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(33)切ない苛立ち1

「いよっ! おっちゃん、豊! ちゃんと働いてる?」

「おう、比奈ちゃん、久しぶりじゃないか」

「うん、ちょっと忙しかった」

比奈子はいつも作業場の出入り口で二人に声をかけ、中には入らず、その場で二人の背中を見ながら会話をする。


「豊、由美子がここに遊びに来てから、会ってないんだって? 由美子が言ってた」

「ん、ん…、小鳩縫製さんのプレスが山のように入って…時間がねーんだよ!」

手を休めることなく、豊は比奈子に背を向けたまま答えた。

「悪いねぇ~、でもさぁ、クリスマスとかどっか連れて行ってあげなよね、

 クリスマスなんて女の子にとっては最高のイベントだよ?」

「わかってるよ、そんなことおまえに言われなくても。

 俺と由美子ちゃんのことだ、関係ねーよ、比奈子には!」

豊は声を少し荒げた。


「ぅん…ごめん」

豊は、比奈子の「ごめん」と言う言葉を何度か聞いているが、普段の比奈子からは想像できないくらい素直な声になる。

そのたびに豊の心は切なくなる。

下を向いたまま、アイロンを持つ手に力が入った。


五郎太は、比奈子に対していつもと違う棘のある言い方をする豊を、ふと見たが、さっきから同じ服の袖の部分だけに蒸気を当ててはアイロンをかけ、蒸気をあててはアイロンをかけ、を繰り返している。

このままでは、服がテカテカになってしまう。

「おい、豊?」

五郎太に指摘され、気がついた豊は無言のまま次のプレスに入った。


「比奈ちゃん、お見合い相手とはどうなってんだ?」

五郎太が比奈子に投げた問いに、豊の手は止まり、アイロンはシャツの上に乗せられたままだ。

「ん? お見合い相手? んふふ…まぁね、いい感じかな?」

言えるわけがない、話したくもない…菊地則政のことなど。

引きつった顔の比奈子は、笑ってごまかした。


五郎太の手が豊の手を叩いた。

もう少しでシャツを焦がすところだった。

お客さまのシャツを焦がすなど、クリーニングのプロとしてあってはならないことだ。


「そうかぁ…結婚とかしちゃうのかぁ、比奈ちゃん…」

五郎太が淋しそうな声で言った。

「結婚? あはは、結婚は、豊と由美子のほうが先なんじゃない?」

「由美子さんは、いい人だったが、クリーニング屋の嫁って感じじゃないわな」

「どうして? 働き者だよ、由美子は。あっ、料理も上手!」

「ん、由美子さんに店番してもらったら、大変だろうなぁ、男性客増えちゃって」

五郎太がニンマリ笑って振り返り、比奈子を見た。

「あっ、おっちゃん、やらし~。由美子の胸のこと言ってんでしょ!

 この家にお嫁に来たら四人の男の視線を毎日気にして生活しなきゃなんないのか、

 それはそれで大変だ、由美子」


あはは、と五郎太と比奈子が笑い合っていると、豊が突っかかるように、比奈子に言った。

「おまえ、今日何しに来たの? お茶飲むならとっとと茶の間行けよ」

「ん? 今日はね、クリーニングお願いした着物取りに来ただけ。もう、帰るから…」

「あの着物、いい着物だったね~。お母さんのお見立てか?」

五郎太が褒め称えた。

「うん、成人式の時、買ってもらった」

志乃が知り合いの着物デザイナーに頼み、金沢で特注した一点ものだ。



「毎度~、って、比奈子ちゃん、来てたんだ」

慎太郎が配達途中の暇つぶしにやって来た。

「おもてのBMW比奈子ちゃんの?」

「お母さんのだけど、ちょっと借りてきた。じゃ、私は帰りま~す」

「え? もう帰っちゃうの?」

慎太郎が残念そうに言う。

「うん、このあとちょっと行くとこあるから。じゃ、また来るね」

比奈子の言葉に豊は振り向いたが、もう比奈子の後姿しか見れなかった。


「すっげーな、比奈子ちゃんち、あのBMW一千万以上するやつだぜ!」

慎太郎は外で見た比奈子のBMWの話をした。

「自転車だろ? なんで一千万もすんだよ」

「自転車じゃねーよ。車だよ、外にあったの車!

 比奈子ちゃんの家って、ちっせー縫製工場なんじゃないの? 豊言ってじゃん?」

「無理して買ってんじゃねーの?」

「そうなのかなぁ…、にしては、すげーよなぁ」

腕を組みをしたまま慎太郎は考えたが、今日来た目的を思い出し豊に話した。


「そうだ! さと兄が、クリスマスパーティやろうって」

「ぁあ!? いい歳してクリスマスパーティもねーだろ。

 毎年、さと兄を除いた俺たちは「お春」で集まってたじゃん?」

毎年イブには代わり映えのしない面子、男四人で地元商店街の「お春」で飲み明かしていた。

さと兄は、毎年24、25日と違う女と二日間を過ごしていたが、今年は本命中の本命、絹子がいる。


「あっ、比奈子ちゃんにも言っとけばよかった、まっ、絹子ちゃんから連絡いくだろうけど」

「比奈子も、比奈子たちも呼ぶの?」

「うん、さと兄が――――――――」

さと兄は、25日、夜景の見えるホテルをキープしてあり、絹子と過ごすつもりだ。

24日も絹子と一緒にと考えていたが、絹子に、イブはみんなとパーッと盛り上がったら楽しいんじゃない? と言われ、24日の夜は、例の10人でクリスマスをやる企画を考えた。さと兄は絹子のいいなりだ。

クリスマスパーティーの場所は「お春」。


「豊、24日とか由美子ちゃんと約束してたのか?」

「ん? 別に?」

「おまえなぁ、クリスマスだよ? 彼女がいるのにクリスマスイベント無視すんなよ。

 じゃ、さと兄みたいに、24日はみんなと過ごして、25日に由美子ちゃんと二人っきりで過ごせ」

慎太郎が壁に掛かっているカレンダーの数字を押さえながら言った。


「なんで慎太郎が、俺のクリスマスを仕切る?」

「あっ、おまえプレゼントとかも考えてないだろ! 男としてサイテーだよ、それ。

 ちゃんと由美子ちゃんに、何がほしいか聞いて用意しろよ?」

一人でさんざんクリスマスの日にあるべき男と女を語ったが、配達途中であったことを思い出し、由美子に連絡しておけと言い残し、すっとんで出て行った。

こんな慎太郎は、女性と二人でクリスマスを過ごしたことが、残念ながらない。

耳年増の男バージョンである。


「なにがクリスマスだよ…」

ボソッとつぶやく豊に、ワイシャツを入れるビニールをいじくりながら、五郎太が言った。

「おまえ、最近変だぞ? 由美子さんが来た日くらいからか?

 そういえば、あの日は、比奈ちゃんの見合いの日でもあったなぁ、

 ほんとに見合い結婚しちゃうのかな、比奈ちゃん…」


豊は何も答えず、ただアイロンを掛け続けた。


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