6、異世界でカジノ。
「──頼む! 金を貸してくれ!!──」
来客の男性は、ボクが家のエントランスホールに設けられた居間兼応接セットのソファーに座って話を聞く準備が出来た次の瞬間、座っていたソファーから立ち上がるやカーペットの敷かれた床に跪き更には額までも床に着け、開口一番に先の借金の申し入れを口にしました。
来客である彼こと──ガメッツさんの隣には彼と同じく床に跪き額を床に着けている男性がおり、彼の名はランテ・クー。ガメッツさんを兄貴と慕い、ガメッツさんと共に宝探し屋を生業にしている人です。
ボクと彼らとは現在から約二ヶ月ほど前に共に“ニーショの遺産”と呼ばれる財宝を苦難の末にトレジャーハントした仲で、一度きりの冒険であったとはいえ、互いに親睦を深めた友人同士となった間柄。
しかし、お金を貸す貸さないの話に入る前に、どうしても解せない事があるので彼らに問い質します。
「──…………どうやったら、一生湯水の如く使っても使い切れないであろう金額になるお宝をたった二ヶ月ほどの短期間で浪費して、借金まで拵えられるんですか?」
多分に呆れを含ませた声音でのボクの問に、
「……い、いえ、姐さん、兄貴がすったのはオイラたちの取り分だった六割の内の二割っす。
残りの四割はオイラが厳重に管理してるっすから──」
ランテ君が答えてくれますが、彼の話を聞くに新たな疑問が生じました。
──それにしも……、二割って!? それでも充分、一生遊んで暮らしてもお釣りが有り余るくらいの金額になるでしょうに…………。信じられまん………………。
「──でしたら、何でボクらに借金の申し入れをしに来たのですか?
ちゃんと、有るんですよね?」
重ねて問うボクの問いにランテ君は顔を上げてバツの悪そうな表情で、
「──実はっす、オイラが管理している分は、既に換金してセキュリティの確りした信用のおける銀行に預けてるんすが、セキュリティが確りしている分、一定額を超える高額のお金を引き出すには時間が掛かるんすよ。
そして、オイラが銀行からお金を引き出すまでの間に兄貴の借金返済の期限が切れてしまうっす。
そうしたら、最期、兄貴は残りの一生涯を借金を作ったカジノでタダ働きになるっす……」
…………………………………………………………………
ランテ君の言葉にこの場に居合わせている、ボクを含めた当事者以外はガメッツさんに沈黙と共に目を向け「何してんの、コイツ……?」といった感じの軽蔑の視線を送ります。
その視線に耐えかねたか、ガメッツさんは、
「──た、頼む!
マジで、これから先の生涯をタダ働きで過ごすなんて、オレ、まっぴらだ!
だから、頼む!!
嬢ちゃん、金を貸してくれ!!」
まるで床に敷いたカーペットがすり切れるのでないかと思えてしまうほどに、ガメッツさんは床に額を擦り付け懇願します。
──はぁ~……。
皆一様に呆れのため息を漏らします。そして、みんながみんな視線で“どうする?”とアイコンタクトをし合います。そんな中、ボクは次なる質問を口にします。
「──それで、借金の額はどれくらいなんですか?」
「…………………………ざっと、────」
……………………………………………………………………………………
「──は?」
ガメッツさんが口にした金額に、みな開いた口が塞がりません。
──一体全体……、
「──どうやったら、そんな金額の借金ができるんですかっ?!」
思わず、ボクはガメッツさんを怒鳴りつけます!
「……え、え~と、最初に決めた軍資金を使い切っちまって、口惜しくって、つい、使った分を取り返そうして……──」
「──もう、いいです!」
典型的なギャンブルにハマって堕ちるとこまで──どころか底辺をぶち抜いて更に深淵にまで堕ちるとか……。
なにやってんですかねー、この人は……?
「──ところで、先程、ランテ君が“返済期限を過ぎたら最期”的な事を言ってましたが、どういう意味ですか?
返済期限を過ぎても利子なり熨斗なり付けて返済すれば済むのでは?」
「それが、……その……、兄貴が借金を作ったカジノは自分で作った借金は自らの手で返すってのが信条らしく、返済期限を過ぎた場合、他人が肩代わりしようとしても、基本的に受け取らないってことらしいっす……。
なので、姐さん、どうか、どうか、兄貴を助けて下さいっす!! この通りっす!!」
ランテ君は再びガメッツさん同様に額を床に着け懇願してきます。
──…………そうですね…………、ランテ君にはいろいろとお世話になりましたからね…………。
「──わかりました。ボクはランテ君がそこまで頼むのでしたら、ガメッツさんのその借金、払ってもいいですよ」
「──マジか!? 助かったぜ、嬢ちゃん!」
ボクの言葉にガメッツさんは顔を上げ、目を輝かせますが、まだ終わりではありません。
「──ただし、お金の管理はボクが預かってますが、所有権はボクと良藍とサーハ君の三人にあります。なので、ボク以外の二人の許諾を得ないことにはお貸しできません!」
続くボクの言葉を聞いて、ガメッツさんはこの場に居る──つい今し方、ボクが口にした二人の内の一人のサーハ君へと視線を向け、
「──頼む、兄ちゃん!! 後生だから、金を貸してくれ!!」
ガメッツさんの懇願にサーハ君は、
「──…………う~ん、…………………致し方ないですね……、私もマドカさんの意見に同意します」
悩んだ末にお金を貸すことに同意を示します。
残るは良藍。ボクの幼馴染みにして生涯を誓い合った伴侶の彼女は一筋縄ではいかないでしょう。何しろ、彼女は欲と好奇心の塊と言っても過言ではありませんからね。好奇心を擽られるような事があれば話は別ですが……。
「恩に着るぜ、兄ちゃん!!」
ガメッツさんはサーハ君に礼を言うと、今度は良藍の方を向き、
「黒髪の嬢ちゃん、頼む! 金を貸してくれ!!」
彼女に懇願します。
対して、良藍はというと、
「円くんが“いい”って言ってるから、あたしもお金を貸すことに同意してもいいわ──」
「──マジか?! 黒髪の嬢ちゃん?!」
「──でもね、流石にタダで貸すってのも芸が無いわよね……。だから、…………そうね…………あ! そうだ!
貸したお金の返済はお金じゃなくて、スゴいお宝にしてちょうだい♪
勿論、あたし基準でスゴいお宝だからね!
この条件が呑めるなら、あたしも喜んでお金を貸すことに同意するわ。どうかしら?」
やっぱり、普段の彼女通り、一見出来そうに見えて実は無理難題を提示しました。
「──なッ!? そんな無茶な……!?」
「──分かったっす! その条件、呑むっす!
ですから、どうか、兄貴の為にお金を貸して下さいっす!!」
良藍の突き付けた条件にガメッツさんは絶望の色をみせますが、それを遮ってランテ君が決意と覚悟を決めた言葉で承諾を口にします。
「じゃあ、交渉成立ね♪
どんな、スゴいお宝を持ってくるか、あたし、首を長くして待ってるからね♪
ヨロシクね、トレジャーハンターさん」
──こうして、ボクたちはガメッツさんがカジノで作った借金を肩代わりして返済し、ガメッツさんは無事に一生涯タダ働きを免れのでした。
──そして、まさか、この事が後にボクたちが巻き込まれる、このカヴォード大陸を震撼させる一大事件へと誘う呼び水だったとは、誰一人として予想だにしていませんでした────
──日がな一日。
異世界召喚に巻き込まれ、なんやかんやとあって、生まれ持った肉体は前世の体──現在の肉体を蘇生させる為の生け贄にされちゃったり、みんなでお宝探しをして頑張って巨大ゴーレムをやっつけたりして、そして、そのお宝探しで手に入れた財宝を元手に現在のボクたちの拠点兼家を購入して始めた新生活。
その新生活が始まってから、早二ヶ月と一週間ほど過ぎた今日この頃。
ボクこと──平野 円は現在拠点を構えているルニーン・タウンにて、とある不器用なオーナー兼シェフがやっている“味は良いが、店主が無愛想”と街の人々が噂する、こじんまりとしたレストランで、ウェイトレスとして働いています。
え? “彼方此方を旅をしてるんじゃないのか”って?
