7、異世界でバニー!?
「──これは、また……──」
ファナの先導でやってきた劇場。入ってすぐのエントランスホールの壁に張り出されているポスターにデカデカと書かれている演目の題名。それは──、
──『星の御子と幻の財宝』──
なんとな~く、身に覚えがあるような無いような内容を匂わせるタイトルに口をついて出たのが先のなんと言っていいものやらといった感じの言葉。
さらに、ポスターに書かれている宣伝文句には、
──“少年と星の御子の出会いが、新たな伝説を紡ぎ出す!”──
と。まあ、仰々しい言葉が躍っています。
しかし、
「──この“星の御子”というのは……?」
「“星の御子”とは、歴史的資料に散見される“神降ろしの御子”の別表記です。おそらく、この演目を書かれた脚本家はその別表記を、そのまま用いているのだと思いますわ」
「そうですか……」
──“星の御子”。言い得て妙ですね。彼の神剣ミール──正式には星剣ミールは、この世界の意識たる星神ミールを通して、世界の力を借り受ける為の触媒。即ち、ボクの前世は世界の力を借り受けし御子となるわけです。
さて、そんなどうでもいい事を考えて、開演時間が近づくまでの時間を潰していると、
「──あら? ファナじゃない! 二ヶ月も顔を合わせることが無かったのに、このような場所で合わせるとは、奇遇ですわね」
「まあ! お久しぶりです、お姉さま」
劇場へと入ってきた一行の先頭に立っていた女性──フンドゥース王国の第三王女様が、妹であるファナの姿を見付け近寄ってきました。
そして、当然、第三王女と一緒に居るのは、この世界に出現した魔王を討伐する為に召喚された勇者の高山 貴樹君。さらに、貴樹君のお供を務めているシュモネス教の次代の神代の御子であるユーウ・シュウ・ツベクートちゃん。それと、その他一名。
「──……それにしても、ファナったら、見ないうちにふくよかになって、少しは運動してダイエットしたほうがよくってよ?」
「もう、お姉さまったら……。わたくし、ふくよかになったのではなく、お腹の中の子が順調にすくすくと健やかに育っているのですわ」
「──ファっ!?」
「え!? ファナリア、お腹の中の子って……──?!」
ファナが告げた事実に第三王女は愕然となり、貴樹君もまた驚愕します。
ユーウちゃんは知っているようで、“え!? 今更?!”といった表情でファナの懐妊を今知った二人を見ています。
「マジ?! ファナリア様が妊娠してるって?」
「はい、そうですが……なにか──?」
他一名の言葉に、ファナは訝しむ視線を向けながら応答します。そして、
「……………………ってーことは、ファナリア様はセッ……──へぶしッ!?」
他一名がデリカシーが皆無な台詞を口にしようと瞬間、目にも止まらぬ早さでアイナちゃんがその口を封じます。
「──なんですか、この下劣な輩は?!」
他一名を沈めたアイナちゃんはソレを汚物を見るような目で見ながら、気絶させるために手刀として使った手をハンカチで丁寧に拭います。
「──貴樹君、やっぱり、アレとは絶交すべきだとボクは思うよ」
「…………そう……かもしれませんが……でも、あんなのでも、イイところが……──」
──いや、“あんなの”扱いになってる時点で、貴樹君自身、無意識のうちには解っているのでしょう。“アレは駄目だ”
と……。
「……あの、大変不躾な質問なんですが、……その……、ファナリアのお腹の中の子の……──父親は──?」
貴樹君は話題を唐突に変え、ファナの胎内に宿る新たな生命の父親が誰かと問うてきます。
それにボクは勿論、包み隠すことなく、
「“ボク”ですよ」
答えます。
「──え? 平野さんが?! え? ゑ? エーーーッ!!?!」
「あらあら、まあまあ、ヒトでも同性生殖ができただなんて、驚きですわ!!」
「…………お姉さま、わたくしが円様と子作りしたのは、円様が現在のお体になられる前ですわ」
「……そ、そうだよね……。てっきり、現在の平野さんとかと…………あ!
す、すみません、口、噤みます」
「あら、そうでしたの? てっきり、円サマは御子様ですから、何でも有りかと思っていましたわ……」
──はてさて、何やら、変な誤解をしてしまった貴樹君と第三王女様。しかし、ファナの説明で誤解はすぐに解かれて一安心。
「ところで、お姉さまの方はどうですの?
お父様から貴樹君と早く子作りするよう、責っ付かれていませんの?」
「──? ……いえ、別に、ですわ。というか、お父様があたくしと貴樹との仲の話を頻繁になさっていたのはそれが目的だったのですわね……。
ですが、お父様には申し訳ありませんが、あたくし、お慕いしている御方がいますの。
確かに、貴樹には出会ったその時から一目惚れして、将来の未来予想図を妄想する程に好いていましたわ──」
──おや? 第三王女様が語る、貴樹君への好意が過去形になってます。以前──ニーショの遺産探しをした当時は第三王女は貴樹君にベッタリでしたのに如何したことでしょう?
「──しかし、あたくし、貴樹以上に──いえ、貴樹への好意がお手軽に手が届くかもしれない手近な偶像に憧れる夢想であったと否応なく自覚出来てしまった程に、その御方に真実の愛を見出したのですわ!
