(21)のどかな前田家1
「いよっ! おっちゃ~ん、天っパァ~」
「パーの部分をパァ~とか言うな! パーと言え! 正しくは天然パーマだ!」
「……でさぁ、おっちゃん」
「……」
豊の話には聞く耳を持たないようだ。
「来週の火曜日と金曜日にプレスお願いしたいんだけど、ちょっと枚数が多いんだ」
比奈子が入り口のところで言った。
比奈子と五郎太が仕事の話をしている間、豊は鼻唄などを唄いながらビニール掛けをしている。
「そういうことで、よろしくお願いします。んじゃ、私はコレで!」
そう言い残し、比奈子は茶の間に消えて行った。
豊の鼻唄に五郎太は、鼻で笑った。
鼻唄の理由をわかっている。
比奈子はいつも2時3時に来るが、今の時間は5時過ぎ。
比奈子の両親が業界の集まりに参加する日、一人になる比奈子は、たびたび前田家で夕食を共にするようになっていた。
店は7時までなので、夕食は恵子が仕事から上がってからになる。
比奈子は料理を運んだり、茶碗を洗ったりの手伝いはするが、料理は作らないというか、作れないのでしない。
恵子が来るまで、比奈子は一人、茶の間で煎餅を食べながら寝転がっていた。
家の内装が綺麗に装飾されている小鳩家とは違い、前田家は100%日本式の造りで、店の忙しさに感けてお掃除がおろそかになっている茶の間ではあるが、比奈子は妙に落ち着くらしく、その上、遠慮というものを持ち合わせていないので、自分の家のように使っている。
五郎太も恵子もそれがうれしくて、比奈子が来ると、仕事を早めに切り上げてしまい、豊に怒られていた。
「あれ、比奈ちゃん、来てたの? 今日飯食ってく日?」
浩司が学校から戻ってきた。
「あ、おかえり~。うん、今日、うちのお母ちゃんとお父ちゃんは、知り合いのパーチー」
寝転がり、テレビを観たまま言う。
浩司も慣れたもので、兄弟がもう一人増えたくらいにしか思っていない。
Tシャツに着替えて戻ってきた浩司は、あぐらをかいて比奈子の向い側に座った。
「比奈ちゃんさぁ、相談があるんだけど…」
「ん? なになに?」
仲間で集まった時など、恋愛や会社のことで、誰かが悩みを打ち明け相談を始め意見を出し合うことは多々あるが、比奈子がアドバイス的なことを言おうとすると、「比奈子は聞いてるだけでいいの。あなたのアドバイスはトンチンカンでわからないから大人しくしていろ」と、毎回言われている。
そんな比奈子に相談したいという浩司が現れ、顔がほころび、身体を起こした。
「ん~、女心…なんだけど」
「女心? 彼女と何かあったの?」
高校一年生の浩司の彼女は、同じ学校の同級生だ。
浩司は意外に良い顔の男で、女の子にモテるため、彼女がいるにも関わらず、他の女の子たちとグループで遊びに行くことも多い。
そんな中、一人の女の子と二人でカラオケに行ってしまったのが本命の彼女にバレ、泣かれ、別れると言い出した。
「どうしたらいいと思う?
別にカラオケ行った子とは何にもないし、ボクさぁ、彼女と別れたくないんだよね…」
浩司の真剣な目に、比奈子は大人の女として頑張ってアドバイスをと、思った。
「んー、じゃぁさぁ、君だけが特別なんだよ、っていうところ見せれば?」
「たとえば?」
「浩司って、結構クールでしょ。学校の中で彼女とはベタベタしたりしてないとか?
学校の帰りに、手も繋がないとか?」
「すごい、比奈ちゃん! どうしてわかるの!?」
浩司が少しばかり、驚いて瞳を輝かせ比奈子を見たことに、調子に乗った比奈子は話し続けた。
「手を繋ぐとか、人前でイチャイチャするとか、100%じゃないけど、80%の女の子はそれを望むわけよ、これが! んでね、隙あらば、ガバッと抱きしめて、ブチュッって、そんでね、バサッと、ボキッと、ヒシッと――――――――――――――――」
比奈子が浩司にいろいろとダメだしをしつつ、女の子の扱いかたを説明したが、まったく適当だ。
話している比奈子も、真剣に聞いていた浩司も、途中で、わけがわからなくなり、話始めて数分後、お互い真顔のまま、しばし見つめ合い、首をかしげた。
「んー、……比奈ちゃんのアドバイス、翻訳機必要だよ?
あっ、比奈ちゃんってさぁ、何人の男と付き合ったことあるの?」
「へっ……?」
いきなりの質問に、口を継ぐんだ。
「何人くらい? 比奈ちゃんかわいいから、結構多いんじゃないの?」
「んーーー、……ない!」
「…え?」
「ない!」
真面目な顔で正直に答えた。
比奈子は、学生時代何人かに交際を申し込まれたことはあるが、どれも父・恒和によってぶっこわされている。
よって、ちゃんと付き合った男はいない。
「比奈ちゃんに相談したのが間違いだった、もういい」と言い、爆笑し始めた浩司に、ムッとした比奈子は、ちゃぶ台のピーセンを一つずつ投げつけた。