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8、異世界でSF?

「──円さま、見てください!

 これ、ボソン・モービルですよ!」

 家の敷地内に停車している幌馬車を牽引しているタイヤの無い乗り物。

 アイナちゃんの言葉を鵜呑みにするなら、それは地球では実用化には未だ程遠く実験段階にすら到達していない空想上のシロモノ。

 聞いた話にはレストウラ帝国が前文明の遺跡から発見し、うち数台をフンドゥース王国やフォディーナ王国へと贈答。そして、レストウラ帝国当国は発見された物を解析研究して、鋭意、カドゥール・ハアレツの現代技術での製造を試行錯誤中とか……。

 そんなシロモノに乗ってきた客人とは……──?

 ところで、ボクはボソン・モービルの話を聞いてはいましたが、“どのような造形か”は話の中で語られず知りませんでした。ですが、アイナちゃんは一目見て、目の前にある物をボソン・モービルと言い切りました。

 つまり、

「アイナちゃんはボソン・モービルを見た事があるのですか?」

「はい。レストウラ帝国から我が国に贈られた物の内の一台を騎士団の同僚が賜り、自慢たらたらとひけらかしてましたからね……。まったく、普段は清楚ぶってお澄ましくさっているクセに、裏じゃ……──ハ!

 す、すみません、耳障りな事を口走ってしまい、大変申し訳ありませんでした」

「……いや、いいですよ……」

 ──余程、アイナちゃんはその同僚の騎士に対して嫌悪感があるのでしょう……。ボクの問に答えるために情報を思い出した際に、情報と一緒に思い出した相手の顔に、思わず陰口が口をついて出てしまったみたいですしね……。

 さて、いつまでもボソン・モービルを眺めて、玄関先で待っているイドちゃんを待たせるのは悪いですからね。

「ただいま、イドちゃん」

「お帰りなさいませ、マドカサマ♪

 お客サマがみえてます」

 帰宅の挨拶を交わすと、イドちゃんは玄関の扉を開けて、ボクたちを家の中へと誘います。

「おう、嬢ちゃん、邪魔してるぜ」

「お邪魔してるっす、姐さん」

 家の中に入って直ぐ、客人からの挨拶を受けます。

「いらっしゃい、ガメッツさん、ランテ君。久しぶりですね。一ヶ月ぶりでしょうか……」

 ノジカ・シティの小旅行以降、ランテ君たちはちょくちょくボクたちの家に遊びに来ていました。

 が、約一ヶ月ほど前にガメッツさんが、

「今度こそ、黒髪の嬢ちゃんがスゲェーと思えるお宝を探してくるぜ!」

 と宣言して以来、パタリと音沙汰無しになってました。

 それが、こうしてボクたちの家に来たということは、良藍がスゴいと思うであろうお宝を見付けてきたということでしょう。

 ボクはエントランスホールに設けた居間兼応接間の応接セットの空いているソファーの一つに腰掛け、改めて、

「久しぶりですね、ランテ君、ガメッツさん。今日はまたどうしたんです?

 あ! それと、外のボソン・モービルはランテ君たちのモノなんですか?」

 ランテ君たちに挨拶をして、矢継ぎ早に質問を投げ掛けます。

「おう、大方、嬢ちゃんの思ってる通り、黒髪の嬢ちゃんがスゲェーと思うであろうお宝を見付けてきたんだ!」

「外のボソン・モービルはそのスゴいお宝が在る場所で手に入れた──というか、貰ったんす」

 ──“貰った”?

「“誰に”ですか?」

「──あー、……実はスゴいお宝と直接関係があるので今は言えないっす」

「? そうなんですか。それで、ガメッツさんたちが見付けたスゴいお宝というのは──?」

「聞いても、答えてくれないわよ。「見てのお楽しみ」の一点張りで……」

 ボクの“どんなお宝なのか”の問に答えたのは良藍。

「ああ。今ここでお宝の正体を言っちまったら、お宝を目にした時の凄味が無くなっちまうからな」

「そうっす。兄貴の言う通り、お宝がなんなのかを話してしまったら、見た時の感動は激減してしまうっすから、話せないっす」

 ──ふむ……。どうやら、良藍の言葉通り、ガメッツさんもランテ君もお宝がなんなのかを明かすつもりは無いみたいですね。

「では、ガメッツさんたちが見付けた、そのお宝は何処に?

 外のボソン・モービルがいている幌馬車の中ですか?」

「……あー……」

 ──ん? 何故が、ガメッツさんはバツの悪そうな顔になり、ランテ君に視線で丸投げをします。

 ガメッツさんの視線を受けたランテ君は、“仕方ないっすね”といった表情になると、

「──実はそのお宝は簡単に持ち出せるようなシロモノじゃないんすよ。本当は持って来たかったんすが、拒否されやしたからね……」

「“拒否”?」

「そうっす。詳しくは先と同じく、お宝に直接関係があるっすから言えないっすが……」

 お宝が“拒否”とか、話だけでは意味不明です。

 そうなりますと、とある疑問が生じます。それは、ボソン・モービルが牽いている幌馬車。ガメッツさんは亜空間倉庫という大体の物であればなんでも仕舞えてしまうというモノを持ってます。なので、態々、幌馬車を用意する意味がありません。ですが、先の話と合わせて鑑みれば、なんとなく疑問の解が見えてきます。

「……もしかして、前回と同じく、またお宝を取りに一緒に行くのですか?」

「…………」

「…………そうっす。お手数おかけするっす」

 ガメッツさんは沈黙で、ランテ君は溜はありましたが正直に答えます。

 ──ふ~……。致し方ないですね……。

「分かりました。それで、今回はどれくらい掛かるんですか?」

 前回は天馬車で空をひとっ飛びして行きましたので、移動に掛かる時間は最短で済みましたが、今回は幌馬車が用意されいるということは地上を往くのでしょう。そうしますと、移動にはそれなりの時間が掛かるということ。その間、『レストラン・フシェ』のお手伝いは出来なくなるので移動時間を知ることは大事です。

「…………お宝が在る場所までは、ボソン・モービルだけで最大スピードで走った場合は約丸二日になるっすね。

 実際、オイラたちはお宝の在る場所から、姐さんたちのこの家に来るまでにそれだけ掛かったっす。

 そして、今度は幌馬車を牽いているっすから、最大スピードで飛ばすワケにはいかず、少なく見積もっても四日以上は掛かると思うっす……」

 ──四日以上ですか……。帰りを含めると、早くとも一週間半──カドゥール・ハアレツの一週間は六日なので──ほどですね。

「…………明日、フシェさんに、十日以上休みを取ってもイイか相談してきますので、行くかどうかの判断は後ほど」

「分かったっす」

「──もし、ボクがダメでしたら、スミマセンが、良藍とサーハ君だけで、ガメッツさんたちと一緒に行って、お宝を取ってきてもらってかまいませんか?」

「そうなったときは仕方ないわね……。」

「ええ、いいですよ。」

 これで、もしもの時の備えはよし、と。

 あとは──…………これといってないですね……。

 ひとまず、旅の準備だけはしておきましょう──。


「──いや~、毎回思うがよ、ひれ~風呂だな~、なあ、兄ちゃん」

「……え、ええ。そう、ですね……。一人で入るにはとても広い浴槽です」

「か~、こんだけひれ~風呂を独り占めとか、贅沢だぜ、流石は元王子様だ」

「ホントっすね~。しかも、温泉地から水道を引いて源泉掛け流しとか、贅沢の極みっすよ」

「……ええ、まあ……」

「どうしたんすか、サーハさん?

 気がそぞろっすよ?」

「……あー、いえ、普段は入浴は一人なものでしたから、こうして複数人で入るのは初めてなもので…………──」

「──そうだよねー。この家の住人の中でサーハ君は唯一の男性ですからねー」

「……ええ、……まあ、そうですからね。

 なので、複数人との入浴中はどのような対応をしてよいのか全然分からなかった……もの……で?

 え?」

「そんなの、気構えることなく普段通りで大丈夫ですよ。若しくは、文字通り裸の付き合いで、身も心も包み隠さずに曝け出すというのもアリですよ」

「──おい……、何で……、嬢ちゃんが入ってきてるんだ?!」

「“何で?”って、ほら、ボクは“元男”ですから、この様なまたとない機会には参加すべきかと思いまして」

「何を言ってるんですか、円さま!?

 そもそも男女が一緒に入浴など……?!」

「──な!? 騎士の嬢ちゃんまで?!」

「? ああ、アイナちゃんはボクの護衛ですから。

 気にしないでください。」

「──でも、姐さん……──」

「──!?

 いいんですよ、ランテさん。円さまの言う通りなんですから。

 自分は円さまを護る為なら、例え火の中水の中、……混浴風呂だろうと付いていきます!」

「それにしても、既に五ヶ月近く四六時中一緒にいると多少なりとも相手の事を分かるというものです。それで、アイナちゃんが仕事熱心の生真面目さんと分かっただけでなく、もう一つ分かった事があるんです」

「え? 自分、何か変なことしてましたか?」

「いえ、変なことと言うよりは“旅の恥はかき捨て”と羽目を外した時のアイナちゃんは弾け過ぎする節があるってことです」

「──ほにゃ!? そんなに自分、弾けてましたか?」

「ええ。お城に居た頃の姿からは想像だに出来ないものばかりでしたからね。例えば……そう、旅を始めて直ぐの頃、初めて野宿をした時のこと────」

「──あー、待ったです、円さま!

 殿方がいる前でその様なお話は──」

「……ああ、そうでしたね。

 じゃあ、入浴前の雑談はこれくらいにして、ボクたちも湯をいただくとしますか」

「……そ、そうですね。お風呂に入る準備をしたのに、お風呂に入らないのは変ですしね」

「──いや、待て、嬢ちゃんたち!

 まさかとは思うが────」

「──ん? ……ああ!

