(13)コンパ・カラオケへ
さと兄と絹子の所為で、席替えをすることもなく、二時間ほどの飲み会は終了し、二次会のカラオケへと向かうことになったが、さと兄は絹子と共にみんなの前からいつの間にか消えた。
いつものことなので残された男四人は、気にしない。
同じく残された女四人もわかっていたことなので、気にしない。
八人でカラオケに行き、みんなノリノリで歌いまくり、途中で比奈子と豊が隣同士になった。
二人共口を利くことはないが、それぞれに楽しんでいた。
比奈子が「トイレに行く」と、席を立つと、豊の目がほくそえんだ。
(絶対、あいつは大酒飲みに決まっている、猫を被っているだけに違いない…)
比奈子のカルピスウォーターと、自分のカルピスのチューハイ割りのグラスを取り替えた。
比奈子が戻ってくると、豊は素知らぬ顔で、歌っている者に合の手を入れながら、比奈子がいつチューハイを口にするか、心で笑いながら待っていた。
比奈子が、自分の目の前のグラスに手をかけ、チューハイを口にすると、豊は思い切り比奈子に顔を向けた。
(ダチョウが乙女ぶってんじゃねー! って言ってやる! くははははは~)
お酒を口にしても全然大丈夫な比奈子を想像している豊の顔は、すでに笑っている。
「えっ? 何?」
比奈子が豊にもたれ掛かってきて、そのままズルズルと豊の膝の上に比奈子の体半分が乗っかり、持っていたグラスは下に落ち、中身が全部こぼれた。
「えっ! おい! ど、どうした? 比奈子?」
豊があせり、比奈子を揺すった。
「きゃぁ、比奈子?」
「飲んじゃった? 比奈子!」
「やだぁ、誰よ? 飲ませたの!」
女子三人が、慌てた。
豊は、何事かもわからず、比奈子を膝の上に乗せ、固まったまま、みんなを見た。
比奈子は本当にお酒が飲めず、一口で爆睡するタイプであった。
あと1時間は完全に起きない。
豊が自分が飲ませたと白状すると、女子のみんなが「責任とって連れて帰ってよね!」と怒りだした。
残り20分ほどで、カラオケもお開きになる予定だったが、豊は比奈子が起きるまでカラオケを延長して、その部屋に二人残された。
「うそだろ? おい、比奈子、起きろよ、寝たフリしてんじゃねーぞ?」
ペチペチと比奈子の頬を叩いたりしてみたが、ピクリとも動かない。
「……マジか、よ…」
諦めた豊は、比奈子の頭を膝に乗せたまま、一人、誰も聴いてくれないカラオケを楽しんだ。
「拍手くらいしろよ…、比奈子…」
淋しくなり、呟いてみた声は、マイクを通り、エコーがかかり、スピーカーから流れた。
本当に小一時間すると、比奈子がボーっとしたまま体を起し、目をグリグリ擦りながら、まだ眠そうな顔で訊いた。
「……あれ? みんな……は?」
「帰った…」
「んー…ん? なんで豊がいるの?」
「ってーか、なに一人で、のん気に寝てんだよ! みんな帰っちまうし、残された俺どーすんだよ!」
自分で飲ませておきながら、怒り始めた。
「…ん、ごめんね…」
「……、」
素直に謝る比奈子に、ふいをつかれ、返す言葉が出てこない。
「帰るか。終電まだ大丈夫だし、な?」
「ん…、ごめん…」
「もういいよ、謝るな」
「ん、ごめん…」
開けきらない、眠そうな目で見つめられた豊は、何かを払うように頭を振り、フラフラする比奈子の手を掴んでカラオケ店を出た。
週末のまだまだ人の掃けない道を歩き、トボトボと手を引かれながら少し後ろを歩く比奈子に豊が訊いた。
「おまえ、本当に酒ダメだったんだな?」
「……酒? 私お酒飲んじゃったの?」
「うん、俺のと間違えて…」
自分がやったとは、言えない。
「私、お酒飲むと眠くなっちゃうんだ。なんでだろう…」
「知らねーよ、俺に聞くな」
電車に乗り、並んで座っていると、また比奈子が眠り始め、豊の肩にもたれ掛かってきた。
豊は、ちょっと笑いをこぼしたが、払いのけずにそのままにしておいた。
* 女に肩を貸しただけでも男はなぜか、頼られた気になり、少しうれしい *