それはですね──、
──流石に立て続けに旅をするのはシンドイです!!
なので、暫くは旅を控えてルニーンで過ごすことにしたのですが、今度はやる事がなく退屈を貪る日々。
家事全般はボクこと『神降ろしの御子』の接待役である此処──フンドゥース王国の第四王女であるファナに伴ってやって来た『メイド三姉妹』を名乗る三人娘のイド・メド・メイが完璧に熟してしまい手伝う必要がないのです。
更には、良藍は最近になってボクにはよく分からない趣味に没頭しだして近寄りがたいですし、サーハ君はメドちゃんとよろしくやってるので邪魔するのは野暮です。
そこで、ボクはルニーンの街に出てブラブラしていた、とある日の昼時。お腹が空いたので取り敢えず食事を、と入った飲食店が、現在の職場の『レストラン・フシェ』。
先にも述べた通り、このお店のオーナー兼シェフのフシェ・ナーオーさんは料理の腕は超一流なのですが、コミュニケーションが極度に苦手なようで街の人たちからは“無愛想”というレッテルを貼られてしまっています。
おかげで料理はとても美味しいのに来るお客さんはほんの少しの常連さんだけ、と、寂れていました。
しかも、案の定と言っていいのでしょうか……、お客さんが少ない故に、なんと、『レストラン・フシェ』は経営の危機に立っていたのです。
こんなにも美味しい料理を提供するレストランが潰れて無くなってしまうのは忍びないと、ボクは思い、そして、フシェさんに言いました。
「貴方の作る美味しい料理をもっと沢山の人達に食べてもらえるよう、ボクにお手伝いさせて下さい!」
と。
しかし、ボクの言葉にフシェさんは難色を示しました。
「小生、不器用なんで……」
と。
それから、数日間、ボクはレストラン・フシェに通い詰め、めげずにフシェさんの説得にあたり、遂に──、
「貴女の熱意、小生、感銘。貴女と歩む、小生の料理、きっと皆、食べて貰える、気する。
────分かった、小生、貴女の助力、得る」
フシェさんの説得に成功して、『レストラン・フシェ』の再生計画が始まりました。
そこからは忙しない日々が続き、そして、新生した『レストラン・フシェ』において、ボクはウェイトレスとして働き出したのです。
ちなみに、ボクには専属の護衛として、フンドゥース王国王国軍騎士団所属・王族直属特殊部隊預かりの騎士のアイナ・ガーディトンちゃんが警護に付いており、彼女もまたボクを護衛する都合上一緒に居なくてはいけない為、ボクと一緒になってウェイトレスとして働いています。
そんなワケで、現在のボクはルニーンで最近流行りの『レストラン・フシェ』の看板娘の一人をやっています。
さて、ボクの現況報告はこれくらいにして、今日も確りウェイトレスとして働いて、何事も無く無事に仕事を終えて家路を進んでいます。
「──円さま、フシェオーナーが今度、新たに給仕の娘を雇うって言ってましたから、漸くフロアスタッフのシフト体制が整いますね」
「そうですね。予想を上回る早さで繁盛してますからね」
ボクは隣を歩く護衛のアイナちゃんに応答しながら、思いを馳せます。まさか、短期間の内にここまで人気が出るとは想像だにしていませんでした……。
「──そういえば、知ってます? 円さま。お客さんの間で第一回『レストラン・フシェ』のウェイトレスの人気投票が行われてるって?」
「まあ、噂には……。確か……、アイナちゃんがスゴい人気で一位もあり得るって、聞き及んでますね」
「………………えっと、じゃあ、現在一位の人は誰か知ってますか?」
「いいえ、ですね。でも、多分ですが、スフィリアちゃんあたりが一位だとボクは思いますよ」
「…………ああ…………」
ボクの回答に何故か呆れに似た声を洩らすアイナちゃん。一体全体なんだと言うのでしょうか? ま、いいですが……。
そんな他愛ない話をしているうちに、時間が過ぎるのは早いようで、もう、我が家が見えてきました。
ルニーン・タウンの住居区と農業区の境付近にある小さなお屋敷。それが、ボクと良藍とサーハ君とアイナちゃん、それにファナとメイド三姉妹の現在の家です。
「──おや、玄関の前に……アレは、イドですね」
陽は既に沈みかけの夕刻。世界がオレンジ色に染まる中、家の玄関の前に“ザ・メイドさん服”を身に纏った女性が一人立っています。ボクからは夕日の光の反射でメイド三姉妹の内の誰かを判別は出来ませんが、アイナちゃんには見えたようです。
家へと更に近付くと、確かに玄関の前に立っているのはメイド三姉妹の筆頭のイドちゃんです。
「ただいま、イドちゃん」
「お帰りなさいませ、マドカサマ♪
マドカサマにお客サマがいらしてますので、お待ちしてました」
ボクにお客さん? はて、誰でしょうか? 考えられるのは────
ボクは来客が誰なのかを模索しつつ、イドちゃんに促されて、家の中へと入ります。
「お帰りなさいませ、マドカ様」
玄関を入ってすぐ、今度はメイド三姉妹の内の一人、メドちゃんが出迎えます。そして、彼女はボクに一礼してから、身体の向きをエントランスホールに設けた応接セットの方へと向けると、
「マドカ様がお戻りになりました」
来客にボクが帰ってきたこと伝えます。
玄関と応接セットの間には間仕切りの為に衝立が置かれているので、ココからだと来客が誰なのかを確認は出来ません。ですが、
「──ふわぁ~……、おう、嬢ちゃん、待ちくたびれちまったぜ」
メドちゃんの言葉に反応した人物──ガメッツさんが欠伸をかみ殺して、挨拶を投げ掛けてきました。
「今晩は、ガメッツさん。今日はどうしたんですか?」
ボクは挨拶を返し、応接セットへと踏み入ると、ガメッツさんと正面を向くソファーに腰を下ろします。
ガメッツさんと顔を合わせるのは一週間振り。彼が借金の申し入れをしてきたとき以来です。
ガメッツさんの隣にはいつも通りにランテ君がいますが、何処か浮かない表情をしていて、前回来た時とは違った意味でバツが悪そうな雰囲気を醸し出しています。
そして、この場には良藍とサーハ君、更にはファナまでも同席していて、まるで一週間前の再現です。
ただし、一週間前と違うのはガメッツさんが普段通りどころか不遜に見えてしまうほどの得意満面の自信ありありな笑みを湛えていること。
「おうよ! 先日の借金の返済の件だ」
──……え~っと、
「……確か借金の返済はお金ではなく、良藍がスゴいと思うお宝でしたよね?」
そう、ボクたちがガメッツさんにお金を貸す条件として、良藍が出した条件が返済をお金ではなくスゴいお宝を持ってくること。しかも、彼女の価値基準に準じたスゴいお宝を。
「なに? もう見付けてきたの?
どれどれ?」
良藍は身を乗り出して、興味津々にガメッツさんに問いますが、
「まあ、待ってくれ、黒髪の嬢ちゃん。残念ながら、いま手元にスゲェーお宝は無い」
「……、じゃあ、何しに来たのよ、トレジャーハンターさん?」
「まあ、話は最後まで聞いてくれ。
いいか?
