(31)比奈子、お見合いへ行く3
「ただいま…」
豊が玄関を開けると、その音に、バタバタと恵子がやって来た。
豊が由美子を紹介し、五郎太の待つ茶の間へと案内した。
「いつもいつもこのバカ息子がお世話になっております」
と、五郎太は頭を下げ、顔をあげつつ、視線は由美子の胸にいった。
豊かと同じ血の通った親子である。
ちゃぶ台を真ん中に、かしこまって座ってしまう四人。
豊が過去に連れてきた彼女はいたが、そのころはまだ学生でそれなりの付き合いだろうという思いで紹介されていたため、緊張も何もなかったが、
すでに社会人の二人は、『付き合う=両親に紹介する=結婚』を前提、という構図がおのずと考えられるので、五郎太と恵子は、妙に構え、今までに味わったことのない緊張感の中、体が固まってしまっている。
正座などめったにしない恵子は、もぞもぞ動き、顔が引きつる。
シーンとしてしまい、いつもの前田家ではありえない静けさだった。
最初に口を開いたのは由美子だ。
「あっ、さっき、そこで比奈子に会ったんですよ」
比奈子…
比奈子と言う名に、3人は、肩を落した。
「……えーと、比奈子のお見合い相手、イケメンって言ってました!」
由美子が元気よく言った。
比奈子、見合い、イケメン……
「「「……」」」
由美子は、俯いている三人を見渡し、声にはせず下を向いて、少し笑った。
「あっ、そうだわ、お茶、お茶。私ったらボーっとしちゃって、ごめんなさいね、由美子さん」
恵子が思い出したかのように立ち上がったが、足が痺れてヨロヨロとし、五郎太に体をあずけるように倒れ、一緒に倒れた五郎太の顔に恵子のお尻が乗っかった。
「か、母さん…重い…苦しい…」
「なにやってんだよ、おふくろ」
「だ、だって足が痺れて動けないのよ…」
「た、すけ…ろ、豊…」
苦しがる五郎太の上から退こうとしない恵子に、豊が立ち上がり、恵子をどかした。
その光景にいきなり由美子は笑い出し、止まらなくなった。
由美子の笑い声に三人とも笑い、いつの間にか緊張は、ほぐれていった。
☆☆☆☆☆
比奈子がお見合い場所である美術館内のカフェに着くと、菊池はすでに座っていた。
スーツを着たスマートな出で立ちで足を組み、中庭を眺め、コーヒーを飲んでいる。
確かにカッコイイ。
菊地らしき男を見つけた比奈子は一瞬足を止めたが、すぐに歩き始め、声を掛けた。
「菊池さんでいらっしゃいますか?」
「ええ、菊地です。比奈子さんですか?」
菊池は比奈子を見上げ、きれいな微笑みを見せた。
☆☆☆☆☆
前田家の茶の間には、笑い声が渦巻いていた。
「―――そしたら比奈子が、その男に蹴りを入れて、人に迷惑かけんじゃねー、
って怒鳴ったんです~きゃはは~」
由美子はなぜか、比奈子の武勇伝を次から次へと語り、その話に前田一家はお腹を抱えるほど笑っていた。
そして、由美子はまた思った。
「なんで比奈子の話は盛り上がるんだろう……?」