(17)部屋がない!?3
んがぁ!?
朝になり、豊が目を覚ました。
目の前に比奈子の寝顔があった。
二人仲良く真ん中で向かい合っていた。
あ~ぁ、こいつも寝てるとかわいい顔してんのになぁ、一生寝てろってんだ。
などと思っていると、比奈子が目を覚まし、自分の顔を見ていた豊に驚き叫び、飛び起きた。
「キャー、このドスケベ!」
「ぁああ!? おまえが勝手にこっち向いて寝てたんだろーが! ……乱れてるぜ、浴衣…」
「へっ?」
自分の姿を見て、はだけていた浴衣を急いで整えた。
「なんも、色気もなんもねーな、おまえ」
「はぁ? あんたに見せるような色気なんて持ち合わせておりません!」
比奈子は着替えを持ってバスルームに行った。
昼前にホテルを出て、駅に向かったが、「お腹が空いた」と、比奈子が言い出し、駅なかにあったファストフード店で軽く食べたあと、電車に乗った。
「今度は寝ないでよ」
「寝るわけねーだろ、酒も抜けてるのに」
「なんかエライ目にあったわ…」
「誰の所為だよ…」
「豊がちゃんと起きてなかったからじゃない…」
「俺の所為かよ」
「……ごめん…」
急に謝り、俯いた比奈子をチラッと見た。
「いいよ、もう」
豊の降りる駅の一つ手前で比奈子が降りた。
「じゃ…。あっ、来週、サンプルが上がってきて、前田クリーニング店に届くと思うから、
よろしく…」
ボソッと話したあと、比奈子はホームに降りて、豊の方を振り返り、声に出さずバイバイと口を動かし、手を振った。
豊が片手を挙げると、扉が閉まり、少ししおらしくなっていた比奈子を、動き出した電車の中から見えなくなるまで目で追っていた豊であった。
「ただいま~」
自宅に戻った比奈子は、仕事場にいた志乃に言い、二階へ上がろうとした。
「お帰り~。比奈子、どこにお泊りしたの?」
「えっ? えー、ゆ、由美子のところ。昨日遅くなっちゃったからさぁ」
あはは~と、笑った顔は固い。
「あら? 由美子ちゃんって、今朝電話あったわよ?
晶子ちゃんと絹子ちゃんに澄江ちゃんも、比奈子、大丈夫ですか?って」
げげげっ!
固まっていた笑顔は、固まったままだ。
「どこの由美子ちゃんの所に泊まったの? 一丁目の? 三丁目の?」
志乃は、涼しい顔で訊いた。
一丁目にも三丁目にも、由美子という知り合いは、いない。
「う、うん! 最近知り合った五丁目の由美子って子~。私着替えて来るね!」
慌てて、二階に上がっていく比奈子を見ながら、志乃は、微笑んだ。
なんでみんな、私の携帯に電話しないのよ!
と携帯を出したが、バッテリーが切れていた。
「ゴメン、おやじ。俺すぐ着替えて仕事するから」
「あぁ、疲れてんじゃないのか? 珍しいよな、おまえが、朝帰りというか、昼帰りするなんて」
五郎太がチラリと見たが、豊は五郎太と目を合わせない。
「う、うん。慎太郎が酔っ払っちゃってさぁ、な、なんかみんなで、
そのまま、さと兄の部屋でごろ寝して」
と言い訳をしている後ろに、恵子がやってきた。
「あら、おかえり豊。さっき、慎太郎くんが来て、豊、ちゃんと戻って来てますかぁ~って。
で、あんた、比奈ちゃんとどこに泊まって来たのよ? んふ!」
お客さんの洗濯物を持ちながら、めちゃくちゃうれしそうな母・恵子。
げげっ…、慎太郎…なんで俺に電話しないで、おふくろに聞くんだ…
携帯を見てみた。
バッテリーが切れている。
「なに!? 豊! 比奈ちゃんとお泊りだったのかぁ!?」
うれしそうに大きな口を開けて笑う父・五郎太。
「うるせーな、二人共! 違うよ、比奈子となんて一緒じゃねーよ!」
そう言うと、足早に部屋に消えた。
五郎太と恵子は、顔を見合わせ、微笑み合った。
『比奈ちゃんは、一男ではなく、豊に…』
夫婦、思う心は同じである。