(14)眠さに勝てず…
「……さん、お客さん…?」
豊の肩を誰かが、叩いていた。
「お客さん? 終点ですよ、降りてください?」
薄目を開けると、目の前に帽子を被り、制服を着た人がいる。
「へっ……?」
頭がよく回らない。
瞬きを数回繰り返してから、その人を見た。
「お客さん、終点なんですけど」
「終点? 終点!?」
「はい! 終点です! この電車は車庫に入りますので、すばやく下車お願いいたします!」
予定では、渋谷から数個先の駅で降りるはずが、二十数個目の終点駅に着いていた。
横を見ると比奈子がもたれかかっていて、今だ熟睡中だ。
駅員に謝り、比奈子を起した。
ボーっとした顔のまま、豊に引きずられながら電車を降り、反対側のホームに行こうとしたが、駅員に残念そうに言われた。
「渋谷行きの最終は、今しがた発車いたしました」
「ぇえ!? どーすんだよ、俺たち…」
豊が比奈子に答えを求めた。
「タクシーで帰る…」
「馬鹿か、いくらかかると思ってんだよ」
「ここどこ…?」
ここは、隣の県だ。
とりあえず、駅にいてもしょうがないので、改札を出た。
「電話…しとけば? ご両親心配してんじゃねーのか?」
豊が言った。
「あ、うん、大丈夫。もう寝てる時間だし…、豊は?」
「俺は、別にいいよ、男だし。うちも寝てると思う」
比奈子の家は、昔から放任主義と言えば、放任主義。
一度深夜三時過ぎに帰宅すると、翌朝、志乃に言われた。
「比奈子、夜中帰って来るんなら、朝帰って来なさい! あなた、バタバタうるさいから」
と、言われ、夜遊びになるときは、朝帰りをすることも多い。
父・恒和は心配するが、母・志乃は、「お母さんは、比奈子を信じてるから!」と、全く心配せず、近所の目も気にしない。
駅のロータリーで突っ立ったまま、辺りを見回していた豊が、訊いた。
「比奈子、おまえいくら持ってる?」
「え? 500円…どうして?」
「500円!? なんじゃそりゃ! 財布見せろ!」
比奈子の財布の中身を見たが、本当に500円玉が一つだった。
「子供か、おまえは…」
呆れたように言った。
「俺だって、カラオケ代立て替えて、あと4000円くらいしかねーんだぞ?」
「どうすんの?」
「あそこ泊まるよ」
豊が指を差したところは、駅前のビジネスホテルだ。
「カードあるし、部屋二つ取ればいいだろ?」
「うん、わかった。眠いし…」
そう言いながら、お酒の酔いと、疲れで何かに頼って歩きたい比奈子は、何のためらいもなく自然に豊の手を繋いだ。
豊は、戸惑いながらもそのまま、ビジネスホテルへと歩き始めた。