そして、その愛が嘘偽りの無い正真正銘であると、この場で再会した瞬間に確信に至りましたの!!」
そう高らかに言い切った第三王女は、芝居じみた所作で、ファナの前から別の人物の前へと移動すると、その人物の手を取り、恋に恋する乙女の顔になって、
「──あたくし、アナタ様から見向きもされずに寵愛をいただけなくとも、例え、無体に扱われこの身朽ち果てたとしても、アナタ様へのこの止め処なく溢れ出す愛は不変ですわ。
なので、どうか、あたくしを生涯アナタ様のそのお傍──いえ、隅っこでも構いませんのでアナタ様を直にお目にかかれる場所に置いてくださいまし──」
誓いの詞とも取れる言の葉を口にします。
そして、第三王女にそんな告白をされた人物は、
「……え~っと……、クーリングオフするには、フンドゥース王国国王陛下に申し上げれば、いいんでしょうか?」
「いくらお父様に──いえ、国王陛下の王令であったとしても、あたくしはクーリングオフされたり致しませんわ!」
「……………………」
困惑の極致に立っています。
「──ああ……、お困りになったお顔も、ステキですわ♪」
「……と、ところで、どうして……──?」
「“どうして、好きになったのか?”ですの?」
──コクコク。
「はじめは学友が持っていたブロマイドですわ。なんでも、最近になってルニーンで人気になっているレストランで働くウェイトレスたちのものらしく、客の間では人気投票なども催されているとか。その中にあった一枚のブロマイドに、あたくし、一目見て心を奪われてしまいましたの」
「でも、それも偶像への憧れなんじゃ……?」
「そうですわね……。あたくしも、最初はそう思いましたわ。けれども、日を追うごとにそのブロマイドに写し出されいるアナタ様を見る度に、アナタ様への想いが次から次へと溢れ出て、それからは、もう居ても立っても居られない日々が続きましたわ。“どうして、初めてお逢いしたあの日に勇気を出して告白をしなかったのか”と、自分自身を苛むことも幾度もありましたわ……──」
そこから、第三王女は自分の世界にトリップしてしまったようで、声を掛けても、ウンともスンとも反応がありません。
──チョイチョイ。
「──ん? 何でしょうか?」
自分の世界に浸る第三王女を前に、如何したものかと考えあぐねていると、誰かがボクの肩に触れました。見てみると、それはユーウちゃんで、
「平野さん、ちょっと……──」
そう言って、ユーウちゃんはボクを連れて、みんなから少し離れます。そして、他の人には聞こえないよう耳打ちで、
「実はアイリア──第三王女は、“ガールズラブ”なんです。立場上、勇者様と仲睦まじくしていますが、やむを得ずそう演じているだけなんです。更に、彼女は敬虔なシュモネス教の信徒であり、この世界を滅ぼしかねなかった“最初の魔王”を打ち倒した“神降ろしの御子”に人一倍傾倒しています。そして、その当人が偶然にも──いえ、第三王女にとっては奇蹟的にも眼の前に現れました」
「……詰まり、決して手の届かない筈の真の偶像が手が触れるほど間近に現れた事に舞い上がり過ぎて、もう自分を偽って止めることが出来なくなった、と?」
「はい、そうなります」
「──なる程。道理で、出会いの多い学園に通われてるお姉さまに殿方との浮いた話の一つも無かった訳ですわね」
──!?
「──ファナリア様、驚かさないで下さい……」
「ごめんなさい、ユーウ。貴女が円様を連れて離れたので、つい気になって……」
「そうですか。
さて、話は終わりましたので皆さんのところに戻りましょう。ファナリア様も平野さんも、いまのアイリアの話は内密しておいてくださいね」
「わかったわ」
「ええ、わかりました」
──そうして、みんなのところに戻ったボクたちは、いまだ自分の世界に浸っていた第三王女ことアイリア・ツスラ・ヌスハ・キュルメーラ──アイリを正気に戻して、開演時間まで適当に談笑などをしながら時間を潰した後、演劇を鑑賞しました。
──自分たちの冒険譚を元ネタとした演劇を鑑賞した翌日。
朝食を食べて、泊まっている部屋へと戻り、ゆったりと寛いでいると、
「よう! おはようさん! 嬢ちゃんはちゃんと居るか?」
昨日の約束通り、ガメッツさんがやって来ました。
「ええ、居ますよ」
「おし。んじゃ、これから、黒髪の嬢ちゃんが所望のお宝を手に入れに行くから、嬢ちゃんはオレに付いてきてくれ。他のみんなは昨日と同じく、カジノなんかで遊んでいて構わないぜ」
ボクは腰掛けていたソファーから立つと、扉を開けた状態のままの部屋の入口で待つガメッツさんのところへと移動します。
「あん? 騎士の嬢ちゃんも来るのか?」
ガメッツさんの言葉に、後ろを振り向くと、そこにはアイナちゃんが私服に帯剣した格好で立っています。
「当たり前です。自分は円さまの護衛ですから」
「そっか。じゃあ、騎士の嬢ちゃんも一緒にきてくれ」
そう言うと、ガメッツさんは踵を返して歩き出します。
ガメッツさんに連れられて、ボクたちが辿り着いたのはホテルに併設されているカジノの地下階にあるとある更衣室。
「嬢ちゃんにはすまねーが、お宝を手に入れるには、アンタに“コイツ”に着替えてもらわねーとならねー。そうしないと、お宝が手に入らないんだ。だから、頼む! この衣装に着替えてくれ!!」
着いて早々、ガメッツさんは予めその更衣室に置かれていた袋を手に取ると、ソレをボクへと差し出して、先の懇願をしてきました。
ボクはソレを受け取り、中身を確認すると、
「……あの……、このような衣装を円さまに着てほしいとか、なんの冗談ですか?」
横から覗いていたアイナちゃんは無造作にソレ等を手に取り、ガメッツさんに見えるよう掲げます。
それは、臀部に白い球状の飾りが付いた扇情的なレオタードに、網目の細かい網タイツ、そして、ウサギの耳を模した飾りの付いたカチューシャ。これだけでもなんのコスプレかは想像に難くないです。