 心配しなくとも、ボクとアイナちゃんは湯浴み着を着用してますから、目の遣り場に困るという事はありませんよ」

「──そ、そうなのか……なら、あ、安心だな……あはは……」

 ──もしかして、ガメッツさんは何かを期待していたのでしょうか? ま、いいですけど……。

「あ、そうそう、お酒を持ってきたので、月見酒しませんか──」


「おや、男性陣は酔い潰れてしまったみたいですね……」

「いやいや、円さまが皆さんに沢山呑むよう仕向けてたじゃないですか」

「そうでしたっけ?」

 ボクは浴室のガラス張りになった窓の外、夜の空に浮かぶカドゥール・ハアレツの四つの月のうちの一つ、月の中で最大の大きさを誇るナルンラグを仰ぎながら、持ってきた杯の中に同じく持ってきた液体を注ぐと、アイナちゃんの言葉に恍けながら呷ります。

「そうですよ!」

「でも、最初の一本こそは清酒でしたが、残りのすべては果実酒を造っているところのジュースですよ」

「え!? そうなんですか?」

「そうなんですよ」

「じゃあ、何で皆さん、泥酔したみたいに酔い潰れてんですか?」

「……多分ですが、思い込み酔いでしょう」

「え~……! “思い込み”で酔うなんてことがあるんですか?」

「ええ、ありますよ。所謂、先入観ってヤツですね。“最初の一本がお酒だったから、残りの物もお酒だ”という思い込み。故に自分たちはお酒を呑んでいるんだという意識が、実際はお酒ではなくジュースであるにも拘わらず“お酒を呑んだから酔う”という錯覚作用をもたらすんです」

「へぇ~、そんなことがあるんですね~」

 湯船の縁に寄り掛かり、ぐで~んとしいる男性陣をしげしげと矯めつ眇めつ眺めるアイナちゃん。

 ボクはそんな彼女を視界の端に捉えつつも、視線は外の夜空に紅皓あかしろく陽の光りを反射して輝くナルンラグを見遣ります。

 地球の月よりも遥かに大きく、カドゥール・ハアレツの月の中では一番遠くにあるにも拘わらず、見える大きさは最も大きく、且つ、夜空の五分の一を占めるという超ビッグサイズ。ただ、公転軌道が他三つの月とは異なり、太陽が通る軌道とは重なることがなく、ナルンラグによる日蝕は起きないのだとか……。

 なんとも巨大で神秘的な月。手を伸ばせば触れてしまえるのではないかと錯覚してしまうほどに近い月。されど、いくら手を伸ばそうとも、決して手は届かぬ……。

「? 円さま、立って空に向かって手を伸ばされて、どうなされたのです?」

「──!? 月を──ナルンラグを掴めるのではないかと、ふと思って……」

 ボクはナルンラグに伸ばしていた手を下ろし、無意識に伸ばしていた手を見詰めます。

 ──そういえば、現在の地球では月に宇宙飛行士でなくとも気軽に旅行に行けるのに、この世界では未だに誰一人としていずれの月にも行った者はいないそうです。

 前文明はかなり高度な科学技術を有していたそうですが、宇宙に目を向ける者は少なく、宇宙関係の技術は机上と基本技術の地上での試験程度だったんだそうです。

「──月を掴む、ですか……。そんな事、考えたことも無かったですね。なにしろ、空に浮かぶ四つの月は其れ其れがシュモネス教の自然を司る四柱の神の化身って教わりましたから……。掴むどころか触れようとすることさえ、畏れ多いと教え込まれてましたからね」

「──そうなんですか……」

 ボクは今一度、夜空に浮かぶナルンラグを一瞥すると、

「──さて、そろそろあがりましょう」

 湯船から出ます。

「あ、待ってください、円さま!

 サーハさん達、どうするんですか?」

 ──ん? そういえば、サーハ君たち、酔い潰れて“ぐで~ん”としていましたね。

「そうですね……、担いで脱衣所まで運ぶのは無理ですから、引き摺っていきましょう」

「え!? 引き摺るって、大丈夫なんですか?」

「引き摺っている途中で、出っ張りなんかに頭をぶつけたりしなければ問題ナシですよ。それじゃ、ボクはランテ君を引き摺っていきますから、アイナちゃんはガメッツさんをお願いします」

「は、はぁ、分かりました……」


 それから、ボクとアイナちゃんはそれぞれランテ君とガメッツさんを湯船から引っ張り出すと、引き摺って脱衣所まで運び湯冷めしないようにしてから、此方の人数上、湯船に残すことになったサーハ君を運び出す為、再び浴室内に足を運びます。

「……はれ? ガメッツさんらちは、もう、上がられたのでふか?」

「ええ。今は脱衣所で休んでますよ」

 どうやら、サーハ君は目が覚めたようで、フラつきながらも湯船から立ち上がります。

「……いや~……、入浴ひながら、お酒を呑みゅと……普段以上に酔うのれふね~……」

「そのようですね」

 しかし、立ったもののサーハ君は危なっかしくフラつき、そんな彼を見かねてアイナちゃんが肩を貸します。

「んあ? あ~……スミマセン、アイナしゃん、お手数……おきゃけひて……」

「いえ、お構いなく」

 アイナちゃんの肩を借りて、立って歩き出すサーハ君。

 これならボクまでもが肩を貸す必要はなさそうです。

 サーハ君はアイナちゃんに任せて、ボクは脱衣所へと戻るべく、踵を返し──、

「円さま、危ない!」

 唐突なアイナちゃんの警告に、振り返ると、なんと!? サーハ君が誰かが片付け忘れた石鹸を踏ん付けて、あろう事か、ボクの方へとバランスを崩して突っ込んできます!?

「──マドカしゃん、避へて──!!」

 サーハ君はボクに避けるよう言ってきましたが、このまま避けたら酔ってまともに受け身をとれないであろう彼は大怪我をしかねません。

 ──やむを得ません!

 ボクはサーハ君がボクを退けようと出してきた手を掴み、護身術を応用して彼を出来るだけ怪我の無いよう浴室の床に転がします。

 しかし、現在の前世の体では護身術の動きが馴染み込みきれておらず、勢い余って自分も転がってしまいました。

「──あいつつつつ……」

「──!? 大丈夫れすか、マドカしゃん?!」

「ええ、大丈夫ですよ。それより、サーハ君は怪我は無いですか?」

「……ひゃい、マドカしゃんのおきゃげで私は何処も、ケガはにゃいれふ……」

「──ふぅ~、それは、よかった……」

「──円さま! サーハさん!

 大丈夫ですか?!

 ──あッ!?」

 ボクとサーハ君を心配して、駆け寄ってくるアイナちゃん。だけど、彼女は足下に注意がいっていなかったようで、サーハ君が踏ん付けたのと同じ石鹸を踏み付け、ツルリと足を滑らせると、ボクたちの方へとダイブしてきます!

 ──べぐしっ!!

「──むぎゅ~……!!」

「──ひゃわ、あが、ふがふが……!??!」

「──す、すみません! 円さま、サーハさん、大丈夫ですか?!」

 石鹸を踏み付けてダイブしてきたアイナちゃんは偶然にも四つん這いの体勢になっていたサーハ君を押し潰す形となり、サーハ君の下敷きになってしまっていたボクは必然的に二人分の体重がのしかかってきます。

 ──ううぅ……、重いです……。

「いや~、現在いまの状況、いろいろな意味でマズいですよねー。自分はサーハさんの背中に密着してしまってますし、サーハさんは円さまの胸部に手を置かれ尚且つ谷間に顔を挟まれてますからねー」

 アイナちゃんは「マズい状況」とは言いながらも、その詞には困った感は皆無で、寧ろ愉しんでる感が滲んでます。

「──なら、直ぐさま、サーハ君の上から退いてください、アイナちゃん」

「…………あー、円さま、それがその……今更になって酔いが全身に回ったみたいで、四肢に上手く力が入らなくて、退こうにも退けないんです……」

 ──絶対、ウソです!

 大方、アイナちゃんの“旅の恥はかき捨て”がかま首をもたげたのでしょう。

 ──はぁー、まったく……。致し方ありません。

「──メドちゃ~ん! サーハ君がお風呂で逆上のぼせて倒れたので、部屋まで運んであげてもらえませんか~!!」

 ボクはあらん限りの大声でそう叫びます。

 すると──、


 ──ドドドドドド……!!


 ──バァーン!!


 物凄い勢いで駆けてくる音が近付いてきて、そして、脱衣所の扉が力強く開かれ、ボクが呼んだメドちゃんが鬼気迫る表情で浴室へと飛び込んできます。そして、折り重なって浴室の床に倒れているボクたちを見付けると、すかさず、一番上に載っているアイナちゃんを無造作に退け、いつの間にやら気を失ってしまっているサーハ君を丁寧に退かすと、更にボクの手を引いて立たせくれました。

「ありがとう、メドちゃん」

「いえ、どういたしまして、マドカ様。

 メドは、サーハ様をお部屋にお運びしますので、これにて失礼致します」

 そう言や、メドちゃんは床に寝かせたサーハ君を懇切丁寧にお姫様抱っこっで抱き上げると、来た時と同じ勢いで浴室から脱衣所を通って、開いたままの扉の向こう側へと姿を消していきました。

「…………うにゅ~……、メドさんは華奢な見た目には因らずホント怪力持ちですね……。自分、確りとサーハさんにしがみ付いていたのに簡単に剥がされてしまいした……」

 ──やっぱり、アイナちゃんのさっきの「酔いが回った」発言はウソでしたね。

「……まったく、悪巫山戯が過ぎますよ、アイナちゃん」

「え~! 円さま、自分、起きている間はほぼ全ての時間がお仕事なんですから、時偶ときたまの“旅の恥はかき捨て(いきぬき)”ぐらい、はっちゃけちゃってもいいじゃないですか?

 そうでもしないと、仕事のストレスで胃に穴が空いちゃいます……」

「……アイナちゃん、此れ迄にアイナちゃんが仕事にストレスを感じているようには見えた事が一度も無いのですが……?」

「あれ? 

 ……………………あはは…………、そういえば、思い返してみると、確かにお城に居た頃と違って、現在いまの仕事はストレスフリーでした。あはは……。

 じゃ、じゃあ、自分、先にあがらせてもらいますね……」

 乾いた笑いで誤魔化すと、アイナちゃんはそそくさと脱衣所へと消えていきます。

 ──まったく……、やれやれ……です。



「──わたくしも、絶対に付いて行きますわ!!」

 翌日の夕方。

 フシェさんに相談した結果、ギリギリ十日間の休みをもらえ、家に帰ってその報告をした後、ガメッツさんたちと雑談をしていると、ファナが居間にやってきて先の「付いて行きますわ」と言い出したのです。

「ファナ、何を言ってるんですか?! 体に過度の負担が掛かるような事は控えるよう、言われてるじゃあありませんか!」

「ですが……!」

「「ですが……!」ではありません!!」

 “ぷ~”と頬を膨らませてプー垂れるファナ。しかし、彼女は諦めきれないのか視線をさ迷わせ、そして、ランテ君をその視界に捉えると、したり顔になり、問い掛けます。

「あの、ランテさん、宝がある場所は、それほど危険な場所ではないのですよね? ね?」

「…………そうっすね、お宝がある場所はオイラたちが調査した結果では危険は無かったすし、此処から目的地までの道中にも危険な魔物や凶暴な野生動物が出没する可能性は限りなくゼロと言っていいっす」

 質問した問の回答が自分にとって都合がいいモノであった事にファナは頬を綻ばせると、

「聞きました? 円様。

 ランテさんも安全安心だって仰ってますから、ご一緒してもよろしいですよね?」

 ここぞとばかりに、瞳をウルウルさせて、お願いのポーズでボクを見詰めてきます。彼女がこのような態度を取るのはボクが知る限りは、今回が初。

 さて、如何したものでしょうか?

