(27)かえで学園3
ものすごく、台詞多いです。
豊は、比奈子に誘われるまま、学園を出て近くの河川敷まで歩いた。
「んー、気持ちいいね~、暑くもなく寒くもなく、んで、秋の匂いがする」
比奈子が伸びをして、草の上に腰を下すと、豊も同じように腰をおろし並んだ。
園の中では訊くことができず、ずっと不安な気持ちの豊は、思い切って言ってみた。
「比奈子…、真由ちゃん…って…」
「ん? 真由? んふふ、驚いた?」
「おまえの子供…じゃない、よな?」
比奈子の横顔をみながら、訊いた。
「違うよ、私の子供じゃない」
豊は肩の力が抜け、“ふぅ~”と音に出さずに息を吐いた。
比奈子は、川を見ながら話を続けた。
「あの子ね、三ヵ月くらい前に、かえで学園に預けられたの。
母親が“必ず迎えに来るからね”ってあの子に言い残して置いていったの。
だから門のところに女の人が見えると母親だと思っちゃうみたいで誰が来ても「ママー」って
駆け出していくの」
「うん…、そっか」
豊も川に目を向けた。
少し黙って、足元の草をもて遊んでいた比奈子が、「ふふ」と意味のない笑いをしたあと、口を開いた。
「私ね……、あの学園に四歳までいたの」
「え? あそこに預けられてたの?」
豊は比奈子の方を向いたが、比奈子は前を向いたままだ。
「小鳩の両親は、私の実の両親じゃない…」
比奈子は豊に顔を向けずに淡々と話し始めた。
母親に連れられ、かえで学園にきたのは、比奈子が二歳になる少し前。
本当の父親は誰かわからない。
だが、母親は誰だか知っている。
今の母・志乃の双子の妹が、比奈子の本当の母親だ。
志乃の妹は、未婚のまま妊娠、出産をしたが、もともと子供など欲しくはなかった彼女は、比奈子をかえで学園の門の前に置き去りにし、新しい男の元に走った。
「かえで学園の門の前で、じっと座ってたんだって、私。
園長先生が見つけてくれてね、私が握っていた紙を読んで捨て子ってわかったらしい。
それから、小鳩の両親がが迎えに来るまで、あそこで生活してた」
「私の本当の母親は、『必ず迎えに来るから待ってなさい』とは言わなかったけど、
私は、待ってたんだろうね。
真由みたいに女の人が門のところに見えると、走り出してたんだって。
本人記憶無しなんだけどね、あはは~。それに、大きくなるに連れ、わかってきたみたい。
あぁ、私のお母さんは、もうここには来ない、待っててもお母さんは迎えになんて来ない…って。
いつしか門に女の人が見えても飛び出さなくなって。
あっ、でも、真由の母親はちゃんと連絡もあるし、ちゃんと会いにも来るから大丈夫!」
昔から志乃と妹の仲は良くなく、自由奔放の妹は実家にも寄り付かない人間であったが、急に亡くなった父親の遺産手続のため、志乃は妹を探しだした。
子供を出産したことは聞いていた志乃が、尋ねて行った妹の所に、子供がいないことを不思議に思い、問いただした。
事実を知った志乃は、二十四歳の時、比奈子をかえで学園から引き取った。
当時、恒和と志乃はすでに付き合っており、恒和も自分の子として育てることを心に決め、婚姻届を出すと同時に、比奈子の籍も自分たちの所に入れた。
比奈子が四歳の時である。
「小鳩の両親が私を迎えに来た時、志乃さんが私を抱きしめてくれたんだぁ。
すんごく暖かくて、私、『お母さん…』って、言っちゃった。
本当の母親と同じ顔してたからかなぁ、それとも、待ってたのかな?
ん~、本当は待ってたのかもね、母親のこと…へへっ…」
学園生活から三人家族になった比奈子に、「比奈子が大人になり戸籍を見ればわかってしまうだろう」と、志乃も恒和もそれを隠そうとはせず、「本当の親子ではないが、そんなことは別に大切なことではない。人間の魂に血の繋がりなんて関係ない。私たちは三人で一緒にいられることをしあわせに思いましょう」と、小さい子には意味がわからない言葉だが、比奈子は志乃にそう言われ、暮らしてきた。
「私さぁ、すごく感謝してる。本当はさぁ、小鳩の両親だって、自分の本当の子供作りたかったと
思うんだ。一度ね、言ったことがあるの、小学二年くらいのときかなぁ、妹か弟がほしい…って。
私ませてたのかもしれない、わかって言ったんだもん。
お母さんはまぁ、少なからず血縁関係はあるけど、お父さんは全くないわけじゃない?
そんな二人の間に自分がいていいのか、考えちゃった。
本当に血の繋がった子供がいた方がこの人たちは、しあわせなんじゃないかな、なんてね?
子供心に考えちゃった」
へへへ、と、おどけたように比奈子は笑ったが、その笑顔はすぐに消えた。
「だけど、両親にはね、バレてたんだなぁ、私の気持ちが。
自分たちのためにこの子は兄弟がほしいなんて嘘をついている…って。
『自分たちの子供は比奈子だけで充分だ、比奈子以外は娘じゃないから、他には要らない』
って、お父さんに言われた。良い両親でしょ? うちのお父さんとお母さん…。
私はずっとしあわせを与えられてきたから、両親が歳をとっても幸せでいられるように、
今度は私が恩返ししていく番だ、って思ってる。
だからね、あの家をちゃんと継げるような人間になって、両親の気に入った人と結婚して、
婿養子に来てもらうの」
比奈子になんと声を掛ければ良いのかわからない豊は、そこまで話した比奈子の肩に腕を回し、頭をやさしくポンポンと叩いた。
比奈子の少しだけ震えた唇は、豊の手のぬくもりで微笑みに変わり、鼻をすすって比奈子は立ち上がり、豊は比奈子を見上げた。
「比奈子…」
「……なーんてね、こんな作り話、聞いててもしょうがないか。
もう帰ろうっか、やっぱ夕方になると肌寒くなってくるね」
オレンジ色の夕日で街が染まり始める中、二人は並んで学園に戻り、子供たちに「また日曜日に来るから」と言い、車に乗り込んだ。
「日曜日って…」 豊が顔を比奈子に向け訊いた。
「ん? 毎週じゃないけど、日曜日にはここに来ることにしてるんだ、昼間だけだけど」
「デート…って…、若いピチピチの彼氏…って…」
そう訊ねた豊の顔は、少し、緩んだ。
「そう、ここの子たちのことよ。あはは~、私がモテるのは、ここのガキンチョくらいなものよ。
でもまぁ、あと10年20年すればね…いい男になるだろうし~私は選び放題というわけよ!」
「あはははは~、マジここのちびっ子たちが、彼氏? だはははは」
急に笑い出した豊に、助手席の比奈子は、ムッとした。
「なに? なんかすんごい失礼な笑い方なんだけど? 彼氏がガキん子で悪いわけ!?
ちょっと、ちゃんと運転してよね。笑いながら運転するなんて危ないでしょ?」
「わかってるって…うっせーな、おまえは。…ガキが…彼、氏か…。ブッ…ははは~」
安堵感からくる豊の笑いは大きくなるばかりだが、いままで見えなかった比奈子の彼氏に対して嫉妬していたことに気がついた。