更に袋の中にはリストバンド状のカフスに蝶ネクタイをデザインしたチョーカーにレオタードの色に合わせた色のヒールと、先のアイテムとすべて合わせたら紛うこと無くバニーガールのコスチュームセットです。
「冗談じゃねーよ、騎士の嬢ちゃん。コイツはどうしても必要なんだ。それに、別に騎士の嬢ちゃんは着るワケじゃねー。嬢ちゃんが着てくれさえすりゃ、オレ的には目的は達成だからな。
それに、もう勘づいていると思うから言うが、このあとのアトラクションへの参加は辞退してくれても構わねーが、出来れば参加してほしいってのがオレの心情。なにせ、アンタらに辞退されると違約金が発生するからよ……」
訊いてもいないのにべらべらとすべてを話すガメッツさん。そして、良藍に持って行く“お宝”が“何なのか”が判明しましたが、まず間違いなく彼女は“ソレ”を『スゴいお宝』とは認定しないでしょう。
──やっぱり、思ってた通り、ろくでもないことでした。
ですが、ガメッツさんなり考えた末の“スゴいお宝”なのですから、それくらいは協力してあげてもいいでしょう。
「わかりました。この衣装に一度袖を通すだけでしたら、いいですよ」
「マジか!? 恩に着るぜ、嬢ちゃん!」
「……ホントにいいんですか? 円さま」
「ええ。別にこの衣装を着たまま人前に出るワケじゃないです……──」
「──姐さん! お願いがありますっす!!」
ボクがガメッツさんにバニーガールのコスプレをすることを了承する旨のみなを言い終わる直前に、かぶせ気味にこれまで黙り込んでいたランテ君が唐突に声を上げました。
それにしても、「お願い」ですか……。いったい、何でしょうか?
「──どうか、このあとのアトラクションに参加してほしいっす!」
「──!? おいおい、ランテ。お前、嬢ちゃんをアトラクションに参加させることは反対じゃなかったのか?
だから、オレが黒髪の嬢ちゃんの要求を満たす為に考えた今回の企てには乗り気じゃなかったんだろ?」
「──はいっす。ですが、事情が変わったっす。説明はちゃんとしやす。だから、姐さん、オイラに──いや、ファナリアちゃんの為に協力してほしいっす!
この通りっす!!」
そう言うや、ランテ君は床に頭を付けます。
──さて、ボクたちはランテ君から“事情”を説明してもらい、それを聞いた上で、アトラクションに参加することを承諾しました。
そして、現在、バニーガールのコスプレをしたボクと何故かあの場にあった看護師のコスプレ衣装に着替えたアイナちゃんは『ダンジョン・チャレンジ』というアトラクションのスタート地点に立っています。
『──さて、チャレンジ開始前に『ダンジョン・チャレンジ』のルールを説明します』
スピーカーから聞こえてくる声。それは、このカジノのオーナーのズルガ・シーコイ氏の声。ボクたちがアトラクションの中に入ってすぐに「招待に応じて──」云々と挨拶をしてきて、現在はルール説明をしています。
『ダンジョン・チャレンジ』のルールは以下の通り──
・ゴール地点にあるゴールボタンを押せばクリア。
・魔物に見立てたロボットに敗北──戦闘不能または行動不能になったらアウト。
・落とし穴に落ちると、即アウト。
・チャレンジャーの動きを制限するトラップにかかって行動不能になッらアウト。
ただし、三分以内に抜け出すことが出来ればアウトにはならない。
※この三分ルールは、魔物に見立てたロボットに捕まった時も適用される。
・制限時間内にクリア出来なかった場合もアウト。
・通常は飛来物──ボールやペイント玉等々に一定回数当たるとアウトになるが、今回は特別に幾ら飛来物に当たってもアウトにならい。
──以上。
「ルールは、今し方、説明していただいたモノ以外はありませんよね?」
『ええ。ありませよ。ああ、でも、中継用のカメラを壊すことはご遠慮願えます』
「ええ、わかっています」
『──それでは、間もなく、スタートですので、心の準備をお願いしますよ。お嬢さん方』
ボクとアイナちゃんは視線を合わせてアイコンタクトで準備オーケーなの確認して頷き合い、スタートの合図を待ちます。
──ピ。ピ。ポーン。
モーター系のレース開始のような音と共に、スタートライン上に降りていた進入禁止のバーが上がります。
ボクたちはスタートダッシュをキメずに、急がず焦らず、歩を進めます。
なにしろ、アトラクションとはいえ、ダンジョンですからね。
トラップには充分に注意しないといけませんから、猪突猛進でいきなり落とし穴にハマって即アウトでは意味がありません。最低でも、確実にアトラクションの後半まで進みませんと、ランテ君からの頼まれ事──正確にはファナの公務の手助けにはなりませんから……。
スタートして一分も経たずして、曲がり角に出くわします。そして、曲がった先はまたもや曲がり角。
壁に張り付き顔を出して、曲がった先の通路を覗き見ると、あるわあるわのトラップ──というか、障害物の数々。
さらに魔物に見立てたロボットが一定間隔に配置されそれらが巡回。
しかも、斥候に出てもらっているボクと契約をしている風の精霊たちからの伝令では、巧妙に隠されて設置されているトラップも多数有るとのこと。
──意外と本格的なんですね。この『ダンジョン・チャレンジ』というアトラクションは。
“最初の障害物まではトラップはない”と、風の精霊たちから既に報告を受けているので、ボクたちは張り付いていた壁から離れ前進を開始します。
すると、ボクたちが最初の障害物に到達する少し手前、前方の通路の両壁に突如開いた穴の中から、白い塊──パイを載せたロボットアームが無数に出てきて、
「円さま、飛来物が来ます!」
アイナちゃんも、それに気付き、ボクをガードするため前に出て、剣を構えます。
そして、
──ガコン、ガコン、ガコン、ガコン、……。
ロボットアームが縦回転してアームの上に載ったパイを次々と発射してきました!