スゲェーお宝は此処──ルニーンから北西に行った街『ノジカ・シティ』で手に入る。だから、な。嬢ちゃんたちにはそのスゲェーお宝を手に入れる為にオレたちと一緒にノジカ・シティに行ってほしいんだ」
──なんとも、まあ、胡散臭いことこの上ないですね……。
何故なら、ガメッツさんが得意満面に先の話をしている間も、ガメッツさんの相棒のランテ君は無言で、しかも見るからに“申し訳ない”と言った表情していましたからね……。
それに、ノジカ・シティは娯楽の街──所謂、地球でいうところのマカオやラスベガスみたいな街でしたからね。しかも、ガメッツさんが借金を作ったカジノもその街にあるカジノ店の一つらしいです。
そんな所に良藍がスゴいと思うお宝があるとは、ボクには到底思えません。
なので──、
「申し訳────」
「──折角、ガメッツさんがそう仰っているのですから、良藍さんがご所望のスゴいお宝が無かったとしても、行ってみる価値はあると思いますわ」
ボクの断りの言をかき消して、唐突にファナが承諾ともとれる言を口にします。しかも、ガメッツさんの話が胡散臭いことを承知の上で。
「へえ~、姫さんもいいこと言うじゃねーか。
な、姫さんもこう言ってんだからさ、嬢ちゃん、いいだろ?
オレたちと一緒にノジカ・シティに行ってくれるよな? な?」
ボクは視線だけを動かして、良藍を見ると、彼女は何に対してなのかは定かではありませんがキラキラとした期待の籠もった瞳でボクのことを見詰め返してきます。次にサーハ君の方へと視線を向けると、彼は言外に“仕方ないですよ……”と、諦めに似た視線を返してきました。
現状、ガメッツさんの要望に対する意見は、賛成二、反対一、棄権一。多数決では賛成が一番多いので、“ガメッツさんたちとノジカ・シティに行く”ということになりますが、ですが、しかし、…………。
ボクは考えあぐねる中、唐突に発言をしたファナに視線を向けると、彼女は“どうしても、お願いします”といった感じの強い眼差しでボクを見詰めてきます。
……………………。
「──分かりました。ガメッツさんたちと一緒にノジカ・シティに行きましょう」
「さっすが、嬢ちゃん! 話が分かる!
よっしゃー、じゃあ、明日にでもすぐに向かうから何泊かする準備をしておいてくれよな!」
「いえ~い♪ この前ノジカ・シティに行ったときは円くんに止められたけど、今度こそはカジノに行くわよ~♪」
ボクが“行くこと”に承諾したことに喜ぶガメッツさんとカジノに行けると喜ぶ良藍。
二人の喜ぶ顔を尻目にボクの中では疑問が渦巻きます。何故、ファナはあんなにもボクにノジカ・シティに行くことをススメたのか、と。
──さて、ガメッツさんたちが帰って、すぐにボクは元々はファナが王宮と連絡を取る為に用意された通信機を使ってフシェさんに“数日間、休む”旨を伝えました。やっぱ、こういった通信手段──電話があると便利ですよね。なんで、一般家庭にまで普及させていないのか不思議でなりません。
他にも街にあるドーム状の屋根の付いた憩いの場には巨大なモニターが複数設置されていて、国や連合国の広報放送や国営の放送局による日々のニュースや番組が流されているのに、一般家庭向きのモニター──テレビもこれまた不思議なくらいに全く普及していないのです。
閑話休題。
「ねえねえ、やっぱ、カジノとかってドレスコードとかあるのかな?」
「ええ、ありますが、ノジカ・シティでは貸衣装屋がありますから、普段着で行っても問題はありませんわよ」
せっせと、明日からのノジカ・シティへの小旅行に向けての荷物づくりをする良藍とファナ。しかし、何でまた自室でやらずに居間兼応接間のココでやるかな?
正直、彼女たちが広げている衣類や旅行のお供が所狭しと並べられていて、ハッキリ言って邪魔です。
「あ、そうだ! 円くん、おやつは60メルカまででいいんだよね?」
この世界──正確にはカヴォード大陸に存在するアミークス連合国に属する国々では“メルカ”という統一単位のお金が使われており、1メルカは日本円で約五円。
つまり、良藍は地球の日本に伝わる“おやつは三百円まで”というテンプレートな話をわざわざ持ち出してきたのです。早い話が、良藍はそんな冗談が口から勝手に出てくるほどに浮かれまくっているということです。
「ええ。因みにバナナを含めた水菓子──果物──はおやつに入りませんから、好きなだけ持っていってもいいですよ」
「やった~♪ あたし、“バナナ”大好きなんだよね~♪」
「まあ、良藍さんったらはしたない……」
はぁ~。それにしても、まったく、ファナは良藍から変な影響を受けすぎですね。下ネタに聡いお姫様とか誰得なのでしょうか……?
そんな荷造りする二人をボンヤリと眺めていると、
「お風呂、空きましたよ」
湯上がりでバスローブに身を包んだサーハ君がやってきます。
「……おや、これは、凄いことになってますね。足の踏み場もありませんよ」
居間の惨状を目の当たりにして、サーハ君もボク同様に呆れたようで、ボクの顔を見ると“困ったものですね”と肩をすくめるジェスチャーをします。そして、サーハ君は彼女たちの物が広がっていない場所のソファーに腰掛けると、そそくさとメドちゃんが持ってきたミルクの入ったガラス瓶を受け取ると、一気に飲みほします。
「……ゴクゴク……、プハァ~……。やっぱり、お風呂上がりには瓶入りミルクですね~」
空になった瓶をメドちゃんへと返すと、サーハ君はテーブルに置かれていた夕刊を手に取り、黙読に入ります。
──さて、お風呂が空いたとのことですから、ボクはお風呂をいただくとしましょう。
ボクは荷造りする二人を邪魔しないようにして居間を後にし、自室に着替えを取りにいき、そして、お風呂場へ。
お風呂は良藍が家を選んだときの要望通り、とても広く、複数人で入っても余裕があり、一人で入るには広すぎる感が否めません。
また、贅沢にもルニーンから少し行った所にある温泉地からわざわざ水道管を通して、源泉掛け流しという温泉仕立て。因みに源泉はとても熱く温泉地では水を大量に投入して冷まさないと入れたものじゃないのだとか……。
そんな、贅沢三昧のお風呂に、ボクはゆったりと────、
「──ちょっと、円くん、お風呂入るなら、声掛けてよね!」
「──そうですわ、円様! 良藍さんやアイナが円様に如何わしい行為をしないよう、お風呂は基本的にわたくしを含めた三人以上で入ると取り決めましたのに……!」
「──えー……、ファナリア様、自分は円さまとスキンシップを取っているだけで、如何わしい行為などしてませんよ~……」
──入ることが出来そうにありませんね……これは……。
──さて、明けて翌日。
え? 「お風呂場の描写はどうした?」と、そう言われましても……、別段、特筆するような出来事はありませんでしたし……、普段のボクたちの入浴シーンなんて面白くも何とも無いですから、カットですよ、勿論。
では、改めて──
──明けて、翌日。
ボクたちが朝食を取り終えて、居間兼応接間の応接セットのソファーで寛いでいると──
──コンコンコン。
──バンッ!
来客を告げるノッカーの音が鳴ったかと思うと、ノッカーの音が鳴り終わった直後、喰い気味なタイミングで玄関の扉が“応答なんて待っていられない”といった感じに音を立てて開かれます。
居間に居るみんなが何事かと玄関を見ます。因みに、応接セットと玄関を間仕切っている衝立ですが、応接セット側からは玄関がちゃんと見えるようにマジックミラー仕様になっているので、視線を向けるだけで玄関の様子を見ることが出来ます。
さて、この乱暴な来客はいったい誰でしょか? という問は誰からも発せられず、この場に居る全員が全員、来客の正体を確信しています。
「よう! おはようさん!
準備はもう出来てるよな?」
──案の定、朝の挨拶とともに家の中に入ってきたのは、ガメッツさん。
ガメッツさんは遠慮なく、ズカズカと応接セットの所まで来ると、
「おう、なんだみんなちゃんと準備出来てるじゃーねか。なんで、応答してくれねーんだ?
ま、いいけどよ。ほれ、準備が出来てるなら、ちゃっちゃと出発だ!
