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(28)かえで学園4

比奈子を家まで送り届けると、志乃が出てきて、今日のお礼も兼ねて、夕食を食べるように誘われた。


豊は、遠慮しつつも初めて小鳩家の住まいの方へお邪魔した。

きれいな作りになっていて、小さい縫製工場の割には儲けているのか…と、装飾品や家具を見ながら思い、前田クリーニング店の百パーセント昭和的イメージの茶の間や自分の部屋と比べ、多少の落ち込みを抱いてしまった。


ダイニングテーブルに食事の支度ができるまで、ダイニングとコネクトになっているリビングに居るようにと、通されたが、ソファには恒和が、デンッと座っている。

向い合うように座らされた豊は、少しビビっていた。

たばこ屋のおばちゃんの「小鳩恒和情報! 競馬・競艇好きで、仕事をしないどうしようもない、だらしない男で、比奈子や志乃が苦労し泣かされている」と聞いていた豊は、初めて会う本人と自分が想像していた恒和のイメージとが大きく違い、戸惑った。


「競馬は紳士淑女の遊びだ」と、賭け事に行く時もスーツを着用、身だしなみは整え出かける男・恒和は、体格が良く、中々のいい男である。

もっとオヤジ臭い男だと思っていた。

見た目キリッとしたダンディと呼ぶにふさわしい見かけだ。

が、見かけだけで、これは表の顔だ。

家族大好き恒和の裏の顔は、比奈子にデレデレで頭が上がらず、志乃にデレデレで捨てられないように頑張っている。


普段人様に見せる仮の目つきで、豊に睨みを利かせた。

余所行きの顔の恒和に、比奈子が言った。

「お父さんさぁ、なに気取ってんの? バレてっから、豊には」

「へっ? そうなの? なんで、なんで?」

比奈子にかわいらしく訊く恒和に、豊はあっけに取られた。

二重人格か…この人は。


比奈子に顔を向け、くずれだした恒和だったが、再び豊を睨みつけ、父親らしい声で言った。

「とりあえず、娘の比奈子は、おまえにはやらん! わかったか!」

「「……」」


「あのさぁ、お父さん? 豊は、由美子の恋人なの、か・れ・し、なの! わかる?」

比奈子は、呆れ顔で恒和に言った。

「え、由美子ちゃんの彼氏? な~んだ、そうか! 

 由美子ちゃんの彼氏だったかぁ~、あーよかった! お父さん心配しちゃったよぉ! 

 比奈子にはもっといいの見つけてあげるからな!」

ふふ~んと、鼻を鳴らし、比奈子を見た。


「……」

ひどい男である。

天然にもほどあると、娘ながらも恒和に呆れてしまった。

豊は豊で、怒りとかそう言うものは、沸いてこず、この人のことは何も考えたくない…と思った。

だけど、この人は、血の繋がらない比奈子を本当の娘のように大切にしていることはわかる。

もし自分だったら、どうなんだろう。

血が繋がらない子供を引き取って、娘のように可愛がれるのだろうか。

この人はやさしい人なんだろうな。


豊は、初めて会った恒和の比奈子への愛情が感じ取れ、尊敬の眼差しを向けた。

「な、なんだ、なんか文句あるのか! 君は!」

豊のきらめく瞳に恒和は少し怯えた。




志乃に呼ばれ、ダイニングに行き、食卓に並べられた料理を見て、豊はまた自分の家と比べて軽くショックを受けた。

外食でしか見たことのない料理が並んでいる。

イタリアンやフレンチの洋食だ。

前田家のちゃぶ台の上は、いつも茶色の煮物が並ぶ。

鮮やかなニンジンのオレンジ色さえ、前田家では、煮物に変身しダークオレンジカラーだ。

比奈子の家は、緑や赤や黄色がならんでいる。

豊は感激していたが、今日は志乃が頑張っただけである。

仕事好きな志乃は、料理ほど面倒くさいものはないと思っている。

普段の小鳩家で主に食卓に並ぶ回数が多いのは、カレーやチャーハン、一番多いのは春夏秋冬問わず、ナベである。

冷蔵庫にあるものを鍋に入れ、最後にごはんかうどんを入れお腹を満たす。

恒和も比奈子も何も文句を言わない、味に無頓着で、口に入ればいいと思っている親子三人である。





「ごちそうさん、うまかった」

玄関前のミニバンの前で豊が比奈子に言った。

「こっちこそ、休み使わせちゃってごめん。…それに、変な話も、聞かせちゃって、ごめん。

 でも、ありがとう」

比奈子が笑顔で言った。

「ばーか。礼なんていらねーよ。んじゃ、俺は帰るとしますか!」


豊は車に乗り込み、エンジンをかけ、少し間を置いたあと、窓を開け比奈子に声を掛けた。

「比奈子…?」

「ん? どうしたの?」

豊の真面目な顔を少し不思議に思った。


「あのさぁ、比奈子は…、小鳩のお父さんとお母さんに出会うために、愛を貰うために、

 本当のお母さんのお腹を借りて生まれて来たんだと…思う。捨てられたとかじゃなくて…」

「えっ?」

「人間って、たぶん、たぶんだけど、誰かに愛されたり、誰かを愛するために生まれて来るんじゃ、

 ないかと…思う……、って、何言ってんだろうな、俺、ははは~。じゃ、またな」

豊は、精一杯の言葉に苦笑いをしながら、頭をかいた。

「あ…、うん! ありがとう、豊」

比奈子がうれしそうに笑った。




さんきゅぅ~、天然パーマ…

走り去る豊の車が見えなくなるまで比奈子は、見送った。



あぁ…胸がキュンキュンするんですけど俺……乙女ちっく…

……俺は乙女だったのかーーー、ちくしょーーー!

豊は比奈子が見えなくなるまでチラチラとバックミラーに映る比奈子を気にし、ハンドルを握りながら一人、車の中で叫んだ。




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