「──イイんじゃない。安全なんだしさ」

 そう、横から言ったのは良藍。

「あら? 良藍さんが、わたくしの援護をしてくださるなんて珍しいですわ。明日は雪かしら──なーんて。」

 声が聞こえてきた方を見てみると、そこには髪に僅かに濡れが残る──お風呂から上がったばかりなのでしょう──良藍がいます。

「……やっぱ、置いてこう円くん。」

「じょ、冗談ですわ、良藍さん。」

「……はぁ。ま、実際のところ今さら一人二人増えた程度増えても大丈夫でしょ?」

「……そうですね。分かりました。

 では、ファナも一緒に行きましょう。」

「はい♪」

 ファナは朗らかに微笑むと、「急ぎ、旅行──いえ、旅の準備をしませんと……」そう言葉を残し、自室へと向かっていきました。

「──ところで、本当に目的地までの道中に危険はほぼ無いのですね?」

「おうよ。心配性だな、嬢ちゃんは。

 ランテの言った情報は正確性は確かだから、大丈夫だ!────」



「────って、言ってましたよね?」

 ──さて、ルニーンから出発して早二日目の夜のこと。

 夕食を取って、さあ、明日に備えて眠ろうかとした矢先、ランテ君が仕掛けていた『魔物や野生動物等の接近を報せる仕掛け』に反応がありました。

 最初は“大方、魔物除けや動物除けが効きにくい風上から魔物ないし動物が近付いてきたのだろう”と高をくくっていたのですが、ランテ君は立て続けに仕掛けが接近者を報せたことに異状を察知し、見張りをしていたボクとアイナちゃんだけでなく、仮眠を始めていたサーハ君とガメッツさんたちをも叩き起こして、警戒を呼び掛けました。

 そして、程なくして、目視できる距離に彼等は姿を現した。

 粗暴な顔付きに、柄の悪い雰囲気。服装はほぼ洗濯とは無縁と言わんばかりの汚れに塗れ、肌を脂ぎった皮脂でテカらせた人物達。

 十人中九人は一目見て、彼等をこう判断するでしょう──“盗賊だ”と。

 しかも、みるみるうちに盗賊はその姿を見せ、ざっと見、三十人以上は下らないでしょう。

 そうして、先のボクの台詞に繋がります。二日前に「危険は無い」と太鼓判を押したガメッツさんへの文句。

「──いや、確かに言ったけどよ……、それは、魔物や野生動物に対してで……──」

「──そうっすよ、姐さん。

 それに、盗賊が出没するなんて情報は二日前までは確かに無かったっす」

「──なら、どうして、出てきてるんです?」

 ボクの誰となしの問いに答えを返したのは意外にもアイナちゃん。

「──あ!

 そういえば、先日、円さまとルニーンの憩いの場に立ち寄ったときに、憩いの場にあったモニターで流れていたニュースで“レストウラ帝国軍が盗賊団を捕り逃がした”っていうのがありました。

 確か、その盗賊団の根城が我が国とレストウラ帝国の国境付近だとかで、捕り逃がした盗賊団が国境を越えて我が国に入り込んだ可能性があり、今後はフンドゥース王国軍と派遣されてきたレストウラ帝国軍が合同で、その盗賊団の討伐にあたるって報道してました」

 ──成る程、そういうことでしたか……。

「──詰まり、ボクたちはその逃走中の盗賊団と出会してしまったっということですね……」

「どうやら、そうなるっすね」

 やがて、盗賊達はボクたちが野営している処まで辿り着くと、

「よう~、旅人さんたちよ~、アンタらの後ろにあるイカした乗り物と食料と金目の物、あとはそこの女二人を置いていけば、命だけは取らないでやってもいいぜ?」

 先頭に立っていた男が代表して、盗賊の常套句を口にします。

「──しっかし、盗賊という生き物は見た目のバリエーションは兎も角、遭遇時の開口一番の詞は古今東西代わり映えしないんすね?」

「──だよな~。必ずと言っていいほど、金目の物と女がいた場合は女も要求してくる。少しはバラエティに富んでもいいんじゃね?」

 ランテ君とガメッツさんは盗賊のテンプレなセリフを聞くや小馬鹿にして煽ります。

「ンだと、テメェー等!

 人が下手に出てりゃつけ上がりやがってっ?!」

 ──え? 何時、盗賊代表の男は下手に出たのでしょうか?

「あのー、出会い頭に居丈高にモノを要求した態度の何処が下手なのでしょう?

 ご教示願えると後学の為になると思うのですが……?」

 どうやら、サーハ君もボクと同じ事を思ったようで、更に敢えて盗賊代表の男を馬鹿にする問い掛けまでします。

「ッ~~~~!?」

 そんな、サーハ君の問い掛けに顔を赤くして怒りを露わにする盗賊代表の男。

「おい、上品ぶった優男!

 テメェー、舐めくさってんじゃねーよ?!」

「そんな……、舐めくさるだなんて……、私はただ、貴方の態度がどう見ても下手に出ていたとは思えなかったので、“どの辺が下手に出ていたのか”を問うただけです」

 サーハ君の更なる煽りに遂に怒り心頭に発した盗賊代表の男は、

「ソレが、舐めくさってんだっていうんだよッ~!!」

 キレて、サーハ君の胸ぐらを掴もうとしてか無警戒かつ不用意に近付いてきます。

 そして、

「──あん……?」

 その盗賊代表の男の首が宙を舞います。

 同時に首を失った胴体は数歩ばかりサーハ君へと歩み寄ると、糸の切れた人形のようにくたりと地面に転がり、切断面から血潮を溢れさせます。

 そんな唐突な出来事に盗賊達は唖然呆然となり、そして、次の瞬間──、

「へ?」

「あぎゃ!?」

「え?」

「げぶっ!?」

「な?」

「へがッ!?」etc.……。

 数多の断末魔を上げて次々と地に臥していく盗賊達。ある者は首が先の男同様に宙を舞い、また、ある者は文字通りミンチになっていきます。

 惨劇に恐慌状態に陥る盗賊達。

 それが更なる惨劇を齎す結果になるとも知らずに……。


 ──あれから、ものの数分で見える範囲には息をしている盗賊達は居なくなりました。

 その代わりに地面には首の無い胴体と宙を舞って地面に落ちた首、それと、原形を留めていない数多の肉塊が、血臭けっしゅうを漂わせながら転がっています。

 あの時──盗賊代表の男がサーハ君へと不用意に近付いた瞬間、アイナちゃんの剣が一閃し、男の首を刎ね飛ばすと彼女はすかさず盗賊達へと急襲をかけ、さらに、アイナちゃんの動きに合わせてガメッツさんも隙だらけの盗賊達へと突撃していきました。そして、アイナちゃんが剣を閃かせる度に盗賊達の首が宙を舞い、ガメッツさんが手にした魔法武器の『テラキロハンマー』を振り回す度に盗賊達はその姿を肉塊へと変えていきました。

「──おうおう……コイツはまた……、派手にられてやがるな……」

 ──!?

 焚き火の明かりが届かない夜の闇の奥。そこから、先の詞を口にした声の主が姿を現します。

 見た目、四十代そこそこで、ガタイはガメッツさんよりも二回り以上は大きく、顔付きは先程の盗賊達の顔付きがカワイイと思えてしまうほどに凶悪、半裸の上半身には無数の刀傷が有り、丸で画に描いたような盗賊の親玉風の大男。

 そんな大男が惨劇の現場を目の当たりにしても、臆すること無く、悠々とボクたちの方へと歩み寄ってきます。

 その後ろには先頭の大男ほどではないにしろ凶悪な面構えの男達と、鎖に繋がれた見るに堪えない姿にされた女性たちが無理矢理に歩かされています。

 そして、先頭を歩いてきた大男はボクたちと一定距離を保ったところで立ち止まると、

「──なあ、コイツらをったのはお前らか?」

 状況証拠的に見れば判る事を問うてきます。

 それに対して、

「ええ、その通りですよ。

 なにせ、法的に“悪人に人権はありません”からね。

 盗賊は遭遇次第、駆除しませんと、新たな犠牲者が出てしまいますからね」

 アイナちゃんが理路整然にそうであると返答します。

 ──それにしても、アイナちゃんは中々に物騒な事を口にしますね。“盗賊は遭遇次第、駆除”とは……。しかし、無辜の民の命を守る立場の軍人であるなら、その発言も致し方ないのかもしれません。

「──ほう、なら、俺等も駆除されちまうのか?」

「当たり前です」

 大男の次なる問いにも、アイナちゃんはさも当然と回答し、剣先を大男へと向けます。

「──そいつはまた、コワい、コワい」

 しかし、大男は口では“コワい、コワい”と言っていますが、人質がいるからか、その声音は人をバカにした響きに充ちています。

「──ならよ、……よっと……、こうしたら、どうなる?」

 そして、案の定、大男は鎖に繋がれている女性たちの内の一人を盾に取り、盾に取った女性に凶刃を突き付けて、“盗賊は遭遇次第、駆除”と言ったアイナちゃんに問い掛けます。

 そんな大男の問い掛けに対してアイナちゃんは、

「そんなの、決まってます。貴方が盾にしている女性──いえ、貴方達が人質として連れている女性達全員を含めて、駆除します」

 ──え!? ちょ、ちょっと、アイナちゃん?

 ナニを言ってるんです?

 人質を含めて、()()()()()?!

「──おいおい……、騎士の嬢ちゃん……、冗談にしちゃ、ブラック過ぎやしないか……?」

「そ、そうだぜ……。お前のお仲間の言う通り、人質全員含めて駆除とか、正気の沙汰じゃねーぞ……」

 アイナちゃんの回答に、大男は先程までの余裕を無くし恐怖を滲ませます。

 しかし、アイナちゃんはそうする事が当然のように、大男に向けていた剣を後ろに引いて、斬り込む体勢を取ります。

「──マ、マジかよ……?!」

 アイナちゃんの本気を感じ取ってか、ついには恐怖に顔を引き攣らせる大男。

「──ええ、マジですよ。なにしろ、貴方が盾にしている女性と貴方達が人質として連れている女性達はその首に賞金が掛かっている指名手配犯達ですからね」

 ──なんと!? 盗賊達が連れていた人質の女性達が、まさかの賞金首?!

「…………へ……へぇー、ホ、ホラを言って、俺等の動揺を誘って隙を突くつもりなんだろうがな、何でわざわざ俺等が普通なら足枷にしかならねー人質を連れているのか不思議に思わねーのか?」

 今にも斬り掛かってきそうなアイナちゃんの機先を制しようとしてか、大男は自分達が人質をどうして連れているのかと話を振ってきます。

「いえ、別に。どうせ大方、彼女達が自分達は何処ぞの有名貴族の令嬢御一行と名乗ったのを鵜呑みにして、討伐に来た軍に追い付かれた際の切り札にするつもりだったのでしょう?」

 しかし、アイナちゃんの指摘に大男は、

「……うぐ……」

 図星だったようで、言葉に詰まります。

「──もしも、彼方が盾にしている女性が無辜の民であったなら、自分は己が身をなげうってでも救出したことでしょう。

 ですが、幸いにも貴方が盾にしているのは捕縛されれば軽い取り調べの後に即処刑という賞金首。

 切り札ではなく、ハズレ札を引きましたね、盗賊団の首領さん?」

「……ぬぐぐぐ……」

 皮肉で以て大男をさらに追い詰めるアイナちゃん。

 おそらく、あと一押しすれば、大男──盗賊団のボスは自棄を起こし、単調で迂闊な言動に出る可能性があります。そして、そうなった場合、多分確実にこの場に居る盗賊達と彼等が連れている賞金首の女性達の首は宙を舞うことでしょう。

 しかし、──

「ボス! レストウラとフンドゥースの合同軍が直ぐ其処まで迫ってます!

 此処はあっし等に任せて、ボスは何が何でも、逃げてくだせー!!」

 新たに暗がりから出てきた男が盗賊団のボスに、彼等を討伐に来た二カ国からなる合同軍の接近を報せます。

 そして、その報せが盗賊団のボスを次なる行動に移させました。

「お前ら! このイカれてる女とハンマーを持ってる男を死んでも足止めしろ!!

 俺は此奴らの後ろにあるボソン・モービルを戴いて逃げる!

