番外・小窪ちゃんの恋はデンジャラス(3)
それは、突然やってきた。
晴れた土曜日の午後二時過ぎ、オレがお客さんにおつりを渡していると、「和菓子の君」が「くらもと」に入って行くのが見えた。
今日は、女友達らしい人と二人だった。
オレは、彼女が店から出てくるのを、自分の店先で待っていた。
笑顔の彼女が「くらもと」から出てくると、オレの方に向かって歩いてきた。
えっ、こっち…くる。
ど、ど、どーしよー!
顔に表情が出ないオレは、傍から見ると、普通の表情だ。
「すみませ~ん」と、友達らしい子が、オレに言った。
「…はい」
声は小さいが、オレは返事をした。
「えーっと、トマトとニンジンとしいたけと―――――」
友達らしい子が、野菜の名前を並べていたが、オレの目線は「和菓子の君」に向いている。
彼女は、スイカに目をやり、ポンポンと叩いて音を確認していた。
「あの~? 聞いてます?」
友達らしい子に言われ、
「あっ、すみません、何でしたっけ?」
と、小さい声のオレは、横目で友達らしい子を見ると、その子は、急に顔を赤らめた。
「いぇ、あのぉ、トマトとぉ、ニンジンとぉ、――――――」
その子は、もう一度言い、オレは、言われたものを揃えた。
「ねぇねぇ、デンジャラスちゃん、他に必要なものないよね? くだもの買ってく?」
その子が、スイカをみていた彼女に声をかけた。
デンジャラス…ちゃん?
外人?
なわけないよね…
彼女は、どこからどうみても日本人だ。
「うーん、スイカ買って行こうか~。みんなも好きでしょ? スイカ!」
デンジャラスちゃんと呼ばれた「和菓子の君」が言った。
「お、お、おまおまおまけ! します! ス、ス、スイカッ!!」
オレは、たぶん、生まれてこの方出したことのないほどの大きな声で、彼女に向かって言った。
が、音量的には、普通の人の普通の音量だ。
オレにそう言われたデンジャラスちゃんは、
「スイカ、おまけなの!?」
と、驚くように訊き、オレがうなずくと、デンジャラスちゃんは、うれしそうに笑ってくれた。
揃えておいた野菜をビニール袋に入れ、おまけのスイカも別の袋に入れると、
「……これ、本当に貰っていいんですかぁ?」
と、デンジャラスちゃんが、心配そうな顔をした。
「おまけですから…」
「でも…これは、」
「いいんです! おまけです! から!」
オレは、無理やりスイカを渡し、野菜の料金だけを受け取った。
デンジャラスちゃんは、オレに、二度ほど、スイカのお礼を言い、友達らしい人と帰って行った。
オレは、デンジャラスちゃんが、商店街の人ごみに紛れて見えなくなるまで、姿を追い、考えた。
「デンジャラス」「デンジャー」「danger」……危険な…? なにが?
ボーっとしていたら、奥から出てきた親父に声をかけられた。
「おおっ! 今朝仕入れた特大スイカ、売れたか! 四千二百円!」
うれしそうに言われた。
「デンジャラスちゃん、こんな大きいの貰っちゃってどうすんのよ!
女四人じゃ食べきれないわよ!」
友達らしい人に言われたデンジャラスちゃんは、困っていた。
そしてオレはその日、こっそり、自分の財布から四千二百円を、売り上げ金の中に忍ばせた。