(43)それぞれのクリスマス2
「よく予約取れたね、このレストラン」
豊が由美子を連れて来た店は、さと兄に頼んで予約を取ったお洒落なフレンチレストランで、女性に人気店だった。
クリスマス当日とあって、周りはすべてカップル。
食事もコースディナーの一種類。
オーダーであれこれ選ぶのが面倒くさい豊には、好都合だ。
ワインを飲みながら、いつものように他愛ない話をしながら、アペタイザーから食事をこなしていった。
「食事終わったら、どうするの?」
「へ?」
急に由美子から訊かれた豊は、言葉に詰まった。
「え~、クリスマスだよ? 豊くん、まさか、いつものようにご飯食べたら、帰るつもりだったの?」
由美子の読みは正しい。
豊は「そのつもり」だった。
「あ、じゃぁ、飲みに…行く?」
豊が言うと、由美子が軽く笑い、「そうだね?」と、言ってくれたことに豊は、少しホッとした。
メイン料理が終わり、デザートが二人の目の前に運ばれてきた時、由美子がデザートから目を離し、豊を見た。
「あっ、そうだ。比奈子ね? 結婚決まったみたいよ? 昼間連絡来たの」
「えっ?」
寝耳に水の豊は、フォークを持ったまま由美子を見て動かなくなった。
由美子は、ケーキ横に添えられてあるシャーベットを口に入れ、飲み込んだあと、続けた。
「ご両親が相手のこと気にいったらしくて、話を進めたてたらしいのよ。
ほらっ、比奈子、両親思いじゃない? 自分の気持ちより、両親のことを考えてしまうでしょ?
だから本当はこの結婚の話、比奈子イヤなんだけど……」
「えっ…?」
「でも相手の人は、婿養子でも良いって言ってて、小鳩縫製を継いでも問題ないらしいし。
でもなんか、比奈子の気持ち考えると…無理に好きでもない人と一緒になるなんて…。
こういうの政略結婚っていうのかなぁ。比奈子、元気を装っていたけど、涙声っぽかったしぃ」
由美子は一度デザート皿に目を向け、同情するような、悲しそうな表情でチラッと、豊を見た。
黙っていた豊は、フォークを皿の上に置き、立ち上がり、膝の上のナプキンをテーブルに置いた。
「ごめん、由美子ちゃん、俺…、俺と別れてください。
ずっと言わなきゃって思ってたのに、俺、優柔不断で…、
由美子ちゃんにもちゃんと言わないで、ズルズル来ちゃって、本当にごめんなさい」
体を直角に倒し、豊が頭を下げた。
周りのお客は何事か見ていたが、由美子は微笑みながら言った。
「ハァ~、やっと振られた」
力を抜いた由美子は、椅子の背にもたれた。
「?」
豊が顔を上げた。
「待ってたんだ、この日」
ニッと笑った由美子だが、豊は意味がわからない顔だ。
「豊くんが、自分の気持ちに素直になるの待ってた。比奈子のことが好きなんでしょ?
本当は、豊くんと付き合いはじめてすぐわかってたんだよ?
私が豊くんを振っても良かったんだけど? ほんとうは」
「どうして…?」
「前に言ったじゃない? 私も比奈子のことは大好きで、大切な友達だ、って」
「うん…」
「私は、豊くんも好きだけど、比奈子のことはもっと大好きで、好きな二人が幸せになることは、
私にとっても幸せなことなの! 豊くんが私にちゃんと別れを言って、
自分の思いを握り締めて比奈子に告白する、それが理想。
比奈子も豊くんのこと好きなはずよ?
あの子、私に遠慮して言わないでいると思うの、豊くんが好きってこと。
今日は、家にいるわよ、比奈子。親子三人での最後のクリスマスを過ごすって言ってたから、
無理やりでも奪いに行かないと、見合い相手に取られちゃうわよ?」
「由美子ちゃん、ごめん、ありがとう」
そう言うと、豊かは出口まで走った。
が、また走って戻って来た。
一人、デザートに再び手をつけようとした由美子は、不可解な顔だ。
「どうしたの?」
「こ、これ、忘れてた」
豊が差し出したのは、リボンがついたクリスマスプレゼント。
事前に由美子にほしいものを聞いており、おととい買いに行った物だ。
「あはっ、それ、比奈子にあげて?」
「え?」
「私がお願いしたそれは、比奈子が欲しがってたものなの。
だから、それは、比奈子の物、わかる?」
「あ、うん…ありがとう、由美子ちゃん…」
ペコッと頭を下げ、再び走って出て行った。
「もう戻って来ないわよね?」
由美子はドアの方を確認し、ふぅ、っと体の力を抜き、デザートを口に運んだ。
「……ちょっと、待って…ここのお勘定は…? ちょっと、勘弁してよー」
頭をかきながら、由美子は携帯を開き、晶子と絹子と澄江にメールを打った。
『ミッションクリア。豊くんは弾丸のごとく小鳩家へ向いました!』
「あっ、そうだ!」
みんなにメールを送信したあと、もう一人にメールをした。
『町雄く~ん。由美子一人で淋しいんだけど…クスン…』
先月逆ナンした男「出坂町雄」くんにメールをすると、一分も経たないうちに返信が来た。
『すぐに迎えに行く! どこにいるの!?』