 行け!!」

 盗賊団のボスはそう指示を出すと、人質の女性を文字通りの盾にしてボクたちの方へと突っ込んで来ます!

 同時に盗賊団のボスの指示を受けた男達がアイナちゃんとガメッツさんに向かって襲い掛かってきます。

 ──さて、如何したものでしょうか?

 アイナちゃんは盗賊団のボスが盾にしている女性は死刑確定済みの賞金首だと言いましたが、真偽はボクには判断出来ません。

 それは、ランテ君やサーハ君も同様のようで、二人とも武器を構えてはいますが、迷いが生じて、人間盾を構えて迫り来る盗賊団のボスに対しての身動きが取れない状況です。

 女性を盾に近付いてくる盗賊団のボス。そして──、

「──お願い! 助けて!!

 ワタクシはフンドゥースの第四王女です!

 助けていただいたなら、褒美は思いのまま!

 ですから、助けてください!」

「「「──!?」」」

「──んなッ!? お前、レストウラの侯爵の娘って、言ってなかったか?!」

 つい先程まで生気の無い顔をしていた盾にされている女性が、唐突に顔を上げてそう叫び出しました。

 その叫びに、ボクたちは目を丸くし、盗賊団のボスは驚愕を示します。

「フン。アナタのような卑しい者に本当の身分を明かすと思って?」

「……へへ……、へへへ……、そうか、そうか、そういうことか。

 さっきのイカれた女が賞金首とか言っていたのはこの女が実は王女だったからか……。

 敢えて、人質としては無価値と言って、俺等が女どもを放棄するよう仕向けてたワケか……」

 なにやら、盗賊団のボスは女の言い分を鵜呑みにして勝手に納得し、喜悦に顔を歪ませます。

 ──なんとも、ポジティヴハッピー思考な人ですね。

 しかし、盾にされている女が口を開いてくれたおかげで、ボクたちは躊躇いを捨て、武器を構え直します。

「あん? お前ら、この女が言ったことを聞いてなかったのか?」

「聞いてたっすよ。だから、武器を構えてるんすよ」

「ええ、どうやら、その女性ひとは本当に賞金首のようですからね。

 助ける義理もありません」

 ランテ君とサーハ君は真剣な面持ちで抜かりないよう盗賊団のボスと盾にされている女を睨め付けます。

「──なに……言ってるのよ……アナタ達!?

 ワタクシはフンドゥース王国の第四王女よ!

 アンタら下賤げせんの輩はワタクシの命を助ける為に命を捨てるのが道理でしょ?!」

 ──……あー、なんとも、まあ……、理不尽な道理を掲げるオウジョサマですね……。

 ボクは身勝手な道理を口にする女に辟易します。

「──そのような道理はありませんわよ!」

 ここにきて、新たな声が響きます。ボクたちには知った声ですが、盗賊団のボスと盾にされている女には初耳なため、その声の主へと視線を向けます。その視線の向かう先は、ボソン・モービルに牽かれている幌馬車。

 幌馬車の出入り口──ボソン・モービル側──に姿を見せた女性。正真正銘のフンドゥース王国第四王女のファナ。

 本物の登場にも関わらず、キョトンとしている盾にされている女。

「──貴女が民の上に立つ王族であるというのならば、そのような物言いは不適切ですわ。王族とは民たちの前に立って、民たちをより良き方向へと導くのが務め。民を蔑ろにするような発言をする貴女には王族たる資格ありません!」

「はあ? いきなり出てきて、何?

 王族の務め? 資格?

 アンタ、何様よ?!」

 先程までのオウジョサマな演技は何処へやら……。女はファナの王族とはなんたるかの講義に文句を垂れます。

 ──化けの皮が剥がれましたね……。

わたくしは現フンドゥース王国国王の四番目の娘──ファナリア・テセラ・ネスハ・キュルメーラ。若輩ながらフンドゥース王国の王女を務める者です」

「──ホ、本物の……、王女……様……!?──」

 ファナの自己紹介に馬脚を現す女。

 それに対して、盗賊団のボスは、

「……あっちが、本物の王女?!

 じゃあ、こっちにいるのは……、イカれ女が言っていた通り、ニセモノ?!」

 ファナと盾にしている女の間を視線を何度も往復させて見比べ、アイナちゃんが言っていた事が本当であると確信したのか、仕舞いには顔を蒼白にします。

 そして、ナニを血迷ったか、

「──な、なら、本物の王女を人質に取りゃあ、俺の身の安全は確保されるってことだな!」

 盾にしている女を用済みとばかりにボクたちの動きを封じる為の道具として投げ捨てて寄越すと、ファナへと向かって突き進もうとします。

 しかし、──

「──アギィっ!?」

 少しばかり立ち位置を動いていたランテ君の手にある連弩から射られた矢が、盗賊団のボスの右の太腿ふとももに無数に突き刺さり、盗賊団のボスを地面にもんどり打たせます。

「……ぢぐしょうっ! こんなところで、られで、たまる、かー!!」

 太腿を射られて、起つとことも侭ならなくなりながらも、盗賊団のボスは生への執念か、地面を這ってファナのいる方へと進もうとします。ですが、もう詰みです。

 大勢の足音──レストウラ帝国とフンドゥース王国の合同軍の進軍の足音が、間近に迫ってきています。

 ──さて、これで、盗賊団の方は結着が着きそうです。が、問題は盗賊団が逃走する為の切り札と勘違いして連れていた賞金首の女達。

 既に盗賊団のボスが盾にしていた女を除く五人は、盗賊とやり合っていたアイナちゃんがどさくさに紛れて全員の首を刎ねていますが、最後の一人──盗賊団のボスが盾にしていた女は盗賊団のボスにボクたちの足止めとして投げ捨てられた瞬間、いつの間にか手枷を外して自由になっていた手にアイスピックのような凶器を持ち、見た目からして弱そうなボクを人質にする為か襲い掛かってきました。

 その動きは盗賊団に捕まっていたためか、緩慢で、動きが読みやすく、女が膝蹴りでボクを動けなくしてから人質に取ろうとしているのが丸分かりです。

 なので、ボクは慌てず焦らず、幼少期の頃から習ってきた護身術を用いて、迫り来る女を迎撃します。

 身を半歩さがらせ、女の勢いを付けた飛び膝蹴りを去なし、女の後ろを取ると、女が振り返るより前に手にした剣の刃を首にピタリと宛がいます。

「──諦めて下さい──」

 ボクは女に最後通告をします。しかし、女は顔をボクの方へと振り向けると、ニヤリと悪辣な笑みを浮かべると、

「──バーカ、素人が剣を首に突き付けたくらいで勝った気になるならないでよね!」

 ボクが剣の扱いが素人であることを見抜いた女は、ボクをバカにしてから、ボクの剣の間合いを軽々と脱し、盗賊団のボスと同じく、ファナを人質にしようと走り出そうします。しかし、


 ──ドサ。


「──あれ? なんで身体が……動か……な……い……!?」

 女は走り出すことは叶わず、地面へと倒れ臥しました。その身体は既にミイラのように干からび、そして、

「……な……に……が……──」

 女は自分がどのような状態になっていたのかを知ること無く、一陣の風に吹かれると塵一つ残すことなくこの世を去りました。

 ──それにしても、この試作型聖剣『邪神殺し』──言っておきますが、命名はボクじゃないですからね。──は、ホント、聖剣の名には相応しくない程に凶悪な能力を宿しています。

 刃が触れた相手が此れ迄に犯した悪しき罪の量に応じた償いを強制的に相手が保持する全てのエネルギーで以て支払わせる、“贖罪”と名付けられた能力。

 肉体を構成している分子や原子や素粒子に至るまで、其れ等が保持するエネルギーを贖罪として吸い尽くす、トンデモ能力ですね……。

「──おー! 流石は“最初の魔王”を倒したという伝説をお持ちの神降ろしの御子様。

 盗賊に捕まってかなり弱っていたとはいえ、あの凶悪指名手配犯を剣を首に宛がっただけで消滅させるとは」

 新たな登場人物の声の方へと視線を向けると、そこには兜以外は完全武装したフンドゥース王国軍騎士団の騎士が、部下を複数人連れて立っています。

「貴方は?」

「──おっと、名乗りが遅れましたね。

 自分はフンドゥース王国軍騎士団所属のイパンセという者です」

「これはどうも……」

「──いや~、しかし、この度、レストウラ帝国軍と合同で、レストウラ帝国から逃れてきた盗賊団を討伐する任を仰せ付かって、いざ、討伐に来てみれば、凶悪指名手配犯達付きとは一石二鳥でした」

 イパンセと名乗った騎士は連れている部下たちに、まだ到着していないレストウラ帝国軍への伝令と現場の処理を指示すると、世間話を始めました。

「なにしろ、凶悪指名手配犯達は見た目が美しかったり可愛かったりと、幾ら賞金首とはいえ、男だと躊躇う容姿でしたからね……、その容姿にコロッと騙されて返り討ちにあった賞金稼ぎは数知れず……。そんな凶悪指名手配犯も、遂に年貢の納め時……────」

 ──長い……ですね……。

 話し出したイパンセさんは止め処なく口から言葉を紡ぎ出し、相づちを打つ暇もありません。まるで、喋りのマシンガンです……。

「──あ、そうそう、御子様、知ってます?

 御子様の護衛の任に就いてるアイナ、彼女は最近になって、首刈り騎士(ギロチン・ナイト)なんて異名で世間様にいわれてるんですよ。

 なんでも“その剣閃は真に悪人を処刑するギロチンの如し”とか謳い文句まで付いて、しかも、吟遊詩人が彼女を元ネタにした戯曲を書いたとか……──」

 ──まだ、続きそうです……。しかし、アイナちゃん、“首刈り騎士(ギロチン・ナイト)”ですか……。まあ、確かにアイナちゃんの悪人に対する所業を目の当たりした身としては言い得て妙です。

「──おっと、そうでした!? 姫様への挨拶がまだでした!

