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(18)空しいキューピット

知り合いの展示会の仕事を手伝ったりし、忙しく過ごしていた比奈子は、豊と会わず十日ほどが過ぎた。

夜十一時過ぎ、自室でネットをしていた比奈子の携帯が鳴り、出ると、由美子からだった。


「もしもし、比奈子? この間の話なんだけど」

五日ほど前、由美子から連絡が来て、「豊くんを気に入っちゃったんだけど、比奈子とお友達なんでしょ? もしかして比奈子も好きとか?」

と、訊かれ、思い切り否定すると、仲を取り持ってほしいと頼まれ、軽く「OKOK」と言ったことを、忙しさの中、すっかり忘れていた。


「あ、あれね、あれ。明日、連絡もらうことになってるから、明日の夜にでも由美子に電話するよ」

とりあえず、その場をつなぎ、由美子との電話を切ると、すぐに豊に電話をした。


携帯のアドレスから「天パー」という文字を探し出し、ボタンを押した。

コールだけが続き、中々出ない。

もう寝ちゃってる?

そう思い、切ると、すぐに折り返してきた。

「もしもし、ごめん、寝てた?」

「いや、風呂から上がってきて電話取ったら、切れたから」

比奈子は、寝ていなくて少しホッとした。

仕事で疲れているのに、寝ているところを起してしまったのだとしたら申し訳ないと思った。


「どうした?」

「由美子って覚えてるでしょ?」

「由美子? …あぁ、コンパで一緒だったあの胸のデカイ…」

と言った豊は手で口を押さえた。

「……そう、その胸のデカイ、私と全然違う、胸のデカイ由美子!」

なぜかムキに言う比奈子。

「別におまえと比べてねーだろが! で? 彼女がどうしたって?」

豊は、ベッドにゴロンと寝転がり、訊いた。


「うん、由美子がね、なんか頭おかしくなったみたいでさぁ」

「なにそれ。どんな風におかしくなったんだよ」

「それがね? 本当にどーしちゃったの? って感じでさぁ」

「だから、何なんだよ」

豊は面倒くさそうに訊いた。


「由美子が、豊を気に入っちゃって、付き合いたいんだって! まったく笑っちゃうでしょ?」

そう言い、ガハハハと笑った。

「……っえっ? 俺…?」

「うんうん、天パーの豊!」

「天パーの俺…と?」

自分で天パーと言ってしまっている。

「マジ?」

「うん、豊、別に彼女いないんでしょ? まぁ、聞くだけやぼってもんだけどね」

「マジィィィ?」

豊は体を起こし、立ち上がった。


「あはは、なんか今の声だと、OKみたいだね?

 じゃ、由美子に豊の番号教えておくから、あとは勝手にやってね」

豊の喜んでいる姿が想像できて、比奈子は口元を少し上げ、顔が緩んだ。

「じゃ! 伝えるだけ伝えたから、おやすみ」

比奈子は携帯を切ろうとした。


「あっ、おい、待て! 俺もおまえに電話しようと思ってたんだよ」

「ん、なに? 私はもう用ないけど?」

「おまえさぁ、今度の日曜日、暇?」

「日曜日?」

「うん、浩司がさぁ、彼女と行こうと思ってた映画のチケットがあったんだけど、映画じゃなくて遊園地に行くことになったらしくてさ、あまっちゃったから俺がもらったんだ。ったくよ、高一のくせして、彼女いんだぜ! あっ、で、おまえ暇なら付き合えよ、映画」

豊自身気が付いていないが、弟からチケットをもらった時、なぜか比奈子を誘おうと思っていた。


「豊くんさぁ、由美子誘えば? 由美子とお付き合いするかもしれないんでしょ?

 だったら私じゃなくて、彼女をお・さ・そ・い!なさい。

 それに私は今度の日曜日はどっちみち予定があるから…」

「なに? 予定って?」

「え? ははっ、デートに決まってるじゃない。若いピチピチの活きのいい男子と!」

「へ、へぇ~、比奈子、そんなヤツいたんだ」

豊はベッドに腰掛け、そのまま後ろにゴロンと寝転がり、天井を見た。


「うん! 若い男子が私のこと奪い合いよ?

 ということで、由美子との初デートに映画のチケット使いなよ、んじゃ、そーゆーことで!

 おやすみ!」

「…え、もし、もしもし? なに切ってんだよ!」

比奈子は、電話を切り、ホッとした溜息なのか、切ない溜息なのかわからない溜息をつき、由美子にメールをした。


『今さっき、天パーから連絡あり! 前田豊、由美子とのお付き合いOKみたいなので、電話してね。 おしあわせに~』

最後に豊の携帯番号を記して、送信を押した。



「おしあわせに…か…、あはは~」

空笑いのあと、なぜか空しくなり、比奈子は机の上に伏せた。



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