ソレらは、狙い違わずボクに向かって飛んできます。
なので、飛んでくる白い塊に当たらないよう、アイナちゃんを盾にします。
「このような飛来物など、簡単に剣で叩き落としてみせます!」
そう言って、アイナちゃんは剣を華麗に振るって飛んできた白い塊を叩き落とそうしますが、飛んでくるパイの数は剰りにも多く、アイナちゃんの剣が一つを迎撃した瞬間にもう一つが彼女に迫り、そして──
──ベチャベチャベチャベチャベチャベチャ……。
──と、被弾していきます。
やがて、弾切れになったのか、パイを投擲し終えたロボットアームは壁の中へと収納されて、ようやく安全に前進が出来そうです。
「アイナちゃん、大丈夫ですか?」
ボクは盾になってもらったアイナちゃんに声を掛けます。
「…………ええ。このくらい何ともないです、円さま。ただ……──」
「? ただ……?」
「──パイで全身が白いドロドロ塗れです……」
そう言って、ボクの方に振り返ったアイナちゃんの姿は、見事にパイ塗れ。
『──アー、アー、マイク、テスト中──あ、よし。チャレンジャーのお嬢さん方、今し方、被弾されたのは当カジノが提携しているケーキ屋特製のパイです。厳選した材料を使っているので、誤って目に入ってしまっても安心安全ですので、ご心配なく。それでは引き続き『ダンジョン・チャレンジ』をお楽しみ下さい』
──ブツン。
唐突にスピーカーから、先の白い塊の飛来物の説明がなされます。そして、言うことだけを言うと、プツンというマイクを切った音と共にスピーカーは沈黙します。
「──だそうですよ、アイナちゃん」
「…………いくら、“安全安心”と言われても、こうドロドロになるまで浴びせられると、気持ち悪いです……」
アイナちゃんはそう感想を漏らすと、身体に着いたパイを振り落とします。
それから、ボクとアイナちゃんは、アスレチックな障害物を乗り越えたり、魔物に見立てたロボットを撃破したり、たまに出てくるロボットアームのパイの投擲をアイナちゃんを盾にして防ぎ、風の精霊たちの偵察で看破したトラップを尽く回避して、ダンジョンの中間地点を通過します。
何故、中間地点を通過したと分かったかというと、壁に“中間地点”と書かれたプーレトとその下に残り時間を掲示しているタイマーがあったので、間違いないでしょう。
「──しかし、後半は前半とは異なりチャレンジャーを脱落させる気まんまんですね……」
「そうですね、円さま。気を引き締めていきませんと、容易く足をすくわれかねませんね」
ダンジョン後半は前半にあったようなアスレチックな障害物はめっきり減って、代わりに、最初から開いている落とし穴にその落とし穴にチャレンジャーを落とそうとするギミックっといったイヤらしいトラップのコンボが待ち構えていて、難易度が跳ね上がっています。
更に、
「──……これは、デビルフィッシュやクラーケンを模したモノですね。なんと、悪趣味な……──」
前半にはまずお目に掛かった事のない魔物──蛸や烏賊に見立てたロボットまでもが待ち構えています。
そのロボットにアイナちゃんは嫌悪感を示し、
「──このような如何わしいモノは、自分が綺麗さっぱりと斬り捨ててくれます!」
排除しようと、剣を抜いて斬り掛かろうと走り出ます。
「アイナちゃん、転ばないよう、気を付けて!」
「大丈夫です、円さま。そのようなヘマ、自分は致しませんから!