 すみません、御子様。姫様に挨拶をして参りますので、失礼致します」

 そう言うや、イパンセさんはファナの居るところへ向かい、彼女へ臣下の礼と挨拶をすると、ボクのときと同様に止め処ない世間話を開始しました。そんな、一方的な世間話をするイパンセさんにファナは困り顔になりながらも確りと耳を傾けています。

 さてと、フンドゥース王国軍の人たちがせっせと現場処理をする様を見ながら、ボクは近くにある大きな石に腰掛けます。

「姐さん、お疲れさまっす。どうぞっす」

 すると、手に飲み物を持ったランテ君がやってきました。

「ありがとう、ランテ君」

 ボクはランテ君から飲み物を受け取ると、一口付けて喉を潤します。

「──いや~、それにしても、とんだ災難でやしたっす……」

「……そうですね。まさか、盗賊団に遭遇するとは……ホント、やれやれです」

「しっかし、盗賊団の連中も不運でやしたっす。昔、賞金稼ぎをやっていた時に“潰滅かいめつの”と異名をとった兄貴に“首刈り騎士(ギロチン・ナイト)”のアイナちゃんが揃ってる場に現れるんすから……」

「へぇ~、ガメッツさんって、昔、賞金稼ぎをしていたんですか……」

「はいっす。オイラと出会う前まで、兄貴は賞金稼ぎでやしたっす」


 ──その後、レストウラ帝国軍が合流して、現場処理はあっという間に終わり、先に合同軍が捕縛した盗賊団の連中とボクたちと遭遇した中での唯一の生き残りである盗賊団のボスを連れて、レストウラ帝国軍とフンドゥース王国軍の合同軍は引き上げていきました。

 本来であれば、盗賊団と遭遇したボクたちも事情聴取で合同軍に同行する筈でしたが、ファナが居たことでフンドゥース王国軍側からはその場での簡単な聴取だけで済み、更に、レストウラ帝国軍側はなんと軍を率いていた指揮官のジチョックさんとガメッツさんが昔馴染みで、此方もその場での簡単な聴取だけで済みました。

 そして、ボクたちは改めて、ガメッツさんたちが発見した“スゴいお宝”がある場所へと歩を進めます。

 それから、二日経った今日──。

「──此処っす!」

 何の偏屈もない森の中。そこで、ボソン・モービルを一時停止すると、運転していたランテ君がボソン・モービルが牽く幌馬車の中にいるボクたちにそう告げます。

「“此処”って、只の森の中じゃない?」

 良藍が代表して、ランテ君の告げた言葉に疑問を呈します。

「ま、黒髪の嬢ちゃん、そう急かさずに見てな」

 運転しているランテ君の後ろのシートに乗っているガメッツさんが、ランテ君に代わってそう答えると、運転しているランテ君に合図をします。

 すると、ボソン・モービルはゆっくりと走り出し、そのゆっくりな速度のままで前進すると突然、森の景色の中に、ボソン・モービルが、運転しているランテ君が、その後ろのシートに乗っているガメッツさんが、そして、牽かれている幌馬車に乗っているボクたち全員が乗っている幌馬車ごと、飲み込まれていきます。まるで、映像を映しているスクリーンに開いている一見しては分からないすき間を通って、スクリーンの裏側に入るような感じで。

 そして、先程までは森の中の景色にしか見えなかった前方に、ソレは突如として姿を見せます。

 四階建ての敷地面積が一目でだだっ広いと分かる建造物。地球では地方にあるような何かしらの研究開発なんかをしているような企業ビル。

 そんな建物がずでーんと目の前に建っています。

「──なんで、森の中に、こんなビルが?!」

「驚いたか、黒髪の嬢ちゃん。コイツは前文明の遺跡だ!」

 良藍の驚愕の声にガメッツさんが眼前の建物の正体を明かします。

 この世界──カドゥール・ハアレツに君臨した二番目の大文明。機械と科学技術に特化した前文明。

 その遺跡が目の前に!

 ボソン・モービルはその前文明の遺跡へと向かって依然前進を続けると、建物が建つ敷地に設けられている地球のと差して代わり映えのしない駐車場に入り、そして、駐車スペースにキッチリとはみ出さずに停車します。

「──到着っす!」

 ランテ君は到着を告げると、ボソン・モービルのエンジンを落として、降ります。

 ガメッツさんもランテ君に続き、ボソン・モービルから降りると、

「ほれ、ここからは遺跡の内部を通って、“スゲェーお宝”のところまで行くから、食糧をはじめとした必要な荷物をちゃんと持てよ?」

 幌馬車に積んでいる荷物を下ろしていきます。

 ボクたちも幌馬車から降りて、ガメッツさんの作業を手伝います。


「──おし、全員、準備は出来たな。

 んじゃ、“スゲェーお宝”に向かって出発だー!!」

 遺跡の入り口前。ガメッツさんが号令をかけて、いざ、出発です。

 ──ウイィーン。

 出発して早々。先頭を歩くガメッツさんが遺跡のガラス張りの自動ドアの前に立つと、自動ドアは当たり前に開き、ボクたちを屋内へと誘います。

「……なんか、遺跡探索って言うより、普通に何処かの企業の社会科見学に来た感じね」

 ポツリと漏らした良藍の呟き。確かに、彼女の呟き通り、まるで社会科見学的な感じをボクも受けています。

 なにしろ、遺跡というわりには建物内は綺麗すぎるのです。それに一見すると、至って普通の会社ビルにしか見えません。入って直ぐにある──人は当然居ませんが──受け付けカウンター。この世界の言葉で書かれた屋内の案内板。

 廊下を規則正しく動いて掃除するお掃除ロボット──成る程、だから遺跡なのにも拘わらず綺麗なんですね──。

「──これで、二千年以上前の遺跡って言われても、真実味に欠けるわね……」

「そうっすね。オイラたちも此処を発見したとき、最初は信じられなかったっすよ……。

 なにしろ、いまだに電源が生きている上に設備にも何の不備が無いんすから。土地的にフンドゥース王国の極秘施設かと思ったんすが、遺跡に入って待てど暮らせど警備の兵が出て来ない。

 ──んで、前以て調べ上げた情報通りの遺跡と断定して、オイラたちは探索をしたっす。

 そして、此処が間違いなくまことしやかに囁かれている“情報屋でさえ、眉唾と判断した”幻の遺跡の一つという証拠を見付けたっす。」

「──それが、スゴいお宝ってワケね」

「おう、その通りだ」

 暫く、廊下を進むとセキュリティが設けられているドアが前方に現れます。そのセキュリティをランテ君は至極当然な動きで暗証番号を打ち込み解除すると、当たり前に前進を再開します。


 それから、更に延々と途中にあるドアは無視して寄り道することなく廊下を突き進み、エレベーターで地下に降り、其処からまた廊下を進んで幾つかのセキュリティが設けられたドアを通過し、辿り着いたのは──、

「──宇宙船の造船所ドック?」

 其処は、此れ迄の建物内とは異なり、奥行きは途轍もなく広く、天井までの高さがめちゃくちゃ高い、超広々とした空間。

 そして、良藍が口にした言葉がピッタリの広々とした空間内には造りかけのような乗り物と思われる存在モノが幾つも並んでいます。

 それらは、フォルム的に海をはじめとした水に浮かせるような存在モノでないのは明白。どちらかというと空を飛ぶ存在モノなフォルムをしています。

 ただ、其れ等とは別に、地球のモノと代わり映えのないシロモノが隅の方に──使用済みなのか──乱雑に置かれています。ソレは間違いがなければ、こう呼びます“ロケット”と。

 良藍が「宇宙船の造船所ドック?」と言ったのはその為です。

「おや? 良藍さんは宇宙船をご存知だったんすね」

「……ええ。現在の地球じゃ、当たり前にあるもの……」

「そうなんすか…………じゃあ、今回のお宝もダメかもしれないっすね……」

 ──……あー、もしかしなくとも、ガメッツさんたちが見付けた“スゴいお宝”というのは──、

「──マジかよ……。宇宙船なんて存在、オレ、この遺跡に来るまで知りもしなかったから、スゲェーお宝だと思ったんだがな……」

 ──やっぱり……。

 良藍が宇宙船の存在を知っていて、落胆するランテ君とガメッツさん。しかし、

「──やるじゃない♪ トレジャーハンターさん!

 宇宙船なんてスゴいモノを見付けて来るなんて、予想だにしてなかったわ!」

「……予想外っす……」

「……ああ、予想外だぜ……」

 良藍の喜びように拍子抜けになるランテ君たち。

「それで、あたしたちに貢ぐ宇宙船はどれかしら?

 もしかして、此処にあるの全部?」

「……あー、それなら此方だ……」

 良藍の催促にガメッツさんは気が抜けながらも、案内のため先頭に立って歩き出します。

 造船所に入ってきた入り口から左に進むこと、造りかけと思われる船を二隻通り越した三隻目。そこで、ガメッツさんは足を止め、その三隻目の船を顎で差し、

「コイツだ」

 そう言うや、今度は船体の下の空いているスペースへと進んでいきます。そして、丁度、先の二隻の船では空白になっていた部分にある船体の部分の真下まで進むと、再びを足を止め、

「──お~い!」

 船に呼び掛けました!?

 ──すると、

『──ヤット連レテ来マシタネ──』

 眼前の宇宙船の外部スピーカーからか、流暢な言葉遣いだけど、何処か機械っぽい合成音声が響いてきました。そして、

『──今、昇降機ヲ降ロスノデ、一寸ト退イテクダサイ』

 そう、言います。その言葉にガメッツさんは素直に従い場所を空けると、船体の底部分に正方形な光りが奔り、正方形の内側が降りてきます。

『ドウゾ、皆サマ、昇降機ニオ乗リ下サイ。船内ニゴ案内致シマス』

 造船所の床にまで降りきった昇降機は平らな床と船体から伸びる昇降機と繋がる伸縮式の柱があるだけで、一見すると、不安になります。

 しかし、昇降機の床面積は余裕で二十人ほどは乗れるスペースがあるので、余程、端の方に乗らなければ落ちる心配はなさそうです。

『全員、乗ラレマシタネ。落下防止柵ヲ出シマスノデ皆サマ黄色イ線ノ内側マデオ下ガリ下サイ』

 ──ピロピロリン♪ ピロピロリン♪

 駅のプラットフォームで鳴るような音が鳴り響くと、その後にガコンという音を鳴らし落下防止柵が床からせり出してきました。

『デハデハ、昇降機ガ上昇シマスノデ、柵カラ身ヲ乗リ出シタリシナイデ下サイ』

 昇降機は上昇を開始し、ボクたちを船内へと誘います。

 船内に入ると、其処は真っ暗闇ではなく、壁のそこかしこに埋め込まれている照明の明かりで煌々と明るく、メタリックな光沢を放つ白一色の船内の床・壁・天井。

 どうやら、此処は貨物スペースなのか、それなりに広いです。そして、天井も高く、通路もしくは隣のブロックとの間仕切りのドアが、まるで天井が床の如く上方に設置されていて、通常手段ではまるっきり届きそうにありません。

 ──どうやって、彼処まで上るのでしょう?

「皆サマ、此レヨリ疑似反重力ヲ発生サセ、船内ハ疑似無重力状態ニナリマス。少々、オ待チ下サイ」

 ──ビー、ピンポンポーン♪ ピンポンポーン♪

 先の昇降機の落下防止柵が出るのとは違った音が鳴り、やがて、体に掛かっていたナニか──おそらく、重力が──消える感覚と同時に体が軽くなったような感覚がします。

 ──成る程、無重力状態になれば、天井付近にあるドアにも余裕で辿り着けますね。

「──よっと……」

 試しに床を蹴ると、体は宙に浮き、止まる事無くボクの体は上昇を続けます。

「──わ~♪

 ホントに無重力になってるのね~♪

 えいっ♪」

 宙に浮いたボクの姿を見て、無重力状態である事を理解した良藍が続いて床を蹴って浮き上がります。

「ほれ、兄ちゃんたちも、メインブリッジに移動すっから、浮いた浮いた」

 既に経験済みのガメッツさんとランテ君も良藍に続いて床を蹴り、浮かび上がります。

「──精霊の力を借りたり、魔法道具を使わずに宙に浮かび上がるとは……、摩訶不思議です……」

 続いて、アイナちゃんも床を蹴って宙に浮くと、無重力状態の感想を漏らします。

「──これは、また……、何とも妙な感覚ですね……」

 意を決して、サーハ君もまた床を蹴って宙に浮き上がります。

 残ったのはファナ。彼女は次々と宙に浮いていくボクたちを見上げたまま、ジッとしています。

 ──……如何したのでしょうか?

