(2)天パーvsハチマキ2
「おやじ、もう帰ろうぜ。他あたろう、こんな女相手にしてても時間の無駄だよ」
豊が五郎太を促したが、五郎太は豊を無視した。
このくらいのことで苛立っては、商売人として店など経営していけない。
怒った方が負けである。
当たり前だが、豊より人生経験豊富の五郎太は、落ち着いた声で比奈子に言った。
「この値段だと、うちも困るんですよ。
できれば、先ほどの値段で一度うちの仕上げ状態を見ていただければ…、
腕には自信がありますので!」
五郎太が頭を下げた。
「ふーん、で、前田クリーニング店さんは、何人でプレスしてんの?」
比奈子が、チラシを見ながら訊いた。
「うちは、息子のコイツと私の二人で中の作業をしておりまして、
あとは妻とパートが一人、店に出ております」
「ふーん、でもさ、普通のお客さんのクリーニングが主なんでしょ?
工場のプレスとか入れても納期とか間に合うの?」
「はい、それは大丈夫です。頑張りますので」
再び五郎太が頭を下げると、比奈子が言った。
「おじさんさぁ、頑張る意気込みだけじゃ仕事はできないよ?」
「「へっ?」」
富士山頂ほどの上から目線の比奈子に、前田親子は、次の言葉が出てこない。
「あれもやります、これもやります、頑張りま~すって、仕事入れて、
納期に間に合わなかったら意味ないじゃん?
自分たちができる範囲で仕事したほうがいいよ~」
「は、はぁ…」
20歳くらいの若い女に説教じみたことを言われ、怒りが出てくるというより、なんとなく憎めない比奈子の顔と話し方に、五郎太は苦笑いをし、頭をかいた。
そんな五郎太とは裏腹に、まだ血の気の多い若い豊は、比奈子を睨みつけ言った。
「おまえさぁ、さっきから聞いてれば、偉そうに、なに言ってんの?
俺の親父の仕事馬鹿にしてんの? っざけんなよな!」
声を張る豊に、怯むことも無く、比奈子はどこまでも目線が高く言った。
「私は、無理しない方がいいって言ってんの。
うちの仕事、全部おたくに出したら、何日も徹夜になっちゃうよ?
納期厳しいんだから!」
「はぁ? なに言っちゃってんでしょうね~、おまえなぁ、ちっせー縫製工場のくせして、
なにが「うちの仕事したら徹夜になる」だ。
プレスなんて一日も掛かんないで終わるぜ! はっ!」
豊も負けじと、そう言ったあと、顔を背け、斜め上を見た。
「あはは~、なに粋がっちゃって、天パーのくせにっ!」
比奈子が笑った。
豊は柔らかい髪質の少し茶色の天然パーマ…、性格や体型は男らしいが、顔はかわいらしい。
「んなっ! かんけーねーだろが! 俺が天然パーマだろうがなんだろうが!」
「その天パー、お父さんにプレスしてもらって真っ直ぐにしてもらえばぁ?
直毛も似合うかもよ」
「んが! 天パー天パーっつーんじゃねぇ! 言うならちゃんと『天然パーマ』と言え!」
「ぶっ、はははは~~~~~、おもしろーい」
豊は怒鳴ったが、比奈子は、動じず笑い倒し、五郎太も豊の頭を見て少し笑ってしまった。
「おやじも笑ってんじゃねーよ!」
「すまん、すまん」
豊の怒りが収まらず、もう一度比奈子に文句を言おうとしたその時、ちょうど玄関のドアが開いた。