へぶっ!?」
「あー……」
言わんこっちゃない……というか、……案の定というか、ついさっき、アイナちゃんはパイの投擲からボクを護る盾になってくれていたので、体中がパイだらけ。
しかも、運悪く、アイナちゃんの体に付いていたパイが剥がれ、剣を振るために力強く脚を踏み込んだところの床に落ち、まるで伝説のコント番組のように足を滑らせて、蛸や烏賊を模したロボットが密集している真っ只中へとダイブしてしまいました。
──しかし、
「──なんで、アイナちゃんは全身絡め捕られたような格好になっているのですか?」
そう、アイナちゃんは転んだ拍子に蛸や烏賊のロボットが密集している真っ只中にダイブした直後、直ぐに立ち上がろうしたが又もや剥がれ落ちたパイの所為でツルリと滑って、どういうワケか、蛸や烏賊のロボットの触手に絡め捕られたような格好になってしまったのです。
「……さあ? 自分でもわかりせん。しかし、大見得を切っておきながらこのような醜態、面目次第も御座いません」
…………………取り敢えず、アイナちゃんを救出しましょう。
ボクは風の精霊たちの力を借りて、風の魔法を使い、アイナちゃんがやろうとしていた──蛸・烏賊ロボットの排除を行います。
魔法によって生じた風の刃は切れ味鋭く、蛸・烏賊ロボットの触手を胴体諸共スパスパと斬り飛ばし、触手に絡まっていたアイナちゃんを解放します。
「ありがとうございます、助かりました。しかし、円さまをお護りお助けする自分が、逆に助けられる立場になるとは……、自分もまだまだ精進が足りないということですね……。はぁー……」
護衛対象に助けられたことに気落ちするアイナちゃん。
「──アイナちゃん、そんな気にしなくとも……──」
「──いえ、これは自分がどこか慢心していたからの失態。円さまの手を煩わせるような事になってしまい、大変申し訳ありませんでした。
以後、このような事が無いよう、自分、此れ迄以上に精進致します故、どうか、これからも、円さまを護らせて下さい!」
アイナちゃんはそう言うと、深く頭を垂れます。
…………。
「──わ、わかりましたから、もう、顔を上げて。先に進みましょう」
「はい! ありがとうございます!」
顔を上げたアイナちゃんの瞳には決意の炎が灯り轟々と燃え上がっています。
それからのアイナちゃんの活躍は凄まじく、落とし穴に落とそうと出てきたギミックは細切れに、散発的に出ててくるロボットアームによるパイ投擲はアイナちゃんに届く前に剣を振った際に生じる風圧──剣圧だけで弾き飛ばし、ボクたちを如何わしい目に遭わせようとする蛸・烏賊・触手を有する魔物のロボットは必要以上に粉微塵に、と怒濤の勢いです。
そして、アイナちゃんの快進撃で暫く進むと、今度は見た目には何も無い通路へ出ました。
しかし、見た目に騙されたりはしません。風の精霊たちの偵察で、この通路の両壁には此れ迄以上の数のパイ投擲をしてくるロボットアームが収納設置されいて、床は約十数メートルに渡ってボクたちの動きを鈍らせ封じる為にトリモチ仕様になっていることが判明しています。
「…………これはまた、仕掛けがあることを明ら様に匂わせてますね…………」
「そうだね。どうやら、床にトリモチが設置されていて、それでボクたちの動きを制限して、その隙にパイ塗れにする手筈みたいだよ」
「おお! 流石、円さま! 見ただけで仕掛けを看破するとは、素晴らしい観察眼です」
「……いや、仕掛けを看破したのはボクじゃなくて、風の精霊たちなんだけど……──」
「──……………………それでも、流石は円さまです!」
少しの間、アイナちゃんは沈黙しますが、すぐさま気を取り直して、無理矢理な讃辞で締めます。
「──それで、円さま、どうします?
床にはトリモチがあるのですよね?
このまま、進んでは主催者の思うツボですよ?」
至極当然なアイナちゃんの質問に、ボクは敢えて思案顔を見せて、
「……そうですね……、こんなのはどうでしょう?
──……、…………、…………、というのは?」
既に練り上げていた案を耳打ちします。
「ナイスアイディアです、円さま!
それでいきましょう!」
二つ返事でボクが出した案の採用を了承するアイナちゃん。
正直、すんなりボクの案で決まってホッとしています。なにしろ、今現在の燃えたアイナちゃんなら、「トリモチの床など、己の身体能力だけで跳び越えるられます」と、とか、言い出して実行しかねないですから。
「わかりました。
それではアイナちゃん、ボクの近くに寄ってください」
「はい! これで、よろしいですか?」
そう言って遠慮がちに少しだけ近寄るアイナちゃん。
「──アイナちゃん、もう少し寄ってください」
「え!? もう少し、ですか?
で、では、人前ですが僭越ながら、円さまのお傍に近付かさせていただきます♪」
そう言って、今度はボクの腕に抱きつくアイナちゃん。
──近っ! 近過ぎ!?
しかし、今更、「少し離れて」と言うワケにもいかず、ボクはアイナちゃんを腕に引っ付かせたまま、風の精霊たちの力を借りて魔法を行使します。
自分たちを包み込むように風の結界を展開。そして、ボクたちを包み込んだ風の結界はゆっくりと空中に浮かぶと、そのまま、ふよふよとトリモチの床の上を飛んで進んで行きます。
途中、通路の両壁から無数のロボットアームが出てきてをパイを投擲してきますが風の結界に阻まれて、ボクたちに掛かることは一切無く、風の結界の風に弾かれて飛散していきました。
トリモチゾーンを突破したボクたちは、それからも快進撃を続けますが、トラップや魔物に見立てたロボットはアイナちゃんの剣技では対処が難しい──斬撃対策を施された──モノばかりになって、やむを得ずボクが精霊たちの力を借りた魔法を駆使して突破しました。ただ、散発的にあるパイ投擲はアイナちゃんが先と同様に剣を高速で振って起こした剣圧で弾き飛ばして、事無きを得ました。
そして、遂にボクたちはアトラクションのゴール地点を目の前にしています。
「思ってた以上に手こずらせられましたが、漸く、ゴールですね、円さま」
「ええ。それに、確りと、魚が釣り針に掛かりました」
しかし、ゴール地点の手前には最後の仕掛けが待ち構え、ボクたちの行く道を阻もうとしています。
それは足幅十センチ程の一本橋で、橋の両脇は壁のところまでポッカリと落とし穴になっていて、一歩踏み外せば即アウト。更に壁と天井からはパイ投擲のロボットアームが無数に飛び出ていて、一本橋を渡ろうとする者を狙っています。
そして、此れ迄とは違って仕掛けの手前には、立て札が立っています。
その立て札には──
──『この先、魔法の使用は禁止』──
──と、慌てて書いたのか、殴り書きされています。
しかも、ついさっき立て札に文字を書いたようで、文字を書くのに使われたペンキが未だ乾いておらず、ペンキが垂れて、立て札をホラーチックに仕上げてます。
「こうもアッサリと撒き餌に掛かられると、なんだか拍子抜けしちゃいますね、円さま」
「ま、そう言ってやらないでください、アイナちゃん。
さて、ここからが正念場ですよ」
「はい!」
ボクたちは、ボクたちのチャレンジ模様を賭博場に中継しているカメラに視線を向けると、
「──ちょっと、オーナーさん、この立て札は何ですか?」
クレームを申し立てます。
すると、反応は直ぐにあり、
『──……それは、その立て札の指示に従ってください。ルールですから』
──来た!!
