(36)カレーとお粥1
ピロリロリ~ン、ピロリロリ~ンと店先のチャイム音を鳴らし、比奈子が前田クリーニング店に足を踏み入れた。
「いらっしゃ、」
「あれ、由美子…?」
受け渡しのカウンターに由美子が立っていた。
「比奈子!」
「どうしたの? 由美子手伝いに来てんの?」
比奈子が驚いたように訊いた。
土曜日の今日、24日のクリスマスのことで午前中に豊に電話を入れた由美子は、恵子が風邪で寝込んでいることを知らされ、パートの女性も休みのため、店番と作業場と両方の仕事で忙しく、夜電話すると豊かに言われ、今日は仕事が休みなので、自分でよければ手伝いに行くと言い、午後から来ていた。
「え、おばちゃん風邪なの?」
驚いた比奈子は、由美子との話半ばで、豊たちの作業場を通り越し、勝手に恵子が休んでいる部屋に向かった。
ふすまをバーンッと、開けると恵子が額に冷却シートを張り、赤い顔をしていた。
「大丈夫!? おばちゃん!?」
比奈子は駆け寄り、枕元に座った。
「あ、比奈…ちゃん…ゲホッゲホッ」
と、咳をしながら、体を起そうとした。
「ダメだよ! 寝てなきゃ!」
バンッと、力づくで恵子のことを押し倒し、寝かせた。
「……ボ…ソッ…」
「え? 何? おばちゃん!」
耳を近づけると、恵子が言った。
「頭がね…クラ…クラ」
「ええー! クラクラするの!? じゃ、ちゃんと寝てて!
お店は由美子が見てるから大丈夫だよ! 私は夕飯とか作るね!
おばちゃんには、お粥作るから! 家のことは心配いらないからね!」
「…あ、ひな…ちゃ…」
一方的に喋り、あせり、恵子の呼ぶ声など聞かず、比奈子は、バタバタと部屋を出て、
茶の間に行った。
恵子の頭がクラクラしたのは、風邪のせいではなく、比奈子が押し倒した衝撃の所為だ。
時間は、まだ午後三時を過ぎたばかりである。
比奈子は茶の間に突っ立ったまま、腕組みし考えた。
「夕飯、何作ろう…」
料理などしたことなど無いに等しい比奈子は、夕食メニューを考えた。
一番簡単なもの…
「よし! カレーだ! キャンプで作ったことがある!」
気合は入るが、キャンプに行ったとき、比奈子は「蒔き拾い係」で、カレーなど作ってはいない。
冷蔵庫の中を見ると、なんとなくカレーに入れても良いような食材があった。
が、カレールーがどこにあるか、わからず、買い物に行くことにした。
また作業場を素通りし、店にいる由美子に「夕食作るからカレー粉買って来るね~」と、由美子が呼び止める間もなく出て行き、「ただいま~」と、由美子が呼び止める間もなく、作業場を素通りし、台所に行った。
6時を過ぎる頃、豊が由美子の所に来た。
「由美子ちゃん、ごめんね。土曜日って、受け渡し忙しいだろ? 慣れてないのにごめん。
もう少しで店閉めるから、そしたら、店屋物取るからご飯食べてってよ」
「ううん、全然構わないんだけど、比奈子大丈夫かな?」
「比奈子?」
豊が不思議な顔をした。
「3時ごろ比奈子が来て、夕食作るって今、キッチンにいるはずなんだけど?
会ってない?」
「はぁああ!?」
目を丸くした豊は、急いで台所に向かった。