(4)天パーvsハチマキ4
小鳩家では、風呂上りの比奈子が、ソファに座り、志乃に訊いた。
「お母さん、どうして町のクリーニング屋さんに仕事出すの?
プレス工場なら何件も出してるし、そこで充分じゃないの?」
小鳩縫製は、いくつかの大きなプレス専門工場に仕事を出している。
それが、なぜ、町の普通のクリーニング屋に仕事を入れるのか不思議で、疑問に思っていたことを訊いた。
志乃の答えは、簡単だった。
「すぐ近くにプレスをしてくれるところを見つけて仲良くしておけば、
急ぎのプレスもすぐやってもらえるでしょ?」
展示会用のサンプルや、舞台用衣装には納期が少ないものが多い。
大きなプレス工場に入れると、運送工程なども含め、時間のロスが大きい。
近くにプレスをしてくれるところがあれば、、急を要するサンプルなどが上がってきた場合、少量だと、パッと持って行って、パッっと無理を言って、仕上げてもらえる。
ようするに、仕事を定期的に入れておいて、何気に恩を売り、何気に「前田クリーニング店」には、頑張っていただこうと、志乃は考えていた。
「人間なんて、持ちつ持たれつよ。ミジンコで鯨を釣ればいいのよ、覚えておきなさい?
じゃ、お母さんは、お風呂入ってくるわ」
志乃は、そういいバスルームに向かったが、「ミジンコでは鯨は釣れない…」と、真面目に思った比奈子であるが、志乃が言いたかったことはそんなことではない…
「エビで鯛を釣れ」ということだ。
志乃がバスルームに行ったことを確認すると、父・恒和が、向いに座っている比奈子に甘えた声で言った。
「比奈ちゃ~ん」
「無いからね!」
比奈子は、即答で答えると、恒和を睨みながら、ペットボトルの水を飲んだ。
「まだ何も言ってないぞ…」
恒和が、肩をひそめたが、比奈子が怒った。
「お金ないからね! 今月分、先週あげたでしょ! もう無いわけ!?」
「そんなこと言わないでさぁ、頼む!」
恒和は、女遊びや酒はやらないが、競馬・競艇大好きで、週の4日はどこかで開催される競馬・競艇に通っている。
比奈子が幼稚園の頃、「お父さんと動物園に行こう!」と言われ、象が見れると喜んだ比奈子だったが、帰宅し、母親に「象さんいたの? 楽しかった?」と訊かれ、「馬しかいない動物園だった…」としょぼくれた。
幼稚園児の比奈子を競馬場に連れて行くような父親だ。
競艇に連れて行かれたときは、「ボートが猛スピードで走る湖に行こう!」と言われ、比奈子がボートに乗りたいと言うと、「ボートはね、乗るものじゃなくて、見るものなんだよ!」と、その日の全12レースを、空っ風の中、一番前で見させられた。
恒和は、お金があるにも関わらず、競馬・競艇共に、指定席ブースには絶対入らず、常に一番前で、レースを堪能している。
週の大半を賭け事に費やす恒和は、家の仕事は、ほとんどしていない。
まぁ、仕事に手を出されても、足手まといになるだけなので、大人しく競馬・競艇場に行ってもらっていた方が、「小鳩縫製」としては、ありがたい。
賭け事では、勝ったり負けたり…まぁ、負けの方が多いが、財産を潰すような使い方はしていない。
働き者の志乃のおかげで、自分が好きな所へ足を運んでいても問題はない。
が、働かずしてお給料としてもらっているお金が、なくなると、志乃には内緒で比奈子に打診してくる。
「あのさぁ、お父さん? そんなことばっかしてたら、本当に、家、追い出すよ」
「またまたぁ、そんなこと言っちゃって、比奈ちゃん。
比奈ちゃん、小さい頃からお父さんっ子で、お父さんのこと大好きだって、
言ってたじゃないか? んん?」
上目遣いで、比奈子を覗くように見た。
「なに、そんな大昔の過去話持ち出してんのよ。小さいころのことでしょう?
過去は一秒前でも過去なのよ!」
「ぇえ! 今はお父さんのことが好きじゃないのかぁ……?」
この上ない悲しい瞳になった父・恒和。
「……、なんでそうなる…。
とりあえず、お金ほしいなら、お母さんの了解得てから私に言ってよね!」
「そ、そんなぁ。比奈ちゃん…」
家計簿関係をしているのは、比奈子だが、金庫を握っているのは、志乃だ。
志乃には、言いづらい。
二人に捨てられたら困る。
悩む恒和は、明日の競艇のことを思うと、今日も眠れない。
* しっかり者の妻と娘を持つ男は、しあわせ者…なのであろうか *