表に天馬車を待たせてっから、ほれ、早く……」
せっかちに出発を促してきます。
ボクたちは一様に顔見合わせると“やれやれ”といった感じに誰先にということもなく、ソファーから腰を上げると各々昨日のうちに着替えなどを詰めた旅行鞄を手に取り、外へ向かいます。
「それじゃ、留守の間よろしくね」
「はい、アタシ達にお任せ下さい。
あ! お土産、忘れないでくださいね、マドカサマ♪」
「メドもお土産を所望♪
お願い、マドカ様♪」
「メイちゃんもお土産、欲しいです。
よろしくお願いします、マドカさま♪」
「……あー、はいはい、分かりましたよ。ちゃんとみんなの分のお土産も買ってきますから、重ねて留守番をお願いしますよ」
「「「は~い♪ いってらっしゃいませ~♪」」」
今回、メイド三姉妹はお留守番です。
何故なら、天馬車一台の定員は四名なので、連れ行けるのは誰か一人だけで残りの二人が行けない為、已む無く、不公平にならないよう三人には留守番をしてもらうことに。
メイド三姉妹に見送られ、ボクは玄関の扉を潜ります。
そして、玄関を出てすぐ、少し開け場所にガメッツさんが言っていた天馬車が二台停車しています。
その天馬車は実に豪奢に装飾されてはいますが、なんとも……悪趣味と言っても過言ではありません。これでもかと、言っているかのように金銀宝石がゴテゴテと車の外面を飾り立て、成金趣味感が丸出しです。しかも、車を牽く天馬達にまでもゴテゴテの宝飾品を身に付けさせられていて、なんだか天馬が迷惑極まりないといった雰囲気を醸し出しています。
「ほれ、嬢ちゃんも乗った乗った」
前方の天馬車の車の中からガメッツさんが身を乗り出して、ボクに早く乗るよう言ってきます。
ボクは開けられている天馬車のドアの隙間から中をチラッと覗き見て、乗っているメンバーを確認し、ガメッツさんとサーハ君それとファナが乗っている方ではなく、良藍とランテ君が乗っている方の天馬車に乗り込みます。ちなみにボクの護衛のアイナちゃんは護衛の任がある以上ボクと同じ方へと乗ります。
「おし、全員乗ったな。んじゃ、出発してくれ」
全員が天馬車に乗ったのを確認したガメッツさんは、馭者に出発の合図を出します。すると、天馬車はシュモネス教が所有している天馬車とは異なりゆっくりと空へと上昇し、充分な高さまで上昇したところで目的地のノジカ・シティへと向けて移動を開始しました。
出発してから、早三時間ほど。
その間にランテ君からノジカ・シティについての話をいろいろと聞きました。
まずはルニーンからの大凡の距離。ルニーンから徒歩で向かうと数日かかり、乗合馬車だと運行の都合上四日ほどかかり、天馬車をはじめとした飛行系の乗り物では数時間ほど。
次に聞いた話はノジカ・シティの成り立ち。なんでも、ノジカ・シティはカヴォード大陸を南北に分断している中央山脈帯の南側に広がるカヴォード大陸南側に存在する全ての国──即ち、自然と大地の恵みに充ち満ちるフンドゥース王国、この世界──カドゥール・ハアレツにおいてあらゆる宝石・あらゆる鉱石の埋蔵量随一の鉱山を数多有するフォディーナ王国、そして、前文明の知識と技術を最も多く受け継いでいるレストウラ帝国の三国が、同盟を締結した時に三国間の結びつきが如何に強くて固いものであるかを広く内外に喧伝する為に三国の国境が接する土地に国を跨いで建造されたのが件の──ノジカ・シティなんだとか。
その次に聞いた話は、ノジカ・シティの特徴。これは先にも述べている通り娯楽の街として娯楽に特化していること。カジノを筆頭に演劇などの見世物や一生を費やしても遊びきれないと謳われている遊興施設の数々。そして、ノジカ・シティはカヴォード大陸で一、二を争う娯楽の街ため、大陸全土は勿論のこと他大陸からの遊楽客が後を絶たない。
ちなみに、シュモネス教の総本山を有するフンドゥース王国の王都フンドゥリアで巡礼した後にノジカ・シティで娯楽に興ずるのが他大陸からの旅行者の定番なんだそうです。
そして、つい先程聞き終えた話が、ノジカ・シティのもう一つの顔。
それは、アミークス連合国発足の基盤となった三国同盟の象徴であるノジカ・シティに連合国を運営する連合国議会が設置されており、ノジカ・シティこそがアミークス連合国の中枢であるということ。
一見、裏がアリアリの娯楽の街に連合国の中枢というチグハグな組み合わせに見えますが、なんでも、ノジカ・シティはフンドゥース王国・フォディーナ王国・レストウラ帝国の三国共同で運営していて、互いが互いを見張っている為に裏の連中が入り込む余地も無く、それはこの街に置かれた連合国議会にも影響を及ぼし、一度、連合国の議会議員が裏の連中と手を結ぼうものなら、その議員は即刻告発されて罷免は必至。
なので、連合国の運営にもまた裏の連中が入る余地が無いため、連合国を健全に運営する為にこの地が最適として連合国の中枢が置かれたらしいです。
そんな話を聞きながらの空の旅を堪能していると、天馬車の窓の外の眼下にボクや良藍には見慣れた──中世ヨーロッパな雰囲気漂うこの世界には似付かわしくない、ビル群や現代地球の都会的な建物群の姿が目に飛び込んできます。
「あそこが──ノジカ・シティっすよ」
ボクの視線の先に映るものを見てとって、ランテ君がそう言います。
「へぇ~、ノジカ・シティって、上から見るとホント地球の都会みたいな場所なのね……」
良藍もボクと同じ感想を抱いたようで、窓の外を眺めながそう口にします。
「そうなんすか~。地球の街は何処も彼処も、ノジカ・シティみたいなんすか?」
「都会──人が沢山集まっているところはね、特に……」
ランテ君の洩らした問に良藍は眼下の風景から目を離さずにそう答えます。
ノジカ・シティを見下ろしている良藍の横顔は何処かノスタルジーを感じているのか、郷愁感が漂っています。
そんな、彼女を見詰めているボクですが、この世界に来てから四ヶ月が経とうというのに未だにホームシックにはかかっていません──いえ、かかってはいました、確かに。ですが、多分……現在の肉体──前世の体になってからはホームシックの感覚が判らなくなってしまったようで、地球の都会の街並みに似たノジカ・シティを見ても、“地球の都会みたいだ”とは思っても“懐かしい”や“早く帰りたい”といった感情が涌いてこないのです。
どうしてしまったのでしょうね、ボクは……。
……。
…………。
……………………。
──はぁ~。考えても答えは見付かりません。なので、この事は棚上げにしておきましょう。答えの出ない問に頭を悩ませるのは無為ですからね……。そう、無為ですから……──
ボクは頭に涌いた考え事に蓋をして、意識を現在進行中の事柄に向けます。
ボクたちが乗った天馬車はノジカ・シティの上空へと入り、少しずつ高度を下げていくと、前方に見える高級感溢れる高層階ホテルの屋上へと向かって空を滑るように進んでいきます。
そして、ボクたちの乗る天馬車は屋上に立っている係員と思われる人物の誘導指示に従って、その高級感溢れる高層階ホテルの屋上へと降り立ちます。そして、馭者が、
「──お客様、到着致しました」
そう告げます。
それと、同時に天馬車のドアが開かれます。
ボクたちは、ドアに近いところに座っている順に天馬車を降りていき、数時間ほどの空の旅路を終えます。
