番外・晴れた日に(3)
ダイニングに移動した五郎太と恵子は、テーブルの上の料理に目を見開いた。
食卓が茶色の世界じゃない…
二人共、心の中でつぶやいた。
豊が初めて小鳩家で食事をしたときと、同じ感想だ。
食事を始め、お酒が入り、恒和のテンションが上がってくると、志乃が比奈子に言った。
「比奈子、ビデオカメラ、セット!」
「はい! お母さん!」
比奈子がビデオカメラを固定しはじめ、レンズは恒和を捕らえている。
前田家三人は、不思議に思ったが、
「あ、思い出のために…」
と、志乃が軽く微笑むと、三人は納得した。
「お父さん、もっとお酒飲みなよ~」
「そうよね? あなた、どうぞ」
志乃が恒和に、じゃんじゃんお酒を勧めた。
「あなた、見て見て。比奈子、豊くんといると楽しそうね?」
志乃が恒和の耳元で囁いた。
チラリと二人を見た恒和は、比奈子のうれしそうな顔にニンマリとし、
「前田さん! で、二人の式はぁ~、いつ頃がいいんでしょうかねぇ~」
と、酒で赤らめた顔で訊いた。
「えっ!? 式…ですか?」
先ほどまでの態度の恒和と違うことに戸惑いながらも、五郎太は、
「本人たちの希望もあるでしょうが、秋なんてーのは…。なぁ」
と、恵子にも同意を求めるように言った。
「秋ですかぁ、いいですね~。うんうん、時期的にも季節的にもちょうどいい! はっははは~」
恒和は上機嫌に笑った。
なんやかんやで話がどんどん進み、ひとまず秋を目標に結婚準備を始めることに、両家一致で決まった。
途中で恒和は酔いつぶれ、前田家の見送りもせず寝てしまった。
三人が帰ったあと、比奈子と志乃は、赤い顔でイビキをかき、眠る恒和の顔を見ていた。
「なんか、お父さんにちゃんとプロポーズされたことも言わないで、豊の両親に会わせちゃって、
悪いことしちゃったね…」
比奈子は、少し反省しながら言った。
「しょうがないわよ。こうでもしなきゃ、この人、本気で比奈子のお婿さんは自分で
見つけるつもりなんだもの。そんなの待ってたら、比奈子、一生お嫁になんて行けないわよ?」
クスクスと志乃は笑った。
「うん……。お父さん、ほんとにありがとう。お母さんも、ありがとう」
「しあわせになるのよ、比奈子」
「うん、しあわせになる」
恒和の頭の上で、母と子は、しあわせな会話をした。
翌朝、朝食中の小鳩家ダイニングルームで恒和の声が響きわたった。
「聞いてない! ボクは聞いてないぞー! 秋に、けつこんしきぃ!?」
酔いつぶれ、夕べのことなど何も記憶がない恒和は、憤慨した。
「ずるいぞ! ボクの知らないところで勝手に決めてっ!」
最初に式の話を持ち出したのは恒和だ、という志乃と比奈子に、「違う」と言い張った。
「あぁ、もう面倒臭いわね、あなたは! 撮っておいてよかったわ…」
と志乃は、夕べの食事風景を撮ったビデオをテレビにセットした。
「ほらほら、見てごらんなさい。口火を切ったのは、この小鳩恒和さん!」
と、大きなテレビ画面に映る恒和を指さした。
『前田さん! で、二人の式はぁ~、いつ頃がいいんでしょうかねぇ~』
そう陽気に言う自分が画面に現れると、
「えっ!?」と、顔色を変えた。
「これ、あなたでしょう?」
志乃が、ビデオを撒き戻し、もう一度見せた。
『前田さん! で、二人の式はぁ~、いつ頃がいいんでしょうかねぇ~』
確かに恒和本人が言っている。
お酒を得意としない恒和は、アルコールが入ると気分が愉快になる。
それを知っている志乃は、恒和が先頭を切って、式の話を持ち出すように誘導し、証拠としてカメラを回していた。
「もう一度確認しますか? 小鳩恒和さん?」
志乃の言葉に、
「もう…いい…」
と、テーブルの上に顔を伏せた。
そんな姿に比奈子と志乃は、顔を見合わせクスクスと笑い、
「お父さん! はい、これ。今日のお駄賃~」
と、比奈子は、伏せる恒和の横に、数枚のお札を置いた。
顔を上げ、チラリとお札を見た恒和は、少しばかり顔をほころばし、
「えっ、いいのぉ~?」
と、素直に受け取った。