(40)イブに集う2
豊は、よけいに寒さを増すような蛍光灯の青白さの下、静まり返っている地元商店街を、
自分の靴先だけを見ながらトボトボ歩き、端まで行くと折り返し、また端に向い歩いていた。
「前田クリーニング店」を過ぎ、「さと兄の米屋」を過ぎ、「慎太郎の酒屋」を過ぎ、
「花ちゃんの花屋」を過ぎ、「小窪青果店」の前に来ると、豊の足元に、自転車のタイヤがギリギリで止まり、驚いて顔を上げた。
「な、なにすんだ……よ……、って、ひな、こ?」
毛糸の帽子を被り、耳当てをし、マフラーで顔半分を隠し目だけを出した比奈子がいた。
「よっ、天パァ~、なにしてんの? 一人で」
「パ、パ、パァ~じゃねーって言ってんだろう! パーだよ!」
「じゃ、パー、一人でお散歩?」
「天を付けろ! 天を! パーだけっつーのは、止めろ…」
「みんなは?」
「店に、いる。俺は、ちょっと、酔い冷まし…」
突然現れた比奈子に驚いたが、どことなく嬉しくてほころびそうになった顔を「寒いな~」などと言い、擦ってごまかした。
「かえで学園の方、終わったの? クリスマス会」
「うん、子供たちは、とっくに寝ちゃって、片づけしてたらこんな時間になっちゃって、
さっき絹子に電話したらまだみんないるっていうから、ちょっと顔出しに来た」
「そっか、あ、子供たち喜んでた? プレゼントとかあげたんでしょ?」
「うん、お母さんがサンタクロースになってね、あはは~」
比奈子は自転車のペダルは漕がず、足で地面をけりながら、豊と並んで「お春」に向かった。
豊がダウンの袖口を少し上げ、腕時計を見た。
「イブももうすぐ終わりだな?」
「なに大晦日みたいなこと言ってんのよ。クリスマスのメインは、イブじゃなくて、
二十五日のクリスマス! 豊だって、明日は、由美子とクリスマスデートじゃない」
比奈子は、ニットの帽子とマフラーの間から覗かせた目を細めて言った。
「あ…、ん、まぁ、そうだけど…」
「なぁに、もしかして緊張しちゃってるの?
あっ! すでに、食事のあとのことなんて考えちゃって…?
『食後のデザートは君だよ、由美子!』なんて思っちゃったりしてるわけ?
きゃ~、豊のドスケベ! 変態!」
比奈子は声色を変え、一人芝居をした後、地面を思い切り蹴り、豊より少し前に出た。
「おまは、アホか!」
後ろで聞こえる豊の声に、マフラーの下に隠されている口元が動いた。
「私は、アホですぅ…」
声にもならない一人言だった。
「お春」の店に着くと、比奈子は自転車を、「お春」の看板に太いチェーンでくくりつけた。
「おまえ、看板にくくりつけんなよ」
「大丈夫だって! ここのりっぱだよ? 儲かってんのかねぇ。
前田クリーニング店の看板とは豆腐とヌリカベくらいの差があるよ」
「……うっせーんだよ、おまえは」
店の引き戸に手をかけようとした比奈子の後から、マフラーの両端を持って軽く締めるマネをしていた豊が小さい声で、ぶっきらぼうに言った。
「比奈子……、メリー・クリスマス」
「えっ?」
「もう、二十五日に、なった…。俺の最初の『メリークリスマス』、比奈子にやるよ」
比奈子は、豊の方を振り向かず、ほんの一瞬だけ唇をギュッと閉じ、涙が出そうになったのを我慢して、明るい声を出した。
「うん! メリークリスマス! 天パァ~」
「……パァ~は止めろって言ってんだろーが!」
頭を小突かれた比奈子は、笑いながら、引き戸を開けた。
* 比奈子が前に言った言葉……
『イブから二十五日になって、最初に『メリークリスマス』を言い合った二人は、
仲良しになれる』
本当は……
『イブから二十五日になり、好きな人に最初の「メリークリスマス」を送ると
両思いになれる』