(6)初お邪魔、前田クリーニング店2
「おっす! 豊!」
「なんだ、慎太郎かよ。どうした?」
勝手に作業場に入って来たのは、豊の幼馴染で同級生の慎太郎だ。
高校を卒業と同時に、酒屋を営んでいる実家を継いだ。
暇があれば、年齢の近い商店街の青年団の連中とつるんで集まっている。
「配達中~っていうか、おばちゃんは? 店にいないの珍しいじゃん?
あれ? おっちゃんもいない…」
「あー、今、どーしようもねー客が来てて、二人して茶の間に行ってる。で、なに?」
「ふ~ん、そう。あっ、来週の土曜日、コンパだってさっ。
さと兄が、おととい行ったクラブでナンパした子と意気投合したみたいでさ、
コンパが決まったって。配達の道すがら、ついでに、それ伝えに来た」
さと兄とは、商店街の青年部に所属する豊より二つ年上の米屋の息子・さとると言い、遊び人だ。
二ヶ月に一度の割合で、商店街の若い独身を募り、コンパを開いているが、だいたいが、さと兄が話を持ってきて幹事をしている。
小さい頃から兄貴分のさとるには、豊も慎太郎も必ず誘われ、『絶対参加』を余儀なくされていた。
豊は作業の手を休めず、愚痴った。
「また飲み会かよ…、この間なんて、さと兄ってば一番いい女と先に帰っちゃうし、
俺なんて、ヘベレケに酔っ払った女押し付けられて、家まで送ったら終電なくなっちゃうし、
真逆の方角からタクシーで帰ってきたんだぜ」
「その女のとこ泊まってくればよかったじゃん。まぁ、豊は案外真面目だからそれは、無理か」
「真面目とかそんなんじゃなくてさぁ、タイプじゃなかったんだよ! その女!」
豊と慎太郎が話している間、茶の間では、比奈子、五郎太、恵子が和気藹々とお茶とお菓子を食べながら語り合っていた。
「へえ~、比奈ちゃんは、一人っ子なんだ」
「いいわよねぇ、娘がいるって。おばちゃん、うらやましいわ」
「そうだな、うちなんて男三人だもんな。花もなんにもありゃしないな」
五郎太と恵子は、女の子の比奈子をうらやましがった。
比奈子は、言葉使いや態度は大きいが、顔はかわいらしく、話していると性格のおもしろさも増していく。
「でも、うちのお母さんは、私が男みたいな性格だから、
なんで、男に生まれなかったのかって、今でも嘆いてる」
比奈子は、出された柏餅をパクつきながら言った。
「あら、比奈ちゃん、顔かわいらしいじゃない?
女の子がねじりハチマキっていうのは、初めてみたけど。ほほほ」
「やっだぁ、おばちゃん、かわいいなんて言われたことないよ~。なんか、うれしいしぃ」
きょほほ、と笑い、二つ目の柏餅に手を伸ばした。
五郎太と恵子は、そんな比奈子を嬉しそうな顔で見ていた。
思う心は一つ!
『比奈ちゃんを、長男・一男の嫁にぜひ!』
比奈子たちがのん気に話している時、豊もまたのん気に慎太郎と話続けていた。
「あっ、そうだ。店の前の看板に自転車がチェーンで繋がれてたぞ? お客さんのか?
すげーよ、BMWの自転車だぜ!」
「はぁ? 看板に?」
豊は慎太郎と急いで、店の外に出た。
「な、なんだよ、これ!?」
「前田クリーニング」と書かれたスタンドタイプの看板に寄り掛ける様に、看板の足の部分と自転車の車輪部分がごっついチェーンで留められていた。
自転車が勝っているかのように、だいぶ年季の入っている看板は、倒れそうだ。
「ふざけんなよ、比奈子…」
舌打ちをした豊は、呼び止める慎太郎を置いて、店の中に入り、茶の間に直行し、ふすまを開け、比奈子に怒鳴った。
「比奈子! テメー何考えてやがんだよっ!」
三人は一斉に豊を見た。