(12)コンパ・やっぱ、おまえムカつく
「あれ? 比奈子ちゃんて、お酒飲まないの?」
全員、アルコールを口にしている中、ウーロン茶しか飲んでいない比奈子に慎太郎が訊いてきた。
「うん。ぜんぜんお酒飲めないから~。すぐ酔っちゃうし、眠くなるんだ!」
つくねを二個食いし、両頬を膨らませモグモグと食べながら答えた。
(うそつけ、おまえが酒飲めねーわけねーだろうが! 何かわい子ブってんだよ)
豊は、チラッと比奈子を見た。
「お酒ダメなんだ、なんかかわいいね、比奈子ちゃん」
(げっ、慎太郎、やっぱおまえは脇田眼科へ行け!)
テーブルに頬づえをついている豊は、シラけた顔で慎太郎を横目で見た。
「えへへ、この間、豊んとこのおばちゃんにも言われたぁ、比奈ちゃんかわいいって!」
比奈子は少し顔を上に上げ、うふふ、と目を線のようにしニンマリ顔で、自慢げに慎太郎に言った。
(ぁあ? おふくろも脇田眼科へ行けーー!)
「うん、比奈子ちゃんマジかわいいし~オレ、タイプかも~。
比奈子ちゃんて、どんなタイプの男が好きなの?」
「ん? 私? 一生懸命仕事をちゃんとする人。あとね、やさしくて、素直で、渋くて――――」
次から次へと、自分の好みのタイプを並べていく比奈子に、慎太郎は、「うんうん」と笑顔で聞いてあげていた。
けっ、何言ってんだか、比奈子め。
おまえの理想の男が、おまえを好きになるわけがねーだろ!
自分の顔を鏡で見てみろ!
高望みもいいとこだろーが!
慎太郎も何ニコニコしながら、ダチョウの話聞いてんだよ!
二人の会話を聞きながら、チラチラ見ていた豊は、どんどん不可解な顔になり、手元も見ずに梅干チューハイの梅をマドラーで潰していたが、急に由美子に話しかけられ、顔を笑顔に変え、さわやか青年を気取った。
慎太郎と話しながら比奈子が、皿の上にある最後の「から揚げ」に箸をのばすと、斜め前から豊の箸も伸びてきた。
お互い一瞬目が合い、譲り合うわけではなく、すばやく四本の箸が一つのから揚げに刺さった。
「おまえ、さっきから何個「から揚げ」食ってんだよ、俺に譲れ」
「やだ。私、から揚げ好きだもん!」
比奈子は、頬を膨らませ、口を尖らせ、から揚げを引き寄せようとしたが、豊も負けじと自分の方に引き寄せた。
「女の子に譲りなさいよ!」
「はぁあ!? 女の子ぉ?」
睨み合いながら、グググッとお互いの箸に力が入った。
慎太郎と由美子は、皿の上で行ったり来たりしている「から揚げ」を見つめた。
「おまえは、女じゃねーだろが! いつもねじりハチマキしてるヤツが、なにが女の子だぁ?
女の子ってーのはなぁ、由美子ちゃんみたいな子を言うんだよっ!」
「ぇえ? やだぁ、豊く~ん」
由美子が頬を赤らめ照れていると、急に比奈子の箸が、から揚げから離れ、豊の箸だけが、から揚げに残った。
「な、なんだよ…急に…」
意表をつかれた豊が、比奈子の顔を見ると、口元をギュッと閉じて、少し悲しそうな目で自分を見たことに驚いた。
「い、いいもーんだ! 女じゃない私は、こっちの軟骨揚げ食べるもん! ふん!」
そう言うと、比奈子は左にあった軟骨揚げを、三つほど口にすばやく放り込み、黙ってしまった。
「豊、おまえ、ガキじゃないんだから、比奈子ちゃんにあげればいいだろ? まったく…」
慎太郎は、豊の情強さに呆れながら言い、頭を叩いた。
自分が吐いた言葉で、比奈子の表情が変化したと思った豊は、少し良心が痛み、箸に刺さったままのから揚げを比奈子の前に出した。
「じゃ、じゃぁ、食えよ!」
「い・り・ま・せ・ん! そんな天パー菌のついた物は、い・り・ま・せ~ん」
と、先ほどの悲しみの瞳はすでに無く、軽んじて言い、また軟骨揚げを口に入れた。
「て、て、天パー菌!? あー、腹たった! もう我慢の限界! テメェ、」
豊が立ち上がろうとしたが、慎太郎が、豊の腕を掴み、座らせた。
「どうした? さっきから、そっち何もめてんのぉ~?」
さと兄が、顔をひょいっと出し、訊いてきた。
「なんでもないで~す。仲良くやってま~すぅ」
慎太郎が、さと兄にVサインを出しながら答えた。
「落ち着けよ、豊」
「馬鹿にされて落ち着いてられるかよ!」
「比奈子も、悪いんだよ? 豊くんの天パーを馬鹿にするから。
天パーは天パーで天パーだからしょうがないでしょ?
ほんとにもぅ、比奈子ったら。ごめんね? 豊くん」
(ぁぁあ!?)
由美子の「天パー」連発発言に、豊の顔があんぐりとなり、慎太郎が「プッ」と吹いた。
全身の力が抜け、もう何も言いたくなくなった豊は、箸に刺さったままのから揚げを口に入れ、梅干チューハイで一気に流し込んだ。