もう一つの天馬車からは既にサーハ君とファナ、それとガメッツさんは降車していて、屋上にあるホテルの入口前でボクたちが来るのを待っていました。
「おう、お疲れさん。このホテルに部屋を取ってあるからまずは、泊まる部屋に案内するぜ」
そう言うと、ガメッツさんは先頭に立ってボクたちを引き連れてホテルの中へと入っていきます。
「「いらっしゃいませ」」
屋上からホテルの中へ入ると、ホテルのスタッフが数名待ち構えていて、ボクたちを出迎えます。
先頭のガメッツさんが一言二言、ホテルスタッフに耳打ちすると、
「──それでは、お部屋にご案内します」
出迎えのホテルスタッフの内の一人がガメッツさんの隣にたちボクたちを案内します。
そして、辿り着いたのは屋上へと出入りするフロアから一階だけ降りたフロア。
エレベーターホールから豪奢な扉を潜り抜けると、そこにはノジカ・シティの全貌を見下ろせるほどの大パノラマな景色が拡がり、部屋内の見える範囲の何処かしこにも高級感漂う調度品が並び部屋を彩ります。
「こちら、この階すべてのフロアがロイヤルスィートルームとなっておりますので、どうぞ、ご自由にお使い下さいませ。────」
ガメッツさんの隣に立っているホテルスタッフがいろいろと説明をしていますが、ボクはそれらを適当に聞き流しつつ、ひとり思考に耽ります。
──ガメッツさんにしては、手際がよすぎる。これが、ランテ君が手配したと聞いていたならば、何ら疑問を持たなかったでしょう。それに、ホテル最上階のロイヤルスィートの部屋を用意とか、いくらお金があると言っても、このもてなしは異常です。
それに、良藍がスゴいと思うお宝がココに来れば手に入ると言っていた件…………──かなり怪しいです。
別にガメッツさんが嘘を言っているとは思いませんが、絶対にそのスゴいお宝を手に入れる手段が、ろくでもない手段なようが気がして仕方ないのです。
なにしろ、昔の良藍も目的の為なら平気でろくでもない手段を用いていましたから、経験則からして、今回のガメッツさんからもその時の良藍と同じ臭いがプンプンします。
「────それでは、何かご用がおありでしたら、いつでもお呼び付け下さい」
どうやら、説明が終わったようで部屋まで案内してくれたホテルスタッフが退室していきました。
それを見送り、完全に部屋の出入り口の扉が閉まると、
「わ~い♪ このキングサイズのベッドは円くんとあたしの~♪」
良藍が大はしゃぎで、部屋を入ったこの場所からでも視界の端に入っていた寝室の巨大ベッドにダイブします。
「まあ!? 良藍さん、寝室の割り当ては公平に決めるべきですわ!」
「そうですよ。自分は円さまの護衛ですから、円さまとご一緒……──いえ、何事にもすぐに対処できるよう、可能な限り、寝る場所は近くでないと困ります!!」
「──ちょっと、アイナ、任務に託けて抜け駆けしようなんて、フンドゥース王国騎士としてはしたないですわよ!」
「ファナリア様、僭越ながら自分は円さまを護るという任務の為ならば、はしたなかろうとも、卑しかろうとも、如何わしかろうとも、如何なる手段を用いてでも円さまをお護りすると天地神明に誓っているのです!」
「アイナちゃん、仕事熱心なのはいいけども、公私混同はよくないと、あたしも思うわ──」
みんな好き勝手に言い合って、中々決まりそうにありません。
「──なあ、嬢ちゃんたちは、勿論、このホテルに併設されてるカジノには遊びに行くんだろ?
こっちに、カジノが設けているドレスコードをクリアしている貸衣装があるから、カジノに行くなら、着て行きな」
「へぇ~、そうなの。どれどれ、どんな衣装があるの~?」
寝室の割り当てについては一時中断して、ガメッツさんの言葉に飛び付く良藍。
「まあ~、これなんて、円様に似合うんではないかしら?」
「こっちの方が円さまには似合いそうですよ?」
「あら? そうね。アイナったら、いいセンスしているのね」
「お誉めに与り光栄です」
ファナとアイナちゃんも良藍に続いて貸衣装の物色に加わり、先程の寝室の割り当てを話していたときとは違った意味で姦しいです。
「──あ!
ところで、トレジャーハンターさん、スゴいお宝は何処?
まさか、“窓の外の眺望”とかって、笑いにもならないことを言うんじゃないでしょうね?」
「いやいや、黒髪の嬢ちゃん、スゲーお宝は明日になれば自ずと手に入るから、それまで楽しみにしてな」
「──そう、ならいいんだけと……」
ガメッツさんの言い様に訝しさを抱いたような良藍。しかし、今は衣装の物色の方に気が向いているようで、素っ気ない返事を返します。
「んじゃ、オレらの部屋は別だから。
明日、朝食を食って一息寛いでいる時間帯に、お宝を手に入れに行く為に嬢ちゃんを迎えに来るから、ちゃんと待っててくれよ?
そいじゃ、また明日な」
「失礼するっす」
そう言い残して、ガメッツさんはランテ君を伴って、部屋を出ていきました。
──しかし、昨日今日と、ランテ君は元気が無いというか、“申し訳ない”オーラを終始出していました。天馬車の中でノジカ・シティについての話をしているときはいつも通りだったのですが、ホテルに着いた途端、天馬車に乗る前と同じく口数がめっきり減りましたからね……。
まあ、今ここでボクがあれこれと思案しても、どうにもならないのでしょうから、取り敢えずは為すがままに任せるとしましょう。
「──ねぇ~ねぇ~、円くん。階下のレストランでお昼食べたら、カジノに遊びに行きましょうよ♪
っていうか、行ってイイよね。ね。」
「そうですわね、わたくしもカジノへは幾度か行ったことはありますが、カジノで戯れたことは一度も無かったので、一度、カジノで戯れてみたいですわ。
──あ! それと、カジノで戯れた後で、円様がよろしかったらですが、このホテルの近くにある劇場でフンドゥリアを拠点としている劇団が最新作の演劇を上演しているそうです。
フンドゥリアでは大変盛況とのことでしたので、わたくし、円様とご一緒に鑑賞したいですわ」
「へぇ~、演劇か~、……いいですね。
行きましょう。
あ~、でも、チケットって今から取れるでしょうか?
フンドゥリアで盛況だったんですよね?」
「それなら、心配御無用ですわ!」
ファナは自信満々にそう言うと、自身の旅行鞄の中から、この場にいる人数分のチケットを取り出します。
「じゃ~ん♪ 前以て、チケットを取っておいてもらったのですわ♪」
「あら、準備がいいのね、お姫様」
「旅行先の情報をリサーチするのは当然のことじゃなくって?」
「……そりゃ、まあ……、そうかもしれないけど……──」
はて? 良藍は何やらファナの事前準備のよさに納得の行かない顔をみせていますが、どうしたのでしょう?
良藍は暫く思考に耽りますが、「ま、いいわ……」とごちると、
「それじゃ、今日のこれからの予定は昼食後にカジノで遊んで、その後、劇を鑑賞に行く。で、いいわね?」
「ええ。ボクに異存はありません」
「問題ありませんわ」
「円さまの御心のままに」
「…………」
「よし! じゃあ、パパッと衣装を選んで着替えちゃいましょう」
良藍はそう言って、早く出掛けたいのか、服を脱ぎながら、貸衣装の物色を再開します。
「? ほら、円くんも、早く着替えた♪ 着替えた♪」
「あ、ちょっと、良藍、サーハ君が居るんですから、そういうイタズラはヤメっ……!
