、数年の月日が流れた。幽閉という名の安寧の中で、双子は母の愛だけを頼りに育っていった。


王国、北の離れ。月に一度、月明かりすら消える新月の夜だけ、王妃はこっそりと重い扉の鍵を回す。それは、籠の中の鳥に許された、あまりに短く危うい自由の時間。


「さあ、お行き。太陽が顔を出す前には、必ず戻るのですよ」


「お母様、ありがとう」


翼をもつ姉が、腰から繋がった妹を愛おしげに抱き上げ、白銀の翼を大きく広げる。窓から夜の静寂へと舞い上がるその姿は、まるで天に帰る天使のようだった。


姉の腕の中で、妹は無垢な瞳を輝かせる。二人の小さな手は、決して離れないと誓うように、強く、強く重なっていた。それが、これから始まる凄惨な地獄の幕開けであるとも知らずに。

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