(45)聖なる…夜?2(完)
「お母さ~ん? お父さ……んは…、ぇえ!?」
比奈子と豊は、恒和の姿に驚いた。
ソファに座っていたのは志乃だけで、サンタクロース姿の恒和は、ダイニングの椅子に座らせられたまま、両手両足身体を、ガムテープで縛りつけられており、口にもガムテープが張られ、比奈子の顔を見てフゴフゴと何かを言い、豊の方を睨むと、フゴフゴの勢いが増した。
「…おと、おとうさん…、どうしたの!? お母さん!」
比奈子が心配そうな顔で、志乃に訊き、恒和の口に張られているガムテープを剥がそうとした。
「あー、剥がしちゃダメよ、比奈子! 比奈子の部屋に乗り込んで行きそうだったから、
縛っておいた。そうやっておけば、大人しくていいでしょ?
あっ、で、あなたたち、どうなったの?」
志乃は二人の顔を見て訊いた。
「あっ、お母さん、先ほどは失礼しました! 比奈子さんとの交際を認めてください!」
いきなり豊が深深と頭を下げると、志乃は、ソファから立ち上がり、真面目な顔をして言った。
「比奈子を誰よりもしあわせにするって約束をしてくれるのなら、許します。
私の大切な一人娘なんですから、泣かすようなことしたら、殺す!」
ドスの効いた声の志乃に豊は、体を硬直させた。
「はい! 絶対しあわせにします!」
「ん、では、比奈子をよろしくお願いします、豊くん」
志乃も頭を下げ、微笑んだ。
豊は次に、恒和の方を向き、縛られたまま睨みつける恒和に言った。
「お父さん、比奈子さんを大切にします!」
頭を下げると、恒和は目だけで真剣さを現し、言った。
「フゴフゴー! モゴッモゴッ!」
「はい?」
豊が訊き返した。
「なんか、いいみたいよ? 許したみたい」
志乃が言った。
「本当ですか!? ありがとうございます!」
豊が満面の笑みで礼を言い、もう一度、恒和に頭を下げた。
「いいんだよ、比奈子がしあわせなら。わしは何も言わん」
「はい! 必ずしあわせにします!」
「うんうん、頼んだぞ! 豊くん! がっははは」
口を塞がれモゴモゴとしか言っていない恒和の代わりに、志乃がアフレコをしていた。
「モゴモゴッ! モゴモゴーー! フゴッフォウフゴ!
(僕は賛成してないぞ! 反対だ! その男を追い返せ!)」
恒和の訴えなど、誰も聞くわけがない…
「お母さん、お父さん、なんか泣いてるよ?」
「え? あぁ、嬉し涙じゃないの?
あっ、そんなことより、こっちに座ってお茶でも飲まない? 今、紅茶入れるわ」
志乃は、二人をソファに座らせ、ダイニングの椅子に縛ってある恒和の頭をパシッと叩きながら横を通り、紅茶を入れに行った。
結局、恒和は、豊が帰るまで解放させてもらず、少し離れたところで、和やかに笑い合う三人を、涙を流しながら見ていた。
時間が遅くなり、タクシーで帰るから大丈夫だという豊だったが、比奈子が車で送っていくことになり、豊は、志乃に挨拶をし、すでに、縛られたまま抜け殻状態の物言わぬ恒和にも挨拶をし、二人で家の外に出た。
「私の車、こっち」
比奈子に付いて、小鳩家の向いにある大きい駐車場に入った。
ロックを外し「乗って」と比奈子に言われた。
「…え」
「どうしたの? 豊。寒いから、早く乗りなよ」
「おまえの車、これなんだ…」
「そーだよ~」
軽く言った比奈子の車は、赤のベンツであった。
車に乗り込むと、比奈子が言った。
「お父さんがさぁ、女の子なんだから赤い車に乗れって、買ってくれた」
「そ、そーなんだ…。ベンツ…なんだ…」
お父さんが買ってくれたといっても、金庫のお金は志乃のものだ。
豊は、前に「一千万以上はする」と慎太郎が言っていたBMWは、志乃のものだと比奈子が言っていたのを思い出した。
「比奈子の家って、もしかして、結構金持ち…?」
「ん? どーだか、ここの土地もお母さんの物で、月極の駐車場で貸してる」
エンジンをかけ、車を走らせ、小鳩家の上下関係を話した。
家も土地も小鳩家全ての実権は、母・志乃が握っており、父・恒和の名義のものは、「無い!」
恒和に任せるほど頼りないものは無い、と、比奈子は笑った。
「そ…そう…、ある意味、お父さんって、しあわせだよね?」
「うん、そうだよね? お父さんも自分でそれはわかってるみたいよ? あはは」
「あのさぁ……、小鳩縫製って…ね、ね、年商どれくらい…あんの?」
恐る恐る訊いてみた。
「ん? や~ね、なにお金の話? ん~、三くらいかな~?」
比奈子は、運転しながら答えた。
「さ、三千万!?」
驚いた豊は、比奈子の顔を覗いた。
「ぁあ? 三千万じゃなくて、億。」
比奈子は普通に答えた。
「ふ~ん、億……おくぅぅぅぅううう!? 三億ってーこと!?」
「なに、うるさいなぁ、大きな声で!
でも、都内にあるお母さん名義のマンションの物件の収入とか入れたら、もっとかなぁ?」
お金に執着するわけでもなく、無頓着な比奈子は、自慢をすることもなく、普通に話した。
その後、車の中で、小鳩縫製の全容を聞かされた豊は、途中で意識を失った。
「はい、着いたよ、豊…。ちょっと、何寝てんのよ!」
前田クリーニング店の前に車を止め、意識が飛んでいる豊を見た比奈子が、一叩きすると、豊は目を開けた。
「…あ、ん、ありがとう…」
比奈子が運転席から、後部席に置いてある豊のピーコートを取ろうと体をよじらせると同時に、豊が比奈子に口付けをした。
唇を離し、二人は照れた顔で俯き、もう一度キスをしようと顔を近づけた時、フロントガラス越しに何かが光り、二人が顔をそちらに向けた。
ボンネットに片手を着き、携帯のカメラをこちらに向け、大口を開け笑って立っている浩司がいる。
彼女を送り、ちょうど戻ってきた浩司と遭遇した。
「……こ、浩司っ! おまえっ!」
豊は慌てて、車から降りた。
「うほっほっ~! ナイスアングル頂き~。おやじとおふくろに見せてくるぅ~」
浩司は、ギャハハと笑いながら走り、家の中に入って行った。
「あのやろう…、ったく」
呆れた口調の豊だが、顔はニヤケている。
比奈子も苦笑いするしかない。
「んじゃ、私、帰るね~」
運転席の窓を開け、比奈子が言うと、
「来年のクリスマス、というか、この先のクリスマスは、ずっと一緒に過ごそう…な!」
豊がはにかみながら、比奈子の頬をちょんちょんっと、突っついた。
比奈子は照れながらも、「うん!」と、うなずき笑った。
が、この先のクリスマスは約束通り、二人は一緒に過ごすことになるのだが、二人だけで、ということはなく、前田家・小鳩家、両家揃ってのクリスマス会がずっと続いたのであった……。
* 大切な愛する人といられる幸せを感じているならば、お金なんてなくてもいい
……いや、やっぱり、お金はあっても…いい。……あったほうがいいかもしれない、かも。 *
……だけど、比奈子は本当のしあわせは何かを、知っている。
読んでいただき、ありがとうございました。
一応、「完」なのですが、このあと番外編になります。
また続きも読んでいただけたら、うれしいです。