習作『翼の名を得たもの』
練習のために書きました。
かつて、この世界に“羽の民”と呼ばれる一族がいた。
彼らは美しい羽根を持ち、風に乗る術を知っていた。しかしそれは、地を離れても、せいぜい木々の上を滑空する程度。羽ばたくたびに、空を知ったような気になりながらも、彼らの影は決して谷を越えることも、大空を征くこともなかった。
それでも羽の民は誇りを持っていた。なにせ羽は美しく、柔らかで、光を受ければ虹色に煌めいたから。風が吹けば、舞う羽毛はまるで天の祝福のように踊った。
ある時、一人の少年がこう言った。
「この羽では、遠くへは行けない。」
彼の名はキウィ。小さな集落の中でも、飛ぶことに憧れ、空の彼方を夢見る変わり者だった。
周囲の大人たちは笑った。「空は夢で見るものだよ」「羽根があるだけで私たちは幸せだ」「遠くなんて、行ってどうする?」
だがキウィは諦めなかった。彼は風の道を読み、羽ばたきの角度を変え、時には高い崖から飛び降りもした。だが、結果は変わらない。落ちることはあっても、飛ぶことはなかった。
「羽を重ねてみてはどうか?」 「群れを成して飛べば、風を味方につけられるかも」 「もっと大きな羽根を作ってみよう」
キウィはあらゆる試みを重ねた。羽根を三重にも五重にも重ね、仲間たちと連携して滑空の距離を伸ばし、人工の羽根を紡ぎ出した。だが、やはり決定的な“何か”が欠けていた。
ある嵐の晩、キウィはすべてを投げ出すように崖へ立った。
雲間から覗く月が、冷たく、鋭く照らしていた。キウィの羽は濡れ、重く、まとわりついている。
「もう、羽だけじゃ無理なんだ…」
彼はふと、足元に落ちていた“何か”に気づいた。
それは、硬く、重く、冷たい素材だった。羽のしなやかさとは正反対。かつて誰かが捨てた金属の破片。鉄鳥の残骸。空を征したという、別の時代の産物だった。
その瞬間、稲妻のように思考が貫いた。
「羽に“異なるもの”を――加える。」
キウィは、恐れた。羽と異なるものを組み合わせる行為は、伝統への冒涜に等しかった。仲間たちも拒絶した。
「それは飛ぶことじゃない! 羽の民をやめる気か!?」 「異なるものを混ぜるなんて、醜い…!」 「羽の誇りを捨てるのか!」
しかし彼は、恐れの先にこそ“未来”があると信じた。
キウィは孤独に、金属を加工し、羽と一体化させていった。強度を持たせ、空気を制御する装置をつけ、羽根のしなりと異物の硬さの融合を模索した。完成には長い歳月がかかった。
そして、ある朝。
彼はもう一度、崖に立った。
羽の民たちは黙って見ていた。その背には、もはや“羽”ではない何かがあった。鉄と羽根、柔と剛、美と機能が複雑に編み込まれた、異形の存在。
それを人々は「翼」と呼んだ。
キウィは、一歩、風の中に踏み出した。
その瞬間、風が吠えた。
地を蹴った彼の身体は、落ちるのではなく――浮き上がった。
羽の民たちの中で、誰よりも高く、誰よりも遠く、彼は飛んだ。
空を切り裂き、大地の果てまで続く風の道を走るように。
やがて小さくなるキウィの背を、誰かが呟いた。
「……あれが、翼か」
それは、美しいだけではない。恐れを受け入れ、異なるものを融合させた者だけが得られる進化の証。
羽だけでは、遠くへは行けない。
だが、羽と異なるものを取り入れることで――
人は、限界の先へと到達できる。
キウィは、戻らなかった。
だがその名と、翼の存在は、羽の民の記憶に刻まれた。
「美しいものを守るには、変化が必要なときもある」
そう語り継がれるようになった頃、
新たな翼を作ろうとする者たちが現れ始めた。
あの日、キウィが捨てた“羽の誇り”は、
やがて“未来の誇り”へと変わっていく。