「──今、“立て札の指示に従うのはルール”と仰いましたよね?」
『ええ。そうですよ。立て札の指示に従うのはルールです』
──語るに落ちました。
「それは変ですね。……あ、失礼。ちょっと、待っててください……」
ボクは言葉を口にしながら、“ある物”を取り出そうとしましたが、その“ある物”は奥に入ってしまったようで、取り出すには少々手間が要りそうです。
「アイナちゃん、申し訳ありませんが、ボクの姿がカメラに映り込まないよう壁になってもらえませんか?」
「? はい、わかりました」
アイナちゃんはボクの要請に首を傾げますが、すぐにボクをカメラから隠すように壁になってくれます。
ボクは自分がカメラの死角に入っていることを確認すると、“ある物”を取り出します。
「え? え!? 円さま!? このような場所で、そ、そんな、だ、ダメ! ダメですよ!」
ボクが“ある物”を取り出している様を見て、慌てふためくアイナちゃん。まあ、そりゃ、誰だって目の前で、いきなり肌を晒されたら、慌てふためくでしょうが、アイナちゃん、大げさ過ぎです。
ボクは“目的の物”を手に取ると、衣装を元通りにし、
「アイナちゃん、壁役、ありがとうございました」
「い、いえ、どういたしまして……」
再び、カメラに視線を向けます。
そして、手にした物をカメラの向こう側で見ていであろうカジノのオーナーに見せ付けるようにカメラに向けて掲げ、
「──語るに落ちましたね、オーナーさん」
推理モノの探偵よろしく、ボクはカジノのオーナーがボロを出したことを暗に示します。
『──どういう意味ですかな、お嬢さん?
それにソレは、何ですか?』
しかし、どうやらカジノのオーナーは自身がボロを出したことには気付いていないようで、ボクがカメラに向けて掲げている物に興味津々なようです。
これは、これは、好奇心は猫をも殺す、ですね。
──ならば、諺通りにしてあげましょう。
「これはですね、一見、単なる短い棒のように見えますが、実は『ボイスレコーダー』なんですよ──」
『──んなっ!?』
ボクが手にしている物の正体を答えると、スピーカーから驚愕の声が漏れ聞こえてきます。
『──ま、まさか?!』
「──ええ。その“まさか”ですよ」
そして、ボクが手にしているボイスレコーダーに記録されている音声の内容を察したようで、おそらく、カジノのオーナーは顔を蒼白にしていることでしょう。
『──そ、それで……、お、お、お嬢さんは、ソ、ソ、ソ、“ソイツ”を……ど、どどどど、どうする、おつもりで……?』
──お~、お~、震えとる震えとる。カジノのオーナーの姿は見えませんが、声だけでも、顔面蒼白で悪事のバレる事に恐れ戦いている姿が想像出来ます。
「そんなの勿論──」
ボクは躊躇うこと無く、ボイスレコーダーの再生ボタンを押して、記録した音声を流します。
そして、ボイスレコーダーに記録されたアトラクションのチャレンジ前に交わされたボクとカジノのオーナーとのやり取りが流れます。
その内容は“アトラクションのルールの説明”と“ルールがそれだけ”であることの確認と念押し。
それは、ついさっき、カジノのオーナーが口にした“立て札の指示に従う”というルールが元々は無く、アトラクションのチャレンジ開始後──即ち、賭博開始後に賭博の元締めが自分の都合に好いように八百長したという決定的な証拠。
この事実の曝露に、賭博場にいる観客達はざわめき出したようで、スピーカー越しにそのざわめきが聞こえてきます。
『──~~~っ!? おい、誰か、あの女が持っている────』
『──見苦しいですよ、ズルガ・シーコイ!』
『──そうだぜ。言い逃れ出来ねぇ、証拠が出たんだ。往生際を弁えな!』
『──不正は、メ! ですよ~』
カジノのオーナーが、ボクの持つボイスレコーダーを部下に取り上げるよう指示を出そうとした瞬間、突如として、ファナの毅然な声と他二名の声が賭博場に響きます。
そして、スピーカー越しなので詳細は不明ですが、聞こえてくる音声の内容を聞くに賭博場では“江戸時代を舞台とした勧善懲悪劇のような展開”が繰り広げられているようで、暫くすると鎮圧されたカジノのオーナーとスタッフの捕縛を指示する渋い男性の声が聞こえたあたりで、スピーカーからの音声は途絶えました。
──さて、
「──それじゃ、無事に役目も果たせましたし、ボクたちはゴールするとしましょうか」
「そうですね、円さま」
ボクはボイスレコーダーを仕舞うと、トリモチゾーンと同じ手段で、一本橋ゾーンを突破──立て札の指示? 勿論、ルールにはありませんから従ったりはしませんよ──すると、ゴール地点に設けられている台座の上に置かれているボタンを、
「じゃ、アイナちゃん」
「はい、円さま」
「「せーのっ」」