「ファナ、大丈夫ですから、床を蹴って浮かび上がってください」

「…………えっと、ホ、ホントに大丈夫なのでしょうか……?」

 ──…………もしかして、ファナは初めての無重力体験に戸惑っている? でしたら──。

 ボクは体をクルリと天地逆転させて、床になった天井を蹴って、ファナの元へと宙を泳ぎます。

 ──まるで、世界そのものが回転してしまったかのような錯覚に陥りますね、無重力状態というのは……。

 ボクは天井になった床に到達すると再びクルリと天地を逆転させて、ファナの隣に立つと、

「さあ、ボクの手を取って──」

 ボクはファナに手を差し出します。

「ありがとうございます、円様」

 ファナはおずおずとボクが差し出した手を掴みます。彼女がボクの手を取ったのを確認し、ボクは、

「──さあ、いきますよ」

 床を蹴って、ファナを伴って宙に舞い上がります。

「──まあ~!? 此れが、無重力というものなのですね。なんだか終始フワフワ感がしますわ~!」

 初めての空中遊泳に、何処か興奮気味のファナ。先ほどまでのおっかなびっくりは何処へやら……。

「──おっし、全員、天井に着いたな。んじゃ、皆、今度は天井を床にして立ってくれ」

 ガメッツさんの指示に次々と体をクルリと回して天井を床にして立つ、みんな。ボクもファナを伴い、クルリと天地を逆転させて、天井だった床に足を着けて立ちます。

「まあ!? まあ! 円様、世界がクルッと回ってしまいましたわ!?」

 実際に回ったのはボクたちなのですが、無重力状態だと、天地の認識は観測者側に委ねられる為、ファナの感想は尤もです。

「それでは、さっき兄貴が言った通りメインブリッジに移動するっす」

 そう言って、ランテ君は床を軽く蹴って前進し、先程見たドアを開けて、その中へと入っていきます。

 ボクたちもランテ君の後に続き開いたドアを潜ります。そして、ドアを潜った先──、其処には、

「ヨウコソ、イラッシャイマシタ♪」

 ランテ君たちがメインブリッジと言っていた通り、船を動かす為と思われる様々なコンソールとコンソールの前には座席があり、先の合成音声がボクらを歓迎ます。

 「あれ? 今の声の主は?」

 良藍がこの場に声の主が見当たらない事に疑問を呈します。しかして、彼女の呈した疑問に答えたのは──、

「初メマシテ、皆サマ。

 私ハ当船ノ制御AIノ、『デウス・マキナ』ト申シマス。

 気軽ニ『マッキー』ト、オ呼ビ下サイ。」

 ──この船の制御AIのマッキー。

 そして、突如、スポットライトがボクを照らし、

「貴女ガ、コノ艦(ワタシ)艦長マスターデス!」

 マッキーが告げます。

 ──って?!

「はい? ボクが船長?!」

「ハイ♪ 宇宙戦艦ノ艦長センチョウトイエバ、髭ヲモッサリ蓄エラレタ壮年ノ殿方カ、銀髪ノ少女ト相場ハ決マッテマス!」

「……あー……」

 ──それはいったい……何処の相場なのでしょうか? ……というか、若干ながら“センチョウ”のニュアンスが微妙に違っていたような気がします……。

「サア、私ノ艦長マスター艦長センチョウ席ニアル認証パネルニ手ヲカザシテ正式ニコノ艦(ワタシ)艦長マスターニ!」

 制御AIのマッキーはボクを促し船長──もとい艦長席へとボクを誘います。

「──へぇ~、この認証パネルに手を翳して個人登録すれば艦長なのね。それじゃあ、えい!」

 ボクが乗り気ではないと見るや、良藍がそそくさと艦長席に到達して艦長の認証パネルに手を翳します。しかし、

『認証ヲ拒否シマス』

 制御AIマッキーが拒否権を発動したのか、システム音声が認証拒否と告げ、良藍を艦長として受け付けません。

「ダ・カ・ラ、艦長ハ、モッサリ髭ノ壮年ノ殿方カ銀髪ノ少女以外ハ認メマセン!」

 マッキーは改めて“艦長の条件”を提示し、条件を満たしていない良藍にそう告げます。

「──ま、そんなワケだから、諦めな黒髪の嬢ちゃん。オレらも最初はこの宇宙船に乗って嬢ちゃんたちの家に行こうとしたんだが、黒髪の嬢ちゃんと同じく登録拒否されて、宇宙船を動かせなかったんだ……」

「……プ~っ!! 納得いかない!!」

 ガメッツさんの言葉に良藍は頬を膨らませて不機嫌をアピール。

 大方、良藍は宇宙船の艦長になって、宇宙を自由自在に駆け巡りたかったのでしょう。

「アンタ、機械なんだから素直に人様に従っていればいいのよ!

 艦長なんて、余程のバカじゃなきゃ誰だっていいじゃない?!」

「ソレハ人ノ傲慢トイウモノデス。機械ニダッテ選ブ権利ハ有リマス!」

 良藍とマッキーは一触即発の剣呑な雰囲気。しかして、ボクは下手に二人の仲裁には入らず、已む無く、この状況を解消する一手に出ます。

 それは──、

『当艦ノ艦長マスターノ登録ヲ完了』

「──!? ちょ、円くん?!」

「ナイスデス♪ 艦長マスター♪」

 諍いの大元を取り除くこと。これで、諍いの火種は無くなり、啀み合うだけ疲れるだけです。

「…………フ、フン。艦長席は円くんに譲ってあげる。

 でもね、火器管制は、あたしに任せてね!」

 ──……あー……火器管制って……。

 良藍は宇宙戦争ごっこでもしたいのでしょうか……?

「……あの~、マッキー、このふねって火器を積んでたりは──?」

「現在、当艦ハ宇宙探査・調査仕様ノ為、“モシモ”ノ事態ニ遭遇スル可能性ヲ考慮シ、最低限ノ防衛機構──武装ハ備エテマス」

「……あるんだ……」

「フッフ~ン♪ 決まりね♪ あたし、火器管制官~♪

 あ~、早く、宇宙海賊とか宇宙怪獣とか現れないかしらね~、あたしの射撃技術で宇宙の藻屑にしてやりたいわ~♪」

 機嫌を直した良藍。しかし、彼女の口から紡がれる言葉はなんとも気が早い上に物騒極まりないです……。

「──さあ、円くん、宙の彼方へLet'sらGO~よ♪

 宇宙怪獣を撃滅の旅に行きましょう~♪」

 ──ああ……もう、良藍ったら、悪ノリしすぎです……。

「宇宙怪獣は兎も角、オレもこの宇宙船で“宇宙”ってところに行ってみてーな」

「オイラも“宇宙”には興味あるっす。なにしろ、()()にも“宇宙”の()()は憶測の域を出ないモノばかりっすからね~……」

「わたくしも、その宇宙なるところに行ってみたいですわ」

「私は正直、好奇心より未知への恐怖の方が勝って、怖いですね……。確か、宇宙とは空よりも高いのでしょう……?」

 ──あー、そういえば、サーハ君は高所恐怖症でしたね……。

「じ、自分は反対です。宇宙という如何なる脅威があるかわからない未知の領域に、円さまとファナリア様をお連れするのは危険過ぎます!」

「まあまあ、アイナちゃん、その脅威から姐さんやファナリアちゃんを護る為にアイナちゃんがいるんじゃないっすか」

「……確かにそうですが……──」

「なら、大丈夫っすよ。アイナちゃんはスゴいっすから」

「そうですか。そう言われると、なんだか未知なる脅威であろうと、自分ならば何とか出来そうな気がしてきました!」

「その意気っすよ、アイナちゃん」

「はい!」

 ランテ君に言いくるめられるアイナちゃん。ちょっと、チョロすぎやしませんか……? ま、いいですけど……。

「──……全システム、オールグリーン。次元跳躍システムディメンション・ドライヴヲアクティブモードヘ移行。

 ──移行、完了。

 ──次元跳躍システム(D.D.)、航行必須規定出力値ヲ突破。艦長マスター、当艦ノ出航準備ガ整イマシタ」

 いつの間にやら、ブリッジ内のすべての機器に灯が点り、空中投影されたディスプレイには様々な情報が表示されています。

 それらは専門知識の無いボクにはチンプンカンプンですが、なんだか、

「──まるで、創作物の中の宇宙船ですね!」

「そうね。まるっきり、創作物の中で見た宇宙戦艦なブリッジの光景ね」

 ──そう、良藍も言った通り、創作物の中の宇宙船そのものです。地球と月を往き来する実際の宇宙船のコックピットは昔ながらの飛行機のコックピットと差して変わらず、味気ないものでした。

「──…………んなあ、ちょっと聞きてーんだが、AIの嬢ちゃん、さっきさ──“次元跳躍システム(D・D)”っつってたが、“ソレ”って、亜空間倉庫の“試作型次元跳躍(P・T・D・D)システム”と何か関係あんのか?」

 ──……あー、そういえば、確かにマッキーはさっき“次元跳躍システム(D.D.)”がどうとか言ってましたっけ……。

 「試作型次元跳躍プロトタイプ・ディメンション・ドライヴシステムハ当艦ニ搭載サレテイル“モノ”ノ雛型デス。

 ソシテ、当艦ノ次元跳躍システム(D.D.)ガ完成後、試作型プロトタイプハ荷物預カリ業ノ中枢機構トシテ現在モ使用サレテイマス。

 因ミニ、亜空間倉庫ニ預カッタ荷物ハ当艦ガ現在居ル造船所ドックヨリ下層ニ設ケラレタ倉庫ニ保管サレテイマス」

 ──成る程、そうだったんですね……。っていうか、此処よりも下層ってあったんだ……。確か、エレベーターの操作パネルには造船所ココ迄の階層しかなかった筈です。

「ならよう……、此処より下層に行けば、亜空間倉庫で預けられた物が盗り──じゃなかった取り放題なワケか?」

「残念ナガラ、ソレハ、オススメシマセン。

 亜空間倉庫関連ノ階層ニ行クニハ、システム管理者カ副所長以上ノIDガ必要デス。

 モシ、無理ニデモ亜空間倉庫ノ階層ニ侵入シタ場合、最悪生命ノ保障ハアリマセン。

 嘗テ、気障ナ大泥棒ガ亜空間倉庫ノ階層ニ侵入ヲ果タシマシタガ、彼ハ命コソ助カリマシタガ四肢ヲ全テ失イ──」

「──泥棒を廃業したのか?」

「──イエ、ソノ大泥棒ハ失ッタ四肢ヲ機械仕掛ケノ義肢デ補イ、以後モ生涯ヲ閉ジルマデ捕マルコトナク活躍シタソウデス。但シ、亜空間倉庫ノ階層ヘノ侵入ハ二度トシマセンデシタ」

 ──なんとも、まあ、タフな大泥棒ですね~。

「…………そっか……。はぁ~、楽にお宝が手に入ると思ったのに……トホホ……」

「……兄貴……流石に持ち主のいる物を取ったら犯罪っすよ…………」

「……んな事は分かってるよ。ただ、一寸言ってみただけだ……。

 冗談だよ、冗談」

「……そうすっか……?」

 ジト目でガメッツさん見るランテ君。他の人たちも、みなジト目をガメッツさんに向けていて、ガメッツさんの発言からも擁護の仕様もありません。

「……ま、まあ、何はともあれ、早速、宇宙船を動かしてみようぜ? な?」

 ガメッツさんは脂汗をかきつつも、話題を変えるのを試みます。その話題に、

「……そうね。あたしも、早く自由に宇宙を飛んでみたいわ♪

 ねえ、円くん、はやく出航しよう♪ ね♪」

 良藍が乗り、さっきまであった“ガメッツさん、それは無いよ”な雰囲気が払拭されました。

「はいはい、分かりました……」

「ソレデハ皆様、各自オ好キナ席ニゴ着席下サイ。当艦ノ操縦ハ基本的ニ制御AIノワタクシガ担当致シマスノデ何レノ席ニ座ラレテモ差異ハアリマセンカラ。

 ア、但シ、艦長席ハ艦長マスターノ物デス。

 ソレト一応、火器管制ノコンソール席ノ、一ツハ火器管制官殿ノ為ニ開ケテオイテ下サイ」

 マッキーの説明を聞いた皆は各々適当に座席に腰を掛けます。但し、火器管制官を務める良藍はメインモニターを中央に見据える火器管制コンソールがある席に着き、まだ発進もしていないのに火器の発射トリガーを握って意気込みしてます。

「──そういえば、このふねって、どうやって外に出るの?