彼には目の毒ですから……──」
「──え?」
「あら、まあ……」
「すみません、お静かでしたから、サーハさんがいらっしゃる事を失念してました」
サーハ君が居たことをみんな忘れていたようで、ファナとアイナちゃんは慌てて貸衣装が掛かっているラックの後ろに隠れます。
「…………あ、いえ……、ご婦人方が着替えを始めたというのに、ボーッとしていた私が悪いのですから……。
それでは、私は向こうの部屋で待っていますので、着替えが終わりましたら声を掛けてください」
「わかったわ、サーハ君」
サーハ君は良藍からの返事を聞くと、ボクたちのところからは死角になっている先の部屋へと行ってしまいました。
「着替え、終わりましたよ、サーハ君」
キャッキャウフフとしながらも、可能な限り早く着替えたボクたち。良藍は艶やかさを前面にだした衣装、ファナはエレガントさが溢れる衣装、アイナちゃんは動きやすさを重視した結果──良藍と負けず劣らずの艶やかな衣装に身を包んでいます。そして、ボクはというと、良藍とファナとアイナちゃん三人全員の意見が一致して選ばれた可愛らしさを前面──いえ、全面にこれでもかと出した衣装で、姿見で見たその衣装に着替えた自分の姿はまるで可愛いをとことん追究して作られた人形みたいでした。
「わかりました。では、皆さんは先にレストランに行って昼食を食べていてください。私もすぐに着替えて行きますから」
そう言いながら、サーハ君はボクたちからは死角になっている先の部屋から顔をみせます。
「──!? ……これはまた……、常套句になってしまいますが、皆さん、とてもお似合いですね」
「そうでしょう♪ サーハ君、あたしに惚れ直した?」
「まあ、お誉めの言葉、嬉しいですわ」
「自分は動きやすい衣装を選んだだけなので、似合うと言われてもピンときませんね……」
サーハ君の誉め言葉に三者三様の反応を示す三人。ボクはというと、
「…………」
誉められたことは素直に喜ばしいのですが、サーハ君の言葉の中に微細ながら含まれていた……なんというか言葉にするのは難しい、ボクに向けられた複雑な感情を感じ取りり、無言になります。
「? マドカさん? どうかされましたか?」
「──いえ、別に」
「……そう、ですか。それでは、私はこれから衣装を選んで──」
「──あ、それでしたら、元男のボクがサーハ君に似合うと思った衣装を選んでおきましたので、これをどうぞ」
ボクはサーハ君を呼びに行く前にサーハ君がすぐに着替えられるよう、手に取っていた“サーハ君に似合いそうな衣装”を彼に差し出します。
「──あ! あ、ありがとう……ございます……。マドカ……さん」
──ん? いま、サーハ君、身長差がある故に下から仰ぎ見たボクの視線から逃げました?
ボクの手から衣装を受け取ったサーハ君は、先程まで彼がいた部屋へと目にも止まらぬ早さで引っ込むと着替えを始めたようで、衣擦れ音が聞こえてきます。
「──ほほう……、サーハ君、鞍替えしたな……」
「? 鞍替え? サーハ様は、何を鞍替えしたのです?」
サーハ君の態度に何か気付いたのか、良藍が意味深な言葉を洩らし、良藍の洩らした言葉を聞いたファナがその深意を訊ねます。
「──勿論、好意の対象よ」
「サーハ様の好意の対象ですか?」
「そう。サーハ君ね、少し前まで、ずぅ~ッと、あたしに一途に恋慕してきたのよ。
でも、悲しいかな。その恋心は敢えなく散り、その失恋の傷を癒してくれたのがメドちゃん。
だがしかし、さっき、円くんに衣装を手渡された時の態度を見るに、彼、円くんに惚れちゃったわね……」
「──な!? なに変な事を言ってるのですか、ヒラノは?! 私は今好きな女性など……───」
着替えを終えて戻ってきたサーハ君が、良藍の言葉に反論をしますが、
「──サーハ君、ダウト!
メドちゃんと、イイ仲なのは皆知ってるんだからね。
それに、いくら言葉で言い繕っても、さっきの態度は明ら様に貴方の心の中を如実に表してたわ!!」
「──ち、違います! 私はさっきも言い掛けた通り、好きな女性などは今は──」
「──……ふ~ん、ナルホド、なるほど。分かったわ。サーハ君は鞍替えしてない。」
「──……ホ。分かって、くれましたか……──」
「──詰まり、サーハ君はメドちゃんだけでなく、円くんも欲しくなったのね♪」
「──ッ!!!!!!!!」
良藍が突き付けた言葉に、まるで石のように固まってしまいました。
「まあ! サーハ様ったら、欲張りなのですわね……」
「円さまをサーハさんなんかに、絶対に渡したりしませんよ?!」
「そりゃあ、現在の円くんをサーハ君が欲しいって思っちゃったのは致し方ないけど、ダメよ!
円くんはあたしのなんだから。
横取りなんて、絶対に許さないんだからね!」
──なんでしょうか……、話があらぬ方向に……。
──ぐうぅぅ~……。
そんな、収拾が付かなさそう状況の中、突然、響いた腹の虫の鳴き声。
「……あ、はは……、ゴメン。お腹の音、聞こえちゃった?」
腹の虫の鳴き声に一瞬にして場がシラけたことに、詫びを入れる良藍。彼女は照れ笑いを浮かべながら、
「取り敢えず、“サーハ君が円くんにも惚れちゃった件”については家に帰ってからじっくりと話し合うことにして、いまはこの旅行を楽しみましょ♪」
「そうですわね。良藍さんの仰るとおり、いまは旅行を楽しむべきですわ」
「異議無し」
「自分も円さまと同じく、異議はありません」
「…………え、ええ、そうですね……」
良藍の意見に一人ぎこちない返事を返すサーハ君ですが、どこかホッとしたようで、胸を撫で下ろします。
「──いや~、食べた食べた~♪」
「ホント、良藍さんったら、スゴい食べっぷりでしわ」
「そりゃあ、此処の料金はトレジャーハンターさんもちだもの。実質タダなんだがら、食べなきゃ損よ!」
「ホント、良藍は抜け目がないですね……。」
ホテルのレストランで昼食を済ませ、現在はホテルに併設しているカジノへと通じる渡り廊下を他愛ない雑談をしながら進むこと暫し。
「お~! 予想通りというか、テレビなんかで見たまんまの、ザ・カジノだね~♪」
入口でドレスコードをチェックしているスタッフに止められることもなく、ボクたちはすんなりとカジノへと足を踏み入れます。
中は良藍の感想通り、“カジノといえば”という要素に溢れています。
ルーレットにスロットマシーン、カードゲームのテーブル等々。働いているスタッフも女性のスタッフはディーラーを務めている人以外はバニーガール姿をしていて、まんま、“カジノといえば”そのものです。
ボクは入ってすぐ近くにあるカウンターでお金をカジノコインに替えると、それらをみんなに渡します。
「お~、これがカジノコインね~」
良藍はボクが渡したコップの中にぎっしり入ったカジノコインを一つ手に取り、繁々と見詰めます。
「スロットマシーンや各種賭けの賭け金に使う際はこのままでいいらしいけど、ルーレットやカードゲームをする場合はチップに交換が必要なんだって」
「へぇ~、そうなんだ~。わかったわ。──それじゃ、あたし、スロットでひと山当ててくるから、みんなは好きにやってて」
「……そう、了解」
「期待しててね、円くん」
そう言って、スロットマシーンが並ぶ区画へと歩き出す良藍。
「あ、良藍、わかってると思うけど、手持ちのコインが無くなったら終わりだからね。借金とかしちゃダメだよ」
「了解~♪ でも、心配しないでね~。必ず、一財産分儲けてくるから~♪」
……心配です……。
ああ言っている人は得てして、ギャンブルにハマってしまうと、歯止めがきかなくなる場合がありますからね……。
そんな事を思いつつ、ボクは良藍の背中を見送ります。
「──円様、実はわたくしも一人でカジノをまわりたいと思います」
「──? ……、いいけど、一人で大丈夫?」
「はい。このカジノには父や兄の付き添いで幾度か来たことがありますので、迷うことはありませんわ」
「……そう。じゃあ、気を付けて」
「はい♪ いってまいりますわ、円様。
アイナ、円様のこと、お願いしますね」
「お任せ下さい。いってらしゃっいませ」
良藍に続いて、ファナを見送り、残ったのは、ボクとアイナちゃんと────アレ?
