(22)のどかな前田家2
「おい、豊、今日はもう先に上がっていいぞ」
五郎太が、鼻唄の止まらない豊に言った。
「え? まだ6時過ぎたばっかだよ?」
「いいから、いいから~、比奈ちゃん来てるんだし、一人じゃかわいそうだろ。相手しやれ」
「え、でもまだこれ、今日中にやるやつ、」
「あー、父ちゃんがやっといてやるから、ほれほれ、行け」
五郎太は、豊を無理やり作業場から追い出した。
「……ったく、なんだよ、おやじ…」
豊は、ブツブツいいながらも茶の間に向かった。
「……なにやってんの? おまえら」
比奈子は、口を開けた浩司に向かってピーセンを投げ入れていた。
「浩司の調教…」
「…ふ~ん?」
「あっ、ボク、飯まで宿題してくる…」と、恋には先輩の浩司は、豊と比奈子に薄笑いを浮かべ、二階に上がって行った。
「なんだ? あいつ」
豊は去っていく浩司を見てから、比奈子に顔を向けた。
「彼女のことで悩んでるっていうから、相談にのってあげてた」
「悩んでるわりには、楽しそうだったじゃん? あいつ」
「ふっきれたんじゃない? 私のアドバイスのおかげで」
などと適当に言う。
浩司が座っていた場所に腰を下ろした豊が、比奈子の表情を変に思い訊いた。
「どうかしたか? 比奈子?」
「ん、べつに? あっ、豊は何人の女の人と付き合ったことあるの?」
「ぁあ? なんだよ、いきなり」
「ねぇねぇ、何人!?」
身を乗り出して訊いてくる。
豊は思い出しながら、指折り数えた。
「さ、三人…」
「ふ~ん、まぁ、指折り数えるほどじゃないわね」
「……聞いといて、なんだよ! お、おまえは?」
「んーと」
と、言いながら、一応、手を出し、指を折りまげるマネをしたが、折曲がらないため、その手をそのまま煎餅に伸ばし、言った。
「秘密!」
「なんだ、それ。くだらねー」
「……」
どうしてこいつといるとき、なんも緊張感がないんだろう。
お互い会話もないまま、テレビを見ていたが、豊は、由美子と二人でいるときの自分と、比奈子といるときの自分が別物であると感じた。
由美子とデートしているときは、どことなくぎこちないというか、何か話しをしなくては、という感じになり、気を使ってしまう。
だからデートのときは、映画を観ることが多い。
話をしなくて済む。
ただ、由美子との会話の中には、お互い比奈子の話しは盛り上がっていた。
バリッ、ボリボリ、モグモグ、バリッ、ボリボリ、モグモグ、ズズズー、ゴックン…
「……スンゲー、耳障りなんだけど!?」
豊は、お煎餅を食べ、お茶を飲みながら、テレビニュースを見ている比奈子に言うと、顔を豊に向け、何も言わず、わざとお煎餅をバリバリと口いっぱいに入れ、ものすごい音を立て食べた。
殺気立っているような比奈子の顔に、向い側に座っていた豊は、少し退いてしまった。
な、なんか俺、悪い事言った?
恐ぇーし…
比奈子は、「誰とも付き合ったことがない」ということを浩司に笑われたことに、少なからずショックを受けていた。