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(41)イブに集う3

みんなが集まっている店の一番奥まで行き、比奈子が帽子のボンボンを掴み、スポッとニット帽を脱いだ。

「メリークリスマス! みんな、盛り上がってる?」


「誰かと思ったわよ、そのコロコロの完全防備」

晶子に言われ、小笑いしながら、絹子の隣に座った。

「比奈子、髪の毛ペッチャンコになってるじゃない! もう!」

絹子に髪の毛を直してもらっている比奈子の姿を見て、豊は優しい笑顔のまま、自分が座っていた由美子の隣の席に腰を下ろした。


「比奈子ちゃんと一緒に戻って来たからびっくりしたぜ」

「ん? ん…、途中で偶然、会ったんだ」

慎太郎が言うと、少し照れたように鼻の上をかきながら豊が答えた。


「ハッピークリスマス…。神様、ありがとう…」

二人が一緒に現れた姿を見て小窪ちゃんが、ボソッと言った。

四人の女は、瞳を潤し思った。

『小窪くん、私があなたにハッピークリスマスをあげたい!』



結局、午前三時過ぎまで「お春」で騒ぎ、自転車の比奈子を除く女四人はタクシーの相乗りで帰って行った。

さと兄は、絹子に自分の家に泊まるように言ったが、拒否され、「今日の夜六時に家に迎えに来い」とだけ言われ、悲しさからくる鼻水をすすり、タクシーを見送った。

タクシーの中の女四人は、比奈子と豊の話をしていたが、途中から晶子が「小窪ちゃんがステキ!」と言い出し、全員同じ意見で盛り上がった。



「んじゃ! みんな、次は忘年会で!」

四人を見送ると比奈子も自転車に跨り、片手をあげた。


「比奈子ちゃん、待って。こんな夜中、一人じゃ危ないよ」

花ちゃんが言うと、さと兄があとにつくように言った。

「そうだよ、女の子一人なんて。豊、おまえ自分の自転車持ってきて、送っていってやれ! 

 酒入ってから車はダメだから、自転車だ」


「え、あ、うん…じゃ、今、自転車持っ」

「ううん。本当に大丈夫! 車も少ないし、すっ飛ばして帰れば、十分もかからないから! 

 んじゃ、みんなまた!」

比奈子は、みんなに笑顔で言うと、背を向け、片手を挙げて、バイバイをした。

「え、比奈子! おい、ちょっ、待てよ!」

豊の声は聞こえていたが、比奈子は振り向かずにペダルを漕ぎ続けた。


「なんだよ、あいつ。俺がせっかく、送っていっ……、うぉっ! なんだ!」

比奈子の去っていく姿が見えなくなり、振り向いた豊は、自分の真後ろで、きれいに並んで豊をみていた男四人に驚いた。


「いや、別に…」

「寒いね…」

「息がこんなに白いよ、ハァ~」

「……ボソッ」


「……じゃぁ、帰ろう…か…」

首をかしげ、豊が歩き始め、四人もバラバラとあとに続いた。


前田クリーニング店の近くに来ると、慎太郎が口を開いた。

「豊ぁ、いいのか?」

「ん? なにが?」

「……本当は比奈子ちゃんのこと好きなんだろ?」

「え、何言ってんの…慎太郎。どうして俺が、」

「あのさ、おまえ自分に嘘いてどうすんだよ」

呆れた顔で豊を見た。


「嘘なんてついて、ない…」

否定の言葉に気が入っていないことがわかるほど弱い声の豊に慎太郎はイラついた。

「って、言ってる顔が、嘘ついてんだよ! 

 比奈子ちゃんの気持ちはわかんないけど、オレら、豊のこと見てるとわかんだよ、

 おまえが比奈子ちゃんのこと好きなことくらい!」

「比奈子は、見合いして、そいつと仲良くやってんだ! 俺には関係ないんだよ!」

慎太郎が声を張り上げると、豊も怒鳴り返した。


「関係ないんだったら、切ない顔して比奈子ちゃんを目で追うの止めろ。

 豊がそんなんじゃ、由美子ちゃんにも失礼だし、かわいそうだろ!?」

「うるせーんだよ、慎太郎!」

豊が慎太郎の胸倉を掴むと、三人が止めに入った。

「止めろって、豊!」

さと兄が、豊を抑えると、散髪屋の二階の窓が開いた。


「ごりゃー! 酒屋の慎太郎! クリーニング屋の豊! 米屋のさとる! 

 夜中に何騒いどる! 静かにせい!」

吉田吉左衛門・八十二歳が怒鳴った。


「はいっ! すいません!」

花ちゃんが、二階を見上げ、敬礼をし謝ると、バシッっと窓が閉まった。

小窪ちゃんは敬礼だけをしている。

元警部の吉左衛門は、声を聞いただけで、どこの店の子供かわかってしまい、昔から悪さをすると、よく怒られていて、豊たちが、「頭の上がらない爺さんベスト1」だ。



「……」

豊は手の力を抜き、慎太郎を放した。

「…ごめん…慎太郎。……みんな、おやすみ……」

そう言うと、溜息を吐き、頭を両手でかきながら、自宅の玄関へ繋がるわき道を入って入った。


四人は、豊の姿が消えると、黙ったまま歩き出し、順番に自分の家の前に着くと、

「おやすみ」と言いながら、一人づつ消えて行った。


最後に小窪ちゃんが一人になり、「小窪青果店」の前に着き、空を見上げた。

「みんなに…幸あれ……」

胸に手をあて呟くと、一つの流れ星が、スーっと、流れた。

流れ星に願い事を三回言うと叶う。

小窪ちゃんは、とっさに言った。

「小窪青果店商売繁盛小窪青果店商売繁盛小窪青果店商売繁盛!」

小窪ちゃんとは思えないほどの早口。

とりあえず、一番の願いは、自分の店の売り上げアップだ。



比奈子は、寒さの中、自転車を漕ぎまくり、自分の家の近くの長い上り坂にさしかかると、

少しペースダウンし、立ち漕ぎのまま、声を出しながら自分に言った。

「頑張れ、比奈子! ここを登れば楽になる! 恋だって、同じだよ? 

 この坂登ったら忘れちゃうよ~、頑張れ~比奈子!」


坂を登りきり、自転車のペダルから足を下ろし鼻をズズッとすすり、切れている息のまま空を見上げた。

「もう大丈夫だ、比奈子! 豊なんて、もう忘れたから…涙なんてもう出てこない!」


空を見ながら、もう一度鼻をすすると、流れ星が流れた。


「あっ、願い事! 小鳩縫製万歳小鳩縫製万歳小鳩縫製万歳」

全然願い事ではない。






* 女が涙を我慢するのは、男が涙を流すより、たいへんなことである *





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