「アイナちゃん、サーハ君が何処に行ったか知りませんか?」
気付けば、サーハ君の姿が見当たりません。カジノコインを渡したときには確かにいたのですが……。
「サーハさんなら、「少し、一人になりたい」とおっしゃられて、良藍さんよりも先に離れて行かれましたよ」
──いつの間に!? 気付きませんでしたね……。
結果、普段から行動を共にしているボクとアイナちゃんだけになってしまいました。
「──さて、どうします?」
「ひとまず、適当にまわってみましょう、円さま」
「そうだね」
アイナちゃんとカジノ内を彷徨くこと数分。
広いカジノのフロアの中で幾つか目立つモノのうちの一つ、巨大スクリーンの前にボクたちいます。
その巨大なスクリーンは四分割されていて、それぞれが異なる賭けモノの結果と各種配当金が掲示されています。
左上は闘技類。右上は様々な競技。左下はレースモノ。そして、右下は──、
「“ダンジョン・チャレンジ”?」
「入口でもらったパンフレットによれば、一般客がチャレンジャーとして、カジノが用意したダンジョンに参加費を払って挑み、ダンジョンを見事クリアすれば参加費の約百倍ほどの賞金を、又はダンジョンの半分以上先まで到達出来れば到達出来た場所に応じた参加費以上の賞金が貰えるアトラクションだそうです。そして、賭けモノとしては、チャレンジャーが何処まで到達出来るかなどの予想をするみたいですね」
「へぇ~、そうなんだ」
一般客参加型のギャンブルですか……。いろいろあるものですね……。
ボクたちは巨大スクリーンがあった場所から、さらに奥へと進み、今度はカードゲームのテーブルが並ぶ区画にきました。
「あ! 円さま、あそこのテーブルの席が一つ空いてます。せっかく、カジノにきたのですから、遊んでいきませんか?」
「そうですね」
アイナちゃんが指差す先にあるテーブルには確かに一席が空いています。
ボクは近くのカウンターでカジノコインをチップに両替し、それを持って先の席が一つ空いていたカードゲームのテーブルへと向かい、いまだ空いたままになっているその席に着きます。
「──ベットを」
ディーラーの女性の言葉に、ボクを含めたプレイヤーが各々手元にあるチップをベット枠へと置いていきます。
ボクの左に座る人はボクが持っているカジノコイン百枚分の一番安いチップよりも高い、一枚がカジノコイン千枚分のチップを五枚ベット。次にボクの右隣の人はカジノコイン百枚分のチップを八枚。一番右に座っている人は強気にも一番高いチップ──カジノコイン一万枚分のモノを一枚ベット。そして、ボクはというと、五枚しかないカジノコイン百枚分のチップを一枚ベットします。
全員がベットしたのを確認したディーラーは、山札を華麗にシャッフルとカットをしてから、札を配り始めます。
現在、ボクが座っているテーブルのゲームはポーカー。客であるプレイヤー全員とディーラーの手前に五枚の札が配り終えられ、各自手札を手に取ります。
ボクの手札は──いきなり、ストレート。
ボクはすぐ後ろ立つアイナちゃんにボクの手札を見せす。
「おお! 円さま、さい先、いい手ですね」
ボクもそう思っていることを表情だけで表し、前に向き直ります。
「チェンジは?」
ディーラーが札の交換の有無を訊いてきますが、勿論、ノーチェンジ。
全員が終えたところで、手札オープン!
結果は──ボクのストレートが一番高い役で勝ち! 賭けたチップが五倍になって返ってきました。
「やりましたね、円さま」
「たまたま、だよ」
──そう、それはたまたまだったようで、次のゲームはワンペアで負け。その次のゲームはノーペアで当然ながら負け。四ゲーム目もワンペアと、結果がふるいません。そして、五ゲーム目。
今回もまたベットはカジノコイン百枚分のチップを一枚。左隣と右隣の人もボクが参加してからの一ゲーム目と変わらないチップ数をベットします。
しかし、一番右の席に座っている男の人が手元にある残り十枚のカジノコイン一万枚分のチップを全てベットしました!
その事に、見物人たちはどよめき、口々に一番右に座っている男性のことを憶測し、各々が考えた妄想を囁き合います。
そんな中、ディーラーが札を配り終え、一番左のプレイヤー──ボクの左隣に座っている人から札の交換の有無を訊いていきます。
今回のボクの手札はツーペア。あと一枚、どちらかのペアと同じ絵札がくればフルハウスです。
「──チェンジは?」
ディーラーの問いにボクは不用なになっている一枚の札を捨て、新たに札をもらいます。
新たに配られた札を手に取り、手札に加えます。
その札は──三枚目のキング。
フルハウス確定です!
「円さま、凄いです! フルハウスですよ!!」
「──ちょっ、アイナちゃん!?」
ボクの手札を見て、興奮を隠しきれず、ボクの手札の内容を大声で言ってしまったアイナちゃん。
「…………あ! す、すみません……」
慌てて、口に手をあてて声量を押さえますが、時既に遅し。ボクの手札の内容を知って、既に札の交換を終えていた左隣と右隣の人ががっくししてしまっています。
しかし、今回、大勝負に出た一番右に座っている男性は他の二人と違って、不敵な笑みを湛えたまま。
そんな彼はディーラーのチェンジの問いに五枚全ての札を捨て、新たに五枚を受け取ります。そして、配られた札の内容を見ると、不敵だった笑みが勝利を確信して抑えきれないモノへ変化します。
そして、ディーラーが自分の手札を交換し終えたところで、オープン!
ボクの左隣の人はワンペア。ボクはキングのスリカードとエースのワンペアでフルハウス。右隣の人はノーペア。ディーラーのお姉さんの役はフラッシュ。そして、一番右に座っている男性の役は──
「──ロイヤルストレートフラッシュ!
俺の勝ちだ!!」
自ら、自分の手札の役を口にして勝利宣言。しかし────、
「「……………………」」
見物人の誰一人として、ロイヤルストレートフラッシュが出たというのに、喝采はおろか拍手の一つも起きません。それどころか、異様なまでにシーンと静まりかえっています。
「──あん? ンだよ、人が折角、大博打に出て大勝利したってのに、歓声の一つも上がらねーとか、シケてんなー……」
男は周囲の反応が予想していたのと異なることに怪訝になりますが、然程気にしていないようで、周囲に巡らせていた視線を前方にいるディーラーに向けると、
「ほれ、勝ったんだから、ロイヤルストレートフラッシュの役の倍数分のチップを寄越せよ!!」
…………………………。
「おら、早く!!」
…………………………。
「──どうぞ、お受け取り下さ、い!!」
──バキッ!!