 ココって地下でしょ。

 もしかして、発進前に外に出るのにそれなりの時間が掛かるって事はないでしょうね?」

 あ!? そうです。良藍が口にした通り、確かにこの造船所ドックは地下です。出航するには一度外に出ないとなりませんね。しかし、良藍の疑問にマッキーは、

「ソレナラバ心配ハ要リマセン。幾度カノ試験運転ニ於イテ当艦ハ衛星軌道上マデ打チ上ゲラレマシタ。ナノデ、当艦ハ次元跳躍システム(D.D.)ヲ用イタ空間転移デ一瞬ニシテ衛星軌道上マデ行ク事ガ出来マス」

「マジですか?!」

「マジデス、艦長マスター。当艦ニ搭載サレテイル次元跳躍システム(D.D.)ハ、当艦ガ一度デモ認識シタ空間座標デアレバ何処ヘデモ空間転移スル事ガ出来マス。

 更ニ当艦ハ艦長マスターガ居ル処デアレバ、例エ当艦ガ認識シタ事モ無イ空間座標デアッテモ空間転移シテ艦長マスターノ元ヘ馳セ参ジル事ガ出来ルノデス。

 因ミニ、コノ機能ハ亜空間倉庫ニモ使ワレテイマス」

「……成る程っす。それで、亜空間倉庫のデバイスがあれば、何処に居ても亜空間倉庫から預けた物を取り出せるんすね」

「ソノ通リデス」

「──もう、オマケ情報はいいから、直ぐさま出発できるなら、さっさと出発しましょう!」

 どうやら、良藍はもう待ちきれないようで、せっついてきます。

「──では、マッキー、空間転移を。

 転移ジャンプ先は過去に当艦が到達した衛星軌道上の適当な空間座標!」

「オーダー、了解。

 転移ジャンプ先ノ空間座標入力完了。

 艦長マスター──」

 遂に宇宙船の発進の時です。想像していた“宇宙船、発進!!”とは違い、どちらかというとボカン的な発進になるみたいですが、発進には違いありません。

「──それじゃ、ハルマアマル号、出航!」

 適当に考え付いたふねの名をボクは叫び、発進命令を出します。

「了解。ハルマアマル号、行ッキマ~ス!」



 ──造船所ドック内を映し出していた外部モニターが一瞬、白に染まったかと思うと、次の瞬間には漆黒の宙を映し出していました。

 そして、画面の右半分には地球に似た蒼に包まれた惑星──カドゥール・ハアレツの姿が飛び込んできます。

「……うっへ~、いきなり、夜になっちまいやがった!?」

「宇宙空間は常に夜だって、本当だったんすね……」

「──まあ!? なんですの?? 画面の右に映る弧を描く蒼い巨大なモノは?!」

「…………これが…………宇宙…………ですか──」

「…………え? じ、地面が…………ありませんね…………」

 ガメッツさん、ランテ君、ファナ、アイナちゃん、そして、サーハ君は、各々、初めての宇宙に感想を漏らし、宇宙の姿を映し出すモニターを食い入るように見詰めています。

「……へぇ~、地球に負けず劣らず綺麗なのね、カドゥール・ハアレツは……」

「ええ。そうですね」

「え? ええーっ!? この弧を描く蒼い巨大なモノが、わたくしたちが生きる『カドゥール・ハアレツ』なんですの?!」

「そうですよ…ファナ。この蒼いモノ──正確には球状の星がカドゥール・ハアレツそのものです」

「──星? わたくしたちの住まう世界は夜空に輝く星と同じモノなのですの?」

「……あー……、ちょっと、説明が難しいんだけど……、夜空に輝く星とボクたちが今現在を生きてるカドゥール・ハアレツは、同じと言えば同じな部分もあるけど、違うと言えば違うんだよね……」

「……?? ……えーっと、では、違う部分というのは──?」

「……そうだね……、夜空に輝く星の殆どは太陽と同じく自ら光りを発しているのに対して、カドゥール・ハアレツのような星は自らは発光せず、月なんかと同じく、太陽の光を反射して輝くんだ」

「──まあ、まあ! では、わたくしたちの住まう世界は月と同じなのですの?!」

「…………あー……、うん、厳密には色々と差異はあるけど、月と惑星──カドゥール・ハアレツなどの世界の事ね──はかなり近いモノだね」

「……なる程……、わたくしたちが住まう世界は“ワクセイ”と呼ぶのですね」

「──ええ、ボクたちの故郷の言葉で“そう”呼んでいます」

 ファナはモニターに穴が開くのではないかというほどにまで画面越しのカドゥール・ハアレツを見詰め、蒼き星の光景に目を奪われています。

「…………あ、あの、マドカさん、今、見えているの蒼いのがカドゥール・ハアレツ──地面なのでしょうか?」

「…………そうですね。サーハ君のその認識でも、今のところは問題ないと思います……」

 ──まあ、実際には地面だけでなく海面やその他諸々が含まれていて、一言で説明するのは至難なのですけどね……。

「──なあなあ、嬢ちゃん、外に出て直に宇宙ってのを見てみてーんだがよ……──」

「──そうっすね、オイラも、宇宙というものをカメラ越しでなく、直に見てみたいっす」

「…………あー、それは止した方がいいですよ。なんの装備も無しに宇宙空間に出たら、死にますよ」

「──へ?! 宇宙空間に出たら、“死ぬ”?!」

「はい、宇宙空間には我々が息をするのに必要な空気がありませんから、着の身着のままで宇宙空間に出た場合、窒息してしまいます」

「──マジかよ……」

「マジです」

「成る程、なんの対策もなしに宇宙空間に出ると死んじゃうんすね……」

「ええ。ただ、宇宙空間に出なくとも窓越しなら直に宇宙を見る事は出来ます。

 マッキー、このふねに展望室とかはありますか?」

「有リマスヨ、艦長マスター

 ゴ案内致シマス。」


 マッキーのナビに従って到着したのは、ふねの後部上方にある展望室。そこはドーム状の空間で部屋の出入口と床以外はガラス張りという展望に特化した仕様。

「──おおー! スゲェーな~! 吟遊詩人が謳ってる詩篇の中に出てくる星の海ってのはこういうのを言うんだろうな!」

「そうっすね! 満天どころか見渡す限り、お星様だらけっすからね~」

「──まあ! 円様、見てください。

 彼処、地図で見たまんまの形をしているのって、もしかして、カヴォード大陸ですの?」

「ええ、そうですね。間違いないでしょう。大陸を北と南に分け隔てている中央山脈がハッキリと見えますからね」

「わあ~、まるで人が塵芥のようですね~」

 ──“人が塵芥”って、衛星軌道上ここからでは人の姿など望遠鏡もナシに目視は到底ムリだと思うのですが……ていうか、

「……アイナちゃん……、冗談でも、その言い様は如何かと思います……」

「……あたしも円くんと同意見。約千五百年前に製作されながらも今現在もことある毎に放映される映画に出て来る大佐と呼ばれるキャラが「──人がゴミのようだ」って台詞を言うんだけど、その大佐はろくな最期を迎えなかったわ……」

「…………え?!

 じゃあ、自分は、そのタイサなるキャラよりも、ろくでもない人生の閉じ方をするってことですか……?」

「そうなるわね」

 みんな、無限に広がる宇宙を見ながら和気あいあいとする中、やはりというか、高所恐怖症のサーハ君は展望室の出入口付近で踞ったまま動こうとしません。

「──ほら、サーハ君、スッゴい光景なんだから、観ないのは勿体ないわよ?」

「…………」

 そんなサーハ君を見かねて良藍が彼に呼び掛けるも、サーハ君は顔を上げて首をふるふると横に振るだけで、その場から動こうとは一切しません。

「……サーハ君、一つ言っておきますとと、宇宙空間には今のところ地面の存在は確認されてません。

 なので、宇宙では基本的に高低差というものは無いので、ココは高所ではありませんから、ね、皆と一緒に宇宙の光景を堪能しましょう」

「……そ、それは、ホントのこと、ですか?」

「そうよ。円くんの言ったことはホントのホント。だから、ね」

 ボクと良藍の説得(?)におそるおそるとサーハ君は展望室の中へと足を動かして進み出てきます。

「ほ~ら、そんなへっぴり腰でいないで、立った立った」

 展望室に入ってはきたものの、いまだ中腰で及び腰のサーハ君を立たせようとする良藍。しかし、サーハ君、これが中々に頑固というか、

「や、やや、やっぱり、無理です! すみませ~ん!!」

 脱兎の如く、展望室の出入口まで戻ってしまいました。

「これは、重症ね……」

「だね……」

 ボクと良藍はやれやれと肩を竦めてサーハ君の事は諦め、皆のところへと戻って宇宙空間を眺めます。


「あの、マッキー、ふねの移動、出来ますか?」

 さて、充分にカドゥール・ハアレツの衛星軌道上からの宇宙空間の眺めを堪能しましたので、次は月などを間近で眺めてみたいですね~。

「ハイ、通常動力エンジン並ビニ姿勢制御スラスター共ニ問題アリマセン。

 イツデモ移動出来マス」

「それでは…………そうですね、カドゥール・ハアレツ最大の月『ナルンラグ』に向けて発進!」

 カドゥール・ハアレツの月の中で、唯一公転軌道が特異な月──ナルンラグ。他のスミテルア、ンーム、ナルの三つの月は地球の月と同じく、公転周期の日数の違いはあれど、公転軌道はカドゥール・ハアレツを中心軸にした円軌道。なので、やはり月を見るなら地球の月とは明らかに異なるナルンラグですね。

「了解。

 ソレデハ皆様、コレヨリ当艦ハ『ナルンラグ』ニ向ケテ出発シマス。

 エンジン点火ニヨリ多少ノ負荷ト慣性ガ掛カリマスノデ皆様ハ、オ近クノ安全バーニ確リトオ掴マリ下サイ」

 マッキーのアナウンスにボクと良藍は、マッキーのアナウンスの意味を理解していない皆を窓枠に付いている手摺りに確りと掴まるよう促し、展望室の出入口にいるサーハ君にも壁に付いている手摺りを掴ませ、そして、自分たちも手近の安全バーを掴むと、マッキーに合図を送ります。

「デハ、ハルマアマル号、針路ヲ『ナルンラグ』ニ固定。

 通常航行用動力エンジン点火。

 出発シマス!」

 一瞬、“グンッ!”と身体に負荷が掛かりますがそれは直ぐに感じなくなり、展望室の外の景色が流れ出しました。

「おう、マジで宇宙船が動いてるぜ!」

 ふねが移動を開始したことに感動を覚えるガメッツさん。

「スゴいっすね~!

