(30)比奈子、お見合いへ行く2
「はい、できあがり」
恵子は、比奈子の帯紐を締め、ポンポンと帯を叩いた。
「ありがとう。あーでも着物って苦しい~」
比奈子はぐったりとした表情で首をもたげた。
お見合いの日、着物を着せられない志乃は、着付けの免許を持っている恵子に頼み、比奈子の着付けをお願いした。
「あっ、今日、由美子来るんでしょ?」
「今、豊が、車で由美子さんの家まで迎えに行ってる…」
「ごめんね、忙しいのに着付けお願いしちゃって」
「着付けくらいぜんぜん構わないんだけどね。
比奈ちゃんがお見合いなんて、おばちゃん、なんか淋しいわ…」
しょぼんと肩の力を落す恵子である。
比奈子と恵子が茶の間に現れると、寝転がりながらテレビを見ていた五郎太が、体を起した。
「おいおいおーい、比奈ちゃん綺麗じゃないか。どこのベッピンさんかと思ったよ」
「っていうか、おっちゃん、なにのん気に寝転がってんのよ。
これから豊が彼女連れてくるっていうのに」
比奈子は笑いながら、ちゃぶ台の上のかりんとうを口に入れた。
「はぁ…なんか、オレ、比奈ちゃんが見合いするの淋しいなぁ…」
恵子と同じことを言った。
「でしょう? あっ、このまま比奈ちゃんがここにお嫁に来ちゃうとか?」
「ぉぉおお、それ、いいねぇ。
一男は仕事命っぽいしなぁ、浩司は高校生で彼女持ちだから、豊がいいんじゃないか!?」
冗談でも盛り上がる二人を見て、少しうれしくて比奈子は笑ったが、豊への思いなんて有って無いようなもの! と自分に言い聞かせ、五郎太に言った。
「おっちゃん、何言ってんの! 豊には彼女がいるでしょ!?
由美子は、良い子だからお嫁さんにはお薦めだよ?
胸大きいし…きゃはは~、豊は見る目あると思うよ」
「「……はぁ…」」
これから由美子さんが来るんだった……、五郎太と恵子は、肩を思い切り落として、溜息を吐いた。
チラリと掛け時計に目をやった比奈子は、慌てた。
「うわっ! こんな時間だ。じゃ、私はお見合いに行ってきま~す。
あっ、着てきた洋服、明日にでも取りに来るから、おいといてね」
恵子に着付けのお礼をいい、かりんとうを一つ摘み、比奈子は玄関を出た。
「まったく、苦しいったらありゃしない。どこの何人だよ、着物なんて考えたの…」
ブツブツ言いながら、一歩道路に出た時、声を掛けられた。
「比奈子?」
「あっ、由美子」
由美子は、豊が駐車を終えるのを門の前で待っていた。
車から降りてきた豊は、比奈子が来ていたことなど知らず、比奈子の着物姿に驚いた。
「な、なにおまえ…着物…? 十一月だからって、七五三…のわけねーよな」
豊のびっくりした顔に比奈子は笑った。
「へへへ~、似合うでしょ? おばちゃんに着付けてもらったんだ。
あ~二人共見惚れない見惚れない。かわいい比奈ちゃんにっ!」
袂を持っておどけた。
「あっ、今日だったっけ? お見合い」
由美子が思い出したように訊いた。
「うん、これから行ってくる」
「み、あい? 見合い…って、おまえ見合いする、の!?」
豊が険しい表情をし、おもわず持っていた車のキーを落とすと、比奈子と由美子の目線がキーにいったが、比奈子はすぐに顔をあげ、豊を見た。
「そうだよ? なんかすごいイケメンなのよ、これが! がはっ!」
ピースを作りながらニッと笑った。
「俺、聞いて、ねーぞ…」
「…なんで豊に言わなきゃなんないのよ」
比奈子が怪訝な顔をした。
「まっ、とりあえず、私はこんなところで時間潰してる暇はないんだわ。
おっちゃんもおばちゃんも二人が帰って来るの楽しみに待ってるから、早く家の中入りなよ。
んじゃ、私は失礼しま~す」
ペコリと頭を下げた。
「比奈子、頑張ってね! お見合い~」
「うん、由美子も、がんばれ! おっちゃんとおばちゃんに気に入られるようにね!」
二人でガッツポーズをし合ったあと、比奈子は背を向け歩き始めた。
豊は奥歯を噛んだまま、少しの間、比奈子の後姿を見ていたが、
「どうしたの?」と訊く由美子の声に、口元だけの笑みを作り、家の中へ通した。
数件先の曲がり角に来た時、比奈子は、豊の家の方を少し振り返った。
すでに豊と由美子の姿はなく、青い空を見上げ溜息を吐いて、笑顔を作り、かわいらしい茶巾型のバックを振り回しながら「頑張るぞー、お見合い!」と着物にも関わらず大通りまで走り、タクシーを拾い、待ち合わせ場所へ向かった。
* 空は、いつも何も言ってくれないけど、空は、いつも見ていてくれる *