「──へがッ?!」
──ドタッ。
勝利分のチップを要求する男に、ディーラーは両手をテーブルに付けると、跳ね上がって体全体を浮かし、テーブルに付いた手を支点に宙に浮かせた体を回転させ、チップを要求する男の側頭部に華麗なる蹴撃を入れました。その一撃に男は座っていた席から転げ落ち、泡を吹いて失神。
そして、グラサンに黒のスーツの厳つい体格をしたカジノの男性スタッフが複数人やって来て、床に伸びているディーラーの蹴りを食らって失神した男を拘束すると、何処かへと連れ去っていきました。
さて、何故、突然このような事が起きたかというと──察しのいい人なら既にお気付きかと思いますが──、男性スタッフ達に連行された男はイカサマをしたのです。
テーブルに置かれた開かれたカード。よくよく見ると、おかしな事があることに気付きます。それは、男が出したロイヤルストレートフラッシュと同じマークの絵札がボクの出した手札とボクの左隣の人が出した手札の中にあるのです。一つの山札を使っている場合には絶対にあり得ない事が起きているのです。
そして、もう一つ、ディーラーが立っている場所の後ろには見物人にもゲームの内容が見られるように、テーブルの上に吊されているカメラの映像を映すモニターがあり、そのモニターにはテーブル全体がハッキリと映し出されているため、一目でおかしな事に気付けます。
見物人がロイヤルストレートフラッシュが出たにもかかわらず、黙りになったのは、モニターに男がイカサマをする様がありありと映し出されていたからだったのです。
「先程は大変失礼致しました。引き続き、ゲームをお楽しみ下さい」
ディーラーはお詫びを述べると、テーブルの上の札を全て破棄し、イカサマ男の持っていたカジノチップを片付けると、封切りをしていない新しい山札を取り出して、ちょっとしたパフォーマンスをしながらその封を切ります。
そして、イカサマ男が居なくなって空いた席に新しいプレイヤーを迎えると、ゲームを再開します。
あの後、ボクたちはもう一ゲームをプレイしてから席を辞して、再び、カジノ内を彷徨きます。
「円さま、何でしょうか、あの歓声は?」
適当にブラついている進行方向の先。そこには人集りが出来ていて、みな一様に興奮しながら声を上げています。
さらに進んで行くと、人集りの人々がどうして興奮して声を上げているかの原因が見えてきました。
「格闘試合ですか」
「そのようですね」
イベントスペースと思われる開けた場所。其処には沢山の観客がつめかけ、客の視線が集まる中央に四角く四本の柱と各柱を繋ぐように張られた三本のロープのリングが設けられていて、その上でプロレスのような格闘技が行われています。
「円さま、どうやら、勝った方の選手がそのまま残り、参加選手が全員出きった後に勝った選手が最終的な勝者になる、勝ち抜き戦の試合のようです」
アイナちゃんは天井から吊されている大きなモニターに映し出されている賭博情報から、現在行われている格闘試合の内容を読み取り、説明をしてくれました。
「アイナちゃん、少し観ていきます?」
「……そうですね、少し観ていきたいです」
それから暫く、ボクとアイナちゃんは格闘試合を観戦。
どうやら、この格闘試合は男女関係なく選手が参加しているようで、華奢な女性選手が出てきたと思えば、次に出てきたのは筋骨隆々な男性選手が出てきたりと、バラエティに富んだ選手が出てきます。
そんな中、活躍目覚ましいのは先の華奢な女性選手。次に出てきた筋骨隆々な男性選手を見事なまでに翻弄し、リングアウトで下し、次々とリングに上がってくる選手達を下していきました。
そして、なんと、アイナちゃんがその華奢な女性選手のファンになってしまったようで、彼女が勝ち進む度にアイナちゃんの彼女に送る声援はヒートアップどころかエスカレートしていきました。
終にはその女性選手が連戦による体力の限界で負けてしまった時には、負かした相手の選手を射殺さんばかりの視線で睨め付ける始末。
──そうして、格闘試合の観戦を終えたボクとアイナちゃんは今度はスロットマシーンが並ぶ区画へとやってきました。
時間的にそろそろ頃合いなのでみんなと合流するべく、まずは場所が判っている良藍のところへ。
ボクたちがスロットマシーンが並ぶ区画に着くと、そこにはこれまた人集りが出来ています。
「どうかしたのですか?」
ボクは人集りの一番外側にいる背の高い人に、人集りの中心に何があるのか訊ねます。
「あ! ああ、なんでも、黒い髪の嬢ちゃんがスロットマシーンに詰まってるカジノコインのすべてを吐き出せたんだと。しかも、二台も!! んで、今現在、三台目に挑戦中なんだ」
「そうなんですか、ありがとうございます」
ボクは教えてくれた人に礼を言います。
「いや~、それにしても、良藍さん、派手にやっちゃってますね~」
「はぁ~、まったく、良藍ったら、ホント、加減ってものを知らないんですから……」
ボクは呆れのため息を漏らし、やれやれと思いつつも、人垣を掻き分けて人集りの中心へと進み出ようとします。が、人が思った以上に密集していて、まったく進めそうにありません。
「あ♪ 円様♪ やはり、ここにいらしたのですね」
「──! おかえり、ファナ」
「はい、ただいま戻りましたわ。ところで、この人集りはなんですの?」
「ああ、良藍が、スロットマシーンの中に入っているカジノコインを全部吐き出させたらしいです」
「まあ! 良藍さんったら、なんて出鱈目な……!」
確かに、ファナの言う通り、良藍のやっていることは出鱈目です。ですが、昔から彼女の側にいたボクには他者の目には出鱈目に映っても、それが当然──それくらいは当たり前にやってしまい、想像の斜め上どころか度肝を抜く離れ業をやることもしばしば。
なので、驚きよりも先に“またか……”という思いが起きてしまいます。
ま、それはそれとして、再チャレンジです。
ボクは進入口を変えて、改めて人垣を掻き分けて、人集りの中心への行軍を試みます。
「──すみませーん、通してくださーい……」
今度は上手く隙間を掻き分けらたみたいで、順調に人垣の中を突き進み、遂に人集りの中心──スロットマシーンとその前に陣取る良藍、それと、山積みのカジノコインの入ったドル箱、更に他のカジノスタッフよりも上等なスーツに身を包んだ壮年の男性が狼狽えている現場に出られました。
ボクは人集りから出て、良藍に声を掛けるべく近付くと、
「──!? 貴女は、コチラのお客様のお連れ様ですか?」
「──あ、はい、そうですが……なにか?」
狼狽えていた壮年の男性が人集りから出てきたボクに気付き、縋るような目でボクの片手をとってお願いのジェスチャーをして、
「お願いです! お連れ様にスロットマシーンで遊ぶのを、そろそろ止めていただけるよう、進言して頂けませんか?」
懇願してきました。
「はあ……、まあ、いいですよ。もともと、そろそろ次の予定の時間でしたので、迎えにきたところですから」
「おお! そうでしたか。ああ、これでこれ以上の損害出さずに──」
「──やったー♪ ジャックポットよ~♪」
「──あがが……。損害額が……嵩む……」
良藍が大当たりを揃えたことに上げた喜びの声に、膝から崩れ落ちる壮年の男性。
「おおー♪ またまた、ジャックポット~♪」
「──グハッ。あ、ああ……、また損害額が…………」
間髪入れずにまたもや良藍が大当たりを揃えたことに上げた声に、今度は吐血したかのように嘔吐き項垂れる壮年の男性。
「──あのー……、つかぬ事を伺いますが、スロットマシーンって、一度、大当たりが揃うと一定数回されるまでは、大当たりの絵柄が揃わない仕様じゃないんですか?」
「普通はそうなのですが、此処──ノジカ・シティでは“ギャンブルにおいて、何人たりとも可能な限りフェアでなくてはならない”という条例があるため、その仕様が使えないのです。この条例に違反しますと、莫大な違反金を取られ、質が悪いと判断されると、最悪、系列店を含めたカジノそのものが取り潰しになりかねないのです。過去には実際にノジカ・シティで一番のカジノ店が条例違反で潰された事がありましたからね」
──成る程、そうだったのですね。だから、良藍はああも大当たりを何度も揃え、スロットマシーンの中のカジノコインを全て吐き出させてしまったのですね。
いくら、良藍が出鱈目を当たり前としていても、流石に連チャンでの大当たりを出したことは解せなかったので、それで納得しました。
「──良藍、そろそろ演劇を観に行く時間だから、それくらいにしてください」
「? あ! 円くん♪ もう、そんな時間?」
「ええ」
「わかったわ。
それじゃあ、フロアチーフさん、これらのカジノコインをお金に換金してくださいな?」
「…………はい、畏まりました。どうぞ、こちらへおいで下さいませ、お客様方──」
壮年の男性──カジノのフロアチーフの男性は複数人のスタッフを呼ぶと、良藍が出したカジノコインが詰まった山積みのドル箱をカウンターまで運ばせ、其処で、カジノコインを現金に換金。
そして、ボクたちはカジノの入口で待っていたサーハ君と合流すると、カジノを後にし、そのまま演劇が上演される劇場へと向かうのでした。