 まるで、カドゥール・ハアレツ儀を回してるみたいっす!!」

 ……へぇ~、カドゥール・ハアレツにも地球儀のような物があるのですね。

 ランテ君の漏らした呟きに新たな発見です。

「──あら、カドゥール・ハアレツの向こう側に丸いモノが見えますわ!

 しかも、少し赤みを帯びています。

 もしかして、“アレ”が『ナルンラグ』でしょうか?」

 ファナの上げた声に皆が視線を彼女が口にした方へと向けると、確かに其処には赤みを帯びた丸いモノ──ナルンラグの姿が見えます。

 一見すると衛星としてはよくあるクレーターだらけの地表面。その地表は紅い土もしくは砂が敷き詰められているのか、太陽の光りを反射して紅皓く輝いています。

「綺麗ですわ……」

「圧倒的ですね……」

 ファナとアイナちゃんはそのナルンラグの光景に目を奪われ見入ってます。

「マジでナルンラグって紅かったんだな……」

「そうっすね……」

 ガメッツさんとランテ君はただただ事実に驚いているみたいです。

 そして、良藍は、

「──怪しいわね」

 一人、ナニやら訝しんでいます。

 因みにサーハ君は一度はナルンラグに目を向けましたが直ぐに元通りに踞ってしまいました。

 さて、ボクはというと、

「……? 見間違い?」

 良藍と同じく、怪訝顔になります。

 今、一瞬、ナルンラグの外輪部分でナニかが噴出したような気がしました。

「円くん、どうかした?」

「ついさっき、ナルンラグの外輪部分でナニかが噴出したような……気が……」

「ふ~ん、ナルホド……それは気になるはね。もしかして、ナルンラグの裏側にはカドゥール・ハアレツとは異なる異星人の都市があったりなんかして……」

 真剣に考える振りをしてから、冗談めかしてそう口にする良藍。確かに、ナニかの見間違いということは往々にしてある事ですから、ボクも彼女の冗談に便乗することにします。

「……そうかもしれません。では、真偽を確かめる為にナルンラグの裏側に行こうと思いますが、どうでしょう?」

 いつの間にやら、ボクと良藍にみなの視線が集中していたので、ボクはみんなに確認を取ります。

「そいつは面白そうだな。オレはいいぜ」

「オイラも、月の裏側に興味あるっす」

「わたくしも、月の裏側を見てみたいですわ」

「自分は円さまとファナリア様が行くと言うのでしたら異論はありません」

「私にとってはドコも一緒ですから……ど、どうぞ、ご自由に……」

「決まりね。それじゃ、円くん、ちゃちゃっとナルンラグの裏側に行っちゃいましょう」

「ええ。

 マッキー、ナルンラグの直ぐ近くまで空間転移、出来る?」

「勿論デス。既ニ空間座標ハ計測シ認識済ミデス」

「オーケー。じゃあ、空間転移をお願い」

「オーダー、了解。

 通常航行用エンジンヲ一時停止。

 次元跳躍システム(D.D.)、空間転移シークエンス開始。

 空間転移ショートジャンプ、行ッキマ~ス」

 窓の外の景色が宇宙空間から白い闇に包まれた次の瞬間には、再び、宇宙空間に戻ります。しかし、先ほどとは明らかに違いがあります。

 まず、

「──見てください、円様!

 カドゥール・ハアレツがあんなに小さくなってます!」

 ファナが指差す先。ボクたちの乗るハルマアマル号の後方には太陽の光りを浴びて半球状に闇に浮かび上がるカドゥール・ハアレツの姿があります。

 そして、その逆の前方には──、

「ほえ~、一面紅色だ!

 まるで、地獄ってヤツみたいだな……」

「そうっすね、心が無意識的にザワつく程に真っ赤っかっす!」

「ここまで紅いと不気味ね~……」

 視界一杯にナルンラグが拡がります。ガメッツさん、ランテ君、良藍たちの感想と同じく、ボクの胸中に生じた感想も“意味もなく不安を感じる”でした。


 そんな──


      ──紅い月、


            ナルンラグ。


 地上から見た時は神秘的だったのに……、間近で見ると恐ろしい。

「通常航行用エンジン、再点火。速度ヲ最大ニ。

 航行ルートハ、ナルンラグ赤道線上上空。

 ナルンラグ裏側ヘ移動ヲ開始シマス」

 淡々と次のシークエンスに入るマッキーの音声を聞きながら、ボクたちはナルンラグが醸し出す畏怖を感じる雰囲気に呆気に取られていました。


 ナルンラグの赤道線上空を進むこと暫し。

 最大速度で進むハルマアマル号がナルンラグ赤道線上空の約八分の一の距離を進んだ辺りで、前方の景色に変化が生じます。

 此れ迄は地表面の色こそ紅いですが月──もしくは衛星と聞いて直ぐさま想像するクレーターだらけの地表面が続いていました。

 しかし、今現在、展望室の窓の外に見るナルンラグの地表面は地平線付近にて突如、メタリックな光沢を覗かせます。

 そのメタリックな光沢を放つ地表は明らかな人工物で、正方形のパネルを連ねたベルト状をしており、ぐるりと経線のようにナルンラグの地表を覆っていて、正方形の枠組みの中には口を開いたような黒い穴があり、その穴からは不定期的に膨大な量の気体の噴出が為されています。

 それはまるで、

「──もしかして、“アレ”って……、姿勢制御スラスター?!」

 ──そう、良藍がつい今し方漏らした言葉の通り、其れ等は超巨大な姿勢制御スラスターに見えます。

「……此レハ、機械ノ私カラ見テモ驚嘆ニ値シマス!!」

「それは、いったいどういう意味?」

 前文明の高度な科学技術から産み出されたハルマアマル号の制御AIのマッキーを以てしても“驚嘆に値する”とは……。

 それ程までに目の前の光景は異様ということなのでしょうか?!

「光学並ビニ当艦ニ搭載サレテイル調査機器ニヨル簡易的ナアナライズノ結果、ナルンラグ地表ニ存在スル人工建造物ハ少ナク見積モッテモ、私ガ建造サレタ文明ガ栄エタ時代ヨリモ遥カナ昔──魔法文明末期若シクハ後期ニ建造サレタ物ト推測サレマス」

 ──魔法文明末期もしくは後期に造られたって…………。

「……じ、じゃあ、魔法文明は既に前文明よりも先に機械技術なんかも持ってたって事っすか?!」

「…………イエ、アノ人工建造物ニハ機械的構造及ビ機械的機構ハ一切見受ケラレズ穴シカアリマセン。

 デスガ、魔導技術ノ痕跡ガソコカシコニ散見デキマスノデ、オソラク、機械的仕組ミハ一切考慮スル事ナク魔導技術ノゴリ押シデ組ミ上ゲタモノト思ワレマス。

 現ニ件ノ人工建造物ガ“ナルンラグノ姿勢制御ノ為”ニ大量ノ気体ヲ噴出スル際ニ、建造物全体ニ於イテ精霊ノ大規模ナ活性化ガ観測サレテイマス」

 ランテ君の問いにマッキーはその可能性を否定し、魔法文明が魔導の粋を集めて造ったモノと推定します。

 そして、ハルマアマル号が更にナルンラグの裏側へと近付くと、其処に見えてきたモノは、──

「──ま、まさかっす!?

 かつて、一夜にして忽然と消失したっていう伝説上の遺失大陸ロストグラウンド『サナクティタス』!?」

 ナルンラグの裏側──それは、カドゥール・ハアレツから見える月然としたモノとは全くの異質!

 ナルンラグの姿勢制御スラスターが設置されている地帯を抜けた先に見えたのは球状に抉り取られたような空白な空間。そして、地表が在ったであろう辺りからボクたちが乗るハルマアマル号が航行している上空に至る一帯全域に於いて元はナルンラグの一部であったであろう数多の巨大な岩石が漂っています。そして、一番の異質は──、


 ──その空白な筈の空間の中心に──


 ──端から見ればスノードームのような存在モノが鎮座しているのです──


 ──そして、そのスノードームの中には────


 ──ランテ君が口にしたモノ“生きた自然を有する巨大な陸地”──


 ──即ち、“大陸”が、光源が謎の光りに照らされて、──


 ──その姿をまざまざと見せ付けています。


「──おいおい、此奴は何の冗談だ?

 月の裏側にはイセイジンってヤツの都市が在るんじゃなかったのか?

 何で月が物理的に欠けてて、しかも、その欠けた部分の空いた空間に陸地が泡みてーのに包まれて浮かんでんだ?」

 ガメッツさんがあまりの事に場を和ませようとしてか、戯けてみせますが、ボクをはじめ誰一人としてガメッツさんに応答する人はいません。

 みんな、ただただ、眼前の信じ難い光景に呆気に取られていました。



 ──冗談の斜め上を行った現実の光景に、ボクたちは時を忘れてしばし眺め続けましたが、徐々に衝撃の余韻は薄れ各々正気を取り戻していきます。

「──さ、さて、今日の宇宙旅行はこれくらいにして、そろそろ地上に帰りましょうか」

「そ、そうっすね。宇宙というのは想像を遥かに超える場所だって分かっただけでも、大収穫っす」

 いまだ、眼前の光景の衝撃が抜けきらない中、良藍がお開きを提案し、ランテ君が彼女の提案に追随します。

 ボクをはじめとした残りの皆も、二人の意見に異論は無く、全会一致でこの度の宇宙旅行の終了が採択されました。

 そして、ボクたちは展望室を後にして、メインブリッジに戻ると各々最初に座った席に腰を下ろします。

「皆様、コレヨリ、カドゥール・ハアレツ大気圏内──地上ニ戻リマス。安全ノ為、シートベルト着用ヲオ忘レナク」

 マッキーのアナウンスが終わると、座っている席から自動でシートベルトが出てきて、各自の眼前に同時に空中投影されたディスプレイに映し出されている着用手順に倣ってボクたちはシートベルトをしっかり着用していきます。

「皆様、シートベルトハ着用ナサレマシタネ。ソレデハ空間転移ヲ開始シマス──」

「──ちょっとタンマ」

「何デショウカ? 火器管制官殿」

造船所ドックに帰る前に遊覧飛行をしたいわ。

 いいわよね? 円くん」

「ええ、いいですよ」

 帰路に就く前に遊覧飛行をしても何ら支障はありませんし、せっかくですからそのまま家まで帰るというのもアリですね。

「デハ、空間転移先ヲ造船所ドックカラ変更。空間転移先座標ノ変更ヲ完了。ソレデハ、改メテ、空間転移ヲ開始シマス」

 マッキーのアナウンス後、行きの時と同じく外部を映し出すモニターが一瞬白に染まったかと思った次の瞬間には、モニターに映し出された外の様子は、眼下には森が拡がり、そして、────────

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