──ポチッとな。
アイナちゃんと一緒に押しました。
──無事にアトラクション『ダンジョン・チャレンジ』をクリアしたボクとアイナちゃんは、その後、シャワーを浴びて身を清めてから私服に着替えると、条例違反を犯したカジノのオーナーを逮捕したファナたちの元へと赴き、証拠のボイスレコーダーを渡しました。
「ご協力、ありがとうございます。円様。
アイナも、ありがとう」
「どういたしまして」
「いえ、ファナリア様の部下として当然のことです」
「──ところで、円様」
「ん? なんですか?」
「此方へいらっしゃるまで、かなり時間が掛かられたみたいですが、何かあったのですか?」
「……ちょっと、道に迷っちゃっいましてね……」
「──え? ッ! ……ええ、そうですよ、ファナリア様。道に少し迷ってしまっただけで、別に、円さまとにゃんにゃんな事をしてたワケじゃないですよ……?」
「──そう、ですか。道に迷ってしまったのでしたなら、致し方ないですわね……」
流石にファナに真相を言うワケにはいきません。
アトラクションで投擲されていたパイに遅効性の媚薬が混入されていて、その影響でアイナちゃんが暴走。
ボクはベヒさんをはじめとした精霊たちと協力して、これを鎮圧するのにかなり手間取ったなどとは……。
──さて、この度の顛末をお話しすると、事の始まりは此処──ノジカ・シティの運営議会に無視することが出来ないほどに上がった“とあるカジノのでの不正”に関する通報と告発。
そこで議会は事の真相を確かめる為に、抜き打ちでの視察を提案。
そして、その抜き打ち視察の役目を仰せ付かったのが、ファナをはじめとしたノジカ・シティを運営している三国の王族や皇族。
そして、たまたまガメッツさんがボクたちをノジカ・シティに招待しに来たときに、視察への同行をボクたち頼もうとしていたファナには渡りに舟だった為、ボクにガメッツさんの招待を受けるよう促した。
そうして、ノジカ・シティへと入ったファナは先に到着していた共に視察を行うフォディーナ王国の王女とレストウラ帝国の皇子らと合流して段取りを話し合い、たまたまその現場に通り掛かったランテ君にも助力を頼み、今回の計画を画策。
そして、今日、計画は実行されて、このカジノの不正を曝き、カジノのオーナーの逮捕に至る。
因みに、条例違反でこのカジノが払う事になる罰金は見せしめの為に過去最高額になるそうです。
「──へぇ~、そんな事があったのね~」
事後処理の引き継ぎを終えて、無事に公務を果たしたファナと共に泊まっている部屋に戻ったのは夕飯手前。
部屋でお腹を空かせて待っていた良藍たちに、カジノの不正事件の顛末を語り終えたのがついさっき。
「──それで、トレジャーハンターさん、『スゴいお宝』は? まさか、「不正事件の所為で手に入らなかった」って、言う気じゃないでしょうね?」
「──いや、『スゲェーお宝』は、ホレ、ココにあるぞ」
そう言って、ガメッツさんは手に持っていた袋を良藍に渡します。
ソレを受け取った良藍は直ぐさま袋の口を開けて中身を確認。
「……なに? このコスプレ衣装は?」
中にはボクが着用したバニーガールの衣装が入っています。しかし、なんの説明もナシに渡されても“ナンのコッチャ?”となるのが当たり前の反応。
「──ふっふっふ……、聞いて驚け、黒髪の嬢ちゃん。ソイツはな────」
「──ちょっと、待って。当ててみせるから……」
ガメッツさんが勿体ぶった言い方で、袋の中のコスプレ衣装の価値を説明しようとしますが、良藍はそれに待ったを掛けて自分で正体を曝こうとします。
そして、良藍は袋の中からボクが着用したバニーガールの衣装を取り出すと、それを──
「──クンクン……、クンクン……、ん!?」
顔に近付けて、ニオイを嗅ぎ出しました!?
更に、嗅いだニオイで彼女は何かに気付いたのか、近付けていたバニーガールの衣装をより顔に近付け──というか、衣装に自らの顔を埋もれさせ、
「──クンクン……、ああ♪ 間違いない♪
“コレ”、円くんが着たバニーガールのコスプレ衣装ね♪」
答えを言い当てます!?
「……あ、ああ、その通りだ。ニオイ嗅いだだけで、よく分かったな?」
良藍の行為に引き気味のガメッツさん。──というか、この場に居合わせているボクも含めたほぼ全員が彼女のニオイを嗅ぎ分けた能力にドン引きです。
──昔はココまで変態じゃなかったんですけどね……良藍は……。
「ふふ~ん♪ 当たり前よ♪
愛しの円くんの匂いだもの♪
分かって、当然♪
コレは、間違いなく“お宝”よ♪」
胸を張って堂々とそう言い切った良藍。その様は正体不明の威厳に充ちていました。
「──じ、じゃあ、これで借金のカタは、オーケーだよな?」
「ン? 何言ってるの、トレジャーハンターさん?
