(34)切ない苛立ち2
「さっき、絹子からも電話来たけど、私はパス」
「24日は毎年かえで学園でクリスマスだもんね、比奈子は」
「うん、お父さんもお母さんも行くし、子供たちも楽しみにしてるから」
豊から24日のクリスマスパーティの連絡をもらった由美子は、比奈子に電話をした。
比奈子は毎年12月24日は、「かえで学園」のみんなとクリスマス会を開いている。
恒和と志乃も、沢山のクリスマスプレゼントを持って一緒に参加していた。
恒例になっているのは、志乃がサンタクロースのコスプレで、恒和はトナカイの着ぐるみを着て「かえで学園」に登場することだ。
大概の子供たちは、プレゼントを持っているであろうサンタクロースの志乃に人気が集まり、トナカイの着ぐるみの恒和は、幼稚園児までの小さい子供たちにいじめられてクリスマス会を終える。
「来年こそは、かえで学園でサンタクロースになる!」という思いを抱いたまま数年経っている。
この先も、サンタクロース役を恒和に譲る気は、全くない志乃の心を、恒和は知らない。
「ねぇ、比奈子、25日はどうするの?」
「家にいるよ。家族でクリスマス会よ…。お父さん、サンタクロースになるんだもん、毎年…」
「きゃっははは~、園でサンタクロースになれないからって、おじさん、おもしろすぎ!
でもさぁ、比奈子? いいお父さんとお母さんでよかったね」
由美子がやさしく言った。
「うん! ありがとう。あっ、由美子は25日は豊とでしょ?」
「ん? あぁ、まぁね、なんかレストラン予約したって、さっき言われた」
「そっか、ちゃんと考えてんじゃん? 天パーも!
あ~、私も来年は、男と二人でクリスマス過ごした~い」
と、言っては見たものの、恒和がいる限り無理なような気もする…と、比奈子も由美子も思った。
「またお見合いでもする? でもさ、何回聞いても笑えるよね、あのお見合い話」
由美子が比奈子の見合い話に笑い転げる。
「もう、お見合いって聞いただけでトラウマになってる…」
比奈子は、由美子との電話を切り、携帯を開き直し、「天パー」の名前を探す。
「別に用事もないのに掛けたらおかしいよね…何やってんのよ、私…」
「天パー」の文字を見ながら、一人言を言っていたら、急に携帯が鳴り、驚いた比奈子は、携帯を放り投げた。
「うわっ、うわぁ~びっくりしたぁ」
コールの続く携帯を拾い上げ、表示を見ると、「天パー」と出ている。
ドキドキしながら、ONを押した。
「もしもし…?」
心臓の動きとは逆に、静かに声を出した。
「あっ…比奈子?」
「う、うん。どうしたの?」
クリスマスパーティーの話だった。
人数確認で、さと兄に報告するために電話をしたと豊は言った。
が、本当は嘘だ。
口実を作って比奈子の声を聞きたかっただけだ。
比奈子は、24日は「かえで学園」に行くので、パーティには参加できないと伝えた。
「ねぇ、25日、由美子と過ごすんだって? 由美子喜んでたよ? ふふふ」
「…ん、今日の夕方レストランに予約入れたんだ。まだ席少しだけ残ってた…」
「そっかぁ~、うらやましいなぁ、恋人とクリスマス! あっ、ねぇねぇ、知ってる?
イブから25日に日付が変わって、一番最初に『メリークリスマス』って言い合った二人は、
仲良しになれるんだって!」
比奈子は元気に言った。
「ははは、仲良しって…子供じゃねーんだからさぁ。『恋人同士になる』くらい言えよ」
「それだと、恋人同士が言い合ったら、意味ないじゃん?」
豊が、少し弱い声で訊いた。
「おまえ、見合い相手…と? 25日…」
「ん、んー、ご想像におまかせします!」
「なんだよ、それ。あっ、イケメンなんだろ、そいつ」
げっ、菊地政則の話はしたくない…。
質問しないでほしい。
思い出したくない。
絶対笑われる…きっと豊は死ぬほど笑うに決まっている。
「あっ、忘年会やろうよ! ぼーねんかい!」
比奈子は話題をかえようとした。
「なに、話ハグらかしてんだよ! どんな、ヤツ…だった?」
「……ぇーと、」
比奈子はしぶしぶ菊地則政の容姿と経歴を話したが、中身は、自分の好きな俳優を想像し、話を作った。
「で、雨で水溜りがあったのね、そしたら、着物着てるからって、私をヒョイッて持ち上げて…
くれた…」
「へぇ…そう、なんだぁ…」
あの日の前日も、当日の朝も昼も雨など降っていない、さわやかな青空の日だったはずだ。
にも、関わらず、豊はベッドに寄りかかったまま声を落した。
気づいていない。
「なんか、おまえにもったいなくない?」
「ちょっと、それどういう意味よ! 私にぴったりじゃない!」
「はっ、比奈子おまえ猫かぶってたんだろ、見合いで。
じゃなきゃ相手が逃げてくって、比奈子相手にすんの大変だもんなぁ」
「はぁ? なんかそれムカつくんですけど!
相手の人なんて私に夢中で、ぜひお付き合いを! って、向こうから言ってんだからね!」
想像の中の見合い相手は、好きな俳優だ。
妄想は膨らんでいく。
「……じゃぁ、付き合うんだ…?」
「そうよ! お父さんもお母さんも気に入ってるし!
婿養子で構わないって言ってくれてるし。最高でしょ? 条件ぴったり!」
「…よかった、じゃん……、…、…、…あっ、キャッチ入った」
「あ、じゃぁ、私、切るね」
別に構わないと、豊はあせって言ったが、比奈子は、先ほど由美子が言っていたことを思い出した。
「24日は比奈子は来れない」ということを、シャワーから出たら豊に電話すると言っていた。
「もしかして、由美子じゃないの? キャッチ」
「ぇ? そう、だけど」
「じゃ、出なさいよ。んじゃ、私は切るからね! バイバイ!」
プチッと比奈子の電話の切れた音がした。
すでにキャッチで入っていた電話も切れていたが、由美子に折り返してかける気にもなれず、豊はストラップの部分を握ったまま、携帯をぶら下げ、ボーっとした。
* 好きな人の声は、受話器の向こうにいても暖かくを感じる *