確かに、円くんが着た生コスプレ衣装は“お宝”よ。
でもね、“お宝”であっても、『スゴいお宝』じゃないわ! だから、やり直し!」
「──マジかよ……」
「マジよ。それに、円くんが着た生コスプレ衣装は簡単に手に入るわ♪」
そう言って、良藍は朝には一つも見当たらなかった幾つもの紙袋の一つを手元に手繰り寄せて、その中からナニかを取り出します。
「──ジャジャ~ン♪ 見て見て、円くん♪
この街って、地球に在る物と似たような物が沢山あるのよ。ほら♪」
それは、良藍が先に口にした言葉を裏付ける物──即ち、コスプレ衣装の数々。
「──へ、へえ~……、意外ですね、そのようなモノが、この世界にもあったとは……」
「だよね~。
あとは、コレ等を円くんが着て過ごせば、“円くんが着た生コスプレ衣装”は自ずと手に入るわ。
わかった? トレジャーハンターさん?」
「…………そうだな…………」
呆れて、それ以上の言葉が出てこないガメッツさん。
他の面々も開いた口が塞がらないといった面持ちで──
「まあ、良藍さん、なんて素晴らしいアイデアですの♪
あたくしも、円サマが着た生コスプレ衣装、欲しいですわ♪」
──……あー、意外な伏兵がいたようです……。
「あら、お姫様・姉は理解があるのね。っていうか、貴女、どっから涌いたのよ?」
「あたくしを虫呼ばわりしないでくださる?
ちゃんと、部屋の入口から入ってきましたわ。勿論、勝手にはでなく招き入れられてですわ」
「そ、ま、いいわ。ところで、お姫様・姉、貴女、見込みがあるわ!
どう、あたしの元で、円くんを現在よりもなお愛でられるようになれるよう修行してみない?」
「よろしいのですの?」
「ええ、大歓迎よ!」
「ありがとうございますですわ、良藍さん。──あ!
でも、直ぐには無理ですわ。自身の周囲の整理を致しませんと……」
「なら、ちゃちゃっと片付けてきちゃいなさい。そして、あたしの元に来て、共に円くんへのラヴを高めあっていきましょう♪」
「はい♪ 良藍さん──いえ、師匠♪」
──なんのこっちゃ……。
良藍はアイリの手を取り、師弟の絆を結ぶと、彼女を激励して送り出します。
そんな一幕の後、ボクたちは夕食を取り、その後は何事も無く、無事平穏に翌日を迎えると、午前中にお土産を買って、昼食をとった後に、ノジカ・シティに来た時に乗ったのと同じ天馬車に乗って、ルニーンの街へと帰りました。
──そして、ノジカ・シティへの小旅行から帰って、早くも二ヶ月も経った今日この頃。
ボクは相も変わらず、たまに皆で旅に出掛けては、護衛のアイナちゃんと一緒にレストラン・フシェでウェイトレスとして働いたりな日々を過ごしています。
そして、今日も一日の仕事を終えての帰り道。
レストラン・フシェのフロアスタッフが充実したことで、勤務時間が安定し、以前のように朝から晩までということはなく、所謂、定時になったことで帰りの時刻も朝からのシフトである場合は夕刻手前になり、散歩をしながら帰る余裕が出来ました。
そんな家に帰る前の少しの散歩時間でボクとアイナちゃんはドーム状の屋根があるルニーンの住人の憩いの場へと立ち寄りました。
ドーム状の屋根の下に入り上を見上げると、其処には夕刻に差し掛かる茜色が混じりだした空が見えます。どうやら、ドーム状の屋根はマジックミラー仕様になっていて、外からは普通の屋根に見えますが、中からは空を望め、さらに、光量がカットされているようで太陽を直視しても眩しくありません。
さて、ボクたちが何故、この憩いの場に立ち寄ったかというと、この憩いの場には巨大モニターが複数設置されていて、其れ等はニュースや国営放送局が製作した番組を放送していて、今現在、そのモニターで流されているドラマが人気を博しているとの噂を聞いて、どんなドラマなのかとチョイ視に来たのです。
憩いの場の中央に設置されいる巨大モニター。ボクたちが入ってきた正面にある物は国内国外他大陸などのニュースを放送しています。
そして、其処から反時計回りに進み、次のモニターを視ると、ソコには件のドラマが放送されていました。
「──円さま、“コレ”って……」
「──ええ、あの劇団が上演していた演目をドラマ化したモノみたいですね……」
ノジカ・シティでファナに連れられて観に行った演劇。その演劇にアレンジを加えた内容のドラマが流されています。
どうやら、噂通りに人気があるみたいで、あと少しすれば夕食の時間帯だというのに沢山の住民が立ち止まってドラマを食い入るように視聴しています。
ボクたちはそれから、少しだけそのドラマを視てから家路につきました。
「──おや? 誰かお客さんが来ているみたいですね」
夕陽に照らされた我が家の玄関先に人影──メイド三姉妹の筆頭のイドちゃんが立ってボクの帰り待っている姿を見付けます。イドちゃんが玄関先でボクの帰りを待つのはお客さんが来ている証拠。
そして、我が家の敷地内には幌馬車の車の部分が付いた乗り物が停車しています。
──その乗り物とは────